LIVE REPORT

田辺聖子さんの講演やサイン会に出かけられ方、レポートをしてくださると嬉しいです。
掲示板やメールでどうぞ!
今までにUTAが身近に拝見した田辺さんのご様子とともに、過去の講演会をアップしておきます。


伊丹市名誉市民贈呈記念式典

日時 平成21年2月9日(月)午後2時20分〜4時20分

場所 いたみホール 大ホール

内容 歌(花のうたなど)

   講演 「田辺文学を語る」仏教大学教授 坪内稔典さん

   記念対談 田辺聖子さん 聞き手 朝日放送 道上洋三さん


伊丹市パンフレットより

− 私は生来「へ」の字眉で、笑うと一層、眉尻は下がり、鼻がよけい低くなります。

亡き父は、少女の私に、いつも、よい笑顔だとほめ、読書好きの癖も、ほめてくれました。

この度のお国から頂いた栄誉、まさに、亡父の愛と、ほめ言葉を、

人生の終わりちかく、再び、浴びた心地です。

ありがとうございます。

祖国はやさし。日本語はうるわし。

同朋のみなさまと、美しき日本の四季と自然に、心からの敬愛を捧げます。

田辺聖子−

この日の田辺先生はすっごくお元気で、

溢れ出てくる言葉が抑えられないかのように

とても快活に話されていました。

対談の時間は35分の予定でしたが

10分あまりオーバーしたくらいです。

着ておられたドレスは、スミレ色の地色に、

白や薄いピンクの花が胸元から 裾に向かってあしらってあるもので、

チャーミングなヘアースタイルも良くお似合いで華やかでした。

翌朝の新聞の阪神版には、写真入りの記事がありましたが

プレスが多く来ていて、TVカメラも一台見かけました。

11日にNHKで放送されたそうですがご覧になりましたか?

そうそう、先生の隣に、ハロッズのエプロンを着けて帽子をちょこんと乗っけたスヌーが

「あーたん」のことを見守って、おとなしく座っていましたよ♪

名誉市民贈呈式のあと、対談に入る前に、文化勲章のお披露目がありました。

見るからに重そうで美しい勲章です。

対談の内容は、吉屋信子さんがお好きだった少女時代のこと、

写真館での思い出、川野先生との結婚生活などでした。

対談の最後に道上さんが「時代小説を書いて、大河ドラマに、、、」と仰ると、

「あれは男の方が書いてるから戦争が多いでしょう。

わたしは平安時代。戦争ないし。

〈ここでにっこりされて〉ロマンチックだし、

平安時代のことなんて誰も知りはらへんから好きに書ける。」

・・・会場は爆笑でした。

時代小説に限らず、新作、読ませて頂きたいですよねっ!

対談後、前日にあった田辺聖子杯のかるた大会で

優勝、準優勝の小学生たち、市議会、

先生行きつけ(と思われる)焼き鳥屋さんから花束が贈られました。

先生がお元気で何よりでしたが、お疲れがでていませんように。

ー2009.2.14 byいたみンさんー


阪急電鉄「わたしと阪急」思い出エッセイコンテスト記念講演会

2007年10月19日(金)宝塚ホテルにて

UTAさん! 夢小箱ガールズ3名、雨にも負ケズ楽しんでまいりました!

例によって早めの到着、受賞の方の2列をおいて3列目の中央に陣取りました。

ホテルの広間に400席ですから、こじんまりとした感じでしたが、 

田辺ファン、宮本ファンの皆さんの熱気♪

まず河内氏の講演でしたが、早く先生を!という気持ちだったのにも関わらず、

京阪神の文化というか、文学についてのお話を大変楽しく、興味深くお聞きしました。

いよいよ両先生のご登場、

聖子先生はエメラルドグリーンのドレス、胸元に薔薇のアップリケが豪華でした。

オレンジ色のバックも、とてもキレイなお色で、華やか〜

宮本先生は初めてでしたが、とてもダンディなスーツ姿で俳優さんかと思うほどですね!

お互いに「うちの裏に住んではる!」と仰ってました(笑

河内氏の司会という形で、阪神間で生まれ、住んでいらっしゃる

両先生のお話が1時間くらいあったんですが、

宮本先生がその端正な容姿に似ず、とても楽しい方で、

お声も若々しく会場を沸かして下さいました。

聖子先生もいつもよりずっとリラックスのご様子で、

時々、ナァナァの間柄がほの見える話ぶりが、とても楽しくて、笑ってばかりでした。

先生は宝塚のお話になると身を乗り出して熱弁になられて(笑 

とてもお可愛らしい(*^_^*)

マイクで先生のお顔が見づらかったという以外は、

もう!ほんとに!すごく!楽しかったです。

UTAさんがいらしていたらと、ザンネンな3名でした(T_T)

私以外のお二人は宮本先生の作品もたくさん読んでいらして、 

オススメを伺って来ました。

私も数作は読んでいて、もっと読みたいとは思っているのですが、

まずは聖子先生を全部読みたい!なので…でも、読みます!きっと!(^-^)

