反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(2)






「なに?エーリッヒ・フォン・タンネンベルクだと!?いつの間に、奴が門閥貴族軍に参加したというのだ!!」

 総旗艦「ブリュンヒルト」にて、ラインハルト・フォン・ローエングラム侯爵は、形のいい眉を吊り上げた。ジークフリード・キルヒアイス上級大将からの報告が、ようやく届いたのである。蒼氷色の瞳が、時ならぬ炎に燃え、苛烈な光を放つ。その光は、明らかにパウル・フォン・オーベルシュタイン中将を責めていた。「タンネンベルク伯爵の参加」という要素に関しては、情報担当のオーベルシュタインからは、何も聞かされていなかったからだ。

「タンネンベルク伯爵は確かに盟約には参加しませんでしたが、全くノーマークという訳でもなく、一応動静を監視させてはいました。しかし、戦役勃発後、何もせずにオーディンから自領へ帰ってしまったので、それ以上手出しをする訳にもいかず、きゃつの領地へは調査員が潜入できなかったので、それ以降の動静は不明でした。しかも・・・・・」

「言い訳はいい、オーベルシュタイン。卿の言いたいことは結局、『見張らせてはいたが、不穏な動きがなかったので、それ以上手出しはできなかった』ということだな?」

「御意。むしろタンネンベルク伯は、今回の戦役に関して、大貴族連合には勝ち目がない、と踏んで大人しくしているのか、と考えておりました」

 義眼の参謀長の言いように、金髪の若者は苛立たしげに舌打ちした。オーベルシュタインならずとも、リップシュタット盟約に参加しておらず、目立った敵対行為もない貴族が、戦役が勃発した後「領地へ帰る」と申し立ててオーディンから退去しようとした場合、拘束などしようがないことを理解できないラインハルトではない。マリーンドルフ伯爵家のようにラインハルトに与しはしないものの、戦役の行方を判断できず、どっち付かずの態度を取る貴族家も、決して少なくはなかったのである。それらを拘束しようにも、理由がないのではどうしようもなかった。タンネンベルク伯の裏の動きは、ラインハルト陣営では全く察知できなかったので、これは致し方ない。これについては、オーベルシュタインの無能というよりも、タンネンベルク伯の動きが慎重かつ巧妙だった、ということであり、オーベルシュタインを責めるのは酷である。相手の方が一枚上手だった、ということだ。

「起こってしまったことを今更どうのこうの言っても仕方あるまい。それよりも、タンネンベルク伯にオーディンを押さえられる訳にはゆかぬ。大至急、帝都へ戦力を戻さねばならぬだろう」

「御意。帝都を門閥貴族軍に押さえられてしまいますと、皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世の身柄、及び閣下の姉君、グリューネワルト伯爵夫人も貴族どもに・・・」

 オーベルシュタインがそこまで言った時、ラインハルトは激昂する。

「もし姉上に指一本でも触れて見ろ、タンネンベルクだろうが誰だろうが、生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてくれる!!」

 グリューネワルト伯爵夫人アンネローゼは、ラインハルトの唯一の弱点と言ってもいい。姉に対するこだわりは、ラインハルトの「少年」の部分がどうしても譲れない点である。

「大至急かつそれなりの艦隊戦力を帝都に戻す、となるとやはりここはミッターマイヤー提督の出番となりましょう。提督をここへ呼びますか?」

「それはまあよいが、私が行かずしては話にならぬ」

「閣下!!」

 オーベルシュタインは、非難がましい目でラインハルトを見た。

「今ここで閣下が旗艦とともに、オーディンへ下がってしまった場合、我が軍将兵の士気は地に堕ちてしまいましょう。『ローエングラム侯は、姉の為に自分たちを見捨てるのか』と。その場合、戦わずして我が軍が崩壊することになりかねません。閣下も、その程度のことは弁えておられるはずだ。判りきっていることであるのに、それでも自らオーディンへ向かう、とおっしゃられるのか」

「・・・・・・・・」

「ミッターマイヤー提督と、キルヒアイス提督にお任せになるべきです。それとも、二人が信用できませぬのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・そういうことではない。判った、卿の言う通りにしよう・・・・・・」

 貴族連合軍との決戦を求めて出撃してきたのに、ラインハルトが「姉を救う為」にオーディンへ戻ってしまえば、麾下の将兵たちが「なんだ、ローエングラム侯は、姉がなにより大事なのか。やはり『スカートの中の大将』ではないか」と、ラインハルトの「シスターコンプレックス」ぶりを嘲笑するようになってしまうだろう。この場合、「オーディンを貴族連合軍に押さえられたら・・・」という理よりは、「姉の為にあたふたとオーディンへ戻る金髪の孺子」というイメージの方が、遙かに説得力を持つ。ラインハルトは、激情を辛うじて抑制し、参謀長の進言を受け入れた。

