2006.2

「落ちこぼれ」   茨木のり子



落ちこぼれ

   和菓子の名につけたいようなやさしさ


落ちこぼれ

   いまは自嘲やできそこないの謂


落ちこぼれないための

   ばかばかしくも切ない修業


落ちこぼれにこそ

   魅力も風合いも薫るのに


落ちこぼれの実

   いっぱい包容できるのが豊かな大地


それならお前が落ちこぼれろ

   はい 女としてはとっくに落ちこぼれ


落ちこぼれずに旨げに成って

   むざむざ食われてなるものか


落ちこぼれ 

   結果ではなく


落ちこぼれ

   華々しい意思であれ 





 >戦後の日本を鋭い批評精神と

自立した知性で見つめてきた

詩人の茨木のり子(いばらぎ・のりこ、本名・三浦のり子=みうら・のりこ)さんが19日、

東京都西東京市内の自宅で亡くなっているのが見つかった。79歳だった。
ー読売新聞ー



影響を受けた詩人でした。

「自分の感受性くらい」は有名ですが、

私は最近のこの「落ちこぼれ」や、

目の前に見えるものを羅列していく形式の

「青梅街道」が、とても好きでした。

お子様はなく、ご主人を亡くされてからは一人暮らしだったとか。

こういう亡くなり方は、

何となくご本人にとって本望であられたように思うのは

僭越に過ぎるでしょうか。 


もうひとつ、大好きな詩です。
  

汲む

 ―Y・Yに―


大人になるというのは

すれっからしになることだと

思い込んでいた少女の頃

立居振舞の美しい

発音の正確な

素敵な女のひとと会いました

そのひとは私の背のびを見すかしたように

なにげない話に言いました


初々しさが大切なの

人に対しても世の中に対しても

人を人とも思わなくなったとき

堕落が始るのね 墜ちてゆくのを

隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました


私はどきんとし

そして深く悟りました


大人になってもどぎまぎしたっていいんだな

ぎこちない挨拶 醜く赤くなる

失語症 なめらかでないしぐさ

子供の悪態にさえ傷ついてしまう

頼りない生牡蠣のような感受性

それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

年老いても咲きたての薔薇  柔らかく

外にむかってひらかれるのこそ難しい

あらゆる仕事

すべてのいい仕事の核には

震える弱いアンテナが隠されている きっと……

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました

たちかえり

今もときどきその意味を

ひっそり汲むことがあるのです



「すべてのいい仕事の核には

震える弱いアンテナが隠されている きっと……」 

私が仕事をしていく上で一番影響され、

心に深く刻んだのは、この詩のこの一節でした。



ありがとう、茨木のり子さん。

あなたのことがとても好きでした。

見た目が少しだけ似ていると、私、息子たちに言われてました。

あなたのことが、とても、とても、好きでした・・・・



−2006.2.23−


行ってらっしゃいのキャンディ





我が家の玄関には、真夏以外はいつもキャンディがおいてあります。

大概は喉飴ですが、時々チョコレートになることもあります。

行ってきます、行ってらっしゃいの言葉の後に、子供も夫も

キャンディをつまんでポケットに入れたり、

そこで包みを破って口にほうりこんだり・・・・。


回覧板を持ってきてくれた近所の子供さんにあげることも

宅配便のおじさんやお兄さんにもあげたりします。


キャンディをキライ、という人はあんまり知りません。

本当におひとつだけさしあげるとみんなニコッとされます。


家族の口の中でキャディは甘く溶けて

これから始まる一日に背中を押してくれるといいな、と思います。

ほんの1個だから、ほんのしばらくの甘さがちょうどいいように思います。


それぞれキャンディをつまんでいかない日も勿論あって、

急いでいたのか、そういう気分ではなかったのか

また今度、でいいのです。

でも、いつも小さな甘いものがここにあるということは

家族はみんな知っている・・・・私はそれが大切なように思います。

−2006.2.9−