2003年9月ホームページ開設当初から12月までの呟きです。

お酒と恋と

今、健康上の理由で禁酒中です。

少しなら構わないだろうとは思うのですが、

一度自分に許してしまうと止め処がなくなるのは、

自分でよくわかっていますので。

ワインも、ビールも、焼酎も、

最近はよく冷やした日本酒も、どれも大好きでしたが、

特に好きなのがジンでした。 ジントニック、トム・コリンズ、ジンフィズ、

そして、そして、マーティニィ。

東京丸の内ホテル、サムライバー。

大阪リーガロイヤルホテル、リーチズバー。

お茶の水の山の上ホテル本館の小さなバー。

どこのマーティニィもしみじみとおいしかったです。

大好きな人と二人か、そうでない時は一人で飲みました。

おつきあいで行ったり、

大勢でワイワイと飲んだことのないバーはこの三つだけです。

私はもう、お酒とは、このままさよならすることになるのでしょうか。

何となく、そんな気がします。

そうなると、私の人生最後のお酒は、日本の信州ワインの新酒だったことになります。

最初の一杯はなるほどおいしかったけれど、

葡萄の香がきつすぎました。

あれが最後とは、やや残念。


この一文、お酒の部分に

恋をあてはめて

読んでいただいても結構かと・・・・。


クリスマス



田辺さんの「手のなかの虹」に、すてきなクリスマスのドールハウスの話が出てきます。

ご夫君が「結局アンタは年中クリスマスやったらええとおもてるんやろ」とおっしゃって、

そのとおりや、と納得されるシーンがありますが、私も実はそう。

クリスマスって、約束が果たされる日、という感じがあります。

子供の頃は約束を果たしてもらえる日、

大人になってからは、約束を果たす日。

どちらが楽しいかといえば

私は断然大人になってからのほうが楽しい。

ツリーを出すのもリースを飾るのも、

チキンの丸焼きを作るのもケーキを焼くのも、みんな約束。

そして、ずーっと昔に、約束の故に生まれてきたという伝説の赤ちゃんと

その母親のことを考えるのも、やっぱり約束。

大学がミッション系で、息子も中高とミッション系だったので、

お祈りの言葉や讃美歌も知っています。

信仰、というまではいきませんが、少しシンとした気持ちになるのは本当。

シスター方との約束をちっとも守らなかった私は、

今でも街角でシスターに出会うと、何となくお行儀良くなってしまうんです

写真のリースは息子たちがとっても小さかった頃、約束して手作りしたものです。

-2003.12.15-


アンクレット




銀のシンプルなチェーンのアンクレットです。

ここに自分で買ったことがあると書いたら、それはダメです、と誰かさんが贈ってくださいました。

嬉しいな♪

ありがとうって言ってしまうのがもったいないくらい。

大切にしますね。

-2003.12.10-


For You

あなたに、と書いてみて、
告げるべきことなど何もないのに気がついています。

するべきことも、言うべきことも、もう何も残ってはいません。

あなたの言うように、私は若くはありません。
あなたから見れば年寄ですよ。

あなたのために命を傾けて、
しなければならないことはし尽くしました。

年寄の私の中に、もうあなたのための場所は、ないのですよ。
だから、どんな形にせよ、ここへ戻ってきてはいけません。

いつだったか、私は言いましたよね。
初めから手に入らないものを失うより、
もう少しで手に入りそうだったものを失うことのほうが、うんと辛いと。

私もその辛さを思い知らされました。

あなたが、これから私に何を言おうと、
もうそれは風の音ほども私には響きません。削除するだけです。

それでもまだ、私に罵詈雑言を投げかけることは、
それは未練というものです。
消えろとあなたが百万回書きこんでも、私は消えないのです。

悔しいでしょうが、あなたと私の間にあった時間も、
消すことなどできないのです。
きっぱりとご自分の道を歩いて行って下さい。

そうすれば、あんなお伽話など、ただの笑い話になってしまいます。

こうして、あなたに語りかけているようにみえても、
私は私にしか話してはいないのですからね。

年寄の私は、底の底まで、あなたに関してはからっぽになってしまいました。
私なんかババアだもの、放っておいて。

ー2003.12.8−

入院

入院してました、5日ほどですが。
緊急だったので、家から遠い馴染みのない病院でした。
そこで、色々な人生を、見てきました。
もうどうにもできない人生が、そこにはありました。
手遅れの、人生が、ありました。
そう言い切るのは傲慢かもしれませんが、
どんなことでもとりかえしのつくこととつかないことは、あると思います。
努力と根性次第でどんなことでも解決できるとは、私は思えません。
私は、自分がそうなっても、それもまた自分の人生、
かけがえのない私だけの生き方として
ひきうけていかなければ、と思います。
家族が心配顔で見舞に来てくれても、
病いは私の人生に起きたこと、
それを引き受けるのもまた、
私だけに許されたことなのです。
病んだ自分を否定することだけはしたくないと思いました。
こんなはずではなかった、などとは言わないようにしたいのです。
何より大切なのは、覚醒して生きること。
目を覚まして、病むこと、ですね。


