2004.3




お国ことば

私は関西圏で生まれ育ち、そこから出て住んだ経験はありません。
ですから、言葉は完璧に「関西弁」です。
だからと言って、「今日は雨でおますなぁ」「ぬくい朝でんがな」
「電話でっせ」「催促しとりまんがな」などと言って生きているわけではありません。
おます、でんがな、まんがな、でっせなどは日常では全く使用しません。
九州人がみんな「おいどんは男でごわす」なんぞと言わないのと同じです。
関西も播州の出ですので、どちらかといえば結婚前は播州弁でした。
播州では「・・・なの?」と尋ねる時、「・・・・け?」と言います。
これが大阪に来てからとても下品な気がして、以後使っていません。
「・・・・してらっしゃる」は播州弁では「・・・・しとってや」になり、
大阪弁では「・・・してはる」になります。
はる、という優しい響きが好きでこれはもう私の言葉になりました。
けれど、しとってや、も好きな言葉で、「きれいにしとってやさかい」なんて
相手を軽くほめる時にはいい言葉だと思います。歯切れもいいし。
大阪が舞台のドラマで、全員が標準語というのは変だとはよく言われることですが、
文章で書けば、大阪の人だって、ちゃんと標準語を喋っているんです。
イントネーションは大阪弁でも「教授になるためには何でもする」って言いますし、
「医者としての良心に恥ずるところはない!」とか、言います。
「教授になるためやったら何でもしまんのやで」
「お医者はんとしての良心に恥ずかしことはあらしまへん」
なんてことは言いませんのです、ハイ。

ところで、私の友人は播州の奥の出身ですが、
幼い頃から関西弁を喋ると母親が返事をしてくれなかったそうです。
ですから、彼女はちょっとヘンな、
それでもまあまあそう聞こえる標準語を喋ります。
勿論母親も土地の人ですから、標準語は耳から聞くだけで
身についているわけではなかったのですが、
標準語なら返事をしてくれたそうです。
私も小さい時、播州弁を汚い言葉と言われたことがあります。
でも、父は「いい幼年時代を過ごした人は、お国言葉が抜けんもんや」と、
そういう人たちを笑っていました。
これは今になって田辺さんの本を読んでつくづくそう思います。
田辺さんの思考は全て大阪弁でなされているのでしょう。
それを表記するにはまた、別のこまやかな神経が必要なのですが、
あの豊かに美しい幼年期を過ごされた田辺さんに
「お国言葉」が抜けないのは当たり前、そして、幸福なことだと思います。

最近の子供たちが、耳から聞いた標準語を真似て、
思考している時に使うお国言葉を話さないことに
何とはない不幸を感じてしまうのですが・・・・・

−2004.3.30−

恋♪

♪がついてるからって、私がその真っ只中にいるわけではありません。
今、周囲で恋が進行中の人が多くて、色々聞かせていただいているところなのです。
危なっかしい恋、楽しそうな恋、それぞれみんな懸命に生きてます。
どこにも嘘がなければ、どんな恋も私は応援します。
恋をしている時は男の子も女の子も、みんな綺麗ですから、見ていて気持ちがいい!
そして、その恋の進め方に裸の人間が出ますね。
打算なく人が人のことを想う気持ちを私は尊いものだと思うのですが、
恋というだけで拒否権を発動してしまう中年のおばはんが多いことに驚いています。
ま、人はみんなそれぞれですから、
それに結婚している人に恋を薦める気持ちなどさらさらありませんが、
恋というのはいくつになっても人間には必要な、いいものだと思います。
本当の恋愛は人を成長させますし、人生の宝物になりますからね。
身近である50代のおばさんが40代の男を好きになっちゃいました。
男はおばさんの恋情を何となく察知して、
タイヘンに大きな態度をとるようになり、それをおばさんは許していました。
その男と私は知り合いで、おばさんは私に恋情を告白しました。
私がそのおばさんと仕事で会う時も、おばさんは男も呼ぶのでした。
関係ないと想われる仕事の時も強引な理由をつけて。
男は私の前でもおばさんにでかい態度をとります。
私は二人とも大嫌いになりました。
おばさんは、何故か私の加勢を期待し、男は調子に乗ってます。どちらにも、恋をする資格はありません。
恋愛っていうのは、もっとギリギリの、血の出るような切実な、リスクだらけのものなのに。
そんなことは、幼稚園の子供だって知っているのに。
恋をするのには、確かに、ある資格が必要なようです。
その資格を持つ者は決して賢いとは評価されないとしても、私はいつでもその資格を持つ者でいたいです・・・・。
−2004.3.24−


販売差し止め

週刊文春の3月17日発売号が

東京地検によって販売差し止めの仮処分を受けました。

理由はプライバシーの侵害、

具体的には田中真紀子前外務大臣の長女が

離婚していた事実を伝えた、というものです。

私はその記事を読みましたが、タイヘンにおとなしいものでした。

新聞記事の犯罪被害者のプライバシー侵害のほうが余程ひどいと思いました。

この程度の記事で、販売差し止めという死刑にも等しい処遇をする地検の見識を疑います。

何かイヤな、きな臭いものを感じてしまうのです。

出版表現の自由は、炭坑のカナリアだといわれています。敏感にならざるをえません。

これが後に続く暗黒の予兆でないことを切に祈ります。


蛇足ですが、政治家の家に育ち、親の反対を押しきって結婚し、

一年で離婚してしまった大人の女なら、

あ、これでまたマスコミが騒ぎよるやろな、

とほくそえむくらいのことはしてほしいものです。

ね、そう思いませんか?

