反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(12)







「あ、ね、う、え・・・・・・・・・・・」

 ラインハルトは顔面蒼白となり、切れ切れに呟いたあと絶句していた。両手を固く握りしめた上で細かく全身を震わせており、蒼氷色の瞳は、今までとは全くレヴェルが違う、激光を放ち続けている。そのまま、刻々と時間は過ぎて行った。

「侯爵閣下」

 相当の時間が経ってから、オーベルシュタインが沈黙を破った。

「侯爵閣下、小官の情報網でも、グリューネワルト伯爵夫人のご逝去は確認されております。また、伯爵夫人の救出の為に帝都に潜入しているロイエンタール提督ですが、一切の連絡がなくなってから、十日ほど経ちました。おそらく、敵に潜入を察知され、逮捕拘禁されてしまったものと考えられます。そう言えば、その十日前に、オーディンの一角にて夜明け直前、短時間の騒乱があった、という報告もありましたので、それがタンネンベルク侯爵による、ロイエンタール提督らの制圧作戦だったのやも知れませぬな」

 しゃあしゃあと「アンネローゼは間違いなく死んだ」とラインハルトに告げるオーベルシュタインである。ドレクスラーの暗殺部隊からの暗号文による成功報告を受けていたので、オーベルシュタインはその件については誰よりもよく、詳細を知っている。しかし、そのことはおくびにも出さず、平然としたものである。

「・・・・・・・・・・・・」

 無言で、オーベルシュタインの報告を聞き流すラインハルトである。虚ろな目で、オーベルシュタインの言っていることを、理解しているかどうか分からないような様子だ。しかし、そう時間を掛けず、決断を下した。

「全艦隊に命令。キルヒアイスとミッターマイヤーにもだ。これより、麾下全艦隊は反転し、オーディンに急行。タンネンベルク軍を撃滅する」

「閣下!」

 非難がましい目でラインハルトの方を見る、オーベルシュタインである。

「閣下、現在、このまま進めば三日と経たずに、ガイエスブルグからの敵との交戦に入ることが可能です。これらを各個撃破した後、ガイエスブルグを占領して、持久戦に持ち込むのが今後の我が軍の基本戦略のはず。司令官個人の感情で、大方針を勝手に変更するものではありませぬ」

 しかし、ラインハルトはオーベルシュタインの言うことを、全く受け付けない。

「余計な差し出口を挟むな、オーベルシュタイン。絶対に、絶対に許さぬ。タンネンベルクにリッテンハイム、奴らだけは、奴らだけは私自身の手で、八つ裂きにしてくれる!!」

 感情を爆発させ、咆吼するが如く、タンネンベルク侯とリッテンハイム公への復讐を宣言するラインハルトである。

「閣下、そのような個人的感情は・・・・」

「オーベルシュタイン。司令官は卿なのか、それとも私なのか?!どちらだ!!」

 ラインハルトはオーベルシュタインの発言を遮り、耐え難い憤りを露わにする。オーベルシュタインは、平然と答えた。

「もちろん、閣下でございます。しかし・・・」

「では、その司令官たる私が決めたことだ。これ以上、余計な事を言うな!!」

「ですが・・・・」

「黙れと言っている。私の命令に、更なる反抗を続ける気なら、卿を拘禁して軍法会議にかけることにするが、それでも良いのか?」

 ラインハルトにそこまで言われてしまっては、黙らざるを得なくなるオーベルシュタインである。正直、ここまでは読み通りに事態が動いた、と内心考えていたオーベルシュタインだが、ラインハルトのこの意固地な反応は、オーベルシュタインにとっては予想外であった。他人の感情など一顧だにしないオーベルシュタインとしては、人間が感情的になった時の思考様式など、所詮は理解の範囲外であった、ということであろう。「理」を示せばラインハルトがその通りに動くはずと踏んでいたことは、オーベルシュタインのオーベルシュタインらしい失敗と言えよう。



