恋にあっぷあっぷ

初出 s58〜s59「JJ」 
単行本化 s59 光文社
文庫 s63 集英社文庫


静かに溺れていく人がいます。

したたかに、目を見開いて、恋に浚われていく人がここにいます。

はっきりと意識して、浚われたり、おぼれたりしたことのある人は、強く清らかです。

清らかで、孤独です。

田辺聖子作品の底に流れる極上の「諦念」が、ここにはフンダンに盛られています。

ふつうのスーパーで帳簿整理のパートをしている主婦のアキラの、

精神のクローゼットの中は目がくらむほど豪華で贅沢で淫靡でした。

山田詠美さんがこの作品を指して言うように、

この主人公はまさしく「クローゼット・フリーク」です。

若いうさぎだった主人公は野に出るや

たちまち若い牡ライオンに咬んでねぐらにつれこまれ、

一見したところはぼんやりとした主婦になります。

そして、やがて若いうさぎは巨象に出会うのです。

その恋にあっぷあっぷしてはいても「全ては過渡期」の中のできごと、

移ろわぬものはないのです。

変わらぬものなどこの世にはないのです。

ああ、それはその通り、そうなんですよね、田辺さん。

と、思わず声が出ます。



筆者は全集解説の最後に 「ラスト、もし薄い涙が読者のお心に滴ってきたら、

それは人の世の疲れをやわらげ、倍々ゲームでふえていく、

<生きる力>を喚ぶもの、・・・とお思いください」

と、書いています。

諦めは田辺聖子にとっては、<生きる力>を喚ぶものであるのです。

諦める、とは見極めることであり、

見極めるとは人生の腕力をつけるのに必要な武器だと私は思いました。

田辺聖子の恋愛小説はかくのごとく「ただもの」ではありません。

−2005.1.10−