反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(6)






「敵、大艦隊発見!数は約四万隻、オーディンへ向かっています!」

 ヴァルハラ星系外に待避し、待機中のミッターマイヤー艦隊の偵察艦がオーディンへ向かう大艦隊を発見し、「人狼(ベイオウルフ)」に一報を入れてきた。ビフレスト星系の捕り物が失敗に終わってから、10日が経過している。この間、ラインハルト陣営にはほとんど具体的な動きはない。ロイエンタールが、ヴァルハラ星系外のミッターマイヤー艦隊にようやく合流した、というところだ。

「とうとう来たか。リッテンハイム侯の艦隊だ。これではますます、我らは手を出すことが難しくなったな」

 ミッターマイヤーが悔しそうに呟く。すでにミッターマイヤー艦隊及びロイエンタール小艦隊は勢揃いし、一万五千隻弱の艦艇がいつでも戦闘行動可能な状況ではあるのだが、アンネローゼが捕らえられている、ということで手の出しようがない。しかしそれでもオーディンを制圧している敵の戦力は一千隻弱という程度なので、攻め掛かる事が出来ればいつでも撃破できたのだが、敵も増援艦隊が到着したのでは、それも困難になってしまった。なお、途中でリッテンハイム艦隊を追い抜いたシュタイナー隊は、「ザルツブルグ」との合流の為、この時点ではヴァルハラ星系には現れていない。別ルートを経由し、「ザルツブルグ」と合流後、反対方向からオーディンへと向かいつつあるのである。しかし、シュタイナー少将自身と「ダンツィヒ」は、艦隊の指揮から離れ、リッテンハイム艦隊と一緒にオーディンへ向かっていた。現在のところ、今までのシュタイナー隊の指揮を執っているのは、同じくタンネンベルク伯の「取り巻き」の一人、シュヴァルツェンベルク少将である。これはタンネンベルク伯の指示で、腹心のシュタイナーを早く手元に呼び寄せようとしたが為、指揮官交代を行わせた、ということであるようだ。

「どうだろうか?帝都潜入の方は」

 ミッターマイヤーは通信画面のロイエンタールに話しかけた。ミッターマイヤーの旗艦「人狼(ベイオウルフ)」とロイエンタールの旗艦「トリスタン」は、艦隊中央に並んで位置している。

「もうしばらく待てば、何とかなりそうだ。卿も承知の通り、帝都オーディンの存在自体が物資を大量に消費するものであって、食料ですら外部からの供給なしには満たされぬ有様だ。いかにタンネンベルク伯と雖も、各種商船による物資の搬入は止めようがなかろう。その中に紛れてしまえばどうにでもなる。今はまだ通関のチェックが相当厳しいようだが、そろそろ宇宙港勤務の職員や憲兵の勤務状況も、無理を通り越して無茶のレヴェルになりつつあるようだし、通関待ちによる滞貨も増える一方のようだ。間もなく処理しきれなくなって、警戒のレヴェルを通常に毛の生えた程度に落とさざるを得なくなるだろう。そうすれば潜入は容易に行える。潜入先もフェルナーがいくつも用意しているようだし、差し当たってはもう少し時間が必要だ、というだけだ」

 ロイエンタールは割と簡単そうに言っているが、通関や物流の状況の調査など、このあたりの実務はフェルナー大佐に任せている。ここでロイエンタールはフェルナーの報告をまとめ、並べてみせただけだ。とはいってもこれは単に適材適所に人材を活用しているというだけで、ロイエンタールが怠慢という訳ではない。司令官の役目は他にいくらでもあるのだ。

「そうか。時間はかかる、ということだな。やむを得まい」

 ミッターマイヤーは通信を切り、また窓外に目をやった。多数の光点が移動してゆく様が目に入る。


 総勢四万隻にもなる敵の大艦隊は、悠々とオーディンへ向かって行く。ミッターマイヤー艦隊を歯牙にも掛けず、そのまま進んで行くようだ。距離は充分に取ってあるので偶発的交戦に至ることはないが、敵が攻勢に出るならその可能性もある。しかし、どうやら敵にはその意志はないようであった。オーディン入城を最優先にしている、ということだろう。実際、リッテンハイム侯爵は、ヴァルハラ星系外に留まっている敵艦隊を遠方に発見したところで、金髪の孺子の手先を一撃で叩き潰してやろうか、と全く考えなかった訳でもないのだが、弱敵を蹴散らすのはいつでもできる、と思い直してオーディンへの道を優先したのである。実際は弱敵どころか猛虎だった訳であるから、リッテンハイム侯爵が甘い見積もりで交戦を開始しなかったことは、タンネンベルク伯にとっては幸運だった、と云えるだろう。戦力差が3倍近くと大きいのでミッターマイヤーが勝ち切るのはさすがに難しいだろうが、リッテンハイム艦隊が大怪我をさせられる可能性は相当高かった、と云って間違いはあるまい。しかしリッテンハイム艦隊にはシュタイナー少将も参加しているので、ミッターマイヤーが有利、というまでにはならないところだろうか。

 リッテンハイム艦隊だけではなく、現在もキルヒアイス艦隊もオーディンへ向かいつつあり、シュヴァルツェンベルク少将が指揮を引き継いだ艦隊も、すでにノイマン大佐の「ザルツブルグ」と合流しオーディンへと向かっていた。双方ともに大艦隊が集結することで、ヴァルハラ星系近辺の緊張は高まりつつある。




「これはこれはリッテンハイム侯爵閣下。無事のご到着は何よりです」

 オーディンの宇宙港に到着した「オストマルク」から降りてきたリッテンハイム侯爵を、タンネンベルク伯は恭しく出迎えた。

「うむ。卿も元気そうでなによりだ。ところで、例の準備の方はいかがかな?」

 尊大に頷くリッテンハイム侯爵である。

「はい。戴冠式の準備は全て終了しており、あとは新皇帝陛下の到着を待つばかり、といったところとなっております。サビーネ様がお乗りになっておられる巡航艦も、お迎えに行った艦隊とともに、明後日までにはオーディンに到着することでしょう。後ほど、新無憂宮の式場の方へご案内しますので、その際にご覧になって下さい」

 宇宙港のVIP用送迎所へ歩を進めつつ、タンネンベルク伯は侯爵に説明した。それを聞いたリッテンハイム侯爵は、満面の笑みを浮かべる。

「さすがは卿だな。準備万全怠りなし、といったところか。あとはサビーネの到着と戴冠式を待つばかり、といったところなのだな?」

「左様でございます。サビーネ様が到着され、若干の休息を取られた後、直ちに戴冠式を執り行い、全宇宙にその儀を宣言する、という手はずとなっております。一応、侯爵閣下と私が、超光速通信(FTL)にて全帝国、のみならず全宇宙に向かって新体制の到来の演説をする、ということになります」

