夢チムニー


ヒロインは、今ウェディングドレスを着て、花嫁控え室にいます。
とっても気の合ういい男の子と出会って、結婚することにしました。
あいつとなら、やっていけそうです。
何の不安もなく、幸福で力に満ちているヒロインの心に、
ふと、ひとつの切ない想いが蘇ります。
それは、亡くなった学生時代の恋人の父親への慕情でした・・・・。

恋愛小説は設定が全てと私は思っています。
医者と女陶芸家や書道家の恋、作家や彫刻家その他モロモロの芸術家と
女子大生や金持ちの奥さんやデザイナーや・・・
そんな設定では、もうすでに負け戦ではありませんか!
ほれ、そこのW、わかってるか!

息子を亡くした父親の悲嘆を目の当たりに、
ヒロインは恋心を押さえることができません。
それでも、告白することなどどうしてできるでしょう。
父親は、いつまでもお参りにきてくれるヒロインに
「あなたはまだ若いのだから、あなたの人生を生きなくては」と、
ホテルのレストランで諭してくれます。(中ノ島のリーガロイヤルホテル!)
ヒロインは泣きます。
泣いてはいけないと想いながらも、
レストランで顔を覆って泣いてしまいます。
どうにもならない人を好きになってしまった理不尽に、
涙はとまりません。
それは、不倫などとは比べ物にならない、深い理不尽です。
父親は妻と別居していましたが、
息子の不幸がきっかけになって、妻と心を通わせているようです。
小娘の好いた惚れたなど、立ち入る隙もない、
深い大人の世界がそこにはあります。
賢いヒロインはそれもよくわかっています。
それでも、涙はとまらないのです。

父親は私の心の動きに気がついていたかもしれない、と花嫁は思います。
教会の鐘が鳴って、さあ、式がはじまります。
嬉しさに笑みこぼれているあいつの腕をとって、
ヒロインは現実のロードを歩み出します。切ない恋心を大切に胸にしまって。

神戸の美しい風景が下敷きにあって、これはきっと、
北野の異人館に住んでいらした田辺さんが、教会の鐘を聞きながら書かれたのでは、
と想像して、神戸にいきたーいと思ってしまうのです。
若い賢い女の子の、血の滲むような切ない恋物語です。