田舎の薔薇

初出「週刊小説」平成三年九月十三日発行 

女主人公は五十一才、「日の出台みみ・はな・のど医院」の院長である。

夫は四才年上の広告代理店勤務で作家志望、

同居の実母は主人公が夫より稼ぎが多いのに夫に気を遣っているのが不満である。

高校生の息子は学校をズル休み、

母親は思ったことをすぐ口にする「ミルク飲み人形」、

医院は忙しく、義理で引き受けた校医の仕事も腹立たしいことが多い。

主婦稼業もこなしながら女医を続けるのは本当に大変である。

そこへ昔の知り合いで今は故人となった男性からラブレターが届く。

夫は嫉妬し、息子はからは「くそばばあ」と言われる・・・。

そこで、大阪の田舎に住む女医としては、信州へと旅立つわけである。

畿内の、何事も穏やかなよどんだ肌なれた空気と、

信州のきっぱりとした玲瓏な空気は確かに全く別世界のものである。

山は天を衝く勢い、

関西のゆるゆるゆるとどこまでも曲線を描く山並みなど

みつけようにもみつけられない。

そこで女主人公は若い、これも妻に食わしてもらっているという男と出会う。

そして・・・。

そして、医院の庭に薔薇の花が咲くのである。

花の銘は「メナムのあけぼの」

ミルクコーヒー色の薔薇である。

小さな庭に薔薇を咲かせるのが、女主人公のささやかな楽しみであるのだ。

それを知らせてきたのは夫であり、彼は言う。

「ゆっくり休んできたらエエ。帰ったらまた忙しいのやから」

人生というのはかくの如しであると思う。

人間はこんな具合に生きていくのだと思う。

夫への庇護欲というのもよくわかる。

母性本能などではない、庇護したいという気持ち。

それを女が男に持つことに何不自然があろう。

いや、もともと、女にこそ庇護欲は強くあるものではないだろうか。

大層な事件も不倫も書かれてはいないが、

ここにある日常こそどんな事件よりも手強い、

乗り越えるのに勇気と知恵の必要な大事件であると私は思う。


「メナムのあけぼの」という薔薇は実在するのだろうか。

田舎の医院の庭に咲いて、

人間の真実を開示してみせてくれたミルクコーヒー色の薔薇は・・・。

−2004.9.8 byUTA−