ー2007.10.19 byハナさんー


残月祭講演「細雪」の世界

谷崎潤一郎の誕生日七月二十四日を記念して行われる

残月祭での講演、聞き手は河内厚郎氏でした。



梅雨明け宣言をこれでもかと実証せんばかりの、晴天の芦屋ルナホールで。

今までの講演と違い、来賓席、招待席の数が多いのには一驚。

これはもしかしたら、今までの田辺先生の講演が

関係者席というのは少しあっても、招待者席が目立たなかったのが

稀有なことだったのかと改めて考えさせられました。

ご高齢の一般入場者(入場料は3000円)が席を探しておられるのに

招待席と書かれた多数の椅子が目立つのは

見ていて感じのいいものではありませんでした。

その招待者の中から、

地唄三味線と琴の演奏中に着信音が響いたのには呆れもしました。

また、谷崎潤一郎記念文学館の主宰によるものですから

司会の副館長さんも田辺先生の略歴にはお詳しくないご様子で

放送作家出身とご紹介があったのにはちょっと声をあげたい気がしました。

確かにラジオの仕事をされていたことはありますが、今までどこの文献にも

田辺聖子が放送作家出身であると書かれたことはありません。

放送作家が悪いというのではなく、プログラムにも書かれていない略歴を

何故当たり前のように紹介なさったか納得がいきませんでした。

地唄三味線の演者の名前の読み違いについて後刻訂正があったのですが

それも「書いてあったとおり読んだら違う読み方だった」と苦笑いの訂正で

名前などという大変に難しい読みは

事前に本人に一度確かめるということくらいしておいていただきたいものです。

この司会者の苦笑いは、どことなく会全体の雰囲気にも漂うものがあり

来年はビッグなビッグなゲストを呼びます、という会の閉じ方は

大変不愉快であったと申し添えておきます。

ビッグなどという言葉は大谷崎が一番嫌悪したものではなかったでしょうか。



さて、田辺先生は淡いオレンジ色に白百合の刺繍のドレスで

お顔色もよく、大変お元気にリラックスしていらっしゃるようにお見受けしました。

ドレスは、夏帯か、単の和服地であろうかと楽しく拝見しました。



時々書いていらっしゃることですが谷崎の大阪弁には違和感があること、

谷崎源氏は原典に忠実すぎて、おもしろく人をひっぱっていくという点では

物足りない、と忌憚無く述べられました。

「細雪」の三女についても「ああいう、しねーっとした女がいるんですよね」と笑われて、

さすがに谷崎は良くみている、と人間観を褒めていらっしゃいました。

大きな事件も起きない、ただごとの日常を描いて

読者を飽きさせないというのは大きな力のいることである、

とおっしゃったのが印象的でした。



構えずサバサバという感じでお話しになって、そこはかとなく可愛らしく

貴婦人を思わせるたたずまい、

そして、河内氏が歌を歌わせようとしたのを

さらりとかわされたのはさすがでした。

ここで歌われるべきではない、と私も思いました。

藤山直美さんと先生は違います。

それでも河内さんとはよいコンビでいらして

先生がリラックスしてらっしゃるのはとてもよかったです。

お話はあまり谷崎に囚われず、先生の文学修行時代の話や先生の源氏物語の話、

光源氏の果敢さが好き、まずは面白く読者に源氏を読ませることこそ大切という話、

大阪弁の表記はカタカナを使ったり字を小さくしたり、

目で見ても美しいように、絵を描くように書いたというお話、

また、「おっちゃん」の話から

テレビドラマのお酒のアテがいかにも少なかった話など

田辺ファンにはいつもと同じ楽しくて深いお話でした。

「瘋癲老人日記」のモデル、渡辺千萬子さんが私のすぐ前に座っていらして

その姿勢の良さ、後姿の若さに感服いたしました。



で、講演後はむむこさん、ハナさん、いたみンさんとオフ会ということで

ひと駅西の岡本でお茶、「ケルン」のパンなどみんなで買って楽しく散会。

会場で静岡からの夢小箱読者にお会いできたのが嬉しかったです。



私もごくひとにぎりの人たちから「センセ」と呼ばれている身ですので

威張るまい、知らぬことを知った風に言うまい、品くだれる言辞に留意すべし、

と自らを正すに大変佳い機会ではありました。



−2007.7.25 byUTA−

田辺聖子文学館

大阪樟蔭女子大の図書室の中に作られた田辺聖子文学館。  

愛らしい女子大らしい文学館ができあがっていました。

立体的な田辺先生、おかわいらしいです♪ 


こんなおしゃれな作りです。 右の映像は万華鏡。


文学の壁。前では文庫本の古いのが読めるようになっています。


「花狩」の生原稿です。


「感傷旅行・センチメンタルジャーニー」の生原稿です。 


書斎がここに♪
前にはドレスや愛玩品、人形の展示も。 



図書室の前の建物にはテレビドラマ「芋たこなんきん」のセットが。 
但し、これは六月末までです。
ドラマのことを懐かしく思い出しました。








田辺文学研究の第一級資料館として

これからもっともっと充実していくことでしょう、楽しみです♪

−2007.6.17−



講演会「王朝文学を語る」

■公演日:2007年3月27日(火) ■開演:2:00PM ■開場1:30PM
■会場: よみうり文化ホール
 


主宰者側からプレゼントされた着物姿のスヌーにお喜びの先生。
客席にスヌーをご挨拶させていらっしゃいます。


3月27日は田辺先生のお誕生日、その日の講演会ですから、

ワタクシ、花束を持ってかけつけました。

但し、時間ギリギリまで所用があり滑り込みセーフ。

デジカメも忘れ、花束の画像もありません。

受付で花束を託すと、私以外にも何人かプレゼントをお持ちでした。

小雨の中駆け込み入場だったにも関わらず

何と「夢小箱ガールズ」のハナさん、いたみンさん、むむこさんが

いっちばん前の席を確保して、

ハナさんが仕切りに手招きしてくださっています。

むむこさんとは初対面。でも、たちまち意気投合できるのが「夢小箱ガールズ」です♪

おかげさまで照れくさいくらいいいお席で、感激でした。


さて、田辺先生は黄色の琉球紅型のパンツスーツ、お顔の色艶が良くて

大変お元気そうにお見受けいたしました。


「芋たこなんきん」の放映で、小さい頃から小説家になりたかったんですね、と言われるが、

「私は吉屋信子になりたかった」と。 

吉屋信子作品の素晴らしさは、人間には華とリキが大切

華とは、思わず人を振り向かせ、引き寄せる何か、であり、

リキとはその人の生きるパワーである、と知らされたこと。

そして、物語を書きたいと思った、

姫君や公達や大蛇の出てくる「物語」を。

後年書いた「感傷旅行 センチメンタルジャーニィ」も衣を変えた

「王朝物語」であった。

終戦直後の同人誌時代も今も、人生には小説が、ロマンチックが必要、

小説を読むことは人生の水先案内を手に入れること。

ありうべかざるデキゴトに遭遇しても、小説の中で先達は

どう対処しているか、知ることができる。

コトバを沢山手に入れること、小説を書こうと思えば先ず読むこと。

そして、核を持つこと。

核とは「好きなもの」のこと。

それを大切に大切に書いていけば、

必ず自分が乗る風や後押ししてくれる風が吹くときを知ることができる。

選評などは褒められた作品よりも

貶された作品から読むべきだといわれたことがあった。

作家になるためには人生経験を積む必要があるといわれるが

ひと一人の経験などタカが知れている。

沢山小説を読むことが一番大切。

それも好きな作家のものばかりでなく

好きでないと思う作家のものも時を変えて読んでみよう。

自分が成長していなければわからなかった良さに気づくということもある。

小説は人生を豊かにする。

多彩なコトバを獲得することは人生を豊かにする。



後半は古典から離れて、田辺聖子という作家が後に続くもの書きに贈る言葉になりました。

文学修行の厳しさに根をあげながらも、会場に足を運ばざるを得ない

モノカキはきっと、流れる涙をそっと拭ったにちがいありません。

こんな素晴らしい先輩はどこにもいらっしゃらない、この情熱を継いでいかなくては

と、文学を志した人なら誰も感激されたのではないでしょうか。

田辺聖子という人は、本当に優しい人だと思いました。

本当の優しさというのは、こういう普遍の形をしていて、

あなたはあなたの道をいけばいい、

私の来た道をこれこの私を見よと語るのは

それは不遜なのだ、とおっしゃっていました。

今まで拝聴したなかで、この講演は一番地声で語ってくださったように思いました。



その後、十二単の着付けショーがありました。

このモデルさんがとても愛らしくて・・・。

  


さて、終演後、tacorinさんが来ていらして嬉しく合流。

「ロイス・クレヨン」でガールズたちは二時間お喋りいたしました♪

−2007.3.27−



そごう心斎橋本店 田辺聖子の世界展
2007.1.2〜15

  

昨年夏の伊丹柿守文庫の展覧会が骨子ですが

今回はデパートでもあり、近しく見られるのが嬉しいです。

手作りの貝合わせや、ドレスもあやめの和服地のものが新しく展示、

また樟蔭時代のものが多く出ていました。

入り口のお花も松蔭女子大からのもの。

とにかく大変な盛況で、買い物するのも大変でした。

  

