隼別王子の叛乱

読みなれた田辺作品とは違い、
濃い幻惑を誘う、酩酊度の高い文章である。

隼別王子と女鳥王の若い恋は、
恋の最もエゴイスティックな貌を、
老いた大王という鏡に余すところ無く映す。
ただひとすじに
隼別王子に向かって駆けていく女鳥王の
何物も眼中にない一途な恋心は、
それはそれで「在る」ことだろう。

しかし、その女鳥王を想う
老いた大王の恋心もまた、
無謀で純粋で一途で、
この世の中には「在る」ことなのだ。

古代を舞台に田辺ワールドは、
重厚な幕を上げ、
重く美しい音楽を
読者の胸に響かせてくれる。

そして、何より、
この若い恋人たちが嬉々として去った後に語られる
大王の后、磐之媛の息子住ノ江への恋心の、
何と深く絶望的で美しいこと。

磐之媛の臨終を作者はこう語らせる。

「月が昇る。冥界にふさわしく、
鴉の爪のようないまわしき半月がのぼる。
日輪・月輪に守られ、
蟾蜍と鳥に導かれて葬送船はしずかに音もなく、
黒い物忘れ川をさかのぼっていく・・・・。」

そして、磐之媛は
自らを毒殺した女奴隷に
こういうがごときであった、と作者は書く。

「恕す。汝を恕す。人間を恕す」

これは、源氏物語の光源氏の父
先帝が身罷る時、
あたかもそう語るがごときであったと
作者が書いたセリフと同じだ。

とまれ、古代を舞台に田辺聖子が筆をとる時、
そこにはまぎれも無い
濃い粘度の高い酩酊が揺曳する。
それこそが、ファンタジーでなくて何であろう。
ページを閉じて尚、古代は馥郁と香る・・・。


----by UTA----

−2005.6.15−