 ラインハルトの命令により、直属艦隊は反転を行い、オーディンへの道を目指した。さほど間を置かずに、キルヒアイス艦隊、ミッターマイヤー艦隊も反転し、同じくオーディンへ向かうことになる。「グリューネワルト伯爵夫人逝去」のニュースを受け取った時のキルヒアイスの反応は、ラインハルトに比べ、遙かに激烈なものであった。ラインハルトより長時間、放心状態であったのだが、司令官の反応がないことを不審に思った幕僚が話しかけたところで、突如意味不明の叫びをあげ、どこかに向けて走り出そうとし、慌てた周囲がキルヒアイスを取り押さえ、鎮静剤を注射するまで、獣が咆吼するような唸りをあげながら、暴れ続ける有様だったのである。

 鎮静剤による眠りから目を覚まし、さすがに落ち着きを取り戻したキルヒアイスであるが、ラインハルトからの命令により艦隊を反転させたあと、普段の穏やかなキルヒアイスの性格からは想像も付かないような殺気に満ちた目で、「バルバロッサ」の艦橋で指揮を執り続けている。

「ラインハルトさま、申し訳ありませんが、タンネンベルク侯爵の息の根は、わたくしが止めさせていただきます。こればかりは、いくらラインハルトさまでも、絶対に譲れません」

「バルバロッサ」の指揮官シートで一人呟くキルヒアイスの目には、怒りと哀しみ、それを極限以上に詰め込んだものが宿り、ある種の狂気を生み出していた。慕い続けていた隣家の年上の女性が死を強制されたことが、キルヒアイスの精神に加えた衝撃は、計り知れない。正常でいられる限界を、完全に超えていたのだ。



「よもやとは思うが、奴の仕業ではあるまいな?」

 ミッターマイヤーは、重大な疑惑を前にしていた。ミッターマイヤーとしては、アンネローゼが殺されてしまったことに心は痛むが、だからと言ってラインハルトやキルヒアイスのように、精神に変調を来すほどのことではない。事態を冷静に見つめることは、当然の如くできる。それでは、こうなってしまって、一体誰が一番得をするのか。タンネンベルク侯ということはあり得ない。何らかの策は練っていただろうが、こうやってローエングラム軍が全力でオーディンを目指すようになってしまったことは、侯爵にとっては計算外のはずだ。仮にタンネンベルク侯がアンネローゼを殺し、ローエングラム軍を自分の方に引き付けることを考えていたとしても、タイミングが早すぎるのだ。そんな不手際を、あの食えない男がやるはずもない。リッテンハイム公は、タンネンベルク侯と完全に同一歩調をとっているので、これも関与していることはない。もちろん、ローエングラム侯がそのような命令を下すはずがないし、信望を完全に失ったブラウンシュヴァイク公の工作、という可能性も低い。リッテンハイム公・タンネンベルク侯を苦境に陥れる効果はあるものの、公爵にそれだけの手際は期待できるわけがないからだ。今頃は、フェザーンにでも逃げようと、四苦八苦しているはずである。ブラウンシュヴァイク公は、自分のことだけで、手一杯であろう。それ以外では、フェザーンの工作だとしても、それも妙だ。フェザーンにとって、一体何の利益があるのか、という問題がある。タンネンベルク侯に付くつもりなら、そちらの陣営を苦境に陥れることはないし、ローエングラム侯に付くつもりなら、その姉を殺すなど最低最悪の策でしかない。復讐心を滾らせたローエングラム侯に、あとで必ず滅ぼされることになる。ブラウンシュヴァイク公に付く、などという選択は今となってはあるはずもないだろう。何の利益もないからだ。フェザーンにできることは、公爵の亡命を認めるくらいが関の山である。自由惑星同盟は、ラインハルトの目論見通り、クーデター騒ぎで国内の混乱が酷く、帝国に手を出してくる余裕はない。それに、グリューネワルト伯爵夫人を暗殺したところで、彼らには何の益もないだろう。

 しかし、これで最大の利益を得たのが、ローエングラム軍であることをミッターマイヤーは察知している。ローエングラム侯にとって、手枷足枷のグリューネワルト伯爵夫人が殺されてしまったことにより、行動の自由が確保できたのだから。と、すると、味方の利益の為には、誰であろうと平然と犠牲にする、人間の感情を一切無視するような策を考え、しかも諜報や破壊工作など、情報活動の実行手段も持っている男、いやそれの専門家が、自分の陣営に、たった一人だけいるではないか。

