反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(11)







 ラインハルトは、顔面蒼白となり、怒りに震えながら、タンネンベルク侯の演説が続く超光速通信(FTL)の画面を見つめていた。その間、一言も喋らずに画面のタンネンベルクを睨み付けている。

「オーベルシュタイン!!」

 タンネンベルク侯爵の演説が終わると、ラインハルトは怒りが沸騰した表情で、義眼の参謀長の方を向いた。蒼氷色の瞳に、激しい憤りをたたえている。

「何だ、この結果は。卿の言に従って、このざまは何だ!貴族どもを突き落とすどころか、これでは話があべこべではないか!!」

 それでも、平然とした様子を崩さない、オーベルシュタインである。

「残念ながら、タンネンベルク侯に逆に利用されてしまったようですな」

 他人ごとのように言うオーベルシュタインに、ラインハルトは更に怒りを滾らせる。

「何を言っている!卿が主張したことであろう、見殺しにしろというのは」

「しかし、それを採用なさったのは侯爵閣下ご自身のはず。それに・・・」

「それに、何だ」

「中途半端に対処したミュラー提督にも責任はあるでしょう。充分な戦力をヴェスターラントに速やかに派遣して敵を撃退し、偵察艦が捕らえられるようなことにならなければ、彼我の立場は昨日のままにございました。四十万の死者ですら、あそこまでの効果があったのですから、それが二百万になれば、決定的でございましたな。この策は、一旦は成功したのです」

「しかし、一旦成功しようが何だろうが、結果が全てではないか。こうなってしまっては、むしろ苦境に追い込まれたのは我が軍の方だ。民衆たちは、私と我が軍に対して相当な不信感を持っただろう」

「しらを切るしかありませぬな。それこそあれはタンネンベルク侯爵の政治宣伝でしかなく、事実ではない、と。ヴェスターラントにて四十万人を殺戮したのは間違いなく大貴族どもである、とな。それ以外に方法がありませぬ」

 オーベルシュタインが次の策を述べたところで、ブリュンヒルトに来訪者があった。ジークフリード・キルヒアイス上級大将が、ラインハルトに直談判にやってきたのである。ラインハルトは、キルヒアイス来訪を告げられ、嫌そうな顔をしたものの、自室に通すよう命じた。さすがにラインハルトには、キルヒアイスとの会見を拒否はできない。しかし、キルヒアイスが言ってくる内容が想像できるだけに、オーベルシュタイン以下他人の目がある場所で、それを行うことには耐えられないラインハルトである。


「ラインハルトさま、いえ、ローエングラム侯・・・・・・」

 キルヒアイスは、哀しそうな顔でラインハルトの名前を呼ぶと、そのまま絶句してしまった。しかしその様子は、ラインハルトの苛立ちを更に増加させただけである。

「何だ、キルヒアイス。言いたいことがあるのなら、早く言え!」

 行き場のない怒りを、そのままキルヒアイスに投げ付けるラインハルトであった。

「ローエングラム侯、言うまでもないことですが、我が軍の基盤は民衆の支持にあります。その民衆を、傷つけるようなことをやってはいけません」

「そんなことはお前に言われるまでもない」

「では、何故ヴェスターラントの惨劇をお見過ごしになられたのですか。いや、見過ごすどころか、ブラウンシュヴァイク公に加担するような真似をなさっては、そのことが解っているとはわたくしには思えません」

「わかっていると言ったろう」

「ラインハルトさま」

 二人だけの時の呼びかけに戻ったキルヒアイスの声に、更なる哀しみが加わる。

「相手が大貴族どもであれば、ことは対等な権力闘争、どんな策をお使いになっても恥じることはありません。ですが、民衆を犠牲になされば、手は血に汚れ、どのような美辞麗句をもってしても、その汚れを洗い落とすことはできないでしょう。ラインハルトさまともあろうかたが、一時の利益の為に、なぜご自分を貶めるようなことをなさったのですか。しかも、その策動はタンネンベルク侯爵に見破られ、逆効果となってしまいました。これについてどうお考えなのでしょうか」

 ラインハルトは、今では青白い顔になっていた。主張の正しさにおいて、自分が敗北に直面していることを、彼は認めざるを得なかった。そして、その認識が、不条理で、それだけ強烈な反発を生んだ。反抗的な子供のような目つきで、彼は赤毛の友を睨んだ。

「お説教はたくさんだ!」

 ラインハルトは叫んだ。その瞬間、自分の行為に恥ずかしさを覚え、それを打ち消そうとして、一段といきり立つ結果になってしまった。

「第一、キルヒアイス、この件に関して、おれがいつお前に意見を求めた?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「いつお前に意見を求めた、と聞いている」

「いえ、お求めになっておりません」

「そうだろう。お前はおれが求めた時に、意見を言えばいいんだ。済んだことだ、もう言うな」

「ですが、ラインハルトさま。ブラウンシュヴァイク公は、やってはならぬことをやりましたが、ラインハルトさまはなすべきことをなさらなかったのです。しかも、それへの救済は、貴族連合の一員によって行われてしまいました。誰が一番罪が大きいのでしょうか」

「キルヒアイス!」

「はい」

「お前はいったい、おれの何だ?」

 青ざめた顔色と、熾烈な眼光が、ラインハルトの怒りを物語っていた。それだけ、彼は赤毛の友に、痛いところを突かれたのであり、それを相手に覚られない為にも、より激しく怒ってみせねばならなかったのである。

 ラインハルトの問いがそういうものである以上、キルヒアイスも、突っ張らざるを得なかった。

「わたくしは、閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」

 この問いと、この答えによって、何か目に見えない貴重なものが、音もなくひび割れたことを、二人とも悟っていた。

「わかっているのなら、それでいい」

 白々しくラインハルトは言った。

「用件はそれだけか、ならもう下がれ」

 黙然と一礼して、キルヒアイスは退出する。

 自分がどうすれば良いのか、実のところ、ラインハルトには解っていた。今すぐにはできないにせよ、キルヒアイスと二人だけの時に、自分の行為について謝罪し、「完全におれが間違っていた。もうこんなことは二度としない」と言えば良いのである。それだけで、全てのわだかまりが氷解するはずだった。ただそれだけで・・・・・・・・・だが、ただそれだけのことが、ラインハルトには不可能だったのである。




 タンネンベルク侯爵の演説は、もう一つの陣営にも、怒髪天を突く怒りをもたらしていた。もちろんそれは、名指しで非難された上、爵位と領地を没収すると通告されたブラウンシュヴァイク公である。

「おのれおのれおのれおのれおのれ、タンネンベルクにリッテンハイム、恥知らずな裏切り者どもめ、絶対に許さぬ!!!貴様らを捕らえたら、貴様らだけでなく、一族郎党一切合切を含め、切り刻んで有角犬の餌にしてくれよう!!」

 公爵は地団駄を踏み、目の前にいない二人への罵詈雑言を投げ付け続けた。それこそ、精神の失調を感じさせるくらいのレヴェルである。しかし、その周囲には、フレーゲル男爵のように、公爵と血縁関係のある者か、ごく親しい者しかいない。他の貴族たちほとんど全員は、別の場所に行っていたのである。



「メルカッツ提督。機は熟しました。もはや、誰もブラウンシュヴァイク公に付いて行きたい、と申す者はおりませぬ。ヴェスターラントの一件で、全ては決まったのです。この上は、我ら離脱部隊の総指揮を、提督に執っていただきたい、と考えますが」

 シュヴェーリン伯爵は、ガイエスブルグ離脱を希望する貴族たちの先頭に立って、メルカッツ提督に要請した。多くの貴族たちが、無言の圧力をメルカッツに加えている。ほとんど、縋り付くような目つきの者が多い。