「では、ミッターマイヤー提督をここへ呼びますか?」

 オーベルシュタインが再度同じ問いを発する。

「いや、一刻を争う要件だ。通信のみでよい。ミッターマイヤー提督の「人狼(ベイオウルフ)」につないでくれ」

 直ちに通信回線が開かれ、「人狼(ベイオウルフ)」のミッターマイヤー提督が画面に出る。

「お呼びでしょうか?ローエングラム侯」

「卿に大至急やってもらいたいことがある。キルヒアイスから連絡があったのだが、大貴族どもの一員、タンネンベルク伯爵率いる艦隊が、キフォイザー星域からオーディンへ急行している。卿はこれより先にオーディンへ到達し、貴族連合軍のオーディン制圧を阻止せよ」

 ラインハルトの命令に、ミッターマイヤーは一瞬息を呑む。「タンネンベルク伯爵」の名前には、それだけのものがあるのだ。

「タンネンベルク伯爵、エーリッヒ・フォン・タンネンベルク提督ですか・・・・」

「どうした?卿は何か奴と過去の経緯でもあるのか?」

 言葉に詰まったミッターマイヤーに、ラインハルトが問いを発する。

「いえ、直接の関わりはありませんでしたが、タンネンベルク准将、そして少将の戦いは、目の当たりにしたことがございます。あの男は甘く見ない方がいい、と深く肝に銘じた次第です」

「卿のような勇者をして、そこまで言わしめるとは、タンネンベルクとは相当な奴なのだろうな」

「御意。侯爵閣下は、タンネンベルク伯にはお会いになったことはありませぬか?」

 エーリッヒ・フォン・タンネンベルクと、ラインハルト・フォン・ローエングラムの出会いはただ一度のみである。ラインハルトがまだ「ミューゼル」姓を名乗っていた時、幼年学校時代に訪ねてきた士官学校生の記憶があるだけだ。それ以降、ラインハルトとタンネンベルク伯の人生の航跡が、交差することはなかった。互いに最前線にいた期間が、全く重なってない訳ではないのだが、ラインハルトが台頭してきた時には、タンネンベルク伯はもう軍を去っていたからだ。

「いや、ない訳ではない。私がまだ幼年学校にいた時、当時士官学校生だった奴が、私を見物に来たことがある。『下級貴族出身の、皇帝の寵姫の弟』に興味があったらしい。いけ好かない奴だ、とは思ったがな」

「さようですか・・・・・タンネンベルク提督の戦術・戦略手腕は確かなものです。小官は何度か、最前線でそれを目撃しました。一度など、タンネンベルク准将自らがワルキューレに乗り込み、戦闘艇戦隊全体に的確な戦術指揮を行って、多数の敵を屠って無事生還してきたこともありましたが。むろん、それだけではなく、艦隊指揮も巧妙かつ辛辣、その上いわゆる『頭でっかち』の理論優先のところもなく、柔軟性にも長け、敵にしてこれほど始末の悪い相手もいない、と小官は思います」

 敵将とはいえ、ミッターマイヤー提督は有能な相手に対する賛辞は惜しまない。しかし、ラインハルトもミッターマイヤーも、妙な気分になっているのも事実だった。「堕落の限りを尽くし、歴史の中に消え去るべき廃物」である筈の大貴族の中から、ラインハルトらに敵対する形で、新星が出現するなどとは思ってもいなかったからだ。いや、仮に有能な人物が貴族連合軍にいたところで、大貴族たちの我が儘にいいように振り回され、能力の半分も発揮できまい、と踏んでいたのである。メルカッツやファーレンハイトなどがいかに奮闘しようとも、十全の状態で戦闘に望める訳でない以上、ラインハルト陣営の有利に戦いを進められるはずだった。ところが、当の有力大貴族自身に、有能な人物がいるとすると、根本的に話が変わってくる。その人物の思惑を、他の大貴族が無視し、身勝手を通すという訳にはいかなくなるからだ。帝国貴族家の中でも最有力家の一つの当主、というタンネンベルク伯の立場なら、貴族連合軍自体の作戦に関して、かなりの自由度を得られることは間違いない。現に、リッテンハイム侯の艦隊は、タンネンベルク伯の意志によって動いている以外の、何物でもないだろう。ブラウンシュヴァイク公と喧嘩別れしたとはいえ、貴族連合副盟主にあたる人物の戦力を、思うがままに動かせるだけの力が、タンネンベルク伯爵にはあるのだ。