今回から田辺グッズが大変に増えていて、驚かされました。 



Tシャツの種類が特に増えていました。

私が嬉しかったのは絵葉書。室内や庭の写真のも嬉しいですが、

先生手書きのイラストがあるのが特に。

15日にはサイン会もあるようで、まだまだ人気は続きますねぇ♪

お帰りには是非長崎堂へ。

田辺先生の写真や全集がオルゴールの部屋にあるんですよ♪

−2007.1.12−



宝塚映画祭オープニングイベント
2006.10.28

午後一時半から「ジョゼと虎と魚たち」上映のあと
(映画がとてもよい出来であるとは聞いていましたが
本当に素晴らしい映画でした)

河内厚郎さんとの対談と言う形でご登壇。
「Boy meets girl」を描きたかった、
私はこんな恋をした、という呟きを書きたかったとおっしゃいました。

ピンクのパンツスーツは足首に二つくるみボタンがついていました。

しぼの細かいチリメン地のようにおみうけしました。 

テレビの「芋たこなんきん」はなかなか面白くできています、とのこと。
お住まいになった関西の土地のこと、
宝塚歌劇との関連(印象的なのは隼別王子の叛乱と新源氏物語。榛名由梨さん)
映画は人間の発明した素晴らしい娯楽であって
ジェームス・ディーンを観た時、初めて若者の映画を見たと思った、と。

そして、河内さんが「伊丹ではなくこの宝塚の花の道に
田辺聖子文学館を、という話がありますが」
との問いかけに「私は宝塚が好きですからね」と。

来年の一月、「田辺聖子博覧会」が
大阪でも開かれるということもお聞かせいただきました。
文学館も博覧会も田辺ファンとしては大歓迎!!

関西芸術座からの花束贈呈で幕となりましたが


先生はよく笑われて、とてもお元気そうで
いつものようにお可愛らしかったです♪


今回、UTAは整理番号一番で入場、二番はハナさんという
「夢小箱」包囲網でした。

当日券は売り切れで会場は満員。
映画祭はボランティアで実行されているんですが
杖をついて並んでいる私のために
スタッフの方が皆さん気を使ってくださって
本当に感じのよい催しでした。
ありがとうございました。 

−2006.10.28−

映画「ジョゼと虎と魚たち」について。

by ハナさん

とてもよかったので、感想を書いてみたくなりまして(^_^;)

小説が映画になるとイメージが違うのはよくあることですが、

この映画はステキでした。

身障者と大学生の恋というと、

お手軽に純愛とかにしてしまいがちでしょうけど、

ちゃんと先生の作品の世界に仕上がっていたように思います。

外の世界を知らないジョゼが、恋をし、不器用な表現で愛を深めて行く。

恒夫の背中で、「だんだん年をとるんだから」と言われて、

将来に期待できないと思いながら、

うれしさに頬をうずめるシーン、つっぱりジョゼが可愛らしくて…

ひとりになったら、海の底の貝殻みたいにコロコロ転がるんやろな…

とつぶやいたジョゼが恒夫と別れて、

電動車イスでさっそうと街を行き、

一人分の食事を用意する最後に拍手でした。

そんなジョゼに暖かい愛情を抱きながら、

結局別れて号泣する恒夫の誠は理解できるし

安易な純愛ものとはひと味違う!と思いました。

泣きなさいよ〜って言われなくても、心を打つものは打つし、

泣かさなくても純愛は成立しますよね。

恋敵がいたり、結末がはっきりしてしまうので、

小説での余韻は感じられないけど、見終わった後、爽やかな作品でした。

妻夫木くんの誠実で暖かい媚びない演技と、

千鶴ちゃんのひとくせあるけど純で芯のありそうな可愛らしさがよかったです。


−2006.10.29−


田辺聖子講演会
2006.8.9

伊丹私立文化会館いたみホールで午後一時半からでしたが、
開場は十二時半、早めに行こうと家を出たものの
UTA迷いましたぁぁ。




中に入ると、既にこんな人波が。
開場まで三十分以上あるのに。



第1部は「田辺文学を語る」と題して
管 聡子さん(お茶の水女子大学大学院助教授)
坪内稔典さん(仏教大学教授) の、お話。

管さんのお話で印象的だったのは
「お母さん疲れたよ」にも示されるように
田辺作品の中のハイミスたちの背後には
戦争で独身を余儀なくされた女たちへのレクイエムが流れている、 
また、「姥シリーズ」が発表された時は
片方に有吉佐和子の「恍惚の人」が
年をとることへの恐怖を描いた時代だったということ。

坪内稔典さんの軽妙洒脱なお話には会場は爆笑。
「田辺さんは小説を書くことは大根やネギを買うのと同じ。
日常のことであるとおっしゃってるが、
田辺さんの日常はその洋服や帽子のコレクションにも現れているように
ちょっと普通には真似ができない。
大根もネギも田辺さんのところでは変容しているにちがいない」
と、芸術性というものの卑近さ、
それを昇華させる才能がいかに驚異的に非凡であるかを語られました。


次は、舞台にピアノが登場して、「花のうた」。

「花の街」「紫陽花」「宵待草」「バラ色の人生」
「白いリラの花がまた咲く頃」白いリラ・・・はタカラヅカの
「すみれの花咲く頃」の原曲。


メゾソプラノ寺松光子さん、ピアノ大冨栄理子さんの
伊丹にゆかりの芸術家が登場されました。
お二人ともパーテイでお見かけしたお顔でした。

最後は「すみれの花、咲く頃〜〜♪」となって大団円♪


さあ、いよいよ第二部、対談「夢とユーモアを追って」

聞き手は河内厚郎さん。
幕が上がると下手に先生。
濃いピンクに和風の刺繍かアップリケの花々が胸に咲き乱れているドレス。
お顔の左に大きなチューリップのガラがステキです。

次々と夢中で書いているうちに単行本250冊にもなりました、
働いて疲れて帰ってきた人が寝る前に枕元に引き寄せて読む小説を書いた、
そして、これからは時代小説、それも室町時代あたりのものを書いてみたい、
とおっしゃって、ファンとしてはスタンディングオベーションをしたい気持ちでした。

この後、展覧会場に行かれたtacorinさんのお話では
大変な人出だったとか。
お話を聞かれてからなら尚一層展示品も楽しめたと思います。

何はともあれ、これからも歌枕の地、伊丹で先生に、
室町時代のお話を書いていただきたいと心から思いました。

−2006.8.10−


田辺聖子展覧会
ひとつきだけの田辺聖子文学館

炎暑の八月五日、午後二時半友人と待ち合わせて、
モノレールで伊丹空港まで、そこから車で二十分、柿衞文庫(かきもりぶんこ)に到着。  


 
写真は残念ながらここまで。
一階会場入り口の右に「田辺聖子」の表札。
これは榊莫山さんの筆になるものです、お見逃しなきよう。
会場は一階に直筆原稿、少女時代の手書きの文集「少女草」、
各種資料、色紙などの展示。
「少女草」の手書きの表紙はほんとに素晴らしいです。
ペン画などプロのものかと思ってしまいました。
実際同道した友人はプロの絵描きですが
後に会場で先生に
「先生は絵でも立派に一家を成されましたよ」
と、言うと先生、
「あんなん、みんなお手本見て書いたんよ」
「いいえ、見たまま書いてもあんなには書けないものですっ!」
あくまで、先生を絵描きの道に引きずり込もうとする友人でした(笑
私は、「少女草」のあとがきに先生が
「どしどし投稿してください。たいていの物は載せます。一応選もします」
と書いてらっしゃるのがとってもかわいらしくて。
あんまり下手なんは、載せへんよ・・・ということなんでしょうね(笑
岸本水府や与謝野夫妻の色紙、
「花衣ぬぐやまつわる・・」の取材旅行の時に出た食事のスケッチなど、
どれをとっても田辺ファンには必見のものばかり。
綺麗な箱に入れられた生原稿類、
銀座伊東屋のものらしき原稿用紙、
こぶりの芥川賞正賞の腕時計、
花狩が連載された同人誌など、見入ってしまいます。
ここは一つの才能が、芽吹き場所を得、豊かに実るその過程が
光を放って示されている、という感じでした。
沢山の色紙の中で私が一番好きだったのは
可憐な露草とともに描かれた

