言い寄る・私的生活・苺をつぶしながら

苺をつぶしながら―新・私的生活
数ある田辺作品のなかでも、私が最も好きな一冊。
及里子を主人公とした3部作(言い寄る、私的生活、苺をつぶしなが ら)の完結編。
前2作も勿論面白いけれど、私にとっては3作目のこちらがベスト、か な?

ちなみに前2作では、五郎への失恋、財閥の御曹司の剛
(この剛も魅力的。作者の田辺聖子は、後に剛そっくりの青年との出会 いを、
〜現実が小説を模倣する〜という形でエッセイに書いている)
との出会い、結婚生活が描かれている。

そして3作目のこの本では、剛と離婚した乃里子の、
シングル生活の幸福、が主なテーマとなっている。

「剛と暮らして、二人で暮らすことのよさを知ってまた一人になったか ら、
よけい、いまの幸福が身に沁みる」という乃里子。
大好きなイラストや人形作りの仕事にも復帰し、
「35の私、ピッカピカの私」
結婚生活を刑期に例え、出所後?の生活の楽しさ。
読んでいて、こちらまで、ムフフ、、と幸せな笑いがもれてしまう。。
マモルや啓、そして元夫の剛、といった男友達、そして
芽利やこずえ、といった、シングルで年上の女友達との間の、新たな友 情。
彼らとのやりとりも、面白く、そしてほろ苦い。。
ラストもとても後味が良く、本当に何度読んでも飽きない一冊。

〜私は、はじめ買った文庫版は、いつもバッグに入れて持ち歩き、
バスや通勤電車の中で、果てはお風呂の中でまで楽しんで、もうボロボ ロ、、。
愛蔵版として、全集を購入しました。。
乃里子は、現在35歳(もうすぐ36ですが)の私の「心の友」です。〜

作成日時
2007年05月31日 ーby なつぼうさんー



本当にこんな暮らしをしている人がいるんだろうか?
女の人が格好よくって、何度読んでも飽きない小説です。
私もいつかは。。。むふふ。。。
又、田辺聖子さんのエッセイも大好きです。
「人生は楽しむ為にある」と言い切ってしまうところなんて、すてき!
田辺さんの若い頃は、決して楽ではなかったと思うけれど、
こういう考え方をもてる人は素敵だと思いました。
「若い人は旅をする位の余裕は持って欲しい」だっけ???とありましたが、
家と会社を往復していただけの生活は
言われてみれば悲しい事だったかもしれないと反省して、
現在は寄り道を出来る時はしてます。
そしたら、本当にちょっとの事で幸せになれるんだなと実感しました。
田辺さんの本はうちみたいに、ちょっと怠け癖がある人が読むと、
もっとルーズになるかもしれないけれど、
いつも宝石箱をあけるような感じでわくわくしながら読んでいます。
でも、田辺さん世代の女性がよく言われる、
女性の社会進出の所は読むたびに苦しくなります。
もう、私はへとへと。。。でも、確かにそうかもしれない。。。と思うのは思うんですけれど。。。
我ながら、情けないわぁ〜。もう、お仕事はいや! ではでは。。。
−by うめさん −
2006/3/7




田辺聖子全集第六巻収録の三作を、十何年ぶりにまとめて読んだ。 
ヒロイン乃里子の出会う男たちの彩り、乃里子のキャラクターは全く時代を感じさせない。
ちなみに、初出は「言い寄る」が昭和四十八年、
「私的生活」が昭和五十一年、
「苺をつぶしながら」は昭和五十六年である。
乃里子が出会い結婚し別れる剛という男は男の原型であって、
どんな時代になろうとも全ての男の中に存在する。
そして、その原型を臆面もなく押し出して「言い寄る」男が、
女にとっていつの時代も魅力的なのは、
これはもうどうしようもない「ほんとのこと」だと思ってしまう。
乃里子が焦がれた鈍感男五郎を楽々と手に入れた美々は
女の原型であって、いつの時代も男は美々に
足をとられるのもまた厳粛な「ほんとのこと」であるように。

この三部作に登場する場所は皆、
関西在住の人間ならあこがれる場所であり卑近な場所である。
六甲、御影、淡路島、大阪ミナミ、そして、軽井沢万平ホテル。
ここに東京山の上ホテルが加われば、何と恥ずかしいことに
私の行動範囲とピタリと重なるのである。
六甲の便利で都会的な避暑地の様子、
淡路島を吹き抜けていく海風、
万平ホテルの何もかも関西では見ることのない
きっぱりとした清冽や、
ヘンゼルとグレーテルを登場させたくなる全くの非日常。
御影の奥深い富の蓄積やミナミの生命力。
浪花はそのまま小説だった、と全集の解説で作者が書く通り、
何と魅力的な舞台装置であることか。

ヒロインは身のうちの自分の声に丁寧に耳を傾け、
何よりも自分を欺くことなく生きている。
何をしてるか、ワタシはわかってんねん、
これはみんなワタシのしてることやねん、と言うヒロインの声が
全編に流れていて、ヒロインは明日に続く今日という日のために朝食をとる。
その朝食のテーブルには瑞々しい苺があって
乃里公はそれをつぶしながら、
自分の棺を担いでくれるのは男の手がよいと思うのだ。
何と強く美しい、そして、そして、かわいらしい小説であることか。
恋愛のあらゆる姿態と、人間の佳き物がここには満ちている。

−by UTA−

2004/8/10