 考えれば考える程、ミッターマイヤーの疑惑は大きくなっていった。いや、確信に近いものになっていった、と言ってもいいだろう。間違いなく、グリューネワルト伯爵夫人暗殺事件の黒幕は、オーベルシュタインである、ということを。しかし、何の証拠もなく、同僚を誹謗するわけにもいかず、今それを指摘して、ローエングラム侯をオーベルシュタイン糾弾の方向に導いてしまうわけにもいかない。強大な敵を前にしての仲間割れなど、戦う前に敗北している、と言うしかない愚行だ。結局、ミッターマイヤーはかくの如きジレンマを抱え込み、苦悩することになってしまったのである。



「敵艦隊、反転した模様。こちらには向かって来ません」

 メルカッツ提督は、自分の艦隊まで三日ほどの距離にまで接近していた敵が、反転したことを報告される。それを聞いて、事態が急転したことを悟った。

「難儀なことになったな」

 もちろん、メルカッツも「グリューネワルト伯爵夫人逝去」のニュースは聞いている。それを知ったローエングラム侯が、オーディンのリッテンハイム公・タンネンベルク侯への復讐を果たすべく、艦隊をそちらに向かわせた事は明白だった。

「閣下・・・・」

「他の艦隊にも連絡を取るように。我らも、オーディンに急行せねばならぬようになったのでな」

 メルカッツはシュナイダーに指示を伝えた。多少は時間がかかるが、連絡線がつながっているお陰で、各艦隊には超光速通信(FTL)による連絡が可能になっている。各集団の指揮を執っているファーレンハイト、シュヴェーリン、リュトヴィッツ、エーゼベックばかりか、移動中のシュヴァルツェンベルク、レープ、マッケンゼンにも指示を伝達した。全艦隊が一旦レンテンベルクを目指し、集結後オーディンに向かう、という寸法である。一見時間がかかりそうだが、各艦隊の連携を取らずに、兵力の逐次投入になってしまってはどうしようもない。下手をすると、敵に待ち受けられて、突出した味方を大兵力で袋叩きにされる、という危険性がないわけではないのだ。それを考えると、いくらオーディンに急行する必要があるにしても、限界はあるのである。



「さて、予想外の事態により、我が軍はかなりの苦境に立たされることになった。シュリーフェン少将、説明を」

 タンネンベルク侯は、麾下の提督たちを軍務省に集め、作戦会議を開始した。場所は第二中会議室。上座にタンネンベルク侯が陣取り、右はシュタイナー中将、クライスト少将、エターリン少将、左にシュリーフェン少将、カーレンベルク少将、ノイマン少将、シュタウフェンベルク少将の順である。机の中央には、表示用のスクリーンが埋め込まれており、状況に応じて平面図や、立体映像を映し出すことが可能だった。

「では、現状をご説明致します」

 指揮用のポインタを持ったシュリーフェンが立ち上がると、オーディンの味方、ローエングラム軍、メルカッツ軍の位置関係が、それぞれのシンボルにより平面図に示された。赤いシンボルで表示されている敵、ローエングラム軍の進路が逆方向、オーディンを目指すように変化してゆくのが解るようになる。シュリーフェンは、ポインタを操作し、先ずはローエングラム軍を指し示した。

「現在、ローエングラム艦隊は、三つのグループに分かれ、オーディンに向かいつつあります。各集団の数は約二万七千。当初は、ガイエスブルグ組の一集団二万、合計三集団六万をこの戦力で叩いた後、ガイエスブルグを占拠するつもりであったろうと推察されますが、その戦略を破棄し、オーディンへの進攻に変更した、ということです。ガイエスブルグ組との時間的距離は三日を切ったところで反転が行われた為、現在後方からローエングラム軍を追い掛ける形になっている味方との時間的距離は、六日弱、といったところです」

「そういうことで、我が軍は、オーディンにいる戦力だけで、六日弱の時間を、耐えねばならぬ、ということだ。敵戦力は八万、こちらは五万強程度。しかも相手は、『戦争の天才』ことローエングラム侯だ。しかも、彼にとってはもっとも大事だった姉の仇討ちだから、闘志は並大抵ではない。かなり厳しいな。これはあくまで想像だが、彼が勝った場合、私やリッテンハイム公、皇帝陛下のみならず、卿らも含めて皆殺しの憂き目となるだろう。それくらい、ローエングラム侯は怒り狂っているはずだ」