 タンネンベルク伯も自信たっぷりといった表情で笑みを浮かべ、侯爵に答えた。

「ふわははははは、我が娘は皇帝に、わしも遂に帝国宰相となる訳か。もっとも、我が家名から言えば、わしが宰相になったところで不思議でも何でもない。当然のこととはいうものの、それでもやはり楽しみは楽しみじゃわい」

 上機嫌のリッテンハイム侯である。タンネンベルク伯は内心では「思った通り単純なお人だな」と苦笑していたが、さすがに表に出すようなことはない。

「ところで、卿の働きにはどう報いようか?元帥府に二階級昇進とし、帝国軍最高司令官は当然のこととして、三長官のいずれの地位を得たいと思っておるのだ?わしとしては、できれば三長官職全部を、卿に兼務してもらいたいと思うのだがな。卿ならいっぺんにこなす事ができよう」

 リッテンハイム侯爵はかなり気前が良くなっているようだ。帝国軍三長官職を全部、タンネンベルク伯に兼務せよ、と言うのであるから。

「これは・・・・・私一人に三長官職全てですか。解りました、お引き受けしましょう。但し、差し当たって戦役の終結までは、軍司令官としての任務に専念したいと思います。それと、戦役終了後には、改めて人事を考えること、とすることで。また、幕僚の任命については、任せて頂いてよろしいですな?」

 タンネンベルク伯は即座に了承した。

「うむ。卿のやりたいようにやってくれ。軍事については、わしの艦隊の指揮も含め卿に一任しよう。帝国宰相ともあろうこの身が、いつまでも前線で戦うのも鼎の軽重を問われようからな。卿には思う存分、金髪の孺子めを叩きのめし、サビーネ、いや新皇帝陛下の武威を天下に示して貰おうか。うわっはっはっはっはっ」

 呵々大笑するリッテンハイム侯である。

「なるほど、確かにそうですな。艦隊の指揮は私めにお任せ下さい。私としては、そちらにはいささか自信のあるところですし」

 正直タンネンベルク伯は一安心していた。「わしが引き続き艦隊の指揮を執る」とリッテンハイム侯が言い出した場合、「戦闘指揮は自分に任せるように」とどう説得しようか、と思っていたからだ。侯の方から「卿に任せるから好きにやれ」と言い出してくれて、勿怪の幸いだった。さすがに「帝国宰相」という餌は、巨大だったようである。リッテンハイム侯はそれだけに気を取られ、他の事には気が回らなくなっている、ということであろうか。



「ところで、金髪の孺子の姉の方はどうなっておるのだ?」

 迎車に乗り込んだリッテンハイム侯は、隣に座ったタンネンベルク伯に話しかけた。

「はい。我が軍兵士による、二十四時間体制の下で厳重に見張らせているところでございます。何しろ、現在の状況ではローエングラム侯の部下にでも奪還されてはたまったものではありませぬので。まあ、グリューネワルト伯爵夫人自体は、先帝陛下が崩御された今となっては、無力な女に過ぎませぬ。ローエングラム侯の勢力を叩き潰してしまえばそれまでのこと。あまりお気になさる必要もないかと思いますぞ」

「ぬ、そうかな。卿はそう言うが、あの女の存在自体がわしだけでなく、我ら貴族階級にとっては不愉快なものだったからな。とは言っても、あの孺子を潰してしまえば、確かに無力な女一人。意地になって吊すのも大人げないが・・・」

 アンネローゼの存在自体が許し難いことだ、というリッテンハイム侯だが、だからと言って最終的に殺してしまうのまではやり過ぎな気がしないでもない。武力をもって刃向かってきた金髪の孺子の方はともかく、今となっては「先帝の寵姫」などという弱い立場の女を、一方的に絞め殺すのも躊躇われたのである。

 リッテンハイム侯の反応を見て、しばし熟考するタンネンベルク伯であった。伯自身はアンネローゼには特に負の感情は持っていなかったのだが、侯の言いようで「他の貴族階級の人間はそうでもないな」という事に気付いたからである。「下賤の身から皇帝の寵姫に成り上がった女」を愉快に思う訳がない、という感情が伯にも理解できない訳ではなかった。

「ではいかがでしょう?ローエングラム侯を敗死させ戦役が終わった暁には、伯爵夫人の称号を取り上げ、身一つで放り出してしまう、というのは。後はどうにでも好きにせよ、我が身を嘆いてのたれ死ぬもよし、掃除婦でもしながら一人で生きて行くのもよし。自由にせよ、ということで。これならなに、先帝陛下に見初められる前の貧乏な下級貴族に戻れというだけですから、過酷な扱いというほどでもないかと」

 タンネンベルク伯の提案に、リッテンハイム侯はうんうんと頷いた。

「うむ、そんなところで良かろうかな。あの女が我らと同じ伝統ある貴族階級の一員になっている、ということが不愉快なのであって、孺子が死んだ後、単なる市井の女になるのなら問題はなかろう。『元に戻り、地べたに這い蹲って暮らせ』あたりが妥当なところか」



 そうこうしているうちに、車は官庁街にある帝国宰相府に到着した。ここでリッテンハイム侯は車から降り、自分の新しい城へと向かう。タンネンベルク伯は、後ほどの新無憂宮で侯との再会を約束すると、軍務省へと向かった。すでにリッテンハイム侯の「オストマルク」だけではなく、リッテンハイム艦隊に随伴していた伯の「取り巻き」たちもオーディンへと到着している。元から伯と行動をともにしていた者たちと一緒に、ほぼ全員が軍務省の大会議室に集合し、タンネンベルク伯の到着を待っていた。この場にいないのは、「ザルツブルグ」でオーディンへ向かっている途中のノイマン大佐と、迎えに行ったシュヴァルツェンベルク少将くらいものだ。