ホームページ

心穏やかに、好きな世界を展開したいと思ってページを作っています。
不特定多数の方がご覧になることを忘れずに、
他人を傷つけることのないように、とそれだけは心砕いているつもりです。
ここではない場所に私は公式ホームページと仲間の遊び場を持っています。
その一部にも田辺先生のコーナーはあります。
ここと重複するコーナーもありますが、著作権者は私ですから、問題はないと思っています。
この夢小箱ではもっと踏みこんで田辺先生のことをお話したいので、
色々とコンテンツを工夫していくつもりでおります。
少し公けの顔を持っている者として、
身内バレしていない(完璧に、ではありませんが)ここで
自由に田辺先生のことをお話したいのです。
ご配慮くださいとは申しません。
こういうことなので、ご通知いたします。
私には理解できませんが、あちこちでホームページを持つ人間を
何か不愉快にお思いになるのなら、ご訪問をお控えください。
掲示板は管理人が編集できますので、
発信者の見当はかなり詳細につけることができます、
ということも同時にお伝えしておきます。

けれど、どうして、私はホームページを開くとからまれるのでしょうか?


雨 2

この時期の雨を山茶花梅雨というのだそうです。
秋になっても暑い日が続いて、季節を感じられなかったので
秋らしい長雨が続くと、目につかなかったものが目につきます。



雨が降ると


ベランダの薔薇の蕾

ふたつに増えてる


公園のブランコ

水色に塗り替えられて


裏通りの並木

すっかり紅葉している


読みかけの本の間には

古い手紙


雨が降ると

心にも休止符つけて


私はワタシの上に

透明の傘をさしかける・・・・


2003.11.11

サマーセット・モームのうっとうしい暑苦しい小説とは
うってかわって、外は11月の雨が静かに降っています。
アップルシナモンケーキが焼きあがるまで、のんびりと
他愛ないことで時間をつぶしているのは、贅沢の極みです。



かなしみは
いつも かたわらにあって
よるべない こどものように
こっちをみてと みあげている

よろこびは
いつも まっすぐに まどからさしこんで
わかい こいびとのように
なにもいわず ただ だきすくめる

そして
こどもも
こいびとも
いっしゅんののちには かけてゆく

わたしという なふだをつけた
かなしみも
わたしという しるしをつけた
よろこびも
ありはしない このよには


あの人は・・・

田辺さんの講演が終わって、田辺さんがドアを出られるやいなや、転がる様に駆け出て
何か挨拶せずにはおられなかったあの人は、
今はどうしていらっしゃるのでしょうか。
古い町の伝統のあるお仕事の家の主婦で、
何を話しても謙虚の皮を被った自慢話になる人でした。
有名人が好きで、その人と親しく話ができることがステイタスと思っている人
・・・・彼女の理想は棺桶に入る時、綺麗な背中をしていることなのだそうです。
あ、たぶんまだ40代のはずです。
私には何かできるはず、
ここではないどこかで自分は輝けたはず、
といつも唇を噛みしめているような人でした。
でも、何もしようとはしなかった。
いや、何をしてもPTAや子供会の範疇からは出られない人。
彼女が本当に田辺聖子の本を読んでいたなら、
もっと幸福であったろうに、と思います。
彼女はステイタスである田辺さんの本の何を読んでいたのでしょう?
女が、いえ、人間が幸福になるには、
人を愛するというただそのことだけが大切、とそこには書いてあるのに・・・・・。


幸福

この世で一番幸福なことは

好きな人と一日でも長く共に過ごすことです。

朝起きると隣に好きな人が寝ていること、

夜ふと目覚めると、隣に好きな人の寝息が聞こえることです。

こんな単純なことに気付かず

こんな大切なことをないがしろに生きるには

人生は短すぎます。

そして

この幸福を守るには

深い知恵と

豊かな感性が必要。

誰にでも与えられるものではないのです・・・・・


コスモス

好きな花なんです、コスモスは。
一面のコスモス畑も、道端に揺れる何本かも。
でも、本来は日本の植物じゃないんですってね。
自生するものではなく、誰かが植えなくては咲かないものだと聞いたような気がします。
最近、鉢植えが沢山売られるようになって、私も先日買ってきました。
一年草だから、来年はもう咲きません。
白と濃いピンク・・・人工的な美しさです。
でも、名前は「宇宙」。
物語に登場させるのは難しいかもしれない。
あまりに愛されるようにと、拵えられたような気がして。
でも、それも私の勝手な思いこみでしょう。
切花になって玄関にいる何輪かは、しゃんと強く咲いています。


ノベルス

ジュニア文庫とかファンタジー文庫とかいう漫画の挿絵がついてる文庫や新書のことです。
あれは何でしょうか?   