「人生は

   いつも

     初夏」

二階には入ってすぐ右手にスヌー君がいます。
「あーたんの展覧会へよーこそ」と言ってるようで
「スヌー、ずーっとここにおるの?えらいねぇ、大丈夫?」
と、言ってしまいました。
そのすぐ横に、アンティーク人形ミシェリーヌの衣装函、
それから先生のドレスの数々
そこからはもう夢のお菓子が満載。
私は何より「クマの帽子」と「クマの水差し」に出会えたことが本望。
特に水差しは震災で壊れてしまったかと思っていましたが健在。
カモカのおっちゃんが「こんなアホの口から出る水が飲めるかい!」と
おっしゃった、「こんなアホ」は、かわいらしぃぃぃ♪
市松人形や涙壷、万華鏡に先生手作りの箱の数々、
綺麗なのや不思議なのや数々の小ぶりのバッグ
書斎の再現や自宅お庭の写真など
どっぷり田辺ワールドに浸れます。
何度も何度も一階二階を往復したい気分でしたよ♪
−2006.8.5−


ひとつきだけの田辺聖子展覧会記念パーティ

日時  平成18年8月5日(土)
     午後5時から7時
場所  伊丹シティホテル

とても暑い一日、それでも会場は満員でした。



  定刻に会場に入ると、生演奏が。


一緒に行った友人が花束贈呈することになって  

二人でパニック。

ステキな小紋の和服だった彼女も「これなら付け下げにしてくるんだった!」

とか行ってる間に田辺先生ご入場。



ご挨拶です♪

歌枕伊丹の地に住んで三十年
 
この地でこれからも書いていく

と、おっしゃっていただきました。


鏡割り。老松でカンパーイ♪


藤本義一先生のご祝辞、いいお話でした。
田辺聖子作品の真髄を継ぐ作家は小川洋子であるという文学的なお話もでました。
寒川猫持さんや、坪田稔典さん、中村鋭一さんもマイクの前に立たれましたが
最初の伊丹市長さんを除いては
おいしい食事と喧騒で
皆さんなかなか聞いてもらえない状態。
その間に私は先生のお写真をいただくのに忙しく、
またご挨拶しなければならないかたがたもあって、
久しぶりに浮世の慌しさを経験いたしました。

先生はとってもお元気♪
こんなに、かわいらしくていらっしゃいました!


おまけ

お土産がありました。
枡に先生の似顔、これは嬉しい!!
何に使おうかしら♪
お酒は先生の山荘がある兵庫県の古代米から造った
「華夜久(はなやぐ)」
先生の筆によるラベルでお名前も入っています。
ピンク色の華やかな日本酒、冷やしていただきまーす!


−2006.8.5−



NHK衛星第2テレビご出演♪(再放送)

2005年8月24日(水)23:00〜23:55 
 『藤山直美と素敵な仲間たち』
<NHKデジタルハイビジョン 8月13日(土) 放送分の再放送です>


夏子さまから急遽お知らせいただかなければ、危うく見逃すところでした。
来年の朝ドラの関係か、NHKと藤山直美さんからは田辺ファンは目が離せません。
藤山さんが初対面の人(春風亭小朝さん)
尊敬する人(田辺さん)と対談するという企画です。
伊丹の田辺邸の近辺から、
ファンにはお馴染の田辺さんのお部屋まで、
カメラが入ってくれたのは嬉しかったです。
ぬいぐるみも市松人形もドールハウスらしき小物類も映っていました。

  小朝さんとは着物姿でいかにも女芸人という風情だった藤山さんも、
田辺さんの前では髪を下ろして普通の女の子という感じ。
田辺さんは玄関までお出迎え、トルコブルーのドレスです。
十九歳の時の藤山さんが「欲しがりません勝つまでは」の主役を演じられて以来のお付き合いとか。
「上手に恋愛するには?」という藤山さんの問いに
「本当の恋愛は上手になんかできませんよ」と、田辺さん。

また、「今はおもしろいと思ってやっていることでも、
年齢を重ねると、パッと違うことをやってみようと思うことがありますよ。
でも、あなたには入り口が喜劇だったということはお幸せね」
と言われたことが私には印象的でした。
一生懸命だけれど、ある意味がんじがらめな感じが、
前の小朝さんとの新宿末広亭での対談では特にしていたので、
藤山さんにはとてもありがたいお言葉だと思うと同時に
田辺さんの作家としての人間を見る目の確かさを垣間見た気がしました。

上手に年をとるということは、落ち込んでいる人、不遇な人に、
「かける言葉を持っている」ことだと言われました。
ちょっとしたひとことが人間を救うことを知るのが
年を重ねるということ、ほんとにその通りだと思いました。
大したこと、言わんでもいいのよ、と笑われる田辺さんは、
ほんとに上手に年を重ねていらっしゃるお手本です。

講演とは違って、対談というのは、
作家としての芯が前面に出るものだなとつくづく感心いたしました。
それと、藤山直美さんというのは、どこか、
小説家のアンテナを揺らす暗さが潜むようにも思ったことでした。

by UTA
−2005.8.24− 


お手製の貝合せ

「徹子の部屋」ご出演
−2005.6.28−

黒地にボリュームのある花刺繍のみえるワンピース姿でご出演。 
ヘアースタイルもショートの外巻で軽やか。
「残花亭日暦」「田辺写真館が見た"昭和"」「田辺聖子全集」などが話題に。
特に「カモカのおっちゃん」と23年前に出演なさったときの映像が流され
ファンとしてはご夫君のお声など聞けて大満足。
川野純夫氏はうっとりするくらい「いい男」でいらっしゃいました。
その傍らの若き田辺聖子さんはお砂糖で拵えた女の子のよう。
白いレースのブラウスが豪奢な包装紙のようで
幸福が溢れて作品になっていかれた様子が垣間見えました。
幸福の記憶は、今も田辺さんの周囲に漂い、
喜寿を迎えられて尚どこか甘い雰囲気が醸されていました。

百歳のご母堂のお話では、編集者が自宅に来られ
田辺さんがお茶をおだしになったのに、皆さん私語などしていらっしゃって
どなたもご挨拶がない、そこへ日頃は滅多にお顔を出されないお母様が
車椅子でご登場。編集者一同起立して「田辺先生・・・」とご挨拶なさったとか。