 現状認識を述べるタンネンベルク侯である。

「八万対五万、しかも戦術だけで、ローエングラム侯相手に六日間耐えねばならぬ、ということですか。確かに、かなり厳しいですな。オーディンから離れる訳にも行きませぬし、その上、復讐に燃え闘志が充実している相手では」

 シュタイナーが先ず発言する。かなり渋い顔をしており、事態が容易ならざるものである、ということは充分認識している。

「取り敢えず、機雷原を構築しておく、ということではどうでしょう。守りを固める、という意味で」

 ノイマン少将が提案する。しかし、直ぐに異論が出された。

「意味があるかな?何しろ、機雷原突破用に使える、指向性ゼッフル粒子がある。しかも、相手はアムリッツァで一度使っているから、使用法にも長けていよう。機雷を敷設する労力も莫迦にはならんし、あまり費用対効果が良いように思えぬな」

 カーレンベルク少将が、機雷敷設に消極的な姿勢を見せる。もちろん、機雷を敷設してもあまり効果がない、と踏んでの発言ではあるのだが、そもそもカーレンベルクが攻勢向きの人材であり、機雷原を盾に穴蔵に籠もるが如き戦術を嫌った、ということも否めない。

「いえ、敵が指向性ゼッフル粒子を使うにしても、機雷敷設は敵の攻勢方向を限定的にさせる効果はあります。時間稼ぎくらいにはなるのではないかと」

「だが、どこに敷設するのか、という問題もあろう。まさか、オーディン全体を、機雷で覆うわけにも行かぬからな。一方向に敷設したところで、迂回されてしまえばそれまでだ。その場合、オーディンを目指すような挙動で回り込み、我らを機雷原から引き離そうとするだろう。敵の意図が解りきっていたとしても、オーディンを陥とされる訳には行かぬから、こちらも移動して、せっかく敷設した機雷原から離れねばならぬ。それでは、あまり意味がなかろう」

 クライスト少将の意見に、さすがのノイマン少将も沈黙する。確かに、惑星オーディンの全周を、機雷で埋め尽くすわけにもいかない。だいたい、そこまでの数の機雷が揃えられないし、仮にそんなことをやった場合は、オーディンへの宇宙船の出入りが、あまりに不便になってしまう。味方の港を機雷で封鎖するようなものなのでは、これは得策とは言えない。

「無論、機雷を小道具に使用するということがいかなる場合も駄目だ、ということではないが、今回はあまり意味がなさそうだな」

 タンネンベルク侯が結論を出し、機雷の使用は検討事項から外される。

「結局は、小細工云々より、戦術ということですかな?」

 シュタイナーの確認に、タンネンベルク侯は同意した。

「まあそうだ。基本的にはその通りなのだが、しかし、今回も小細工抜きでは無理だと思う。戦術だけでは、持ったところで三日か四日が精一杯だろうな。何しろ、強力な相手だ。結局、我が軍の戦いは、小細工ばかりということか。後世まで、『卑怯者』と言われるかも知れないな」

 苦笑するタンネンベルク侯である。しかし、どことなくそれを面白がっている風でもあった。キフォイザー星域での、リッテンハイム本隊を囮にした、シュタイナーによるキルヒアイス艦隊相手の遊撃戦といい、オーディン上空でのミッターマイヤー相手の防衛戦闘といい、ヴァルハラ星系外縁部会戦といい、タンネンベルク侯爵が「小細工」なしに「正面から正々堂々」と戦ったことは、少なくとも今回の戦役に関しては一度もない。それは確かだった。

「まあ、相手が相手ですから、それはお互い様ということでよろしいかと。ローエングラム軍が、レンテンベルクでオフレッサー上級大将を捕獲した時のやり口なども、充分『卑怯者』と言えましょうし。もっとも、あんな単純な罠に引っかかるのでは、どうしようもありませぬが。『野蛮人』だの『猛獣』だの言われても、仕方のないことにて」

