2006.8

愛すること

  



難しいことだとわかってはいるけれど

人を愛するということは

画然と自分と他者を分けて考え

相手にも人格があるということを

しっかりと認識することが必要なんだと思います。



子にも子の人格があり

妻にも夫にもそれぞれ、自分とは違う

他者としての人格が存在する・・・



その認識なくして本当に人を愛することはできない

と、思うのです。



どんなに相手のことが愛おしくても

その人格の成長を阻害するような愛し方は

それはただのエゴであって、愛情と呼べるものではない・・・



あなたに愛されることで

相手は「駄目」になっていないか

あなたという何でも受けてくれる受け皿があるから

相手は一歩も前に進んでいないのじゃないか

あなたの「寛容」が、相手を自堕落にしていないか・・・



甘えさせる、ということは

愛するということと同義語ではないと思うのです。



親子でも夫婦でも恋人同士でも

やっぱりそれぞれが一歩ずつ育っていってこその

愛情だと思うのだけれども。



愛している、ということは人間を盲目にする。

二人さえよければいい、

あなたにかかる非難は、私が受ける

世間が何と言おうと私だけはあなたを責めない

そして、二人でこのまま墜ちていっても本望・・・・



人を、それがわが子であっても、

一個の人格として、育っていくべき人間として

もし、私が母でなければ

もし、私が妻でなければ、夫でなければ

この人格はもっと豊かに育っていったのではないかと

一度は畏れをもって、

考え直してみることがあってもいいのではないかと思うのです。

たとえ、どんなに「愛して」いても・・・。



−2006.8.22−






ユナイテッド 93

9.11のテロは、あまりにショッキングで、

いまだに本当に起きたことと認識できずにいます。



あの時、たった一機だけ、地面に墜落したハイジャック機がありました。 

乗客たちが何とか操縦席を奪還しようとして果たせず

飛行機は墜落してしまいました。

乗客たちはそれぞれ機内の電話で

家族にそのことを伝え「愛している」という言葉を残して

死んでいきました。



その事実を踏まえて映画化されたのが

ユナイテッド 93。



映画の最後に神に祈りを捧げる乗客と

犯人の声が重なります。

それぞれの神は違い

祈りの言葉も違います。

けれど、どちらも家族には

「愛している」

という、同じ言葉を残すのです。



人は皆、死にます。

そういう意味では私たちはみんな

墜落する飛行機に乗っているのです。

最後に力を合わせて

操縦かんを引いて、墜落を避けようとする乗客たち。

彼らこそ、神でした・・・。


生きよう、愛を伝えよう、たとえ飛行機は落ちつつあっても。


そういうあり方こそ、私は尊いと思います。

死と闘って勝てるものはいない。

でも、私たちは懸命にこの負け戦さを闘っている・・・。

何をなせるか、何を残せるか

それは、大きな業績でなくていい

ただ、人間を愛したというその一事を残せれば

私は本望。



「愛していると伝えて」

それは家族に遺された言葉であっても

生き残った全ての人類に

手渡された言葉であるように思いました。

−2006.8.17−




オフ会

  



 



後一ヶ月余りで、「夢小箱」を開設してから丸三年になります。

お手本にさせていただいたのは山田詠美さんのファンサイト「A.L.A」。

そこでもオフ会の記事は無かったので

私も自分が主催するオフ会など考えてもみませんでした。

ただ、田辺先生の講演会などがあるたびに

この後で同じファンの人たちと

話し合えたらいいな、という思いが強くなりました。


それでも、ネット関係のつきあいは

危うい均衡の上に成り立っていることが多く

顔を合わせないほうがよいこともあるとはよくわかっていました。

会場を押さえて、各サイトをご訪問、ご招待して、参加人員を掴んで

という、本格的なオフ会をする気に、本当のところ、なれませんでした。

だから、先生の講演会に来られた方で

私と喋ってもいいと思われた方だけで集まっていただこう

という、とても怖がりのオフ会をいたしました。

そして、本当に良かった、皆さんにお会いできてよかった。

会ってお話して、私はもっと早く

自分主催のオフ会をするべきだったと感じていました。

サイト運営の悩みを聞いていただいたり、ご意見ご要望を直接伺ったり

そういう場面をこれからもこのサイトのために持っていきたいと思います。



キィ打ちもポツポツだった頃から

いつか必ず「田辺聖子ファンサイト」を作るんだと決心し

1400円のハウツー本だけを頼りに

タグ打ちで「夢小箱」を作りました。

さあ、これからは、少しずつ社会に向かって

「夢小箱」の中身も充実させなければ。

恐れず、ひるまず、そして、優しく

幸せが溢れて形になったサイトを目指して

大きく蓋を開いていきたいと思います。



初めてのオフ会は夢小箱に宝物になりました。

参加してくださった皆様

そして、見守ってくださっている皆様

本当に、本当に、ありがとうございます♪



画像は、皆さん覚えていてくださるでしょうか、

最初の頃のトップ画像です。

これを貼り付けるだけでも大変でした。 

−2006.8.11−




歌子さんに囲まれて



田辺先生のパーティで、

ご招待客のテーブルに混じらせていただきました。

いつも講演会などでお見かけする先生のお友達の方々ばかりです。

皆さん、六十代から七十代ですが、まあ、その若々しいこと。

乃里子の名前のモデルになられた方などは、

半袖ティシャツにデニムのロングスカート、

素晴らしいプロポーションでピンヒールのサンダルです。

私のお隣の方は六十代前半、

ノースリーブのロイヤルブルーのプリーツワンピース

高名なアートフラワーの先生だということでしたが

気さくにあちこちのテーブルから

私にも料理をとってきてくださいます。

「飲みたいけど、今日は私運転手やねん。

あの子ら、送ってやらなあかんねん」

あの子ら、とは藤本義一さんや阿部牧郎さんたちのことです。

そして、彼女はめざとく私のペンダントを見つけ

「あ、田辺先生、兎年やから、お心遣いですねっ!」

そうなんです、そうなんですよ、私はどこかに兎をくっつけて

先生にお会いしてるんですよ・・・

と、向かいのモスグリーンのワンピース、

片身が白とベージュの紅型模様になっているのをお召しになった方が

「そのバッグ、マナスル登山の時のよねー、おめでたい日にいいわねぇ」

いやあ、もう、嬉しい♪

よく拝見すると、どうやらそのワンピースは帯地のようです。

もしかしたら、と友人に尋ねると

「そうよ、デザイナーのフジモトハルミ先生。

いつも田辺先生の和服地のお洋服つくってらっしゃる・・・」

どうお見受けしても六十代後半から七十くらいですが

何と八十歳でいらっしゃるとか!


一体、何なんでしょう、皆さんのこの若さは。


私は半年入院して、帰宅してから一年

こういう明るい美しいモノを一つも見てこなかった

年をとることは、ひたすら不自由になることとばかり思ってきました。

人間というものの厄介なところばかりに目が行っていました。

ああ、こんなにも人は豊かに老いることができるんだ、

そうなりたくてハンドルネームをUTAにしたのに

何て後ろ向きになっていたことでしょう。

老いは誰にでも来るもの

でも、こんな風に老いることもできるんだ

私にも仕事があり

いい友人がいて

何時間もの立食パーティにも出られる体がある・・・


忘れていたものを

掌の上にポンと載せられたような気持ちでした。


沢山の歌子さんたち

本当にありがとうございました。


素晴らしいパーティの翌日

私が早速買ったのは

少し上等のハンドクリーム・・・・


−2006.8.6−





ガラス製



男の子用の和服地