生前のご夫君に悩みを相談すると「それがどないした?」
「まあこんなとこやなあ」と思え、という話は心に残りました。

女の人は、いい男の人に出会わんとあかんなあ、とつくづく思ったことでした。
いい男の人をみつける賢い目、その目を育てるのは幼い頃からの家庭にある、とも。

明るく前向きな賢い百歳のお母さん、
いつまでも長生きなさってください。

※写真の貝合せは
お吸い物に出たハマグリがあまりに立派だったので、
先生手ずから、金タワシでこすり、金泥を塗り、
和紙プリントを切り抜いた絵を貼って作られたもの

-2005/6/28- byUTA



もう、ほんまにこの子(UTA)は困ったもんやなー
田辺聖子全集刊行記念講演会

☆講演 聖子ワールド 〜私の全集刊行にあたって〜☆
日時: 2004年10月29日(金)リーガロイヤルホテル大阪

1:00〜 2:00 TEA TIME
2:00〜 3:00 講演

デジカメの電池の充電がうまくいかず、最初からドキドキでした。  

送迎用のマイクロバスを利用しようと停留所に行くと物凄い人垣。

二十分くらい待ってやっと乗れました。

リーガロイヤルホテルの玄関ロビーには珍しい紫色のカーネーションが。



会場には田辺先生のTシャツやら色紙やらも即売されていますが、私はすでに持っています。

早く着いたおかげで、前から二番目の席に座れました。  

先生から見て左側のすぐそこです♪



↑お茶とお菓子というのはこういうものです。

お替り自由なんですが、なかなかいただけません。



↑それでも何とかいただきました♪



さて、時間が来ました。 先生、ご登壇です。深紅のワンピース、肩と袖に白い花が飛んでいます。

ご一声は、皆様何だと思われます? 私が自律神経失調になったあの被災自動車のことでした。

「悲惨なニュースが日本に満ちています」男の子が助かってよかった、と続けられ

「きっと日本は立ち直ります」と。

私はもう涙が溢れて・・・。

そして、今日の演目は、というと「姥ざかり」♪

歌子さんの略歴が紹介され、歌子さんを書かれたのは五十代の初めであられたとか。

昭和五十年初めの頃は、歌子さんのようなお年寄りは少なかった、  

それでもやがて日本はこういう「姥」で満ちると思っていた、と。

姥ざかりの物語のご紹介がはじまり、

城之崎温泉で妻を亡くした男性と雪をみながら飲む話でした。

先生は、涼やかなお声で歌子さん創作の「瀬戸の花嫁」の替え歌を歌ってくださいました。


♪人生 日暮れて これから楽しいわ

 あれも これもと トライしてみるわ

 年寄りひとりと心配するけれど

 金があるから大丈夫なの


 夢から夢へと渡っていくのよ

 果てない望みを 道づれにして


 人生 日暮れて これから楽しいわ

 あれも これもと チャレンジするわ

 年寄りひとりと心配するけれど

 金があるから大丈夫なの



講演の内容は上のお歌に集約されています。

会場は笑い声が渦巻き、先生はとてもお若くお見受けしました。

講演後、サイン会があり、私はあつかましくもお写真をお願いいたしました。

勿論、事前にこのサイトのことはお知らせしてありましたし、

先生からありがたいお返事もいただいておりました。

その上での厚顔なお願い、

それもデジカメの調子が悪く携帯での撮影でしたのに

「私ひとりでいいの?」と、UTAと一緒に、とお誘いいただきました。

私は一人で参りましたので、

先生と一緒ということはどなたか先生サイドの方に

シャッターを押していただかなければなりません。

サイン会は途中ですし、お手をとめてそんなことはとてもしていただけません。

「どうぞ、先生そのままで、勝手に撮らせていただきます」と申しましたのに、

先生はこちらをむいてカメラ目線で笑って下さいました。

私、手が震えましてこんな写真しか撮れませんでした。



勿論このお写真を「夢小箱」にアップしますことはご許可いただいております。

というわけで、皆様、UTAはがんばってまいりましたぁぁ〜〜〜

レポートに物足りぬ点がありますとしましても、もうねー、お写真いただくだけでヨレヨレです、UTA。

−2004.10.29−

 


田辺聖子全集刊行記念講演会
源氏物語の世界
2004/6/19 京都宝ヶ池プリンスホテル

17:30〜19:00 食事
19:00〜 20:30 講演

受付が四時十五分からなのに、四時に着いてしまいました。

友達も十分頃に来てくれたので、二人で受付前のソファでしばらく談笑。

どうしてそんなに早く行ったかというと

、リーガロイヤルの時が大混雑だったからですが、

京都はさすがにおっとり。



やがて時間が来て受付でお支払いをして、

番号札をいただきます。

私は170、友達は80番代。

予約順で席が決まるので二人はバラバラ。

席を交代していただくにもそううまくはいかず、結局私たちは離れ離れ。

席につくとすぐに白ワインが供され、嬉しい私でした。

隣席の方たちとお喋り。

短編では何が?と尋ねられたので「うたかた」を即答いたしました。

さて、メニューは以下の通りです。


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

いづれの御時にか・・・・(桐壷)

オマール海老のポワレ ハーブサラダ添え
バルサミコソースとともに

そのそこに白く咲けるは・・・・(夕顔)

冷たいコーンポタージュ シブレット

みをつくし恋ふるしるし・・・・(澪標)

牛フィレ肉のグリエ 旬の野菜添え
マデラ酒ソースを添えて

身をのみこがす蛍こそ・・・・(玉蔓)

取り合わせサラダ さっぱりしたドレッシング

深き夜のあはれを知るも・・・・(花宴)

チョコレートとラズベリーのムース ガトー仕立て
フルーツを添えて

コーヒー、パン・バター

赤、白ワイン。ソフトドリンク。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 

三百人くらいの参加者のなかで、母娘で単の着物を召された方は一組だけ。
お綺麗な母娘に思わずご挨拶してしまうUTAでした。

しばし歓談、握手、撮影!
厚かましくもお声をかけたのに喜んでくだすって、ああ、よかった、でした。

そんなことをするうち、いよいよ田辺聖子さん登場です。

黒いロングドレス、襟元が涼しいシースルーで、 
胸には紫陽花にみえる大輪の白とブルーの花。

綺麗な杖は濃いピンクに白い模様です。 


源氏を語られる時のいつもの心弾みが、はやお顔に現れているようで
穏やかなかわいらしい微笑みを浮かべていらして、
とてもリラックスされているようでした。

会場を見回され、「これくらいの人数がちょうどよくて・・・・」と田辺さん。

若い読者からの手紙の(笑)や(涙)の表記に、
最近の若い人はこうして表現の自給自足をしている、と笑われ
源氏物語は日本の誇り、若いうちから親しんでほしい、
源氏は長いので早速本題に入ります、と。 


それから、予定時間を10分ほどオーバーするまで、
源氏物語の紫の上の死までを話されました。


光源氏が藤壺との間の不義の子を帝に抱かせた時、
源氏物語は愛と贖罪の物語に変化した、そして、後に光源氏自身が
妻、女三の宮と柏木の不義の子を抱かされた時、
先帝は何もかもをご存知 だったのでは、と気づかせ、
物語は輪廻の物語へと移っていく。


紫式部自身の生涯も、晩婚ではあったが一門では目立つハンサムで
ハナッ柱の強い 派手好みのオモシロイ男と結婚。
三年の結婚生活ではあったが、幸福であっただろう。

また、当時女の子同士の文学サークルのようなものがあったのではないか、
式部は源氏物語の中でも女同士の友情をよく描いている。
互いの個性を認め合い、女のことは女が一番知っていると言っているように思える。