「提督、ご決断を。こうなっては迷うことはない、と心得ますが。以前申し上げた通り、タンネンベルク侯は快く、提督をお迎えする筈です」

 メルカッツは瞑目した。そして一分、二分、三分と時間が過ぎて行く。五分を経過したところで、重々しく口を開いた。

「諒解した。もはや、ガイエスブルグに籠もる意味はない。皆とともにオーディンに赴き、新皇帝陛下への忠誠を誓うことにしよう」

 メルカッツの決断に、その場に居合わせた貴族たちは歓声を上げた。

「では早速だが、卿ら全員、オーディンへの旅支度を始めるのだ。時間は十二時間以内、ブラウンシュヴァイク公が武力を用いて我らの動きを妨げようとした場合は、実力を持って排除してよかろう。良いか、大至急、今すぐに行動開始だ!遅れる者は置いて行くぞ」

 途端に慌ただしくなる。貴族たちは自分の拠点に駆け戻り、警備兵に守らせた上で荷造りを始め、艦を呼び寄せる。拠点を移す大移動となれば、十二時間では少ないくらいだ。全員が、大急ぎで作業を進めた。



 要塞内の雰囲気がおかしいことに、ブラウンシュヴァイク公らが気付いたのは、六時間ほど経ってからのことである。ほとんどの貴族たちが離脱を図っていることを知り、公爵は仰天した。そうして、メルカッツ提督を呼びつける。

「何か御用ですかな?」

 公爵の前にやってきた提督は、淡々とした様子で公爵に話しかけた。提督の周囲は、シュナイダー少佐が率いる警備兵の一団が警戒している。公爵をまるで信用していないがの如きその様子に、公爵側の警備兵の指揮をとるアンスバッハ准将も警戒を強めさせた。緊張感の籠もった会見となる。

「メルカッツ!一体何のつもりだ!!」

 公爵はメルカッツ提督を叱りつけた。憎々しげな目で提督の方を睨んでいる。

「申し遅れましたが、小官の指揮にて、ほとんどの貴族たちは、オーディンに赴き、皇帝陛下のもとに帰順することとなりました。じきにガイエスブルグからは退去いたしますので、ご了承を」

「誰がそんなことを許したか!盟主のわしを無視して、そんなふざけた真似は絶対に許さん!!」

「お言葉ですが公爵閣下。いえ、もと公爵閣下と申し上げるべきでしょうか。閣下は、すでに皇帝陛下の命により、爵位も領地も召し上げとなっておられます。我々に対する指揮権も消滅しているわけで、そのお言葉に従わなければならぬ理由はありませぬ」

「きさま・・・・」

 公爵の指図で、兵たちが銃口をメルカッツたちの方に向けた。同時に、シュナイダー少佐も同じように銃口をブラウンシュヴァイク公の方に向けさせる。

「お止め下さい。そんなことをやっても、詮無いことでございます。我々は平和的にガイエスブルグを退去しようとしているだけですので、妨害などされぬようお願いしますな。もし万が一、妨害なさるというのでしたら、実力に訴えますぞ」

 シュナイダーが率いている警備兵の方が、ブラウンシュヴァイク公の兵より多い。いや、数は倍近く離れている。そこだけを見ても、すでに大勢は決している、と言ってもいいだろう。いや、事実はブラウンシュヴァイク公の警備兵たちの目には不安の色が大きく、できれば離脱組に入りたい、と願っていることは明白だったので、更なる大差がついていたのだ。

「では、ご用件はお済みですかな。退去の準備で多忙なものですので、これにて御免」

 メルカッツはこれ以上話すことはない、とばかりに踵を返すと、公爵の前から退出した。それを見て、ブラウンシュヴァイク公を守っていた兵士たちも、公爵の警護を止めてメルカッツの方に合流してくる。アンスバッハ准将が銃を向けて止めたが、誰も耳を傾ける者はいなかった。更に衝撃を受けるブラウンシュヴァイク公である。遂に、事実上孤立無援になったことを、思い知らされたのだ。

「提督、よくあそこまで仰られましたな」

 ブラウンシュヴァイク公の前を退去したあと、シュナイダー少佐がメルカッツに話しかけてくる。

「いやなに、こうなってしまっては、もはや如何ともし難い。ブラウンシュヴァイク公から、民心は完全に離れたのだ。わしも、最終的に決断するまでは散々迷ったが、一旦こうと決めたら貫き通さねばならぬのでな。これも戦場の知恵だ」

 一旦こうと決めたらその方針を貫き通すべき、ということは戦場では絶対に必要とされる資質である。軍隊生活が長いメルカッツは、当然それは弁えていた。



「アンスバッハ!」

 ブラウンシュヴァイク公は、忠実な腹心に呼びかける。

「はっ。ここに」

「い、一体、わ、わしはどうすれば良いのだ。誰も彼もわしを見放してゆく。リッテンハイムに忠誠を誓う、という者ばかりになってしまった。どうすればいい、どうすれば・・・・」

 さすがのブラウンシュヴァイク公も窮地に追い込まれていた。警備兵までに見放されてしまったのでは、公爵としてもそれ以上如何ともし難い。いくら命令しても、聞くものがいない状況ではどうしようもないのだ。

「残念ですが、この戦役の最初の敗北者は公爵閣下となりました。もはや、勝機はあり得ませぬ。リッテンハイム公が勝っても、ローエングラム侯が勝っても、どちらにせよ二人とも閣下を処刑することに変わりはありませぬな。この上は、潔く死を選ぶか、フェザーンにでも亡命することをお考えになられてはいかがでしょうか」

「何だと!リッテンハイムも孺子も、わしを殺すと言うのか!帝国貴族の中でも名門中の名門、ブラウンシュヴァイク公爵家の当主である、このわしをか!」

「さようです。リッテンハイム公は、閣下の支持は必要としませぬ。いや、ゴールデンバウム家の血を引くエリザベートさまがいらっしゃるのですから、逆にリッテンハイム公にとっては閣下は目の上の瘤のようなもの。生かしておく限り、いつ何時、新皇帝を弑し、エリザベートさまを帝位に就けようという策動を行ってくるか、解ったものではありませぬからな。タンネンベルク侯も、当然公爵閣下の処刑には賛同するでしょう。また、ローエングラム侯の方は、門閥貴族を一掃するということが、彼にとって今回の戦役における最大の目的にて、その最有力家の当主である、公爵閣下が許される道理がありませぬ。もちろん、これは閣下のみならず、リッテンハイム公にもタンネンベルク侯にも言えることではありますが。以後は、リッテンハイム軍とローエングラム軍が争い、勝った方が相手を殺し尽くす、ということになるでしょう」

「うぬぬぬぬ・・・・どうしても、どうあっても奴らはわしを殺すか。では仕方がない、逃げるしかあるまい」

「それも一つの判断でございますな。では、早急にフェザーンへ移動する為の船を仕立てませんと」

「いや、身一つで逃げるわけには行かぬ。可能な限り財産を持ち出さなければ。一旦、領地に戻ることにする」

「お言葉ですが公爵閣下。そのような時間があるとは思えぬのですが・・・・」

「駄目だ!わしの財産を、奴らに渡すわけには行かぬ!!領地そのものや城は仕方ないが、現金、宝石、貴金属、絵画などは絶対に渡さぬ。全部わしのものだ!!」

 公爵がこうと決めた場合、どうしようもないことは知っているアンスバッハである。我欲が強いことも承知だ。それ以上反対することを止め、公爵に従うこととした。

「解りました。では可及的速やかに御領地に戻り、財産と一族の方々を引き連れ、フェザーンに亡命すると致しましょう」

「よ、よし。それでゆくぞ」

 アンスバッハは早速移動の準備を開始した。主人のブラウンシュヴァイク公が最初の敗北者となってしまったことについては、苦い思いでいっぱいである。もう少し、主人の我が押さえられれば、タンネンベルク侯もこちらに付いたかも、と悔やむことしきりであった。そうであれば、このような結末にはならなかっただろう。