「さて、卿らはよく勤めを果たしてくれた。礼を言う」

 最後にやってきたタンネンベルク伯が、シュタイナー少将以下、勢揃いした幕僚たちに告げた。帝国騎士アルベルト・フォン・シュタイナー少将、伯爵ハインリッヒ・フォン・レープ准将、男爵マクシミリアン・フォン・シュリーフェン准将、男爵エーベルハルト・フォン・クライスト准将、子爵レオ・ガイヤー・フォン・エターリン大佐、子爵ディートリッヒ・フォン・マッケンゼン大佐、男爵ギュンター・フォン・シュタウフェンベルク大佐、帝国騎士アウグスト・フォン・カーレンベルク大佐、そしてこの場にはおらず、「ザルツブルグ」の指揮を執ってオーディンへ向かいつつある、帝国騎士グスタフ・フォン・ノイマン大佐、「ザルツブルグ」と合流した「シュタイナー隊」の指揮を引き継いでいる子爵ゲルト・フォン・シュヴァルツェンベルク少将である。しかし実は、タンネンベルク伯の息がかかっているのは、ここに揃った者ばかりではない。ガイエスブルグ要塞に残り、一見伯と袂を分かったように見せかけ、時期を待っている者もいない訳でもないのだ。また、ほとんど全員がタンネンベルク伯より年上だ、というところはラインハルトの幕僚たちと似通っている傾向ではある。構図はラインハルト陣営と似ているようだ。

 この中では、タンネンベルク伯の腹心であるシュタイナー少将が、帝国騎士の階級にも拘わらず、「取り巻き」の最上位を占めていた。しかし伯の「取り巻き」に加わった者は軍での階級の方を重んじる傾向が強く、シュタイナーの地位に異議を唱える者はいない。同階級のシュヴァルツェンベルク子爵も、シュタイナーの軍事的能力には敬意を払っているくらいなので、この中ではシュタイナーの地位は自然に認められているものだ、と云ってもいいだろう。また、帝国騎士の階級の者でも、ラインハルト・フォン・ローエングラム侯爵に与したロイエンタールのように、男爵位以上の貴族階級に反発する者ばかりではない。これは各人の生い立ちにより、違うというべきであろうか。例えばシュタイナー少将の実家は中規模企業グループのオーナー一族であり、かなり裕福な暮らしをしていた。実家にいれば何不自由のない生活はできた筈だが、グループの後継者として、今では老齢の父親に代わり実質的なトップに立っている8歳年上の兄ヘルマンの下風に立つことを潔しとせず、士官学校に入り軍で身を立てる事を選択したのである。とは言ってもシュタイナーは何も兄と仲が悪い訳ではなく「実家に寄り添って生きるより、別世界で自分の実力を試したい」という願望が強かったから、ということで、軍人志望となったのだ。ある時タンネンベルク伯が発した「何故卿は軍に入ろうと思ったのだ?家業を手伝う選択も悪くはなかっただろうに」という質問に、シュタイナーはそう答えている。
 シュタイナー少将は現在35歳の中肉中背。タンネンベルク伯より10歳年上で、茶色の髪に同じく茶色の瞳を備えている。見かけは年相応で温厚そうな常識人、といった風なのだが、「ブラウ」作戦開始前、タンネンベルク伯に「リッテンハイム侯程度の人物に権力を壟断させるなど、正直愉快ではない」と述べたくらいで、好き嫌いははっきりしている人物であった。

「さて、現在のところは上手くいっているようですが、かなり冷や汗ものでもありましたな。小官の担当はキルヒアイス上級大将相手の嫌がらせ攻撃でしたが、さすがに結構な難事だったと思いました。若いわりにはなかなかどうして、あれでキルヒアイス提督が経験をもっと積んだ場合、戦場で破るのは困難極まる、ということになるのは間違いありませぬ」

 実際、キルヒアイスが何度も立てた包囲殲滅作戦を、先に着想を読み取り裏をかいたシュタイナーが交わし続けることに成功した、というだけで「簡単にあしらった」からはかなり距離が隔たっていたことに間違いはない。シュタイナーにとっても、キルヒアイス相手の「嫌がらせ攻撃」は、精神的負担の大きい戦闘ではあったのである。航行用エネルギーや弾薬など補給を別にしても、やはり3日が限度だったのでは、とシュタイナー自身も思っているほどだ。

「ははははははは。私の方もミッターマイヤー提督とは2時間しか時間差がなかったよ。まったく、卿の言う通り、冷や汗ものだったな。もし何かアクシデントでもあった遅れたら、と今思い起こすとぞっとする」

 タンネンベルク伯は苦笑しながら答えた。

「しかし閣下、ミッターマイヤー提督相手の戦闘は、かなり有利に進めることができましたな。将官の階級を得るようになっても、まだまだ学ぶべきことはいくらでもあるのだ、と閣下の戦闘指揮を間近で見ていて実感致しました」

 クライスト准将が述べる。准将はタンネンベルク伯より二つ上の27歳。身長は平均レヴェルでやや太め、金髪に灰色の瞳、見た感じはかなり毛並みがよく、侍従武官でも勤まりそうな気品がある人物だ。いや、実際侍従武官にどうだろうか、と以前声が掛かったことがあるくらいである。しかしその時クライストは「若輩なので時期尚早。いずれ、ということで・・・・」と断ってしまっていた。現在の帝国貴族にしては珍しく謙虚で、押し出しはあまり強くない。用兵も慎重で地味、石橋を叩いて渡るような性格で、堅実な戦いをする人物である。

 クライストの意見を聞いて、准将と同じようにミッターマイヤー相手の戦闘に参加していた何人かは、「我が意を得たり」というように頷いた。

「いや、あれも結構危ないところもあったのだぞ。博打のような逆撃策がまんまと填った、というだけで。それに、ミッターマイヤー提督がかなり焦っていたからだ、という要因も無視できぬ。更に、相手には直ぐに増援が来ていたしな。シュタウフェンベルク大佐の地上制圧が遅くなっていた場合、私は続いて倍の敵相手に戦わねばならなかったところだ。やはりローエングラム侯は並みの人物ではない。こちらの意図を直ぐに読み取って、的確な対応をしてくるのだからな。何とか勝てた理由は、ほんの僅かだがこちらが相手に先んじ、局面をリードできたということ。これがなかったらどうなっていたことやら解らぬところだ」

「慢心するな」と言いたげな伯であった。確かに、いつまでも過去の成功に浸っている場合ではない。まだ状況は楽になってはいないのである。また、それが解らない「取り巻き」たちでもなかった。

「ところで、閣下は今後の方針は、いかにお考えなのでしょうか。帝都を制する事はできたものの、貴族連合軍の総力を結集できた訳ではありませぬし、金髪の孺子、いえローエングラム侯の勢力も未だ強大です。我らが最終的な勝利を得るには、今のままでは条件的に厳しいと思うのですが」

