残花亭日暦

角川書店ー2004・1・30−

2001年6月1日から2003年3月11日までの日記です。
たくまずして、それはご夫君川野純夫氏を看取る日記になりました。
角川書店の「俳句」に連載されていたもので、
田辺さん自身が婦人公論のエッセイで明かしておられる通り、
この期間にこれだけのことが起きたのは全くの偶然だとか。
発病、入院とほぼ同時期から始まり、
満中陰の翌日で終わるというこの日記を
田辺さんは「神様の思し召し」とおっしゃっています。
多忙の上にも多忙な日々の中で、夫の癌の宣告を受け、看病しながら、
講演執筆をひとつとして休まれなかったのは、
休めば「塩が崩れるように」なしくずしに人生も崩れていくと思われたからだそうです。
死病の夫を抱えた田辺さんのその講演を
私はリアルタイムで聞かせていただきました。
ロイヤルホテルでの古典講座でした。
和泉式部や平家物語や川柳から林芙美子、杉田久女など・・・。
田辺さんのお召し物の美しさや、メガネの可愛らしさや、
お声の涼やかさはちっとも変わりませんでしたが、
少しお痩せになったかなとは思っていました。
「俳句」を読んでいれば、と悔やまれます。
おろそかに聞いていた講演ではなかったつもりですが、
それでも、まさかそんな状況でいられるとは知らず、
会場でサインしてもらったり、お言葉に甘えて 色々厚かましいこともいたしました。
ああ、知らなかった、とページを繰るのが辛かったです。
藤本義一氏の弔辞と田辺さんの喪主挨拶が
キチンと文章として採録されているのもとても貴重だと思いました。
付き添い婦のHさんに対する田辺さんの思いは
経験のある者にはよくよく判ります。
「ああ、どこかに行きたい!」と、つい叫んでしまうお気持ちも。
ベッドの傍らで涙ぐむ田辺さんにおっちゃんはこういいます。

ーかわいそに。
 わしはあんたの。
 味方やで。


それにしても。
日記の中で、田辺さんが、原稿をおもしろかったと
編集者に言われて 喜ばれる場面があります。
パッと気分が明るくなって、酒宴となるのですが
今の田辺聖子にして、この初々しさはどうでしょう!
いつもいつも、切り口新しく、馥郁たる新芽の香りに満ちている人。
その人の涙と手腕に満ちた一冊でした。