「ガイエスブルグより、膨大な数の艦船が離脱を始めました。総数、じゅ、十万隻以上!!」

 ミュラー艦隊のレーダー画面に、雲霞の如き大艦隊が姿を現した。それは、躊躇することなく、ミュラー艦隊の方に向かって来る。

「いかん!!さすがに、あれだけの数を相手にすることは出来ぬ。一旦退くぞ!」

 ミュラーは全艦を反転させると、脱兎の如く逃げ出した。そして、ラインハルトに報告を入れる。



「ローエングラム侯、ミュラー提督よりの報告です。ガイエスブルグより、十万隻以上の艦船が離脱、こちらに向かっている、とのことにございます」

 オーベルシュタインは、全く動じた様子もなく、ガイエスブルグからの大艦隊の離脱を告げた。予想の範囲内の話ではあるので、慌てる必要はない。

「遂に来たか。十万以上とは、ガイエスブルグの戦力のほとんどが出てきたわけだ。遂に、ブラウンシュヴァイク公は見放された、ということのようだな」

「さようですな。我が軍にとっては容易ならざる事態でございます。この敵が、無傷でタンネンベルク軍と合流してしまった場合、我が軍の敗北は必至というもの。どう対処されますか」

「卿の案で行く。未だ、オーディンには手が出せぬからな。先ずは離脱したガイエスブルグ組を叩き、その後ガイエスブルグを占領。戦役の長期化を図る、という策だ。それでよいな」

「御意。今となっては、その方策しかありますまい。ガイエスブルグからの戦力は十万とはいえ、本質的には烏合の衆。こちらを先に攻撃することが、理に適っております」

「では命令する。これより、全軍はガイエスブルグ離脱組の貴族連合軍に向かい、これを撃破する。出撃準備にかかれ。レンテンベルクからは離れることになるので、補給物資は可能な限り積み込んでおくように」

「御意。あと、ミュラー艦隊についてでございますが・・・・」

「索敵だ。敵艦隊に付かず離れず、一定の距離を保ちながら、敵の進路を確かめよ」

「御意にて。ミュラー提督に連絡しておきます」

 ラインハルトの命により、レンテンベルクに留まっていたローエングラム艦隊は、一斉に出撃準備にかかった。レンテンベルクにある補給物資を根こそぎ積み込んでいる。そろそろ、補給物資も危うくなりつつある。後方のオーディンを押さえたタンネンベルク侯は、レンテンベルクへの物資補給ルートを当然の如く切断していた。民間船舶の立ち入りも禁止し、フェザーン系の商社や運送会社にも圧力を掛けたので、後方からの補給は全く受けられなくなっていたのである。その状況で八万隻以上の大軍に対する補給を行わなければならなののだから、楽なものではない。レンテンベルクに集積されていた物資を取り崩す毎日であったわけだが、その備蓄もほとんどを費やしてしまい、今回の出撃でほぼ空になることになる。やはり、帝都を押さえているのとそうでないのでは、物資の手配に関しての利便がまるで違う。タンネンベルク軍は潤沢な補給物資が期待できたが、後方を失ったラインハルト軍には、もはやそのような贅沢は許されてはいない。ガイエスブルグを奪うという選択は、そういう意味では魅力的であった。レンテンベルクとは規模が違うので、集積されている物資の量が桁違いであるからだ。貴族連合軍が長期に渡って本拠としていても、それくらいはどうにでもなる程度の量を有していたのである。



「タンネンベルク侯爵の演説は虚偽に満ちたものである。我が軍のヴェスターラント救援艦隊が、前方警戒の為に先行させた偵察艦により、ヴェスターラントへの攻撃の模様が撮影できたことは事実だが、偵察艦に、地上を攻撃する貴族連合軍の戦闘艦をどうこうする力はない。救援艦隊本隊も、時間的に間に合わなかっただけである。また、救援に赴いた我が軍の艦隊が、ヴェスターラント上空にて、貴族連合軍が派遣したと称する救援艦隊とやらと交戦したのも事実だが、それは民衆を熱核兵器で虐殺するような貴族連合軍など、到底信用できぬからだ。貴族連合軍が救援と称し、更なる虐殺を行わぬ保証がどこにあろうか。帝国臣民諸君、タンネンベルク侯爵による、それこそ政治宣伝に騙されてはならない。ヴェスターラントの惨劇を呼んだのが、我々なのか貴族連合なのか、ということを諸君らは再考すべきだろう。もし、この戦役で貴族連合が勝利した場合、あのようなことは何度でも起こり得るのだ」

 超光速通信(FTL)の画面にオーベルシュタインが現れ、全帝国に向かって「タンネンベルク侯爵の演説は偽りである」と反論した。しかし、見るからに陰気で、声の抑揚もほとんどなく、淡々と話すオーベルシュタインでは、それを見た者の共感はまるで得られていない。神が造形した彫刻の如き美、とでも表現するしかない容貌を有するラインハルトが行った方が遙かに効果があるが、それはラインハルト自身が拒否してしまっている。ラインハルトの、汚泥にまみれた大人のやり口を拒む「少年」の部分が、ヴェスターラント攻撃を見逃したことをしらばっくれ、図々しくも被害者づらをして、民衆に語りかけることを嫌がった為だ。ラインハルト自らによる演説を勧めるオーベルシュタインに、「もともと卿が発案したことだ。卿が自分で責任を取れ」と命令し、よく言っても「逃げて」しまったので、オーベルシュタインが演説する羽目になった、ということである。一応タンネンベルク侯爵に対する反論ではあるものの、いかにも弁解めいた印象しか与えず、ラインハルトが失った信用を取り戻すには能わなかった。



 メルカッツ提督の旗艦「ネルトリンゲン」に参集したのは、シュヴェーリン伯爵、リュトヴィッツ子爵、エーゼベック男爵、それとファーレンハイト中将の四名。なお、マントイフェル男爵は、そのままヴェスターラントに留まり、救援活動を継続している。派手な戦果をあげられる役でなくても、文句を言わずに喜んで実行する。結束力の堅さ、これが、タンネンベルク陣営の、他の貴族たちとの違う美点だった。ラインハルトの麾下の提督たちとも通ずる、優れた資質である。

「それではご説明申し上げます。現在、我が軍は帝都に向かって直進しておりますが、それも一両日中までのこと。そこで艦隊は五つに分かれ、迂回航路を取って互いに大きく離れることになります。これは、ローエングラム軍の追跡をまく為のものでして、敵の勢力が強いレンテンベルク周辺を回避したのち、再度集結を果たし、オーディンに向かうこととなります。なお、現在、オーディンのタンネンベルク侯の命により、シュヴァルツェンベルク中将、レープ少将、マッケンゼン少将の三名が、こちらの艦隊に合流すべく移動中にて。各航路の指示と割り振りは、おおよそ決まっておりますので、細部は各艦隊で詰める、ということでよろしいかと」

 シュヴェーリンの説明に、メルカッツ提督は頷いた。計画としてはよく練られており、特に文句を付けるものではない。

「しかし、疑問があります」

 アーダベルト・フォン・ファーレンハイト中将が、シュヴェーリンに質問する。

「分散して進撃するということでは、みすみすローエングラム侯に、各個撃破の機会を与えることになりはしませんか。このまま、十万以上の集団にて、進撃した方が安全なのではないかと思うのですが」

「やはりそこですか。しかし、この策以外は取りようがない、と小官は考えます」

 一応、シュヴェーリンはガイエスブルグ出発直前にタンネンベルク侯により、中将には任じられている。それでも、ファーレンハイトの方が先任であり、敬意を表した物言いだ。

「このまま、十万以上の艦隊で進撃した場合、艦隊の移動は遅々としたものになってしまうでしょう。途中でローエングラム侯の艦隊に捕捉され、そこで大決戦が始まってしまうことになりかねませぬ。それでは、正直言って苦しいのではないでしょうか。数はローエングラム艦隊より多いものの、各艦隊の練度や艦隊司令官の能力と統合性、軍隊としての『質』については、ローエングラム軍の方が上かと思われます。こちらの意図としては、オーディンのタンネンベルク侯の艦隊とローエングラム艦隊が交戦しているところに、若干の時間差を付けて、背後から襲いかかるというものです。分散することにより艦隊の規模を小さくして迅速な行動を確保し、敵の追跡を惑わしたあと、大規模な包囲網の中に誘い込む作戦案なのですが」