 シュリーフェン准将が述べる。准将はかなり理知的な人物で、物事を数学的に処理することが得意であり、「優秀な参謀将校」という評判を得ていた。タンネンベルク伯より三つ上の28歳、焦げ茶の髪と黒い瞳を持つ。痩せ気味だが身長は198cmもあり、鋭い目つきと相まって、准将を見る者には精悍な印象を与えている。「飢えた狼」と評されたこともあるくらいだ。用兵に関しては、若干現実より理論を優先する傾向が強い。

「もちろん、そう言うからには、卿にも何をどうすべきかは解っているのだろうな?」

 レープ准将が訊ねる。こちらはシュリーフェン准将とは正反対で、短躯の小太り、といった風体だった。年は30になったばかりで、高音気味の声の抑揚が独特な、一見コミカルな印象のある人物だが、さすがに伯爵らしい上品さは備えている。どちらかと言うと前線向きの陣頭指揮型司令官で、参謀将校型のシュリーフェンとはタイプが違う。対立している、という程ではないのだが、二人の意見が衝突し、論争になることもまた多い。

「もちろん、5万隻とは結構な戦力なのですが、今のままでは戦力不足であり、ほぼ倍の戦力を持っているローエングラム侯相手に最終的な勝利を得ることは難しい、ということは今更ここにおられる方々には申し上げるまでもない話でしょう。小官が気にしているのは、ガイエスブルグのブラウンシュヴァイク公麾下の戦力を、どうやってこちらに取り込み、なおかつオーディンまで持ってくるか、についての具体的方策でして」

 シュリーフェンならずとも、「ガイエスブルグの戦力を味方に引き入れなければならない」ことはよく承知している。リッテンハイム=タンネンベルク軍とガイエスブルグの戦力と合わせれば、軽く15万隻には達するところだ。その全力をタンネンベルク伯が率いれば、10万隻程度のローエングラム侯軍を撃破できることは先ず疑いない。

「そうだな。ガイエスブルグには敢えてシュヴェーリン伯爵、リュトヴィッツ子爵、マントイフェル男爵、エーゼベック男爵を残してある。説得は彼らにやってもらうつもりだ。欲張りで感情的なブラウンシュヴァイク公のことだ、リッテンハイム侯の帝国宰相就任も侯爵令嬢サビーネ様の即位も、絶対に認めはせぬだろうが、それ以外の貴族たちはそういうことはあるまい。切り崩すのはそうは難しくないだろうな。サビーネ様の即位の模様と、リッテンハイム侯と私の演説を全帝国に放送すれば、『盟主と仰ぐ相手を間違えた』と激しく動揺しよう。何かきっかけさえあれば、雪崩をうって陣営を変えようとすることになる。ブラウンシュヴァイク公が地団駄を踏んで悔しがろうとも、こちらに付こうと考えてガイエスブルグから脱出する者が激増し、形成は逆転するのだ。我らとしては、彼らがオーディンへ無事たどり着けるよう手配をすればよい」

「と、すると、きっかけを作ることと、ガイエスブルグからオーディンへの連絡線の構築ついては、すでに閣下には腹案がおありなのですね?」

 カーレンベルク大佐が質問する。カーレンベルクは32歳、赤毛のがっちりした体格の勇将で、ラインハルト陣営のビッテンフェルトに相当するような人物である。しかし、カーレンベルクはビッテンフェルトのように「攻勢一本槍」というようなところはない。一旦攻勢に出た場合は火の玉のように攻め掛かり、相手を完膚無きまでに叩きのめしてしまうが、防御に回った場合の粘り強い戦いぶりにも定評がある。「我慢できる」ところはビッテンフェルトとは明らかに違う。タンネンベルク伯は「カーレンベルク大佐はミシェル・ネイ元帥の再来のようだ」と評しているが、ナポレオンの将軍の話をされても、旧地球世紀の歴史に興味がある者にしか意味が解ろうはずもなく、あまり周囲には理解されていなかった。歴史家志望だった自由惑星同盟のヤン提督なら、即座に合点がいくかも知れない、といったところだろうか。

「そうだ。連絡線は迂回ルートにはなるが、5本を確保することで策定済みだ。さすがのローエングラム侯も、その全てを潰すことは適わぬ。彼も兵力をふんだんに持っている訳ではないのでな。問題はガイエルブルグ−オーディン間の直進ルートからは外れるので、艦隊の移動に時間がかかることくらいか。それと、分散してオーディンへ向かう味方を、各個撃破されてしまわないこと。きっかけの方は、貴族連合軍総司令官のメルカッツ提督を説得すること、これに尽きよう。彼に『新皇帝陛下への忠誠を果たす為、ガイエスブルグから退去する』と言わしめればよいのだ。本来は私が直接ガイエスブルグに乗り込みたいところだが、今はオーディンを空ける訳にはゆかぬので、それはできない。よって、私の親書をメルカッツ提督に渡そうと思う」

 タンネンベルク伯は、オーディンとガイエスブルグを結ぶ「連絡線」を、すでに何本も確保している。直進ルートにはラインハルト軍がいるので、兵力の移動には使えないが、迂回ルートならそういうことはない。仮にラインハルト軍が迂回ルートの全てを封鎖しようとすると、兵力分散の愚を犯すことになるので、そのような行動をとるとは思えない。

「親書を手渡すとなると、誰かがガイエスブルグまで行かねばならぬ、ということになりましょうか?」

 エターリン大佐が質問した。エターリン大佐は31歳。金髪碧眼だが、容貌は十人並みである。大きな鷲鼻が特徴だった。しかし性格は派手で、目立ちたがりなところがかなりある。パーティー好きで、帝都にいる時は連日連夜のように舞踏会に顔を出し続け、自分でも主催する事が多いのだが、さすがに今回は非常時なのでそうはいかないようだ。性格からすれば攻勢の方が得意のような気がするのだが、何故か正反対の防衛戦の名手として知られている。

「いや、卿らをガイエスブルグにまで派遣するつもりはない。私の親書は、巡航艦一隻に運ばせれば充分だ。というか、もう手配は終わっている」

 タンネンベルク伯は言い切り、更に続ける。

「しかし、ガイエスブルグを脱出した部隊の集結地が要る。それの整理と誘導は必要だろう。レープ准将、それは貴官に依頼する」

 話を向けられ、レープが驚いたような顔をした。

「集結地、と言いますと?」

 意味があまり解っていないようで、問い返すレープであった。

「いや、彼らを直接オーディンへ召集する訳ではないのだ。私としては、挟撃作戦を行うつもりなのでね。単純化して説明すると、オーディンの兵力でローエングラム侯の兵力を引きつけておき、後背からガイエスブルグ脱出部隊が襲いかかるという寸法だよ。その為には、敵に悟られぬよう、かつオーディンからあまり遠くない距離に、ガイエスブルグ脱出部隊を一旦集結し、戦力を再編しておく必要がある」