 今回の戦役に関しては、ラインハルトと麾下の諸提督たちは、貴族連合に追い詰められたように思いこませて暴発させれば、順当に勝利が転がり込んで来る、と割と楽観視していたのだ。むしろ、余裕を持って楽しむように、リップシュタット戦役に対処していたのである。賞賛すべき人材として、ラインハルト陣営に付くことを選択した、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフを輩出しただけで、今回の戦役であっさり消え去ると思えた貴族階級が、意外にしぶとい事にようやく気付いた、といったところであろうか。

「まあよい。いずれにせよ、卿にはオーディンへ急行してもらう。もちろん、タンネンベルク伯よりは先にだ。卿の艦隊運用の速度なら、彼に先んじることができよう」

 ラインハルトは、ミッターマイヤーがタンネンベルク伯より先に、オーディンへ到達することに疑いはない、と思っているようである。

「しかし、それは何とも言えないのではありませぬか?侯爵閣下からこちらにいただいた情報では、タンネンベルク伯がいつオーディンへ向かい進撃を開始したか、全く解りませぬ。すでにタンネンベルク伯がオーディンへ到達している可能性も無きにしも非ず、と小官は愚考いたしますが・・・・・」

 ミッターマイヤーは、言い難そうに指摘した。

「その場合は、直ちに私に連絡せよ。対処は追って指示する!」

 ラインハルトは多少苛立たしそうに返答した。キルヒアイスにとってもそうだが、もちろんラインハルトにとっても「アンネローゼが貴族連合軍の虜囚となる」など、考えたくもない事態であることは間違いない。

「御意。では、小官は直ちに、麾下の艦隊戦力を率いてオーディンへ急行いたします」

 ラインハルトの負の感情を刺激した事に気付いたミッターマイヤーは、それ以上何も言わず、敬礼の後に通信回線を閉じた。

「閣下。ミッターマイヤー提督の言う通り、タンネンベルク伯にオーディンに先着される可能性について、検討すべきと思慮いたしますが」

 オーベルシュタインは容赦なく、金髪の若者に指摘した。ラインハルトが何を想像して、その可能性についての話を打ち切ったのか、もちろんオーベルシュタインは理解していたからである。

 それでも、黙っているラインハルトに、オーベルシュタインは追い討ちを掛けるように告げた。

「この際はっきり申し上げましょう。グリューネワルト伯爵夫人が、貴族連合軍に捕縛された場合、侯爵閣下はいかに対処されるおつもりですか?」

 重ねて指摘するオーベルシュタインに、ラインハルトは尚も答えようとはしない。

「敢えて申し上げます。グリューネワルト伯爵夫人一人の命がいかに大事とはいえ、侯爵閣下に付いている者たち全員とは引き換えにはできませぬ。最悪の場合、非情の決断もやむなきと考えますが」

「オーベルシュタイン!卿は、私に、姉上を見捨てろと言うのか!!」

 オーベルシュタインのあまりと言えばあまりの進言に、ラインハルトは再度激昂した。「非情の決断」が何を意味するのか、理解できないラインハルトではない。「アンネローゼを死なせてもやむを得ない」、いかにもオーベルシュタインらしい物言いだが、だからと言って、ラインハルトにそれを受け入れられる訳はなかった。

「あくまで最悪の場合は、ということです。そこまでの御覚悟が必要な場合も起こり得る、と申し上げているのです」

 平然と言い放つオーベルシュタインである。

「もうよい!要は、ミッターマイヤーがタンネンベルクに先んじればよいのだ。それで話は解決する!!」

「ですから、それは単なる希望的観測に過ぎない、と再三申し上げております。タンネンベルク伯は、キルヒアイス提督ですら手玉に取られてしまうような始末の悪い相手だ、ということをお忘れではありますまい」

「もうよいと言っているだろう、オーベルシュタイン!!キフォイザー星域よりは、我が軍の現在位置の方がオーディンへは近い。しかも、ミッターマイヤーの脚の速さは、帝国軍随一と言ってもよかろう。卿の心配は、杞憂に終わる可能性が高いのだ」

 進言を拒絶するかのようなラインハルトの物言いに、ついにオーベルシュタインは一礼して引き下がった。しかし、オーベルシュタインとしては、決して納得した訳ではない。キルヒアイスを簡単に手玉に取ったタンネンベルク伯のやり口からすると、ここでもラインハルトの思惑が裏切られる可能性は高い、と判断していたが為である。

