2006.11雀のあしあと






2006.11






明日から師走



今年も瞬くうちに過ぎてゆきます。

何事も為さぬままに月日だけが過ぎて

身体にだけ年輪が刻まれて・・・。



それでも初冬の陽射しが畳の上に暖かな色を広げる真昼

ささやかな今年の我が身の実りを数えています。



何よりも、私は自身が老いるということを意識できるようになりました。

私も老いるのである、と、しっかり今は意識しています。

事故に遭って不自由な身体になったこと

母の老いを目の当たりにしていること

子供たちが心身ともに自立して大人になったこと

それらが今年、私に老いというカードを示してくれました。



老いる私、というのも私にとっては新世界です。

どういう老女になるのか、ゆっくりとつきあって行こうと思います。



田辺聖子さんのように。



私の大きな理想でお手本です。

ちゃんと仕事を持って、心豊かにインデペンデンスで

人間を愛して、いつの日も本来の自分を忘れずに。



田辺さんがおかわいらしく思えるのは

きっと自分に嘘をついていらっしゃらないからだと思います。

自分に正直である、ということは

それがために人に迷惑をかけないというブレーキが

キチンと自分の中に内蔵されているということです。



自制というインテリジェンスが無ければ

心のままに生きることなど許されないのですね。



老いて、私は私の心のままに生きていきたいと思います。

そのためには、しっかりとブレーキを点検しなくては。

暴走するおんぼろ車にだけはなりたくありません。



明日から師走・・・・



−2006.11.30−




死者を鞭打つ





亡くなった人のことは悪く言わないのが礼儀、と

知らないわけではありませんが、同意はできません。

とても非常識で乱暴かもしれませんが

私は自殺する人のことが許せません。

ここ数年の間に、私の周囲でも自殺者が二人、出ました。

もっと以前に遡れば、同級生が三人自殺しています。

遺された家族の有様をしっかりと見てきました。

どれほどの苦悩と無力感と、そして罪悪感を

愛する人を亡くした悲しみの上に背負っていかねばならないか

・・・・恐らくそれは人間が耐えうる限界を超えています。

それでも、遺されたものは生きていかねばなりません。

生きて、血を流して耐えて、死者に見放された自分を抱えながら。



子に死なれた親は、自分の一部を喪失してしまいます。

子が生きていた時の自分を取り戻すことは終生できません。

夫に死なれた妻は未来の時間の一部を奪われます。

そして、妻は大きな罪悪感に後悔に打ちひしがれます。

自分の裡だけでなく、外側から他人に責められることもあるのです。

親に死なれた子は、恐怖と失望と見捨てられた悲しみのうちに

長い長い年月を生きねばなりません。

恐怖、というのは、自分も自殺してしまうのではないか、という恐れです。



自殺する人間を

それが十歳でも七十歳でも

私は許しません。

あなたに死ぬ権利なんかないのです。

その命はあなた個人の物ではありません。



私は

自殺する人間が大嫌いです。

−2006.11.13−



窓を開けて





田辺聖子さんの作品に「窓を開けますか」というのがあります。 

不倫の恋の真っ只中の32才のヒロインは

窓を開けて新しい風や風景を手に入れます。

慣れ親しんだ暖かな空気は窓から出ていくけれど

窓の外には見たくないものも遠慮なく広がっているだろうけれど

でも、窓を開けることをヒロインは選びます。



ここにあるものだけではなく

今見えているものだけではなく

在っても遮断している風景や風の流れを

知ることは、感じることは

心にとって、とてもいいことだと私は思います。



窓を開けませんか?



人生の一大事に遭遇した時

人は固く窓を閉ざして、風を感じるどころではなくなります。

目の前のことに一心に心砕いて

自分の殻の中で丸まって過ごします。

しなければならないこと、考えなければならないことに

がんじがらめになって、窓があることなど忘れています。



でも

窓はいつも

キチンと用意されているのです。



どうぞ

深呼吸して

窓を開けてみてください。



生きる場所は、どこにでもある

様々な風景が、あなたを待っている

風は、確かに季節の香りをしっかりと運んでいる。

時は

たゆまず流れています。



窓を開けてくだされば

ちょっと首をかしげて心配している私も

ぼんやりと遠くに見えるかもしれません・・・・・

−2006.11.3−