 ここで初めて、タンネンベルク伯は自分の構想を告げた。オーディンを囮にした挟撃作戦、それがタンネンベルク伯の勝利への戦術デザインである。それを聞いて周りの幕僚たちは、一斉にどよめいた。かなり危険な要素もある作戦だ、ということは言うまでもない。後背から襲いかかるガイエスブルグ組が遅れた場合は、オーディンのタンネンベルク軍は倍の敵と戦い続けることになる。救援が遅れた時は、タンネンベルク軍は壊滅してしまうこともあり得るのだ。あるいは逆に、敵が後背の戦力に先に気付くような展開になった場合、ガイエスブルグ組の方が単独で戦うことも考えられる。こちらは戦力的に互角とはいうものの、「戦争の天才」が相手である以上、自分たちの方が有利と云える訳ではない。いずれにせよ、タイミングが大問題になることは間違いないだろう。

「それはあまりにも危険ではありませぬか?挟撃が上手く行ったら万々歳とはいうものの、少しでもタイミングが狂った場合、双方が各個撃破される可能性が高いと思うのですが。もう少し、堅実に戦うべきではないかと。充分な戦力をオーディンへ集結させてからの方が安全確実です」

 シュリーフェンが異論を挟む。准将は「理を優先する傾向がある」とは言っても、現場を無視するような性格ではない。精緻に組み上げられた作戦が、実行段階では予定通り行かず、脆いこともあることは充分承知している。

「いや、それは承知しているのだ。短期間に戦役を終結させないと、状況が悪化する可能性が高いので、やむなくそうするのだよ。何しろ我が貴族連合軍は、統制が取れているとは言い難い。戦役が長期化した場合、一度や二度でなく分派騒動が起こり、内部抗争が始まるやも知れぬ。そうなっては我らの敗北だ。故に、早期に決戦を行って、一気にかたを付けねばならぬのだ。ガイエスブルグの戦力が全部オーディンに来てしまった場合、ローエングラム侯は決戦を避け、空になったガイエスブルグを占領して籠もってしまうかも知れぬだろう。それでは、戦役が長期化するのは必定。そうなれば人心も惑うだろうし、最悪叛乱軍、いや自由惑星同盟軍の介入まであり得る。その状況では戦局が複雑化してしまい、どう転ぶか何とも解らぬようになろう。戦いは可能な限り、単純化せねばならぬのだ。予測不能な因子はなるべく入れてはならぬ。よって、『戦力が少ないオーディンのタンネンベルク軍に攻め掛かれば、勝てるかも知れない』という敵の唯一の希望を絶ってはならぬのだよ。とにかく、撒き餌は美味である必要がある、ということだな」

 タンネンベルク伯の説明に、シュリーフェンは、更に疑問を投げかける。

「とは言っても、グリューネワルト伯爵夫人がこちらの手にある内は、ローエングラム侯は手も足も出ないのではありませぬか?いかに戦えば勝てると思わせたとしても、それ以前の段階で、彼は姉の身を案じて、攻め掛かるのを断念するのでは、と愚考しますが」

 シュリーフェンには、ローエングラム侯爵が姉の命を無視して攻撃してくるとは思えなかった。現に、タンネンベルク伯はグリューネワルト伯爵夫人の命を盾に、ミッターマイヤー艦隊を退却させたではなかったのだろうか。シュリーフェンには、それを無視するようなタンネンベルク伯の物言いが解せなかったのである。

「ふふふふふふふ。もちろん、それは解っている。ではどうすれば彼が攻めてくるか、については少々頭を働かせれば卿らなら直ぐに解るだろう。そう難しいことではない」

 それを聞いて、シュタイナーが得心のいった顔で口を開いた。

「つまり伯爵閣下は、準備が整ったところで、グリューネワルト伯爵夫人をわざと逃がすおつもりなのですな?」

 タンネンベルク伯は無言で頷く。

「しかし・・・・・それよりは、グリューネワルト伯爵夫人を盾にして、こちらの方から攻め掛かっていった方が良いのでは?仮にローエングラム侯がガイエスブルグに逃げ込んだとしても、こちらは彼の姉の命を握っているのですから、彼にはどうしようもなくなるのでは、と思いますが」

 シュリーフェンは更に疑問を投げ掛ける。

「それなのだが、『アクシデント』が起こる可能性はないかな?グリューネワルト伯爵夫人を乗せた艦を先頭に押し立てて攻撃した時、敵の一弾がその艦を撃ち砕いた場合、どうなる?」

 復讐の鬼となるであろうラインハルトを想像せよ、という方向に話を向けるタンネンベルク伯である。

「アクシデント、とおっしゃられましても・・・・・・・」

 シュリーフェンは困惑したような顔をして考え込んでしまう。他の人間もあまり意味が解らなかったようでほぼ全員が首を捻っているが、シュタイナーだけが直ぐに察した。

「なるほど。閣下が言っておられるのは、ローエングラム侯の部下が、主君の意志を無視してグリューネワルト伯爵夫人を乗艦もろとも攻撃、死なせてしまうかも知れぬ、ということですな?」

「それが正解だ。はっきり言うとそれをやりそうなのは、ローエングラム侯の参謀長パウル・フォン・オーベルシュタイン中将だな。彼は、ローエングラム侯の姉を想う感情を良しとはしまい。グリューネワルト伯爵夫人が彼の陣営の覇業の障害になると考えた場合、躊躇せず伯爵夫人を抹殺するような男だ。しかも、主君の承認を得ず、勝手に動く可能性もある。いや、正直言って今ですら、オーベルシュタイン中将はグリューネワルト伯爵夫人の命を狙っているに相違ないのだ。彼女を死なせてしまえば、ローエングラム侯は躊躇せず全力で向かってくるだろう。私やリッテンハイム侯に対する怒りを沸騰させて。それでは、あまり上手い状況にはならないと私は思う。何しろ人間とは、度の過ぎた怒りに駆られた場合、とんでもない底力を発揮したりするものだからだ。そのような危険は冒せまい」