「だが、ローエングラム侯がその誘いに乗るでしょうか。包囲網が構築されていることは当然察知されるでしょうから、オーディンのタンネンベルク軍を、包囲される前に撃滅してしまう可能性が高いとは、彼も判断はしないでしょう。それより、分散した我々を各個撃破し、しかる後に実質的に空になったガイエスブルグを占拠。立て籠もって粘り強く抗戦を続ける、というような挙に出るのではないか、と思うのですが」

「そこなのですが、侯爵の考えでは、グリューネワルト伯爵夫人を小道具として使用する、というおつもりのようです。タイミングを見計らった上で、ローエングラム侯が怒り狂ってオーディンへ殺到してくるような細工を。まあ、あまりに外聞が悪いことをやるのも何であり、ローエングラム侯を怒らせ過ぎるのも問題なので、程度を考えてのものだそうですが。その過程でグリューネワルト伯爵夫人を、ローエングラム侯のもとへ戻してやらなければなりませぬが。そうでないと、ローエングラム侯がオーディンにやって来て、タンネンベルク侯の艦隊に攻撃を掛けては来ませぬからな」

 シュヴェーリンの説明に、ファーレンハイトは実に嫌そうな顔をする。無力な女性を人質にするだけでなく、相手を引っかける為の餌にする、という手段に嫌悪感を持ったようだ。メルカッツもあまりいい顔はしていない。

「もちろん、これが万人が褒め称えるような策ではないことは、タンネンベルク侯も先刻承知しておられます。その上で、敢えてその方法を取られる、ということでして。ローエングラム侯にガイエスブルグに籠もられて、なおかつ叛乱軍、自由惑星同盟との提携などを実行されては、戦役が長期化し帝国臣民の苦しみが長く続くことになります。それを避ける為です、閣下」

 シュヴェーリンの物言いはファーレンハイトへのものだが、同時にメルカッツにも向けられたものだ。

「いや、正直愉快な方法とは思わないが、それはそれでタンネンベルク侯の信念に基づいて行うものだろう。わしなどがどうこう言う筋合いはない」

 メルカッツの言で、その件については終わる。

「では、その包囲殲滅作戦を取るとして、タイミングがかなり重要でありましょう。オーディンのタンネンベルク軍にローエングラム軍が攻め掛かり、早期にタンネンベルク軍が撃破されてしまった場合、続いて戦闘に突入する我が軍が数や消耗度では有利とはいえ、最悪の場合は各個撃破の対象になってしまいかねません。交戦中に背後から襲うには、よほど迅速な艦隊行動と、敵の進撃速度についての予測と情報入手。我が軍の『質』の向上、それが必要と思われます」

「その通りでございますな。艦隊指揮官としては、先に申した通り、シュヴァルツェンベルク中将、レープ少将、マッケンゼン少将の三名がその内加わって来られます。情報入手については、迂回ルートではありますが、オーディンまでの『連絡線』は確保してありますので、その線を経由して受け取ればよろしい。問題は艦隊の『質』の方ですな。進撃中に少しでも多く演習を繰り返し、練度を高めて行くしかありませぬ」

 移動中に演習を繰り返すのでは、艦隊の将兵に、かなり疲労が溜まることに間違いはない。しかし、練度を高めなければ、戦力として役には立たない。それらを含めた案を考えなければならないので、この移動の指揮は、かなりの難事業である。是非自分を艦隊司令官に、という貴族たちは多くいたのであるが、シュヴェーリンが希望者一同を集めて、艦隊司令官の役割が楽ではないこと、専門知識を有する軍人以外には困難である状況を説明し、更にはタンネンベルク侯爵による、メルカッツ提督への全権委任状を見せられるに至って、単に命令に従っていた方が安楽であると思い知らされ、司令官希望者はほぼいなくなった、ということもあったくらいだ。それ故、艦隊の統制は難しくはなく、命令違反などは先ずなくなったのであるが、練度はそれとは別の話である。やはり、貴族連合の悪いところである「戦意過多、戦略戦術過少」を引きずっており、単純な攻勢ならともかく、少しでも複雑な艦隊運動などをやらせると、途端に混乱に陥ったりしてしまう、と先行き不安な面を覗かせている。タンネンベルク侯爵が、リッテンハイム侯爵の艦隊を我が物とし、手足のように使ってみせたのは、侯爵自身とその部下たちの卓越した指揮能力と、下級指揮官クラスの適性に応じた再配置と艦隊編成の見直し、何度も繰り返された演習、と時間を掛けて能力を高めていったが故である。結局は、それと同じことをやるしかない。

「それは、計画をよく練り、段階を踏んで確実に行おうかな。ガイエスブルグに居たときはどうしようかと思ったくらいだが、統制が取れるようになっただけでも、遙かにましというものだ。あとは、ひたすら訓練ということだろう」

 メルカッツとしては、前よりはましな状況であると実感していた。ガイエスブルグに居たときは、とにかく司令官の言うことを聞く者など全くおらず、貴族たちは好き勝手のやりたい放題だった。しかし、今回はタンネンベルク侯によるメルカッツへの全権委任と、ナイペルク伯爵の悲惨な最期が利いたのか、統制を離れて好きなようにする者はいない。

「諒解しました。小官も、その案に賛成します。微力を尽くすこととしましょう」

 ファーレンハイトも納得し、タンネンベルク侯の案で話がまとまった。そこで散会となり、各人は自分の艦に戻る。




 ドレクスラー曹長の破壊工作グループは、着々と準備を進めていた。シュワルツェンの館の近くまで、何回か下見にまで行ったくらいである。さすがに、長期にわたる警備になっている為、警備兵たちはかなり緊張感を失っており、警戒は緩んでいると言ってもいい状態だ。本来、そのような状態になってしまえば、タンネンベルク侯自らによる叱責や注意があってもいい筈だが、そのタンネンベルク侯ですら、ロイエンタールを捕らえたことで安心しきっており、多少はだれていても問題なし、それ以上の警戒を呼びかけることもあるまい、となおざりにしていたのである。そういう意味では、オーベルシュタインの意図した通り、絶好の状況になりつつあった。

 ドレクスラーの拠点には、銃や手榴弾、戦斧などばかりでなく、対戦車ロケット砲、迫撃砲、ハンドキャノン、ハンドミサイルに至るまで、ありとあらゆる兵器を結集済みである。しかし、さすがに、いきなりロケットや砲弾をシュワルツェンの館に撃ち込むような真似をしようとは考えてはいない。仮にそんなことをやったとしても、アンネローゼの具体的な居場所を掴んでからでないと、仕損じる可能性が高いからだ。機会は一度しかないので、慎重に襲撃計画を立てなければ、ということはさすがに弁えている。




 レンテンベルクを進発したラインハルトに、ミュラーからの報告が入ったのは、出発後一日が経過した後である。敵は5つに分かれ、完全に別方向へ移動し始めた、と。レンテンベルクへ、オーディンへ直進はしてこない、ということである。

「敵は分散したのか・・・それで、我が軍をまくつもりか」

 ラインハルトは熟考する。敵が5方向に分かれたので、本来なら各個撃破のチャンスだ。しかし、その一隊平均二万隻のうち、一つを潰したところで残りは八万。二つを潰せたとしても、残るは六万。残りには、オーディンに逃げ込まれてしまうだろう。それでは、相手の方の戦力が大きくなり、勝機は薄くなる。