「何か策を考えておかねばならぬな・・・・・ローエングラム侯と雖も、所詮は人の子か。覇者となるべき人物がそれでは困るのだが」

 オーベルシュタインとラインハルトでは、全く視点が異なっている。ラインハルトは、そもそも姉、アンネローゼを皇帝に問答無用で奪われたことで、誰にも命令されない地位、覇者となる志を持ったのだ。その課程で、腐敗し堕落しきった大貴族たちの姿を目の当たりにし、社会革新をも目指すようになった訳である。ラインハルトの志の出発点である、肝心の姉を捨てよ、などというオーベルシュタインの進言を、受け入れる筈もない。極端なこと言えば、アンネローゼとキルヒアイスとの魂の通いあった生活があれば、ラインハルトはそもそも宇宙など必要とはしなかった。その幸せを奪ったのが帝国最大の権力者、神聖不可侵なる銀河帝国皇帝であったからこそ、自らがその地位を凌駕し、姉を取り戻す必要が生じたのだ。「姉さんを奪ったのが皇帝である以上、おれが皇帝より力を持つしかない」それが、ラインハルトの原点である。

 オーベルシュタインとしては、ゴールデンバウム王朝を叩き壊すべき新たなる覇者を求め、その結果、その可能性を濃厚に有する、ローエングラム侯ラインハルトに接近したのである。ラインハルトを主君とは仰いでいるものの、その意識としては「契約」に近いものがあった。オーベルシュタインの謀略・諜報など権謀術数に関する能力をラインハルトに提供し、報酬としてゴールデンバウム王朝の滅亡を得る。それがオーベルシュタインの目的だった。あくまでゴールデンバウム王朝を打倒することが優先であって、その為には、アンネローゼの安全は必要がない。いや、アンネローゼを積極的に害することは無論ないのだが、アンネローゼを犠牲にしてゴールデンバウム王朝の打倒がなるのなら、躊躇わずそうすべきだ、とオーベルシュタインは考えてしまう。とは言っても、それは何もアンネローゼに限った話ではなく、誰であろうと同じである。ナンバーワンたるラインハルト以外なら、味方陣営の人間でさえも「必要とあらば、犠牲にすることを厭うべきではない」、その思想がオーベルシュタインのオーベルシュタインたる所以であった。オーベルシュタインは、自分自身ですら、「必要とあらば犠牲にする」中に平然として入れていることが、この男の容赦を知らぬところであろう。




「これより、我が艦隊は、帝都オーディンへ急行する!現在、貴族連合軍、リッテンハイム侯爵率いる艦隊が帝都へ向かっている。我らはこれより先に帝都に赴き、敵の帝都制圧を阻止するのだ。なお、敵は全戦力で歩調を合わせて帝都侵攻を行っているのではなく、一部戦力を先行させている可能性が高い、という情報が入っている。よって、我が艦隊も、可及的速やかにオーディンへ到達する必要がある!故に、脱落艦が多少出ても構わぬ。遅れた艦は、後からでも帝都に到達すればよい!!」

 ミッターマイヤーが檄を飛ばすと、直ちに艦隊の「人狼(ベイオウルフ)」以下の全艦艇はオーディンへ向かい、全速前進を開始した。実際、ミッターマイヤーとしては、一分一秒でも時間が惜しいところだ。エーリッヒ・フォン・タンネンベルクには抜け目がない、ということをミッターマイヤーはよく知っている。こうしている間にも、タンネンベルク伯はオーディンに到達しているかも知れない。本当に、タンネンベルク伯が、先行艦隊を率いて帝都へ急行しているのなら、自分がそれに先んじることは、先ず不可能だろう、とミッターマイヤーは考えていた。しかし、可能性がある限り、本分を尽くすのが軍人というものである。

 また、ミッターマイヤーは、艦隊の将兵には「リッテンハイム侯の艦隊」と言っただけで、敢えて「エーリッヒ・フォン・タンネンベルク伯爵」の名前は出さなかった。何しろ伯本人の存在が確認された訳ではないので、不確実な情報で将兵に要らぬ不安感を与えるのはよろしくない、と判断したが為である。タンネンベルクの名前は、軍歴が長い者なら知っている可能性が高い。もちろん、ミッターマイヤーとしては、「強い敵と戦う事は武人の誉れ」と考えてはいるが、麾下の将兵の一人一人までがそういう訳ではない。タンネンベルク伯の名前は、敵にして将兵に不安を与えさせるに十分な威力を発揮することは間違いないのだ。















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