 ローエングラム侯ラインハルトが姉もろともと攻撃してくる訳はないが、彼の部下までそうとは限らない。「閣下の為」「味方の勝利の為」と、侯の意志を無視して独断で動く者がいないとは限らないのだ。いや、タンネンベルク伯の考えでは、オーベルシュタイン中将なら間違いなくそうするはず、というものである。
 何しろ、グリューネワルト伯爵夫人を死なせてしまった場合、ローエングラム侯はどんな策を取ることもできるようになる。現在の状況は、それを感情的に受け容れられないというローエングラム侯の心情を利用し、「盾」としてグリューネワルト伯爵夫人を使っているだけだ。タンネンベルク伯としては、グリューネワルト伯爵夫人の安全は、最大限に確保しておかなければならないのである。「盾」として前線に出すというのは、伯としては「最悪の選択」と考えていたのだ。

「そういう訳で、まだ状況はかなり苦しいし、こちらが取る策にも、そう選択肢はないのだよ。それは、皆も承知しておいてもらいたい」

 ようやく納得するシュリーフェン以下である。

「・・・・・・・・しかし、小官一人で、最終的には十万以上になる兵力を統括するのは、あまりに困難なような気がしますが。いかにガイエスブルグ組のシュヴェーリン少将、リュトヴィッツ准将、マントイフェル准将、エーゼベック大佐が協力してくれるとは言うものの、もう一人か二人、こちらからも指揮官クラスが必要なのではないか、と」

 レープは簡単に計算した。単純に十万を5人で割って二万、となると一個艦隊の規模としては少々大きい。少なくとも6人以上で指揮を負担したいような数量である。

「そうか。卿の言うことももっともだな。では、マッケンゼン大佐。貴官の任務もそちらだ。あと、シュヴァルツェンベルク少将が帰ってきたら、彼もそちらに回そう。それで、一人が統括する戦力は、一万五千以下になるな。一個艦隊のレヴェルだ。これで良いな?」

 レープ准将はそれを聞いて頷く。その規模なら、問題なく統括できる、と自信があったからである。

「しかし、シュヴェーリン閣下やシュヴァルツェンベルク閣下のように階級が少将というのであればまだしも、大佐や准将の身で艦隊指揮というのでは、少々辛くありませぬか?」

 マッケンゼン大佐が疑問を投げかけた。大佐は33歳、黒い髪に黒い瞳の持ち主で、代々軍人を輩出している家の出だ。「職業軍人を多く輩出した貴族家」という意味では、マッケンゼン家は家名をラインハルトに下賜される前のローエングラム家に近いものがある。さすがに職業軍人の家系だけあって、大佐の見るからに頑丈そうな堅太りの体格は幼年学校から鍛え上げられたものだったし、見事な髭をたくわえたいかつい顔つきにも、代々軍人の家系が持つ「凄み」があった。何も銀河帝国に限った話ではなく、大佐の旧地球世紀時代の遠い祖先の一人に、第一次世界大戦で東部戦線とバルカン半島の英雄として名を馳せた、アウグスト・フォン・マッケンゼン元帥がいる。マッケンゼン元帥がロシア軍相手に勝利した、タンネンベルク会戦の名を持つ人物の下に、今大佐がいることは「巡り合わせ」とでも言うべきことであろうか。

「取り敢えず暫定的にだが、私の元帥府昇進とともに、現在少将の階級の者は中将に、准将と大佐の者は少将に昇進させるつもりだ。艦隊指揮の為の階級は、それで問題あるまい。ガイエスブルグ脱出組の方は、各人が一個艦隊の指揮に専念して、総指揮はメルカッツ上級大将に執ってもらうという方針だ。なお、戦役終了後は基本的に全員中将の階級となる。功績によってはそれ以上
も考えるので、皆にはそれを励みにして戦ってもらいたいと私は思っているが、それも良いな?」

 異存はなく、その場の全員が頷いた。タンネンベルク伯は「全員昇進させる」と言っているので、異存がある者などいるはずもなかった。

「今後の大方針は皆も解ったであろうしそれは良いとして・・・・差し当たっては、景気づけが必要だ。サビーネ様の即位と新体制の発足を帝国全土に放送することだけでも、帝国臣民全てに衝撃を与えるには充分過ぎるくらいかも知れぬが、それに花を添える勝利が伴えば申し分ない。戴冠式の直後に、ヴァルハラ星系外のミッターマイヤー艦隊と、間もなくやってくるであろうキルヒアイス艦隊を叩きのめすこと。これを行おうと思う。新皇帝陛下の即位の直後、皇帝直属の軍が叛乱部隊に打撃を与えた、となると宣伝効果も抜群のものとなる。日和見している連中を引きつけることができるし、それどころかローエングラム侯軍の将兵も、相当動揺することに間違いはあるまい。それに、ミッターマイヤー提督は、確かに『ヴァルハラ星系から艦隊を退去させよ』というこちらの要求は呑んだものの、星系近くにたむろしたまま動かず、今となっては少々目障りだ。一度は追い払っておく必要があるな」

 一戦して勝利し、新体制の権威を帝国中に知らしめる、というタンネンベルク伯である。

「一戦する、とおっしゃられますか。しかし・・・・勝算が立ちますかな?敵の戦力はミッターマイヤー艦隊が一万五千程度、キルヒアイス艦隊が三万のうち六千は潰しましたので、合計四万弱。こちらは五万ですから戦力的には有利ですが、相手を叩き潰すまで行くかどうか、難しいところですな。勝てれば確かに絶大なる宣伝効果を見込めますが、敗北したり消化不良のような戦いになってしまった場合、逆効果なのではないか、と思います。最初に申し上げた通り、キルヒアイス上級大将は簡単に叩けるような相手ではありませぬぞ。ミッターマイヤー大将もまた然り」

 シュタイナーの指摘は正しい。「一戦して勝つ」と云うタンネンベルク伯だが、勝てなかった場合はどうなるのか。「新体制の軍事力は弱い」と、逆の宣伝を帝国全土にする羽目になってしまいかねない。その場合、新体制の権威は失墜するだけだろう。何の為に戦ったのか、訳が解らなくなってしまう。

「ふふふふふ、ここでは精々グリューネワルト伯爵夫人を利用させてもらうさ。まあ、艦に乗せて前線に出すつもりまではないが。キルヒアイス提督もミッターマイヤー提督も、ローエングラム侯には忠実だし、キルヒアイス提督に至っては、ローエングラム侯の竹馬の友、と云える立場だ。グリューネワルト伯爵夫人に対しては、ローエングラム侯と同じような反応を示すことは間違いなかろう。両手を縛られて戦う羽目に陥るので、多分両名とも『卑怯者!』と頭に湯気を立てて怒ることになろうが、それはそれでなかなか愉快ではないかね」