 しかし、全部の敵を逃がすまじ、とこちらも分散して追った場合はどうか。平均一万六千隻程度になるので、これではまともに勝つのが難しい。兵力の母体が大きければ大きいほど、当然臨機応変な作戦展開が可能になるが、二万対一万六千の戦いに限定されてしまうのでは、いかに貴族連合軍相手でも勝ちきるのは難しかろう。しかも、相手もそれなりに決死の覚悟で出てきているのだ。相手より兵力が少ないのに、消耗戦になってしまっても話にならない。

「タンネンベルクめ、よくもまあ、次から次へと嫌らしい手ばかり打ってくるものだ」

 しかし、いつまでもそうしてはいられない。ラインハルトは決断を下した。

「命令。本隊を約二万七千ずつ、三隊に分割する。本隊の指揮は私がとる。別働隊は、キルヒアイスとミッターマイヤーがそれぞれ指揮をとれ。それで、敵の三隊を徹底的に叩くのだ。残りの二隊には、逃げられてしまってもやむを得ぬ。ミュラーには『敵の三隊は、絶対に逃がさず行方を監視せよ』と告げよ」

 敵戦力十万のうち、六万を叩いてしまえば、残りは四万になる。オーディンのタンネンベルク軍と合流されたところで、総兵力九万。それでもこちらが不利だが、ガイエスブルグに籠もって戦えば、抗戦不可能ということにもなるまい。そう考えた上での、ラインハルトの判断だった。

「御意。では、各艦隊司令官にご命令を伝達致します」

 オーベルシュタインが受けると、それぞれの艦隊に連絡を入れ始めた。実際の艦船の振り分けなどの細かい作業は、司令官の仕事ではない。スタッフがやればいいことだ。

 半日後、ローエングラム艦隊は、三つに分かれ、それぞれ進撃を開始した。ミュラーの戦力が現在ラインハルトの手元にないので、その分は減っており、現在各艦隊は二万三千弱というところだ。




 ロイエンタールは、内務省社会秩序維持局の監獄に放り込まれ、何もできる状態ではない。単に監獄に放り込まれただけで、特に虐待されている訳ではなかったが、薄暗くコンクリートが剥き出しの牢の中で、堅いパンと薄いスープ、僅かばかりの干し肉と野菜、旨くもなく毎回同じ食事を、三度三度出されるだけの生活は、愉快なものではなかった。看守も食事の運搬以外ではやって来ることはなく、まるで無言であるのでは尚更だ。しかし、ロイエンタールの精神は、それくらいで挫ける程弱くはない。嘗て経験した遙かに過酷な最前線、惑星カプチェランカなどでの地上戦を考えれば、これくらいの扱いは何でもない話である。

「・・・・・・・いつまで俺を、ここに放り込んでおくつもりだろうか、タンネンベルク侯は」

 何もすることはないので、時間だけはたっぷりある環境だ。考え事でもしているしかない。

「『吊してしまうのは惜しい』と言っていたから、殺すつもりはないのだろうが、では一体俺に、何をやらせる気か。できれば、さっさと決めて欲しいものだな」

 そして、ロイエンタールは、タンネンベルク侯の「このような甘いローエングラム侯が、卿の主君として相応しいのか」という科白を、反芻せざるを得ない。感情的には不愉快極まりない話ではあるが、このタンネンベルク侯の言いように、全く反論できないロイエンタールであった。こうして捕縛され、頭を冷やしてみてよく解ったのであるが、確かにタンネンベルク侯の言うとおり、グリューネワルト伯爵夫人の生き死には、帝国の覇権には何の関係もない。主君であるラインハルトが、「姉を皇帝から救い出す為に、覇者となる意志を持った」から、感情的に姉を捨てることができない、というだけだ。熱病に浮かされたように「何としてもグリューネワルト伯爵夫人をお救いしなければ」と思い込んでいた時には考えもしなかったが、こうして任務から強制的に切り離され、冷静に考え直せば、タンネンベルク侯の言う通りである、ということに思い至ったのだ。考えれば考えるほど、「ローエングラム軍全員の運命と、グリューネワルト伯爵夫人一人の命と、どちらが大事なのか」という命題は、「ローエングラム軍全員の運命」の方に軍配が上がる。その為には、グリューネワルト伯爵夫人一人が犠牲になったところで、やむを得ないではないか。さして重要ではない個人を、権力者の個人的感情を満足させる為だけに救い、他の多くが犠牲にならなければならないというのなら、今までの大貴族支配と、どこが違うというのだ。それで民衆の解放者面をしようなど、片腹痛いのではないか。

 ロイエンタールが生来持っている、叛逆的なものの考え方が、この場合は如何なく発揮されてゆく。ロイエンタールは、このタンネンベルク侯の一言で、主君の資質に重大な疑念を持つようになっていった。




 タンネンベルク侯は、ローエングラム軍がレンテンベルクを進発し、ガイエスブルグを出てこちらへ向かってくる友軍に向かっていった、という報を受けると、次の手を打つことにする。

「タイミングが問題だが、グリューネワルト伯爵夫人を多少いたぶった上で解放し、ローエングラム侯のもとへ送り届けてやらねばならぬな。この小細工にはロイエンタールを使うと良かろう。我らがグリューネワルト伯爵夫人を虐待し、ロイエンタールが救出した、という筋書きだ」

 タンネンベルク侯の策は、単純なものでしかない。しかし、問題がない訳ではなかった。それで、本当にローエングラム軍が、こちらに向かってくるのか、ということである。

「それで、本当に大丈夫でしょうか?ローエングラム侯がグリューネワルト伯爵夫人を奪回したが、かなり虐待されていた、という事実を知った場合でも敢えてそれには目を瞑り、ガイエスブルグ組の友軍を叩いた後で、そのガイエスブルグに入城してしまった場合は、いかが致しましょう?」

「そこだな。加減が難しい。あまりに怒り狂わせてしまうのも問題であるし、だからと言って程度が軽ければ、ローエングラム侯はこちらを無視してガイエスブルグに一直線に突き進むだろう。いっそのこと、こちらに向かわせるだけなら、処刑してしまえれば話は早いのだがな。その場合は、彼が怒り狂ってこちらに向かって来ることは間違いなかろう」

 シュリーフェンの質問に、少々苦しい回答をするタンネンベルク侯である。

「では、このような手はどうでしょう。服役中の性犯罪者を連れてきてグリューネワルト伯爵夫人にけしかけ、その様子を撮影して送りつける、というのは。いや、もっと効果を考えれば、性犯罪者ではなく、閣下ご自身でそれを行えば、ローエングラム侯は絶対に閣下を討ち取るべく、いきり立ってこちらに向かって来ることでしょう」

「おいおい、さすがに勘弁してくれ。私自身が、そこまでやる気はせぬぞ。しかし、卿も相当非道なことを考えるな。まあ、非道だのどうだのを気にしている場合ではないのは確かだが。せっかくの提案だが、それはやりすぎの範疇であろう。それなら、処刑してしまうのと五十歩百歩。彼の反応は、大して変わりはしないだろうよ」

 苦笑しながら、シュリーフェンの提案を却下するタンネンベルク侯であった。フリードリッヒ四世が執着した美姫、に全く興味が湧かないわけではなかったが、正直そこまでの悪趣味は侯爵にはない。また、見た目が麗しいにしても、アンネローゼの生気の感じられない、世捨て人のような態度には、あまり惹かれるものを感じない、ということもあってのものだ。

「それでは、社会秩序維持局に連れていって、拷問の専門家に委ねる、というあたりですかな。女性専門に、痛めつけることに手練れた者はおりましょう。その様子を撮影して送りつけるか、あるいは超光速通信(FTL)にて全帝国に流すか、といったところで」

 割と恐ろしいことを、淡々と述べるシュリーフェンであった。

「まあ、そんなところか。だとしても、あまり私の趣味ではないのだがな。しかし、そんなことを言っていられる場合ではない。これが成功しない限り、我らの勝利はないからな」

 結局、タイミングを見て、8月26日にアンネローゼを虐待し、その様子をラインハルトのもとに流した上で、29日にロイエンタールがアンネローゼを連れて脱出、という筋書きとした。それで、ラインハルトがガイエスブルグ方面ではなく、こちらにやってくるように仕向ける、という寸法である。