 澄ました顔でいうエターリンに、周囲からも失笑が漏れる。さすがに、タンネンベルク侯の部下の中には、獰猛なだけで知性を感じさせなかったオフレッサーに好意を持っていた者はおらず、オフレッサーが嘲笑の対象とされたところで、同情心を持って庇おうとする者はいない。

「まあ、冗談はともかく、小細工についてはいくつかは考えてある。もっとも、ローエングラム侯が中央突破戦術でくるのか、むしろ包囲戦術、双頭の蛇のような戦術を取ってくるのかにより、いくつかパターンが出てくるだろうが。実際、彼も楽ではないのだ。何しろ、早期に我が軍を撃破、敗退させないと、後背をガイエスブルグからの大兵力、メルカッツ軍に襲われ、惨敗を喫することになる。そうならないよう、彼は手早く勝つ為の策を弄しては来るだろう。それを念頭に入れ、卿らも検討してみてくれ」

 タンネンベルク侯の話は佳境に入って行く。作戦会議は、まだまだ続くことになりそうだ。




 9月3日、ローエングラム軍は一度は空にした、レンテンベルク宙域に到達する。そのまま、艦隊の再編を行いつつ、留まることなくオーディンへの進撃を続けた。なお、ここでようやく3つに分かれた艦隊が合流し、全軍結集となっていた。

 艦隊が合流すると、ジークフリート・キルヒアイス上級大将は真っ先にシャトルに乗り込み、ローエングラム侯爵の旗艦「ブリュンヒルト」に向かった。何はともあれ、ラインハルトに面会せずにはいられなかったのである。

「ラインハルトさま・・・・・・」

 ラインハルトの部屋に入室し、開口一番、呼びかけるキルヒアイスである。その一言に、色々な思いが入り混じっていた。さすがに、何日も時間が経っているので、二人とも表面上は精神の平静を保っている。内心、いかに荒れ狂っていようとも。

「キルヒアイス・・・・・・」

 ラインハルトも同じように返し、しばらく無言で互いを見つめ合う二人である。

「キルヒアイス、これだけは言っておく。リッテンハイムとタンネンベルク、あの下司どもは、おれたち二人の手で叩き殺し、死体を引き裂いて、汚泥とともに下水に流してやる。いいか、おれたち二人の手で、だ!」

 ラインハルトの蒼氷色の瞳は、炎を宿すが如く燃えている。キルヒアイスもそれに応えた。

「はい、もちろんです、ラインハルトさま。あの二人の息の根を止め、勝利の報告をアンネローゼさまの墓前に捧げることにしましょう」

 この瞬間、二人の関係は完全に元に戻っていた。ヴェスターラントの件により発した不和は、アンネローゼの暗殺により、雲散霧消してしまったのだ。アンネローゼの死に比べれば、そのようなことは瑣事末梢に過ぎず、煮えたぎる復讐心に駆られた二人にとって、どうということでもない。

 ラインハルトはキルヒアイスに手を差し出す。キルヒアイスは黙ってその手を握り、強力な意志を込めた瞳で、無言の合図を送った。それはかつて、ラインハルトが覇を立てる意志を持った、遠い幼き日を再現したが如くであった。



「卿らに集まってもらったのは他でもない。タンネンベルクを、完膚無きまでに叩き潰す作戦案を練る為だ。オーベルシュタイン」

 ラインハルトは、しばらくしてから、キルヒアイスのみならず麾下の提督全員を旗艦「ブリュンヒルト」に召集し、作戦会議を開始させている。オーベルシュタインが先ず立ち上がり、彼我の戦力差についての説明を行った。

「現在、我が軍の戦力は、戦闘艦艇八万二百三十三隻、兵員一千一百九十八万七千九百二十二名。これにて、オーディンに駐留する、タンネンベルク侯爵麾下の戦闘艦艇五万強の敵艦隊を、撃破せねばなりませぬ。しかも、我が軍の後背からは、おそらくメルカッツ提督が指揮するであろう十万隻強の敵艦隊が、時間的距離にて六日以内の位置にあり、前門の虎、後門の狼という状況。この状況を受けて、オーディンへの進攻を優先させるわけですので、前面のタンネンベルク艦隊を、短時日で撃破する必要が生じます」