難しい小説からいきなりはいれないから、
まずはああいう本から入ってもいいじやないか、
という意見には、まあまあ、賛成。

でも、そこから本格的なものに入る人は何割なのかなぁ?
あれを読んでて、じゃ、って、太宰に行けるか、おい?

ああいう活字文化は、もういいかげんに滅んでいただきたい。

で、ああいうものを書いてる人間が、作家と名乗るのはやめていただきたい。

といって、私は読まずに批判しているわけではありません。
よ・み・ま・し・た。

擬音で一ページ埋まってる、とか、170センチの長身とか、文章ともいえない酷いシロモノです。
花魁もので「大変でありんす」というセリフがありんしたわ!

でも・・・多様な需要を満たすめには、例え一冊500円前後の本であっても薄利多売でいいのでしょうか?
けれど、それがこの国の活字文化を低劣なものにしてはいないでしょうか?

ライトノベルスって、何かハナから人を舐めてません?
悪と闘うって、お前、現実と四つに組んでみせろよって思うんですけど。


ホームページ

今、私はここの他にオフィシャルサイトをひとつと、友達の遊び場みたいなサイトをひとつ、運営しています。
それに反対する人たちがいて、その理由は仕事に響くからというのですが、私は一度も仕事で彼らに迷惑をかけたことはありません。
そして、ロムしては陰口を叩き、じゃ、掲示板にカキコしてよ、というと絶対しない、とリキむのです。
友達だからこそ反対する、なんて言うのです。
絶対に法に触れるようなページではありません。
訪問者からは一回もクレームがついたことはありません。
何なんでしょうか?
謎です・・・・

男と女



世の中には男と女しかいません。

人間はどちらかに必ず分別されます。

私は女。でも・・・・・。

いつもそれを鼻先にぶらさげて生きているわけじゃない。

そういう分別を超えて生きる時間だって沢山あるわけで、

というより、私は殆どの時間を女を意識せずに生きています。

仕事で、あるいは遊び場で。

私は結構年齢も意識しないほうです。

年上の人にはそれなりの礼儀はわきまえますけれど、

年上だからといって無条件にひれ伏すことはしません。

そのかわり年下だからといって、

横柄にならないようには最低気を使っています。

一緒に飲んでて、「うーん、もう、かわいいんだから、○子ちゃん」なんて

急に女扱いする人っていますよね?

そういう関係でも話でもないのに。

友達つきあいしてる男にサービスのつもりで肩を抱かれたり、

酔ったふりして腰に手を回されたりしたことありませんか?

私の恋人が自分も知ってる男だったら、

急にあつかましくなる男っていません?

友達でもないくせに、あいつに優しいんなら、俺にも、みたいなヤツ。

最近、長いつきあいの男友達と絶交しました。

私の仕事の場に呼びもしないのに現れて、泥酔し、

仕事相手の人に「○○○(私の名前、呼び捨て)をよろしく!」

なんて言った揚句、帰り道で肩を抱くわ、

電車の中で大声で説教垂れるわ・・・・

こんなに何を勘違いさせたのかと自分が情けなくなりました。

そういえば、チラチラとセクハラする男でした。

でも、私にはちゃんとパートナーも時には恋人もいて、

それもよーく知ってる男友達だったのに。

私は他にも男の友達はいるけれど、

まあ、外見は一応男というだけで、

ほんとに性別なんか意識しないでつきあってます、何年も。

何なんだろうか?

いつまでも、お前は女だ、俺は男だ、

と言ってるヤツなんか、滅びてしまえ!

私がオンナという言葉を口にする時は、

可愛い人の肩を後ろから抱いて、

「私だって、オンナなんだからね」

って言う時だけです。


神戸の空

ここ、半年ほど、田辺聖子さんのファンサイトを作りたくて、

ホームページにチャレンジしてきました。

やっと何とか体裁が整えられるようになったので、

田辺さんの作品世界を壊さぬようなページを運営できたらいいなと自分にGOを出しました。

果たして訪問してくださる方があるでしょうか?

私は幸い関西、それも田辺さんのお住まいの伊丹には

比較的近いところに住んでいます。

大阪弁も神戸弁も生まれた時から聞いて育ちました。

田辺さんの作品に出てくる場所や食べ物は私にもとても近いものです。

そんな田辺ワールドのあれこれを写真や文章でアップしていきたいです。

早速ですが、これが神戸の空です。

場所は旧居留地と呼ばれる古いビルの並ぶ一画。

海と山が迫った空の高い街・・・・・田辺さんは神戸をこう書いていらっしゃいます。

神戸の空は高く、女の子がきれいです・・・・。


2003.9.25