 軍の情報ネットワークにアクセスし得た、「26日にグリューネワルト伯爵夫人を社会秩序維持局へ移送」という情報は、ドレクスラーらにとっては重要なものだった。移動時間とルートまで詳細に予備命令として発動されていたので「襲撃してくれ」と言わんばかりのものである。ロイエンタールの逮捕拘禁で、軍トップのタンネンベルク侯ですら警戒感を薄めていたわけであるから、その気分が下の者に伝搬しない筈もない。オーディンの地上軍部隊では、緊張感はほとんどなくなっており、情報は漏れ放題というのが実状だ。しかし、それでも不都合は特になかったので、誰かが責任を問われることも、これもない。

 ドレクスラーは、26日に移動中のアンネローゼを襲撃することに決定し、メンバーの配置を検討する。護送車と警備車の車種、警備兵の数も細かに指定されていたので、いかような戦術を取れば容易に目的を達成させられるか、というだけの話である。しかも、移動ルートも決まっているので、待ち伏せが可能だ。彼らにとっては、極めて楽な仕事でしかない。




 25日、タンネンベルク侯は社会秩序維持局を訪れ、獄中のロイエンタールに面会した。

「これはこれは、銀河帝国軍最高司令官たる元帥閣下御自らお出ましとは、小官に何か御用ですかな?残念ながら、かくの如き場所なので、おもてなしも出来ませぬが」

 皮肉を効かせた物言いを、タンネンベルク侯にぶつけるロイエンタールである。しばらく獄中にあろうとも、ロイエンタールの精神には何の変化も無かったことを、如実に物語っていると言えるだろう。

「ははははは、さすがは卿だな。まあ、たかだか10日ほどで、卿ともあろう者が落ち込んでいるとも思わなかったが」

 ロイエンタールの皮肉を笑い飛ばし、すぐ用件に入るタンネンベルク侯である。

「ところで、卿には少々働いてもらいたい。話は簡単だ。グリューネワルト伯爵夫人を連れ、ローエングラム侯のもとに行って欲しい、ということだ。悪い話ではあるまい?」

 ロイエンタールが捕縛されたのは15日。その後、「ヴェスターラントの虐殺」が発生し、貴族連合軍のほとんどがブラウンシュヴァイク公を見放し、ガイエスブルグから離脱したことを、獄中にあったロイエンタールは知るわけがない。その過程で、オーベルシュタインの謀略が失敗し、ラインハルトへの民衆の支持が薄れたことも。しかし、「悪い話ではあるまい」と締めくくったタンネンベルク侯の提案に、胡散臭さを感じないロイエンタールではなかった。

「ほう・・・・確かに悪い話ではありませぬ。しかし、上手すぎる話には落とし穴がある、というのが古今東西問わぬ常識というもの。小官としては、うかうかと乗せられるわけには行かぬでしょうな」

「状況を説明してくれ」と暗に求めるロイエンタールである。

「なるほど。10日ほどで情勢はかなり変化したが、卿がそれを知る筈はないな。よし、簡単に説明しよう。現在、ブラウンシュヴァイク公は自領で起こした、領民に対する虐殺事件によって信望を完全に失い、公爵の麾下にあった軍はガイエスブルグから離れ、我が軍に合流すべく、こちらに向かっている。ローエングラム侯は、その虐殺事件について、公爵に加担するかの如く立ち回ったことを我が軍に暴露され、彼に対する民衆の支持は急降下した。まあ、早い話が、虐殺を黙認し、反貴族連合の政治宣伝に利用しようとしたが、私がその事実を暴露した為に失敗した、ということだ。今彼は、レンテンベルクから進発し、ガイエスブルグ離脱組の迎撃に向かっている。情勢は、こんなところだな」

 簡単にではあるが、タンネンベルク侯はロイエンタールに説明を行った。それを聞いて、しばし考えるロイエンタールである。

「こちらの意図は明白だ。グリューネワルト伯爵夫人を解放することにより、ローエングラム侯に決戦を強いる、ということだな。何しろ、今のままでは、彼がオーディンに攻め掛かってくることはあり得ぬ。しかし、我らがオーディンを空にして出撃し、彼に決戦を求めることも、これもできない。ローエングラム侯の二の舞は御免なのでな。兵力を二分し、オーディン守備に充分な兵力を残して出撃することも、我が軍の少ない戦力ではこれも無理だ。彼をオーディンの正面まで引きずり出さねばならなくなったわけで、その為の小細工だよ」

「しかし、それほど上手く行きますかな?仮に、グリューネワルト伯爵夫人が解放されたところで、ローエングラム侯が直ぐにオーディンに攻め掛かってくるとは限りませぬ。その、ガイエスブルグから離脱した戦力を先に叩き、空になったガイエスブルグを占領。要塞の防御力を加えて貴族連合軍に対抗する、という策もあり得るでしょう。閣下のお考えの通り、とは限りませぬな」

「なに、細工は充分行っての上での話だ。さすがに、そこまでは卿に教えようとは思わぬがな。で、どうだろう。受けてもらえるかな?」

 事実上、ロイエンタールの生殺与奪を握っているタンネンベルク侯に、ロイエンタールが逆らえる訳はないのだが、しゃあしゃあと「受けてもらえるか」と訊ねる侯爵である。

「選択の余地はなさそうですな。よろしいでしょう、但し、小官が閣下の意図の通り、動くとはお約束できかねますが。特に、オーディン脱出以降については」

「もちろんだ。卿は私の部下という訳ではないからな。好きにするがよい。ところで・・・・・」

 更に、ロイエンタールに相談を持ちかけるタンネンベルク侯であった。

「ところで、卿はこのままローエングラム侯の配下として、最後まで忠誠を誓うつもりなのか。私の意図が成功すれば、彼は敗北し、逃げるか死ぬか、ということになる。運命をともにするにまで、彼に付いていくつもりかね?この前にも言ったが、それほど忠誠心を捧げなければならぬような相手とは思えぬのだが。ラインハルト・フォン・ミューゼルという男は、面白い人材ではあるが、社会へのルサンチマンに凝り固まっている点が、出自云々を別にして権力者としては頂けぬし、姉という弱点は致命的だ。しかし、誰かの部下になって満足するような男ではないとなれば、社会にとっては危険人物でしかなかろう。かくの如き人物に、帝国やら人類社会の命運を預けてしまうのは、薦められないと思うのが、卿はどうだね?」

 ロイエンタールに、再考を促すタンネンベルク侯である。しかし、ロイエンタールは答えない。

「もちろん、今すぐ決断しこちらに鞍替えせよ、と言っているのではない。抗戦空しく敗北に至った時は、卿だけでも素直に降伏しないか、ということだ。卿のような人材なら、いくらでも使えるところはある。その場合、投降さえすれば、卿を処分するような真似はしない、と保証しよう」

 沈黙を守るロイエンタールに、タンネンベルク侯は話を切り上げようとする。

「まあ、考えておいてくれ。但し、卿の僚友の、ミッターマイヤー提督は駄目だ。彼は、貴族階級を侮蔑しすぎた。彼の正義感は貴重ではあると思うが、子供じみた正義感だけでは、汚泥にまみれた実世界を動かすことは適わぬ。確かに直接の関係者は、ミッターマイヤー提督やローエングラム侯との対決に敗れて消えているし、そもそもブラウンシュヴァイク公らの一族であって、今の我らと直接関係があるわけではないが、自分の正義感の為なら貴族階級を蔑ろにしても良い、という彼の考え方は到底受け入れられぬのでな。彼に会った時には、最悪の場合は逃げるか自決することを勧めておくが良かろう」

 話を終えると、牢の前から立ち去って行くタンネンベルク侯である。結局、この間ロイエンタールは一言も発しなかった。しかし、このタンネンベルク侯の薦めは、結果的にはあまり意味のないものとなる。ロイエンタールがグリューネワルト伯爵夫人を連れてオーディンを脱出することは、遂になかったからだ。