ー2004・3・17−


梅の頃

家からモノレールで二駅で、梅のきれいな公園に着きます。

そこは北に大学病院があって、十年ほど前に母が入院していました。

母は乳癌の再発で肺と骨に転移があり、余命三ヶ月から半年と宣告されていました。

抗がん剤治療を始めるまで一時期退院が認められ、それはちょうど梅の頃でした。

退院したその日、母はいつも見下ろしていた公園に梅を見に行きたいといいました。

何もしらず、退院できたことでホッとしているようでした。

私は新薬の抗がん剤の使用承諾書にサインをし、命にかかわる副作用も覚悟していました。

二人でゆっくりと梅を観るのも最後だろう、と正直思いました。

梅は満開で、毛氈をひいた床机があちこちにあり、

小さな火鉢が置いてあるのが特に母を喜ばせました。

この命をせめて一年掬いとってやりたい、それが無理なら、

せめて桜をみせてやりたい、そう思って見る母は小さく無邪気に見えました。

私は泣くこともできず、満開の紅梅や白梅を睨んでいるしかありませんでした。

それから、度々の入院の合い間に、母の行きたい所はどこへでも連れて行きました。

温泉、観劇、海外旅行・・・。

そして、10年。母は元気です。

月に一度の検診にやってきては、食事と買物が楽しみな様子です。

抗がん剤はこの10年でガラリと様相を変え、母はもう副作用に苦しむこともありません。


梅の咲く頃になると、私はあの時の私の肩を抱いてやりたくなります。

「心配せんでも、悪いことばっかりは起こらへんて」

今年、母はハワイに行くご予定だそうです、私を従えて・・・。

ー2004.3.13−


近道

税務署へ行くことが増えました。ここ半年の間に4回くらいご縁がありました。

昨日と今日は確定申告に行ってきました。

昨日、帰りにいつもと違う道を通ってみたら、

私と同じ税務署帰りのおじさんがとっとこ前を歩いていかれるので、

付いて行くと、何だか細い道を通って、神社の裏に出ました。

これは一体何神社かなぁと思いながら歩いていくと、強い花の香りが。

くるりと神殿を回ると、そこには白梅、紅梅、しだれ梅が満開です。

古いお社があちこちに点在してて、境内は人影もありません。

ここは、どこ?と本殿とおぼしきところまでくると、

アレレレレ、ここはいつもお正月にお参りする地元の戎神社。

ありゃー、この境内を抜けるとあんな近くに税務署が。

三角形の二辺を通って行ってたのが、神社を抜けると

対角線を通ることになって、時間は半分で済みました。


小さい時からこうして、誰かの後ろからついていくのが好きでした。

そして、一度も迷子になったことがありません。

いつも思いがけない風景がひろがって、気がつくとそこは馴染みの場所なのです。

私の前を歩いていたおじさんはもうどこにも見えませんでした。

こういう体験を親に話すと叱られるんです。

賢くなった私は誰にも話さず、雀のあしあとに書きこむのでした♪

ー2004・3・9−


春の雪

今日モノレールで買物に行った帰り、前の席に座っている体格のいい初老の男性が、

しきりに独り言を言っていらっしゃいました。

その席は向かい合った4人席だったのですが、三つの空席には誰も座りません。

私はその男性の銀髪の後頭部が見えるすぐ後ろの席にいました。

独り言はあきらかに聞き取れる大きな声でした。

メガネをかけ、おしゃれなフード付きのコートを着て、

銀色の飾りのついた立派な杖を持っていらっしゃいます。

淡々とその人は喋り続けます。けれど、内容は殆どわかりません。

そうだ、とか、なんだよな、とかの語尾は聞き取れるのですが、

まるで外国語のように他の言葉は理解不能でした。

きっと、長い年月を一生懸命に働いてきた人に違いありません。

物言いには、人の上に立って働いてきた人の持つ抑制された知性がありました。

まだ60そこそこでしょう、手入れのいきとどいた服装で、それが却って胸を打ちます。

と、その時、窓の外を白いものが飛びました。

思いがけない春の雪です。

雪はしきりにその人の窓も打ちます。ねえ、ちょっとこっちを見て、というふうに。

唐突に三島由紀夫を思い出し、杉田久女を思いました。

独語独笑。

おひな祭りを過ぎて降る雪は、軽々と風に流されていきました。

−2004.3.4−