2006.5

寅さんの俳句







フーテンの寅さんを演じ続けた渥美清さん、

「アエラ」という雑誌で句会をなさっていたようです。

素晴らしい俳句を、ご紹介します。

佳い仕事の後ろには必ず震える感性がある、とおっしゃったのも

やはり詩人であったと覚えています。



・花びらの出て又入るや鯉の口  風天

・閉ざされし茶亭すだれのほつれかな  風天

・蛍消え髪の匂(にお)いのなかに居る  風天  

・団扇にてかるく袖打つ仲となり  風天

・なが雨や銀の帯ひく蝸牛  風天

・お遍路が一列に行く虹の中  風天



−2006.5.19−

 こめかみのひよめき







新川和江さんだったか、茨木のりこさんだったか

遠い南洋の島の、椰子の木の枝に髑髏がひとつひっかかっている、

という詩がありました。

その島は太平洋戦争の激戦の地で

髑髏は日本兵のもの、地に落ちていたのが椰子の木の成長につれて

眼窩にひっかかった枝につられて

高く高く掲げられてしまったのだ、と、その詩は詩っていました。


そのこめかみのひよめきを

このよのものならずいとおしいとおもって

みつめたははおやがあっただろうに


と言ったことが静かに詠まれていて

私は暫し詩集を閉じて泣きました。


今、私たちの子供は、兵隊にとられて死ぬことはありません。

でも、沢山の子供が親に、大人に殺されていきます。


そのこめかみのひよめきから

めをはなすことのできなかったははおやもあったのに。



大人になった子供は子供を殺し

大人になれないまま、子供たちが死んでいきます。


こめかみのひよめきを愛おしいと思うところから

全てがもう一度始まればいいのに・・・。



−2006.5.17−

六甲山ホテル




子供の頃や若い娘だった頃、
夏は海か山に行くものと決まっていました。 

結婚して子供を産んで、
まだその子が生後半年ほどの夏、
私はやっぱり山に行きたくなりました。

夏は商売に忙しく
そういう習慣のなかった夫や夫の両親も珍しがって
みんなで一泊することになりました。
六甲山ホテルに。
何故か姑の妹さんも一緒に行くことになって、
のんびり避暑という感じではなく、
そそくさとバーベキューを食べて
帰ってくる旅になりました。

誰も文庫本の一冊も携えず、
夜は飲めなくてもバーで、という習慣もないようでした。

一泊して何だかキツネにつままれたように
慌しく帰ってきて
それでも私はとても楽しかったです。

食べて、寝るだけの旅、
それでも私には私の家族ができていました。

なあに、誰も文庫本なんぞ読まなくても
私は読むさ、読みながら、子供も育てるさ
親戚付き合いもしてみせるさ

紫陽花が全山を覆うように咲いて
がんばれよ、と言ってくれているようでした。  

さて、時はうつろい、私と夫と息子を遺して
舅も姑も、姑の妹さんも、みんな鬼籍に入りました。

私はもうひとり息子を授かって
二人とも大きくなって
私は夫と二人で、また泊まりにきました。
六甲山ホテルに。

古いホテルのステンドグラスは変わらぬ藍色で
山の空気は静かに澄んでいます。

私は野原に寝転んで
流れる雲をみているような
不思議な気持ちになりました。

流れるのは雲か、私か・・・
流れるのは時か、私か・・・

−2006.5.8−