 8月26日、シュワルツェンの館の警備部隊に、グリューネワルト伯爵夫人の社会秩序維持局への移送命令が発令された。予備命令が出ていた件なので、現場には特に混乱はない。それどころか、かなりだれた様子で、準備されていたくらいである。

 結局、伯爵夫人の移送には大型の乗用車一台を使用し、前後を警備兵を乗せた、これも通常の乗用車ニ台ずつで挟むというやり方は、完全に失敗だったと言わざるを得ない。もう一台、あとで「グリューネワルト伯爵夫人逃亡」の為の、ニュース用の映像を撮影しているテレビ局の車もあったのだが、これは戦力とは言えないだろう。全体的に、警護の兵力が少なすぎたのである。

 館を出てしばらく経ったところで、いきなり前後の乗用車に、至近距離からハンドキャノンによる攻撃が浴びせられる。軽装甲車くらいなら一撃で吹き飛ばしてしまうような攻撃に、通常の乗用車程度がもつはずもない。一瞬で爆発し炎上する車輌四両から、生きて出てくる者はいなかった。そして、次に伯爵夫人を乗せた車にも、ハンドキャノンによる攻撃が浴びせられる。急ブレーキを踏んだ車は、辛うじてこの攻撃を交わしたが、炎上中の前の車に突っ込みそうになり、右に急ハンドルを切った結果、壁に衝突してしまった。

 伯爵夫人以下が、よろけながら車外に出てきたところで、決定的な一弾が飛来した。ドレクスラー自らの手、狙撃用のライフルから放たれたエネルギー弾が、グリューネワルト伯爵夫人アンネローゼの、額の中央を貫いたのだ。

「・・・・・・・・・・・・・」

 無言で崩れ落ち、頭から血を吹き出しながら倒れるアンネローゼ。爵位を持たぬ下級貴族の娘として生まれ、見出されて一躍、神聖不可侵なる銀河帝国皇帝の寵姫となり、運命に翻弄され続けた女性の短い一生は、ここに終わりを遂げたのだ。

 なお、炎上する車と、倒れたアンネローゼの様子は、一部始終を後続のテレビ局の車によって、カメラに収められている。生中継しているわけではなかったことが、タンネンベルク侯にとっては唯一の救いであったろう。しかし、その救いも、そう長くは続かなかった。



「グリューネワルト伯爵夫人が暗殺されただと?!い、いったい、ど、どこの誰が!!」

 タンネンベルク侯は、その報告を受けて驚愕した。あるはずもないことが起こったのであれば、さすがの侯爵と雖も、混乱して当然だったであろう。いかに侯爵が有能だとはいえ、何と言ってもまだ若い、25歳の青年貴族でしかない面も、濃厚に持っているのである。しかし、いつまでも混乱しているわけにもいかないのは、さすがに弁えてはいた。

「いいか、この情報は押さえろ!通信を徹底的に管制する。この情報が、今すぐにローエングラム侯のところに届いてしまったら、彼は怒り狂って反転し、こちらに向かってくることになる。それではまだ、まだタイミングが早すぎる。ガイエスブルグ組が間に合わぬ!!」

 焦って関係各所に指示を連発するタンネンベルク侯だが、この行為が更に悪い結果を呼んでしまった。当然、帝国宰相府にも話が行き、リッテンハイム公爵のみならず、秘書官もそれを知るところとなったからだ。

「よいか、すぐにこの件はニュースで全帝国に流すのだ。暗殺の瞬間という、スクープ映像を逃してはならぬ。軍からの命令など気にすることはない。何か言われたら、『宰相府からの指示だった』と言えば良いぞ」

 ヘッセン子爵は、タンネンベルク侯を窮地に追い込む為だけに、個人的に知り合いであった国営放送局の報道局長に、勝手に指示を出した。こうなると、帝国宰相秘書官の地位は軽いものではない。放送局にとっては、帝国軍最高司令官の指示より、行政組織である帝国宰相府からの指示の方が、遙かに重みがある。



「帝国国営放送局より臨時ニュースを申し上げます。本日午前、帝都オーディンにおいて、先々代皇帝、フリードリッヒ四世陛下のご寵愛を受けられた、グリューネワルト伯爵夫人のご一行が、何者かによる襲撃を受け、伯爵夫人は逝去されました。それでは、偶然撮影されました、襲撃の瞬間の映像をご覧下さい」

 アナウンサーの姿が消えると、爆発炎上する車と、壁に衝突した車からよろよろと出てきたアンネローゼが撃たれ、崩れ落ちる瞬間の映像が映し出される。いずれも、迫真性があり、作ったような映像には見えない。本物の映像であることは明らかだった。

「なお、伯爵夫人は、現在賊軍の首魁となっているミューゼルもと元帥の姉にあたりますが、皇帝陛下のご慈愛により、処罰を受けることもなく、オーディンでの生活を継続しておられました。ご冥福をお祈り致します」



 この放送が流されると、タンネンベルク侯は怒髪天をついた。

「ふざけるな!いつ、誰が、これを全帝国に放送しろと言ったのだ!!」

 直ちに帝国国営放送局に電話を掛けると、自分の名を名乗り、責任者を出せと怒鳴った。報道局長が電話口に出る。

「ですから、これは帝国宰相府からの要請でございまして。放送せよ、とのお達しだったのでお断りするわけにもゆかず・・・・」

「いい加減なことを言うな!宰相閣下が、そのようなことを言うはずはない。それは、私がご本人に確認しておる。一体誰の指示だ?正直に話せ!!」

「何度も申し上げている通り、宰相府からの指示でございまして・・・・」

「そうか、あくまで隠し立てするか。では、憲兵をそちらにやって卿を逮捕、憲兵隊司令部に連行し、真実を述べるまで拘禁して拷問を加えることにしよう。いつでも命令できるぞ」

 電話口の向こうで、報道局長は息を呑んだ。そして叫ぶ。

「そ、そんな、ご無体な!!」

「さっさと白状すれば、もちろんそういう目には遭わせない。どうする、大人しく今すぐ正直に話すか、それとも憲兵による拷問の末に、嫌々喋らざるを得ないようになるか、二つに一つだ。卿が自分で選べ」

 さすがに、そこまで脅されては、報道局長も本当のことを白状しなければならなくなる。いくら何でも、憲兵隊に連れて行かれて拷問では、たまったものではないからだ。

「わ、解りました。話しますから、憲兵は勘弁して下さい!こちらに指示を出したのは、ヘッセン子爵ですよ、宰相秘書官の。帝国宰相府の命令だから、ということで」

「ヘッセン子爵」の名を聞くと、タンネンベルク侯は「わかった」とだけ言って電話を切り、直ちに宰相府に向かった。



「ヘッセン子爵、卿は何ということをしてくれたのだ!」

 宰相執務室にやってきたタンネンベルク侯は、開口一番、ヘッセン子爵を怒鳴りつける。頭ごなしに叱りつけられ、一瞬驚きを見せたヘッセン子爵だが、こちらも怒りを滾らせた。

「何だと!一体、何の権限があって、貴様はこの私にそのような口をきくのだ!お前如きに、怒鳴られなければならぬ私ではないわ!!この躾けの悪い野良犬が!!」

 罵詈雑言で返すヘッセン子爵である。しかし、タンネンベルク侯は、ヘッセン子爵が全く相手にならないことを確認すると、リッテンハイム公の方に向き直った。

「宰相閣下。この度の秘書官の越権行為は目に余ります。グリューネワルト伯爵夫人を暗殺されてしまったのは、こちらの手落ちではありますが、それを今ローエングラム侯に垂れ込まれるということは、我が軍にとっての重大な危機を意味しますので」