 親や先生を困らせる、効果的な悪戯を思いついた悪童そのものの表情で、楽しそうに述べるタンネンベルク伯である。

「なるほど、それなら勝算はかなり立ちますな。小官としても、その方針なら良いと思います。もっとも、キルヒアイス提督やミッターマイヤー提督だけでなく、ローエングラム侯も激怒することでしょうな」

 シュタイナーは、微笑しながら賛同した。他の者も、納得したような顔をする。しかし、シュリーフェン一人だけは、まだ疑問がありそうだ。

「しかし、それを逆手に取って、『タンネンベルク伯爵は女を人質に取るような卑怯者だ!』と、宣伝に使われるということはありませぬか?」

「いや、それは心配しなくてもよかろう。その場合、ローエングラム侯は『手抜かりで帝都を失陥したばかりか、姉までも人質に取られてしまった間抜けが自分である』と宣伝してしまうことにもなる。あのプライドの高いローエングラム侯が、そのような事を自ら行う訳はなかろう。帝都失陥だけでも大失態なのに、更に輪を掛けての話だから、彼はグリューネワルト伯爵夫人のことは可能な限り隠しておきたいはずだ。オーベルシュタイン中将あたりはひょっとしたらそう主張するかも知れぬが、ローエングラム侯は賛同しまい。そういうことなので、その心配をする必要はないと思う」

 タンネンベルク伯の断言に対し、それ以上の異論はないようだ。

「では、早速だが、シュタイナー少将、シュリーフェン准将、クライスト准将、エターリン大佐、カーレンベルク大佐の5名に命ず。卿らは宇宙に上がり、艦隊の再編と掌握を行うようにしておいてくれ。こちらに降りてきた少数と哨戒中の艦を除いて、ほぼ全数の艦が現在オーディン近辺の宙域で補給作業中だ。補給が済み次第、いつでも戦闘行動に移れるよう、万全の準備をしておくのだ」

 タンネンベルク伯の命令に対し、5人は一斉に唱和するように「はっ」と答え、敬礼してから会議室を去っていった。

「レープ准将とマッケンゼン大佐は、このままここでガイエスブルグ組の集結プランの検討だ。幕僚も呼び寄せるとよい。シュタウフェンベルク大佐は憲兵隊を指揮下に掌握し、地上警備の指揮を行うこと。私は皇宮の大広間、戴冠式場に向かいリッテンハイム侯と落ち合うこととする。以上だ」

 それだけを云うと、タンネンベルク伯は席を立ち、見事な敬礼を残っている3人に行う。そして会議室から出ていった。続いてシュタウフェンベルクも席を立ち、同じように敬礼して去っていった。レープとマッケンゼンは、副官を呼び寄せ幕僚たちに連絡を取らせる。



 タンネンベルク伯爵は軍務省の玄関を出ると車に乗り、皇宮へと向かった。リッテンハイム侯との待ち合わせ時間までには、まだ若干余裕があった。遅れるようなことは先ずないだろう。

 間もなく伯の車は皇宮の敷地に入る。さすがに新無憂宮のエリアは広大なので、正門をくぐっても玄関までは遠い。十五分程度はかかるような距離である。その間、タンネンベルク伯は、これからのことに思いを馳せていた。何と云っても、まだまだ為すべきことは山ほどあるのだ。しかも、どれもこれも難問だらけである。リッテンハイム侯の分派活動を見過ごさず、上手く利用することを思いついてから、今までの経過もかなり綱渡りだったが、これからも簡単には行きそうにない。しかしタンネンベルク伯爵は、今の困難な状況を含め、明らかにこの過程を楽しんでいた。根が動乱の時代に適応した人間であるようで、綱渡りのような苦労を苦労とも思わない性格なのである。平和時だったら、暇を持て余したような人物であったかも知れない。「激動の時代に適した人材」という意味では、自由惑星同盟のヤン提督と似たようなところはある。しかし、彼の提督と明らかに違うところは、勤勉さでは百倍以上優れており、このあたりはむしろラインハルトに近いと云えるところだろうか。

 タンネンベルク伯爵は皇宮の玄関前に付いた車から降り、階段を上って宮殿の大広間に向かう。ゴールデンバウム王朝の開祖、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの思想が具現されているこの宮殿は、とにかく広いのであるが自動化された移動手段などはない。強靱な肉体を持たない者には存在価値がない、というルドルフ個人の信念から、宮殿内の移動は全て徒歩である。

「やれやれ。『肉体は一定レヴェルまでは鍛えるべきである』という考えには賛成するが、広大な宮殿を全て徒歩移動、とするのはいくら何でもやりすぎだろうに。私もそうだが、若い者はそれでも構わぬかも知れぬが、年齢のいった者に対する配慮がまるでないではないか。今後、多少は考慮する余地はあるかも知れぬ」

 ようやく大広間にたどり着いたタンネンベルク伯は、戴冠式の会場を見渡した。入り口では警備兵が、伯に対してもボディチェックを行う。伯は何度もここに姿を現しているので、兵も解ってはいるが、一応用心の為に例外なくチェックを行うこととなっている。もちろん、テロを警戒してのものだ。こういうことは、用心するに越したことはないのである。
 すでに現在でも、今すぐにでも戴冠式を始められるように会場の準備は完了しており、準備を行っていた要員の姿はない。警備兵が大広間内の各所に詰め、厳戒態勢を敷いているのと、戴冠式中継用のテレビカメラが何台か据え付けられており、テレビ局のクルーが機材に取り付いてあれこれやっているくらいである。



 伯が到着してから二十分ほど経ったところで、大広間の入り口付近で騒ぎが起こった。タンネンベルク伯が寄っていくと、騒いでいるのは何のことはないリッテンハイム侯爵本人である。

「この無礼者めが!わしを誰だと思っている!!新皇帝の父にて帝国宰相たるリッテンハイム侯爵たるぞ!貴様ら下賤の身が触れていい身分の者ではない!!」

 リッテンハイム侯爵は、「職務ですから何とぞご協力を」と繰り返す警備兵の前で、怒りに満ちた声を張り上げていた。タンネンベルク伯は侯爵に近づき、苦笑しながら話しかける。

「侯爵閣下、申し訳ありませぬが、この警備兵たちは私の指示を忠実に実行しているに過ぎませぬ。ご無礼は私の方からお詫びさせて頂きますので、どうか協力下さるようお願いしたいのですが」

