田辺写真館が見た“昭和”


田辺聖子さんの初めてのフォトエッセイ。
田辺さんが大阪福島の田辺写真館に生まれ、
その写真館が昭和二十年六月一日の大阪大空襲で焼け落ちるまでの日々を
焼け残った写真とともに綴った、豊かな戦前の昭和へのオマージュである。
と、同時に熱い反戦の書であり、痛恨と哀惜の書でもある。
私は戦前の昭和を知らない。
民主主義ではなかった、戦前の昭和はただただ暗い、貧しい時代でしかなかったのか・・・。
田辺写真館の夕食には「ビフカツ」が供されて、
雇用人も主人も皆同じように ナイフとフォークでそれを食した。
軍国主義に毒された戦前の日本は、
アジア諸国を侵略することに全国民挙げて血眼になっていたのか・・・・。
出征する若者は皆、鬼畜米英と信じていたのか・・・・。
戦前の昭和文化は全て、戦後の文化よりも劣ったものだったのか・・・。


田辺さんの描く戦前の小学生が迎える元旦の風景は
こよなく佳き物であると私は思う。
それを失ったことが、現在の大きな病根であると切に思う。
戦前の小学生は、元旦の「あらたまり」「常にない謹厳な心地」を
理屈でなく教わってきた。
畏まる日、キチンとする時というのがこの世にはあって
何とはなしにお行儀良くしなければならない場面がある
ということを、私たちは子供に問答無用で伝えていかなければならないと思う。
そういう「けじめ」の文化が、戦後蹴散らされていったのは何故なのだろう?

靖国神社に総理大臣が参拝して何が悪い。
戦死した庶民は皆、靖国に神として祀られると信じて死んでいったのだ。
私たちの親や祖父母が築いてきた戦前の文化は皆
戦に負けたその時から、醜悪な愚かな、無知蒙昧な野蛮な、
低劣な恥ずべきもの となっていいのか、そんなことなのか、敗戦とは。

聖子ちゃんの美人のツンツン叔母の、豪奢な着物
聖子ちゃんと妹の「ヨネツ」の子供服
ターキー人形、お父さんのボルサリーノ、お母さんの髪飾り

みんなみんな、焼けてしまった・・・・。

アジア諸国に迷惑をかけたわが日本は
無くしたものを弔うことさえ赦されないのか。
田辺写真館が見た戦前の゛昭和゛は、
鬼畜の時代、恥ずべき姿だったのだろうか・・・・。


−by UTA−
−2005.5.24−