 オーベルシュタインとしては、未だにオーディン進攻には反対ではあるものの、それと参謀長の責務は別の話である。ラインハルトに予め命じられておいた通り、戦力見積もりはちゃんと行っていた。

「敵は五万、味方は八万。堅実に戦えば、負けることはない。しかし、この敵を早期に撃滅するだけでなく、更に返す刀で後背の十万の敵を討つ必要もある。そう簡単に行かぬぞ、この戦いは」

 ラインハルトは、麾下の提督たちを見渡す。キルヒアイス、オーベルシュタイン、ワーレン、ルッツ、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、ケンプ、メックリンガー、ミュラー、ケスラー、そして、逃避行の末に、ようやくローエングラム軍本隊との合流がなったシュタインメッツがそこにいる。

「正直、かなりの難業と思いますな。閣下の仰られた通り、簡単には勝てる相手ではありませぬので」

 ミッターマイヤーの発言は、一度ならず二度タンネンベルク侯と戦い、敗北を喫しているだけに、相応の重みがある。

「卿はそう言うが、いずれも相手が、グリューネワルト伯爵夫人を人質として誇示した上での話ではないのか?伯爵夫人のご逝去はまことに悲しむべきことではあったが、今回はそれを考慮する必要はなかろう。しかも、戦力的には我が方が上。楽々とは行かぬとも、戦術によって早期に打ち負かすことは、充分可能なはずだ」

 ビッテンフェルトとしては、勝算の高い戦いだと踏んでいる。もともと攻めを信条とする、猪突提督の本領発揮と言うところだろう。

「話はそう簡単ではない。確かに、グリューネワルト伯爵夫人を人質にされていたことが原因で、我が軍は負けた。だが、敗北した理由は、そればかりとも言えない。小官が、最初にタンネンベルク侯爵と手合わせた、オーディン上空での少数兵力同士の戦いでは、ほぼ同戦力にて積極的に攻めかけてみたものの、粘り強い防戦により攻勢を逸らされてしまった。一旦離れてから再度中央突破を図ったものの、それも読まれて厚い防御陣を張られてしまい、膠着状態となってしまっている。しかも、こちらの隙を見て、大胆に兵力を引き抜いた上での逆襲まで加えてくる始末だ。今思い出しても、ぞっとするくらいだったな。また、ヴァルハラ星系外縁部会戦では、こちらの焦りを誘った上で無理な攻勢を仕掛けさせ、逆襲するに至った手腕も凄かった。最初にこちらの戦力以下を出してきたので、大したことはあるまいと高をくくってそのまま攻勢を掛けたら、更に同数の兵力を投入され、結局倍近い兵力に圧倒されてしまっている。それが原因で、我が艦隊は壊滅してしまったわけだ」

 ミッターマイヤーの指摘に、ビッテンフェルトも反論はできない。実際、身を持ってタンネンベルク侯爵と戦った、ミッターマイヤーの経験を、侮ることはできなかったからだ。

「卿の経験を踏まえた上で、対タンネンベルク戦で、警戒しなければならないところはどこにある?」

 ラインハルトの質問に、ミッターマイヤーは直ぐに答えた。

「タンネンベルク侯爵の戦術手腕と状況判断能力は極めて優れており、これを突き崩すのは難しいでしょう。しかし、今までの彼のパターンの鍵は、一万隻程度でまとめた高速部隊の機動的な活用、これに尽きます。指揮官は、侯爵の右腕というシュタイナー少将でしたが、キルヒアイス提督も小官も、この部隊に翻弄されてしまったわけですので、やはりこれを最大限に警戒し、対策を立てておかねばなりませぬ。この部隊を封殺してしまえば、タンネンベルク侯爵と雖も、手を縛られ、動きに苦しむことになりましょう」