 リッテンハイム侯爵はタンネンベルク伯に機先を制され、直ぐには言葉が出てこないようだ。

「いえ、どこの何者がサビーネ様の戴冠式を害しようと企てるやら、解ったものではありませぬ。事によると、私や侯爵閣下に化けてここに侵入し、爆弾を仕掛けるのような挙に出るやも知れませぬぞ。よって、戴冠式の会場に入る人間は、身分に拘わらず全員のボディチェックを行うよう指示してございます。ご不快は重々承知ではありますが、サビーネ様の安全の為でございます。どうか曲げて、チェックを受けるようお願いしたいのですが」

 タンネンベルク伯にそこまで云われて、不精不精ながら納得したリッテンハイム侯であった。しかし、やはり愉快ではないらしく、不満そうな顔でボディチェックを受けている。ようやく解放されて、入場を許されても、まだ不機嫌そうな顔をしていた。

「ところで、ご覧のように戴冠式の準備はほぼ終了しております。あとはサビーネ様のご到着を待つばかりといったところで」

 話を次に持っていって、侯爵の気を逸らそうとするタンネンベルク伯である。

「うむ、そうだな。ここで、サビーネが即位する訳か。そうなれば金髪の孺子めが、我らに対し『賊軍』などと大それた口をきくこともできなくなる。今度は孺子たちの方が『賊軍』になる訳だからな」

「左様ですな。その点は何度も『今からはお前たちが賊軍だ』と、繰り返し強調しておいた方がよろしいかと心得ます。ローエングラム侯や彼の麾下の提督たちはともかく、将兵レヴェルでは動揺することに間違いはありませぬので。今までは、自分たちが皇帝を擁して正統な軍権の下に軍務を行っているつもりだったのに、いきなり逆転して『賊軍』と化すのでは、動揺するなという方が無理というものです」

 タンネンベルク伯の云いように、うんうんと頷くリッテンハイム侯でった。多少は機嫌が直ってきたようだ。

「ところで、わしとしては、少々気になることがあるのだが。卿に聞こうと思っていたのだがな」

 何なりと、と答えるタンネンベルク伯に、更に問いを投げかけるリッテンハイム侯である。

「いや、確かに我が軍の戦力は五万隻はあるのだが、あの孺子は全部合わせればそれでも十万隻は持っておる。ガイエスブルグにも同程度は残存していよう。それらを相手に、まともにやり合って果たして勝てるのか、ということだ。卿なら五万隻もあれば、相当戦えるであろうことは疑ってはおらぬが、さすがにしんどいのではないか、と思ってな」

 艦隊の指揮を行っていただけあって、まるっきり軍事に無知という訳ではないリッテンハイム侯である。数が少ない、という危惧を持つのは当然だった。

「なるほど。当然のご心配でございますな。ローエングラム侯だけをとっても戦力は倍。しんどいどころではなく、まともにやり合えば、勝利するのは確かに困難でしょう」

 リッテンハイム侯爵の言うことを否定しないタンネンベルク伯である。

「しかし、我が貴族連合軍は、現在侯爵閣下の麾下にある艦隊戦力だけではありませぬ。ガイエスブルグにも、巨大な戦力が残っております。それをこちらの下に持ってくればよろしいのですよ」

 平然と、「ガイエスブルグの戦力を味方に付ける」と言い放つタンネンベルク伯であった。これはすでに麾下の「取り巻き」たちにも告げている方針なので、タンネンベルク伯にとっては「今さら」の話である。

「ぬ、卿は簡単そうに言うが、ブラウンシュヴァイクのやつが、わしに従う気になるかな?それとも何か、わしがブラウンシュヴァイクに頭を下げて、味方になるよう乞わねばならぬのか?」

 ブラウンシュヴァイク公に頭を下げることを想像したのか、リッテンハイム侯は多少不愉快そうな顔をした。

「いえいえ、そのようなことはありませぬ。侯爵閣下は帝国宰相であらせられます。『指揮下に入れ』と、ご命令なさればよろしいのですよ。従わなかった場合は、ブラウンシュヴァイク公自身が、反逆者になるということで」

「しかし、ブラウンシュヴァイクのやつがわしの命令に素直に従うかな?やつがわしを蔑ろにするからこそ、袂を分かった訳だしな。わしの言うことを聞くとは思えぬのだが」

「なるほど。それはそうでしょうな。ブラウンシュヴァイク公は意地を張って、侯爵閣下には従わない、と言い張ると私も思います。公爵の甥のフレーゲル男爵なども同様でしょう。しかし、ブラウンシュヴァイク公とその血縁者以外の貴族連合軍の同志たちはどうでしょうか。彼らは、リヒテンラーデ公とローエングラム侯の専横に反対していただけで、ブラウンシュヴァイク公の部下という訳ではありませぬ。侯爵閣下が新皇帝陛下の代理人たる帝国宰相としてご命令を下されれば、総司令官のメルカッツ提督以下、閣下の指示に従うのが当然、と考えるであろうことに疑いはありませぬぞ」

 それを聞いてリッテンハイム侯は「そうか!」と言わんばかりに、得心のいった顔で唸り声をあげた。しばらくしてから、改めてタンネンベルク伯に問いかける。

「そこまで卿が先を読んでいるということは、すでにガイエスブルグの方には手を打ってある、ということなのだな?用意周到な卿のことだ、まさか何もしていない、ということはあるまい」

 それを聞いて照れたような顔をするタンネンベルク伯である。

「お気づきになられましたか。ガイエスブルグには私の指示に従う者を何人か残してございますので、彼らが同志たちを説得してくれるでしょう。更に、メルカッツ提督には、私の親書を手渡すよう、すでに親書を載せた艦を差し向けてございます。ブラウンシュヴァイク公がいかに怒り狂おうとも、9割以上が侯爵閣下を支持する方向になびくことは疑いなし、と私は思います。よって、貴族連合軍の同志たちへの呼びかけは、なるべく寛大にするようお願いしたいのですが。諸君らを快く我が陣営に迎える、というように」

 それを聞き、高笑いを始めるリッテンハイム侯であった。

「うわっはっはっはっはっはっ、さすがは卿だ。するとブラウンシュヴァイクめは、わしが宰相になることにより盟主の座を奪われるばかりか、下手をすれば反逆者という訳か。これは愉快だ。そして遠からず、金髪の孺子とブラウンシュヴァイクの両方を亡き者にできる、ということだな。うわっはっはっはっはっはっ」

 先ほどまでの不機嫌も何のその、上機嫌で高笑いを続けるリッテンハイム侯である。タンネンベルク伯も微笑しながら、調子を合わせていた。侯爵の高笑いは、しばらく続きそうであった。















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