 二人の正面からの激突に、目を白黒させているリッテンハイム公だが、「重大な危機」という言葉は頭に入った。

「重大な危機、とな?」

「さよう。これで、ローエングラム侯が、怒り狂って帝都に攻めてくることは間違いありませぬ。彼が帝都による我が軍と戦えない唯一の理由、人質になっている姉が死んでしまったわけでございますから。そうなると、ローエングラム軍は八万、我が軍は五万。しかも、相手は復讐の一念の燃えているという状況。あまりに不利でございます。ガイエスブルグからの味方が全速で駆けつけても、今の位置関係では、下手をするとローエングラム軍の来襲より、一週間近くの時間がかかります。それ故、援軍が到来する前に我が軍が敗れ、帝都が失陥してしまう可能性は、かなり高いと言えるでしょう。もし、彼に帝都を占領されてしまった場合、私のみならず、皇帝陛下と宰相閣下、お二方とも、復讐に狂ったローエングラム侯の手によって、断頭台の露と消えることになりましょうな」

「何と不吉なことを!小父上、このような不愉快な物言いは、受け付ける必要はありませぬ!絶対にあり得ませぬぞ、そのようなことは。このタンネンベルクの愚か者が、卑怯かつ臆病なだけにて・・・」

 横から口を挟んだヘッセン子爵に、タンネンベルク侯は向き直った。そして、いきなり拳を打ち込む。一発、二発、三発と殴られ、ヘッセン子爵はたまらず昏倒した。士官学校上がりで軍務を経験しているタンネンベルク侯と、家名と財産に胡座をかいて生きてきただけのヘッセン子爵では、鍛え方が違う。仮に、タンネンベルク侯が奇襲的に殴ったのではなくても、全く勝負にはならないだろう。

「この度し難い莫迦者が、邪魔だ、引っ込んでおれ!」

 吐き捨てるように言うと、タンネンベルク侯は更に続けた。

「いかに我が軍と雖も、多数の敵、しかも戦闘能力が高い相手では、勝つことは無理でございます。何日支えられるか、ということが正直なところでしょう。何とか持たせて、ガイエスブルグ組が間に合ってくれることを祈るしかありませぬが、最悪の場合一時帝都を放棄する、ということも選択肢としてお考えあそばされるよう、お願いいたします。皇帝陛下と宰相閣下さえご無事でしたら、ガイエスブルグからの味方と合流し、再起することも可能ですからな」

 リッテンハイム公は、激発したタンネンベルク侯の迫力に圧倒されており、生返事をするだけだ。状況の急変と、ヘッセン子爵が目の前で叩きのめされたことにより、一時的に頭が回らなくなっているのである。

「それと・・・この大莫迦者ですが、申し訳ないですが拘禁させていただきます。軍の行動に害を及ぼすに至っては、さすがに看過し得ませぬ。当分の間、軍刑務所に放り込んでおきますので、ご承知を」

 タンネンベルク侯は、侮蔑しきった目でヘッセン子爵を見ると、外に待たせてあった憲兵を呼んだ。屈強の憲兵たちが入室してくると、失神しているヘッセン子爵を両脇から抱え、連れて行こうとする。

「ま、待ってくれ。カールに手荒な真似は、なるべくしないで貰いたいのだが・・・・確かに思慮の足らぬ、愚かな奴ではあるが、それなりにわしは可愛がってきたのでな・・・・」

 懇願するような調子になってしまった、リッテンハイム公である。

「ご安心を。軍刑務所に放り込むとは言っても、貴人用の施設が整った独房としますし、乱暴な真似などする筈もありませぬので。子爵には、しばらく頭を冷やして頂くだけでございます。しかし・・・・・」

 しかし、で一旦切って続けるタンネンベルク侯である。

「しかし、何だ?」

「しかし、さすがにヘッセン子爵にこれ以上、帝国宰相秘書官の重責を担わせることは、御免被りたいと思いますが。宰相閣下に秘書官の解任を要求するなど、越権行為であることは重々承知しておりますが、このように、味方に我が軍の足を引っ張られるような真似をされるのでは、たまったものではありませぬので」

「ぬうう、し、仕方ないか。カールがこんな真似をするとは、わしも思わなかったからな。卿の言う通りにしよう」

 すっかりしょげた様子で、タンネンベルク侯の言を受け入れるリッテンハイム公である。

「ところで、あの女を殺したというものは、一体誰なのだ?下手人は取り逃がしたのか?」

「申し訳ありませぬ。こちら側の警備は、ロイエンタールの逮捕で、私を含めすっかり油断しておりました上、相手はかなりの手練れだったようでございます。風のように襲われ、風のように去られてしまったようでして。現場の兵も、ほとんど全員グリューネワルト伯爵夫人と一緒に、倒されてしまっておりまして、証拠として残ったものは例の映像だけにございます。それだけでは、皆目見当のつかぬ有様にて。敵の姿は、ほとんど映っておりませぬからな。一応厳重な非常線を張ってはおりますが、敵の行方は皆目分からぬ、といった有様にて」

「そ、それでは、その手練れの敵が、わしやサビーネを襲ってきたら、拙いことになるやも知れぬではないか!警備の方は大丈夫なのか?!」

「それはご安心を。今でも皇宮と宰相府には、かなりの警備体制を敷いていますが、此度のことで差し当たって警備兵の数を倍に増やしました。閣下のお屋敷の方も同じく。もちろん、私の軍務省の方もでありますが。当面は、それで何とかなりましょう」

「そ、そうか。それで良い。しかし、此度は卿ともあろう者が、抜かったな。孺子の子分を捕らえたことで、いささか浮かれておったのかな?」

「何ともはや、それに関しては何も言い訳できませぬな。申し訳ありませぬ」

 深々と頭を下げるタンネンベルク侯である。

「しかし、あの女が死んで、孺子に都合が良い事態になるとは、おかしなものだな。だとすると、一体誰が狙わせたのか?いくら何でも孺子自身が、姉を狙わせるわけもあるまいに」

 リッテンハイム公の疑問を聞いて、はたと思い当たるタンネンベルク侯である

「ようやく解りました。おそらく裏で糸を引いているのは、奴の参謀長、パウル・フォン・オーベルシュタイン中将ですな」

「オーベルシュタイン?」

「さよう。人間とは思えないような奴にて、感情を完全に排した『呼吸する機械人形』とでも考えた方がよろしいかと。イゼルローンが陥落した際、駐留艦隊の参謀の地位にありながら、司令官ゼークト大将を見捨てて逃亡し、その後ローエングラム侯の参謀となっている男にございます。奴なら、ローエングラム侯の感情など無視し、勝手にグリューネワルト伯爵夫人暗殺を進めることにございましょうな」

「では、いっそのことそやつが下手人だと、孺子に教えてやったらどうか。内輪もめが起こるだろう」

「無益でしょう。ローエングラム侯は、彼の姉を死なせてしまった私や宰相閣下の言を、信じようとはせぬでしょうからな。逆に、小手先の言い逃れと考え、ますます復讐心を滾らせるかも知れませぬぞ」

 油断から最悪の事態を迎えたことに、苦り切っているタンネンベルク侯である。こうなると、ロイエンタールの捕縛も、オーベルシュタインの撒き餌だったのでは、ということに思い至らないわけにはいかない。思わぬ大物を捕らえたことで、自分では気付かぬ内に有頂天になっていたのだろう。それ以外の工作に対する、警戒心が全く薄れてしまっていたのは、己がまだまだ経験不足の青臭い若造でしかない、ということを嫌と言うほど思い知らされたのである。

「とにかく、ローエングラム侯がオーディンに殺到してくるにせよ、まだ時間はあります。至急、私の幕僚を集め、今後の予測と作戦案の検討に入りたいと思いますので、これにて軍務省の方に帰らせていただきます。何か御用の折りには、いつでもお呼び下さいませ」

 諒解した、と尊大に頷くリッテンハイム公を後目に、タンネンベルク侯は宰相府を後にした。とにかく、急いで今後の対策を立てねばならない。宇宙に上がっている者を含めて全員を呼び集め、作戦会議を行う必要がある。














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