 ミッターマイヤーの意見に、キルヒアイスは無言で頷いている。キフォイザー星域からしばらくの間、シュタイナーの部隊に翻弄され、悩まされたことを思い出していた。

「オーベルシュタイン、そのシュタイナーという男のことを、わかりうる限りで述べよ」

 ラインハルトに指名され、オーベルシュタインが立ち上がって話し始めた。

「アルベルト・フォン・シュタイナー少将、いえ、先日、中将に昇進となっております。年齢は35歳、帝国騎士(ライヒスリッター)の出身で、実家はかなりの資産家とのこと。位階は帝国騎士ですが、タンネンベルク侯の右腕の地位をすでに築き上げており、爵位を持っている侯爵配下の者たちも、それを自然に認めているとのことですので、かなりのやり手と考えてよろしいでしょう。今回の戦役では、ミッターマイヤー提督の言うように、一万隻程度の高速部隊を率いての戦いにて、戦果を挙げている様子。難敵であることは、対戦した両提督ならずとも、お解りでしょうな」

 オーベルシュタインの指摘に、キルヒアイス・ミッターマイヤーの二人とも深く頷く。痛い目に遭わされているだけに、オーベルシュタインの指摘にも特に反発することもない。

「帝国騎士の階級で、タンネンベルクに重用されているという事実だけでも、能力は秀でていることに間違いはあるまい。しかし、今まではこの男のことはよく解らずに戦わざるを得なかったが、今後はそうは行かぬ。卿ら全員、心しておくように」

 ラインハルトは、全員を見渡す。

「高速部隊ということは、結局は突破戦術を主体としている、ということですな。それなら、いくらでも対処はできるというもの。要は、艦列をより強力に、緻密な構成で整え、突破できる隙を無くしてしまえば良い」

 ビッテンフェルトの発言に、キルヒアイスが異議を唱える。

「いえ、この敵はそう簡単ではありません。わたくしの場合では、こちらの心理的間隙を突かれた上で、予想もしない方向からの襲撃を受けてしまいました。ミッターマイヤー提督の場合でも、時間差を付けた部隊運用により、あとから高速部隊を動かす、という方法で多数の戦力を叩き付けられてしまい、敗北に至ったものです。突破のみ、と安易に考えない方がよろしいかと思われますが。高速部隊ということは、柔軟かつ機動的に戦力を運用することが可能ですし、迂回なども行ってくることができるということですから」

「それでは、こうしてはいかがでしょうか。敵の戦術だからと言って、こちらが取り入れて悪いということはありますまい。我が方も、同じく一万隻程度の高速部隊を編成し、いつでも投入できるようにしておく、というのは。敵が高速部隊を投入してきたら、こちらも同様の部隊を出して対抗する、ということで。できれば、高速部隊二隊を編成してこの敵に叩き付け、圧倒してしまうのがよろしいでしょうが、そこまでの兵力的余裕はありますまい」

 メックリンガーの提案に、何人かが「なるほど」という顔をした。

「ふむ、その方法は悪くはないな。もちろん、その全兵力を予備戦力とするわけにも行かぬだろうが。それで、指揮はどなたに?」

 ケンプの質問に、全員が一斉にラインハルトの方を見た。

「そうだな。任務からして、『疾風ウォルフ』ミッターマイヤー提督と言いたいところだが、そうも行かぬ。展開によっては、ミッターマイヤーにはある程度まとまった兵力の総司令官として戦って貰わねばならぬだろうからな。ロイエンタールがいない以上、それはなおさらのことだ。もちろん、これはキルヒアイスにも言えることなので、そちらも駄目だな。・・・・・ミュラー提督、この部隊は卿に任せよう。良いな?」

 ラインハルトから指名され、ミュラーは頭を下げた。

「ところで・・・・短時間に敵を叩かねばならぬということですが、戦術としてはどのようなものをお考えなのでしょうか。兵力差を考えれば、タンネンベルク侯爵の方から積極的攻勢を掛けてくるとは思えないので、こちらから行動を起こす必要はありましょう。中央突破で行くのか、包囲戦術を取るのか、単純に力押しとするのか。それによって、戦い方も変わってこようというものですが」

 ワーレンの発言に、ラインハルトが答える前に、ビッテンフェルトが口を挟む。

「我が黒色槍騎兵艦隊の突進力を生かし、中央突破を行うというのではどうだろうか。なあに、好機到来となれば、敵の真っ直中に突進し、艦列を食い破って四分五裂させてご覧にいれよう。その後、残敵掃討に移れば勝利は確実」

