お目にかかれて満足です

初出 S55〜56 婦人公論連載 
S57 単行本化(中央公論社)
S60 集英社文庫より上下巻発刊


読み終えると、長短の煙突からたちのぼる、

夢のような様々な煙が目に浮かびます。

それはヒロインのるみ子がアップリケと刺繍で拵えた淡い淡い色の煙、

夫の弟の舷が持っていった

「煙 さわることさえ できないで」

と刺繍された額の、その煙たちです。

ここから名作「夢煙突(チムニー)」が生まれたのかもしれません。

男と女が共棲みするとは何とムツカシイことなのかと

ふと空を見上げると、この煙が漂うように思えます。

何でも「主人に尋ねまして・・・」と答えるような、

夫にべったり依存しているかのようなるみ子が、

ムクムクと自立していくとともに、周囲に吹く風は色合いを変え、

るみ子もその風に煽られて、

見たこともない自分に「お目にかかって」しまうのです。

「生のままの自分でいる幸福」が、

やがて「生のままの自分でいる苦み」に変わるだろうことを

るみ子は百も承知で「生のままで」あろうとします。

夫の弟の舷に感じる心弾みも、これは愛情ではない、とるみ子は知っています。

愛するということは相手を軽くみること、

舷をるみ子は軽くみることはできないのです。

しかし、人が人を欲するということは、あるものです。

るみ子は舷を欲しいと切望する一瞬が確かにあって、

それは美しい気持ちだと私は読みました。

たくさんの夢を誘う手芸品や、るみ子特製の幕の内弁当、

どれもすぐ作りたくなる小道具に囲まれて、

人の胸の奥底に潜む<たわめられない野性が金色の目を光らせています。

お目にかかれて、嬉しいのではなく、

ああ、満足だわ、私は私の正体を知って、と言うヒロインの声が聞こえてきそうで、

それはそのままあらゆる女たちの生の声であるように思えます。

本当におもしろいのは「人の心」、

この作品は特に「おもしろかったわ」と静かに呟きたくなる一編でした。

−2005.1.9−