そして、結婚した式部が夫にまず尋ねたのは、
当時の女性には知ることのできなかった「政治と経済」ではなかったか。
どうして?そうなの!とおもしろがる若い妻相手に夫も楽しく知識を授けたのではないか。

それがやがて源氏物語の権力闘争を描くのに生かされる。
源氏物語は一面政治小説でもあって、それを描く下地は夫から得られたのではないか。

では、源氏物語とは、つまるところ、どういう物語であるかと尋ねられれば
清少納言の枕草子に「ただ すぎに すぎるもの。帆をかけたる船、齢、春夏秋冬」とあるが、
それを長編にしたのが、源氏物語であると言えよう。


光源氏を遺して先に逝く紫の上は女人の煩悩を越えて、観音菩薩となる。
そこには紫式部の高らかな女人賛歌がある。
私も源氏物語を女人賛歌としたい、と締めくくられました。

会場の外はいつのまにか雨。



直筆サイン入りの全集第七巻をもらえることを知らなかった友達は
物凄く感激。いいのかなぁ、こんなの貰ってを繰り返してました。


何度聞かせていただいても、田辺さんというフィルターを通した源氏物語は
漁色の貴公子の話でも、ただの恋物語でもなく、人生や人間への賛歌であり、
それを書いたのが女性であったということは、
私たち女にとって、大きな誇りであり、自信であると気づかせてくれます。

そして、私はこの会場でまた、
美しい女人と知り合うことができて、本当に嬉しかったです。

物語や作家を軸に、優しい人間関係が生まれるのは、
ネット社会の美しいところだと思えました。

賢く、節度と品位をもって、私も私のサイトを運営していかねば
と源氏物語の舞台となった古都に降る雨を
牛車ならぬタクシーの中から眺めたのでした。

-2004.6.19- by UTA


講演 川柳の世界
2004/5/30 高輪プリンスホテル

お食事時間が1時間30分。
  
全員が講演用舞台に向かってお弁当をいただく様は、一種異様な雰囲気ではありました。

お知り合い同士で来られている方々は、お席は隣同士にはなっていましたが

、そんなわけで、映画「家族ゲーム」のように同じ方向を向いて食べていたわけです。

お一人で来られている方々も多かったように思います。

ちなみに、私と同じテーブルに付かれた方は、皆さまお一人で参加しておられました。

さて、時間になりますと、ホテル広報の方からご紹介があり、

田辺聖子さんが登壇なさいました。

ホテルの方にエスコートされ、ドレスの色は、ピンクだったかオレンジだったか。

遠くからでしたので、色ははっきりとしませんでした。

白い柄が下から上へ向かっているようなデザインがあしらわれたものでした。

今回の講演テーマは、川柳でしたので、

最初は川柳という歌の歴史(何がその源で、どんな経緯で誕生し、庶民に親しまれていったのかなど。)

川柳に求められるもの。

そして、色々な作品のご紹介という流れでした。

ご紹介された川柳の歴史、そして、

川柳という歌が持っていなければならない品性とユーモアについても、

田辺聖子さんの作品をお読みの方は、ご存知の方も多いと思います。

もちろん、武玉川のことにも話は及びました。

歴史などのお話のあたりは、

なんとなく私たち聴衆の勢いもどちらかというと静かでしたが、

田辺聖子さんが解説を加えながら、かずかずの川柳のご紹介の段となると、

会場は、とたんに前のめりになるような雰囲気に変わったと思います

。以下に、講演会の中でご紹介された川柳の内、

私が会場の雰囲気と、田辺聖子さんの解説とで印象に残った作品を記します。

本来は、作者のお名前も添えるのが常識かと思いますが、

私のメモも定かでないので、作品だけにさせていただきます。

また、表記についても、漢字で表現されていたのか、ひらかなを使われていたのか、

残念ながら確認をしておりません。お許しください。

※=UTA注
*まず、戦

手と足を もいで丸太にして返し   鶴 彬

*貧乏を歌ったうた

子は育つ 壁はぼろぼろ 落ちよるが 岩井 三窓

泣き言を 並べつくして 夫婦寝る

となりより うちのごきぶり つやがある

*会社

会社での スカタン 妻も子も知らず

調べたら 皆勤だった 地味な人

*病気

部分品が もうおまへんと 言われそう

院長が あかん言うてる ドイツ語で

*言葉が滑らかであることが良い川柳と言って紹介された歌

立ち話 なごうて犬も座りかえ  橘高 薫風

けなげにも 家主の犬を 噛んできた 須崎トウシュウ

*女房を歌ったうた 土地柄が出ていると言って紹介された歌

良妻で 賢母で 女子で 家にいず (東京)川上三太郎

えらい妻 持って交際費がかさみ (大阪)西川アキラ

母の会 わいの女房が会長や (大阪)

*こう読まないと川柳にはならんのや・・・

と奥様には言っていたでしょうね、と言って紹介された歌

命まで かけた女で これかいな 

ぶさいくな 妻にこどもは ようなつき 後藤梅枝

*月形半平太のお話を知っていると笑えると言って紹介された歌

春雨に 女房と濡れるあほらしさ 藤井四郎

そして・・・

美人薄命 うちの嫁はん 大丈夫 片岡ツトム

*女性が作家の歌ですと言って紹介された歌

山川亜茶 さん

足腰を きたえきたえて 癌で死ぬ 

男みな あほうに見えて 売れ残り

林てるこ さん

混浴と 聞いて慌てたのが男

日本髪 春のあられをうけてみる

出世せぬ 男と添うた 玉子酒

そして、最後にしんみりとする歌を。

遠き人を 北斗の杓で すくわんか  橘高薫風

妻だけが 時勢のせいに してくれる  柴田五郎

ー2004.6.10 byみほこさんー
田辺聖子の夢見弁当

おせい&カモカ夫婦の味 (大阪の味・奄美の味)

関東煮き-かんとだき-(コロ、飯蛸、厚揚げ、じゃこ天、蒟蒻)

味噌煮豚・ミミガー・ゴーヤー添え

「人情すきやき譚」“待望の”大阪風すきやき

牛ロースすき焼き・青葱・小結しらたき・春菊・椎茸

「お目にかかれて満足です」グリル弁当風 大阪のおばんざい

鰈西京漬け・いわしの時雨煮・いなご釘煮・

はもきゅう猪口盛り・五目揚げ豆腐・鶏団子有馬煮・唐黍・薯

「愛してもよろしいですか?」すみれ風おにぎりと田辺家おなじみ常備菜

紫蘇ご飯と高菜のおにぎり・塩昆布・浅蜊の佃煮・浅漬け大根

田辺写真館での子ども時代・思い出の味

巻繊汁(焼き豆冨・牛蒡・人参・大根・里芋・蒟蒻・木耳)絹莢

「カクテルのチェリーの味は」 

水菓子・オレンジ・チェリー



表記は、献立表のまま。

デザートの「カクテルのチェリーの味は」には、水菓子ついてなかったです・・・

私のお腹には、たっぷり過ぎる量の夢見弁当でした。

参加されていた方は、健啖家が多いのか、

残されている方はおられなかったように思います。

さすがです。私ももちろん、残さずいただきましたよ。

私にとっては、いわしとイナゴは、煮つけの味が特においしく、

祖母の味を思い出しました。

塩昆布や佃煮も、祖母の家で小さな器に

必ず常備してあった食卓の風景までも思い出させるものでした。

講演に先立ってホテル広報の方からのご紹介の中で、

この夢見弁当は、田辺聖子さんの数々の小説の中から

コックさんたちがメニューを考え、命名するにあたって、 

田辺聖子さんの了承を得たとのことでした。

私たちと同じように、田辺聖子さんも

この「夢見弁当」を召し上がったのでしょうか。

ーBY みほこさんー


聖子ワールド −全集刊行にあたってー 
2004・4・23 大阪リーガロイヤルホテルに

13時からのティータイムに、開場は12時30分。

ちょうどその時間に到着した私は目を疑いました。

会場前は長蛇の列。一体皆さんは何時頃からいらしているのかしら?