 ビッテンフェルトとしては、黒色槍騎兵の突進力と破壊力には、絶対の自信を持っている。それを主役にした戦いになることを、当然望んでいた。

「いや、私としては、中央突破ではなく、包囲に持ち込むつもりだ。卿の艦隊の戦闘能力を疑っているわけではないが、中央突破だとタンネンベルクに逃げられてしまう可能性が高い。艦隊を撃破しても、奴に逃げられて後背のガイエスブルグ軍と合流されてしまっては、厄介なことになる。何としてもタンネンベルクを捕らえるか、戦死させねばならぬのだ。それより、包囲して逃げ場をなくしてしまうべきだろう」

「それでは?」

「両翼包囲だ。中央を防御力の高い戦艦で固め、機動力の高い艦を左右両側に配置し、敵の両翼を突き崩したあと突進し、一気に包囲に持って行く。包囲の輪が閉じればそれまでだ。タンネンベルクは逃げることもままならず、艦隊ごと殲滅されることになる」

 両翼包囲。古代地球の第二次ポエニ戦争で、カルタゴ軍がローマ軍を撃破した「カンネーの殲滅戦」などが、これにあたる。この戦いでは、五万のカルタゴ軍が、七万のローマ軍を両翼包囲で殲滅する、という偉業を成し遂げた。中央部の重装歩兵がローマ軍重装歩兵による攻勢を支えきり、両翼の騎兵がローマ軍の騎兵を突き崩し、敵の重装歩兵の背後から襲いかかったところで、勝負はついたのだ。

「しかし、その策にタンネンベルク侯爵が引っかかりますかな。包囲戦術に気付いたところで、どこか一箇所に戦力を集中し、包囲網からの突破を図ってくるのでは、と思われますが」

 メックリンガーの指摘に、ラインハルトは淀みなく答える。

「その為の、ミュラーの予備兵力だ。ミュラー提督の部隊は私の本隊近くに配置しておき、敵が例の高速部隊を活用し、どこか一点での突破を図ったところで、即座に戦場に投入する。それで、そう簡単に包囲を突破されることはなかろう。その間に包囲網を再構築し、敵を檻の中から逃がさない。そういうことだ」

 ラインハルトの戦術構想は、予定通りに推移すれば、早期にタンネンベルク侯爵を敗死させることができる。問題は、何か突飛な戦術で、包囲網を崩されはしないか、ということだ。

「常識的な戦術ということで、中央の本体部に突進された場合はいかがでしょう?左右の機動より早く、中央を分断突破された場合、逆に早期に敗北する、ということにもなりかねないのでは」

 ケスラーの質問に、ミッターマイヤーが答えた。

「仮の話ではあるが、両翼に二万ずつを配備したとしても、中央部は四万にはなる。確かに、、敵の全力五万が襲いかかってきた場合、若干劣勢になってしまうだろうが、だからと言って戦艦中心に組み上げた堅固な陣型を短時間で崩すことは、いかにタンネンベルク侯爵と雖も能わなかろう。その間に両翼の包囲部隊が敵を袋の鼠にしてしまえば良いわけで、その場合においては、特に問題はないのではないか、と考えるが」

 ミッターマイヤーの意見に、ラインハルトは頷く。

「卿の言う通りだ。タンネンベルクは奇をてらう戦術家ではなく、むしろ奴の戦術の特徴は、常道的なものに、若干の付加を行う程度で基本的には堅実であり、それに加えて急所では大胆な兵力運用を行うところにあろう。しかし、今回は今まで我が軍の弱点として、いいように利用されていた件が存在しない。いかに奴でも、この条件ではいかさま擬きを仕掛けてくるのは無理だろう」

「弱点として、いいように利用されていた件」というのは、言うまでもなくアンネローゼが人質だったことであるが、それを敢えて指摘する者はいなかった。

「それでは、中央部は私、右翼部隊はキルヒアイス、左翼部隊はミッターマイヤーを総司令官とする。中央にはミュラー、ビッテンフェルト、メックリンガー、ケスラー、右翼はワーレンとルッツ、左翼にはシュタインメッツとケンプ、それぞれ総司令官の指揮下に置く。戦力配置は、先ほどミッターマイヤーが言った通りで良い」

 ラインハルトの決定に全員が頷く。方針は決まった。あとは、全力で戦うのみである。















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