ざっと見まわしたところ、60代の女性が圧倒的です。

会場に入ると、奇跡的に正面の前から二番目のテーブルに

空席を見つけることができました。

1テーブル10人で、会場には約30テーブルが用意されています。

演台があると思われる舞台は幕が閉まったまま。

私の左隣は40代の二人連れ。右はお一人でご参加らしい60代の女性。

ずっと芥川賞作家の玄侑宗久さんの「アミターバ」を読んでいらっしゃいます。

40代の二人連れは、夫の浮気に悩む派手な美女と

嘗て悩んだことがあるらしい眼鏡の地味な友人。

友人は婦人公論をおもむろに取り出し、とある投書を読むように薦めました。

浮気と鬱病という文字が見えます。

そんな中(どんな中?)苺のショートケーキとコーヒー、紅茶がサーブされます。

コーヒーのお代わりを頼んだ人は丁重にお断りされてらっしゃいました。

私は5分くらいでペロッと食べちゃって、婦人公論組に興味津々。

美女の誕生日の夜中に夫がどこかに電話していたそうです。

友達の近所では保険金目当ての自作自演の放火があったらしいのですが、

美女はそれどころではありません。

飽きた(何に?)私は水ばっかり飲んでいるうちに

会場に知った顔を見つけ挨拶に行くと、

今度はこっちが見つけられご挨拶。

そんなこんなでようやく2時に。

進行係の男性の紹介で、いよいよ、幕が上がります。

田辺先生はもう着席してらっしゃいました。

舞台上手に薔薇、菖蒲などの大きな盛花。見事です。

先生のお召し物は上半身しか見えませんが真紅地に

白ブルーピンクなどの大きめのスパンコールで作られた花が。

右肩はその花々でぎっしり埋まっています。

机上には白い陶器のように見える小ぶりのバッグが置かれていて、

軽やかなウェーブがかかったショートカットがふんわりと先生のお顔を縁取っています。

まずは全集刊行にあたって連日のご多忙ぶりを語られました。

締めきりを三日もすぎた原稿を催促するミド嬢に「三日遅れのぉぉ〜〜♪」と歌われたとか。

ついで「船がぁ、ゆくゆく〜〜」と続けられて場内は爆笑です。

さて本日の演題として「魚座少年」をお話しします、とおっしゃったので、私はびっくり。

今日は全集のお話中心かと思っていたものですから。

それでも、自作を語っていただけるとは、やれ、嬉しや、です。

作家と同時代に生きるものにしか与えられないチャンスですから。

23才の魚座の男の子と39才の紫苑との恋が語られました。

紫苑の本当の年を知った魚座が、

スーパーの出口で手放しで泣く場面、私も記憶しています。

何で泣くねん、と憮然としたことも思い出しました。

若さは狭い、と先生はおっしゃいます。

そんなに気が合ったのなら、ええやないの、年のことなんか。

騙すつもりなんか紫苑には無かったんだから、と先生は笑われました。

夢のまた夢、あろうはずがないことを書いて、

視点を変える幸福を読者に与えるのが小説というものだと先生はおっしゃいました。

本当に、小説って、そうです、先生!!

そして、この小説の下敷きになった実話を語ってくださいました。

息子ほどの年齢のアルバイトの男の子と、

思いもかけず同棲することになった女性が、

ある日尋ねてきた古くからの友人が男の子の同級生の母親で、

女性の年齢がわかってしまう。

現実には男の子はそれでもいいと言うのですが、

女性は出ていったというお話でした。

小説とどこが同じか、なにがどう違うか、

考えてみると、小説を書くという魔法のしかけが

ちょっとわかるように思いました。

最後に珍しく質問を受け付けてくださって、

若い女性から「魚座がオバンと書いてありましたが

あれは精神がオバンということですか?」

そうですね、と先生。

60代の女性からは「

どうしたら先生のようにいつまでも活き活きしていられるのでしょう?」

という質問。これには先生はひっかけ橋の上で

若い子に声をかけられた体験をお話しになり、

ついて行こうかと思ったとみんなを笑わせてくださいました。

そして、今もまだしたいことがある、と。

おっちゃんは天国でビールの栓を抜いて待っているだろうが、

まだ暫くはしたいことをし、見たいものを見る、ちょっと待っててとおっしゃいました。

聴く人間に応じて、それぞれ汲み取ることの多いお話で、

私は小説というものの魅力についてしみじみと再認識させられました。

講演を終えて立ちあがられた先生のドレスは真紅のツーピース、

ロングスカートにもスパンコールの花はキラキラと咲いていました。

ー2004.4.23 byUTAー


楽天少女通ります 
2004/2/21

REPORT by みほこ様

お天気:春のような陽気のお天気。

場所:ホテルオークラ 東京 曙の間

午前10時30分開始ということで、15分前には到着するようにと会場へ向かいました。
すると、どうでしょう、その時間には、すでに溢れんばかりのお客様が
会場内で談笑されているではありませんか。
会場入り口は、まるで、歳末大売出しの入り口のようでありました。
ティータイムが始まっていたのですが、
コーヒー、紅茶をいただくために長蛇の列ができているほど。
お席は、椅子だけが会場全体に並べられており、
横 20席 縦には優に100列はあったとおもいます。
UTAさんからの田辺センセの顔の向ける方向が
右側であるというお言葉を思い出し、
舞台に向かって一番左端の席を確保。
幸いにも、前から20列目くらいに空き席がありましたので、
ほっとして荷物を置いたしだいです。
これから、ユミ公さまやりえこさんにお目にかかれるかしらと、お茶のスペースへ移動。
とにかく、紅茶をいただいて、うろうろ、
お菓子が置かれている(といっても新しいお皿が置かれる 端から、
どこからともなく手がのびて、なくなってしまうので、
私は、小さなビスケット二つしかいただけませんでした・・・)丸テーブルを巡回。
う〜ん。みつけられません。おばさまパワーがすごくて、とにかくうるさい!!
私など、まだまだ、「若輩者」と感じざるを得ないそういう年齢層の方々が多かったです。
ご夫婦で来られている方々や、お仲間で来られている方々が大半のようでした。
驚いたのは、着物をきちんとお召しになっている方も多かったこと。
それが、ホテルオークラという会場が理由なのか、
田辺聖子さんという方をお好きになる 方々のご趣味なのかはわかりません。
それから、ピンク系の色の服をお召しになっている方も多かったです。
一人で来られている方もおられたようですが、
なかなか話しかける勇気を持つこともできず、
少し早めに席について、開演を待つことにいたしました。

田辺聖子さんご登場の前に、
司会者の方が履歴などをご紹介くださいました。
今回の講演会には、南は鹿児島、北は秋田から来られたお客様が
集まられたというご紹介もありました。
私の近くの席に座っておられた方々の会話を耳にした時も、
「今日はこれから、息子の家に泊まりに行くの」と
おっしゃっておられる方がおられましたよ。

そして、いよいよ開幕です。

幕は、左右に開きます。すると、田辺センセはすでに演台に座っておられました。
何となく、お互いに気恥ずかしいご対面という感じ。
心なしか、田辺センセも「恥ずかしそう」に会場を見回しておられたように思います。
お洋服は、「あ、ピンク!!」という第一印象。
舞台用だとは思いますが、東京人には、多分、着ることができない衣装です。
ユミ公さんのレポートでは、「関西の白雪姫・・・」と挨拶すると言われたとのことでしたが、
私には「文壇の白雪姫というのです。」と 聞こえたのですが・・・
いずれにせよ、「白雪姫です・・・」と挨拶して、
全国で一箇所だけシーンとしてしまう町があるとぼやきもありました。
その町というのが、大阪だと。
そういうシーンで、「何をずうずうしいことを・・・」という声があがり、
それに対し「仕方ないやんか。本人そう思うてんねさかい、誰かわろたれや。」という
いずれも中年男性の声が上がるのも大阪という町やと。
ちょっと、嬉しそうでもあられました。

いくつか私が印象に残った点をご紹介します。

吉川英治氏の紙面上での表現力のお話。
 普通の物書きならば、人が近づいてくる様を、
「・・・ひたひたと近づいてくる。」
とするところを吉川氏は、
「ヒタ。ヒタ。ヒタ。・・・」
これを紙面で読んだときの怖さといったらなかったと・・・
文章を読むときにそんなことまで感じられるのかと、
新たに本を読む楽しみ方を教えていただいたように思いました。

昭和20年6月1日の大阪西北部空襲の話。
空襲があったとき、
田辺センセは学校にいて、防空壕の中に避難。
他愛のない少女たちは、源氏物語の中の女性で誰が好きかなどと
話しながら時間を過ごしていたということ。
これは、ある意味、少女らしい、
戦争の厳しさはわかっていながら「生きることへの潤いを忘れていなかった」という強さを感じました。
そして、その後、大きな荷物を持って徒歩で
家へと友と向かったときのお話では、荷物を少しずつ減らしながら
ひたすらがんばって歩き続けたということ。
戦争で町が焼かれるということがどういうことなのかという傷ましさを感じました。
家は焼かれてしまったけれど、
家族が全員元気で会うことができたことへの感謝が伝わってきました。
それは、空襲の日の夜、いつまでも、
我が子の名を呼ぶ母親の声が聞こえてきていたというくだりで、とても強くなりました。

川柳のお話も源氏のお話も、田辺センセの書かれたものは
、読ませていただいていましたが、
その楽しみ方、すばらしさを
少し田辺センセの生声で聞かせていただくて、また、読み直したくなりました。

大阪言葉。最近、関西出身の咄家さんや俳優さん、
タレントさんが大勢テレビで活躍されていて、お話もされていますが、
全く違いますね。田辺センセの言葉は。
年齢的なこと
もあられると思いますが、とても優しく、聞きやすく、愛嬌があって、楽しい言葉です。
とにかく、お風邪のせいでしょうか。
お声が苦しそうでした。時折、声が裏返ってしまったり・・・
早く全快されることをお祈り申し上げます。


楽天少女通ります 2002/05〜2003/02 大阪リーガロイヤルホテルにて
五月十日、八月三十日、十一月二十九日、二月二十八日の四回。
各回にケーキと飲み物がつき、最後の回は簡単なコース料理が出ました。
田辺さんが自作を解説紹介するという内容で、
あまり有名でない作品についても解説があり、
田辺ファンにとっては宝物のような講演でした。
こういう講演がもっとあったらいいのに、と思います。

連続講座 古典の楽しみ 2001/04〜2002/3 大阪リーガロイヤルホテルにて
毎月第3金曜日午後2時から3時半まで。
UTAは林芙美子の回を聞き逃したことを今でも悔やんでいます。
どの回も皆、田辺さんならではの面白さがあって、また、深い愛情が感じられて贅沢な時を過ごしました。
全講座中で印象に残っているのは和泉式部の生き方と、川柳の豊かなおもしろさでした。
亡くなられたご夫君の川野純夫さんがいつも車椅子でおいでになっていたのが忘れられません。

演目は下記の通り。
こちらで聴くこともできます。月会費900円。
 「枕草子」
 「方丈記」「徒然草」
 古川柳
 「今昔物語」
「万葉集」
 「落窪物語」
「とりかへばや物語」「古事記」
 近松と西鶴
樋口一葉と与謝野晶子
 百人一首
 江戸の歌人〜芭蕉・一茶・蕪村
王朝女流歌人〜伊勢・小野小町・和泉式部
 「とはずがたり」
 「蜻蛉日記」
 「大鏡」
 「堤中納言物語」
 「ゆめはるか吉屋信子」
 「江戸の戯作と狂歌」
 「林芙美子の世界」
 「平家物語」
 「土佐日記」
 「宇治拾遺物語」
 「久女の見たもの」
 現代の川柳あれこれ

田辺聖子の「源氏物語」をご一緒に 1997/04〜2000/3 大阪リーガロイヤルホテルにて
毎月一度第3金曜日の午後2時からの講座でした。
UTAは欠員のできた10月から聴講しました。
田辺さんは毎回この講座のために作られた
和服地の素晴らしいドレスで登場。
聴講者から「まわってみせてください!」と声がかかるほどでした。
勿論、クルクルとまわってくださいました。
当日は壇上にその日の講義にふさわしい生け花が飾られ、
田辺さんのお誘いでみんなで歌を合唱したり、
ほんとに楽しい講義でした。
それでも中身は少しも程度を下げずしかも判りやすく、
UTAも初めて宇治まで理解することができました。
田辺源氏の素晴らしいところは、
単なる恋の物語としての源氏ではなく、
大きな人間ドラマとして源氏物語を捉えているところだと感じました。
光源氏はただのプレイボーイではなく、
人間として優れた資質を持った、
人間らしい煩悩に翻弄させられる男として紹介され、
また、そうでなくては
紫式部が描く意味がなかったろうと深く納得させられました。
色恋物語としての側面だけが
殊更にとりあげられる現代語訳への警鐘とも聞けました。
全講座最終日にはパーティがあり、
みんな親しく田辺さんと記念撮影をさせていただきました。
UTAはその日、息子の大学受験の後期発表の日で、
パーティ前に合格の知らせがあり、
ついつい田辺さんにそのことを話してしまいました。
すると、田辺さんは「あらららら、よかったこと!おめでとうございます!」
と握手して下さいました♪
その時の記念写真は家宝です!
そして皆勤賞なるものが設けられ
欠席せずに通った人には素晴らしい記念品が。
勿論UTAもいただきました!
聞き逃された方のためにCDが新潮社から発売されています。
タイトルは「田辺聖子の源氏物語」本屋さんにありますよ。