2005.7




学校が・・・・

私の卒業した短大が、無くなるそうです。

最近の少子化で、次々に私大が経営困難に陥ってるのは

ニュースなどで知っていましたが、あの長閑な田舎のミッションスクールとは

何故か無縁な話だと思っていました。

学校側からの簡単なお知らせに驚いてホームページを見てみると

何とも素朴なそこには学舎の画像さえありません。

こんな画像だけ。ここはどこ?

私が通っていた頃は英語科と家政科しかありませんでしたが

二学部増えて学舎も二箇所になっていました。

大きくなってたんだな、と感心しながら

それにしては地方のみやげ物屋にも劣る

このホームページのみすぼらしさはどうだろうと愕然としました。

この短大で私はカナダ人のシスターに出会い、

生まれて初めて、教育者を知った思いでした。

シスターは私が卒業して二年後、乳がんで亡くなりました。

私が教えていただいていた頃は、すでに転移があり

闘病中だったとのことでした。

カナダのお母様の手編みのカーディガンを

「イイデショウ?」とお茶目な目をしてみせてくださいました。

私が遊び半分で作った切り絵を「ホシイ、チョウダイ」といわれ

お部屋の窓辺に飾っていてくださいました。

この短大で私は生涯の親友となるMちゃんにも会えました。

クリスマス会の聖劇、私はキリストを演じたりしました。

Mちゃんがマグダラのマリアで今から思えば何という配役だったのでしょう。

初めて経験する女の子だけのミッションスクールの雰囲気

馴染めはしませんでしたが、新鮮ではありました。

中学部も高等部もあって、そこからの生え抜きの人は

本当に中原淳一の絵のような美少女が多かったです。

勉強はしなかったけれど、今の私の根幹が形づくられた時代ではありました。

何故か母校という感はあまりもてなかったのですが

無くなってしまうとなると「そんな、あんまりな・・・・」という感じです。

学校なんて、無くなることは無いと思っていたのですが。

シスターが生きていらしたら何と言われたでしょう?

ちなみに現在の学長は私に「不可」をくださったシスターでした!

−2005.7.27−


橋本 治さん

退院したら一番に読みたい本は「橋本治という行き方」 

橋本氏の43編のエッセイが収録されているそうです。

私と橋本治さんはほぼ同じ年。

「とめてくれるな おっかさん 背中の銀杏が泣いている」

といえば、同年代の方なら思い出していただけるはず。

あの1968年、駒場祭のポスターを描いたのが彼なんです。

その後「桃尻娘」で作家デビュー、私は彼のエッセイが好きです。

頭のいい同級生と話しているようで、ウンウンと次々聞きたくなります。

最近では「三島由紀夫とはなにものだったのか」を読んで

この同級生をオーットットットと見直しました。

頭いいだけじゃなかった!!


「橋本治という行き方」の紹介で、週刊文春にこんな記事がありました。

雑学と教養について、なんですけど

ー興味本位の「雑」だけでよしとし教養を捨てると、

人としての思考のフォーマットを捨てることになり、

逆に「雑」を吸収しえない教養だけでよしとすると

個なる人間の「生きることに関する実感」が捨てられてしまうー

"人としての思考のフォーマット"

"個なる人間の「生きることに関する実感」"


うーん、私がこの半年、表現しようとしてしえなかった

「私が奪われたモノ」とは、コレだったんです。

やっぱり頭のいい同級生は、大切だ!!

−2005.7.21−


懐かしのブランチ


これは我が家のオープンサンドです(笑)

本当にオープン!

手巻き寿司のサンドイッチ版と思っていただければいいです。

サンドイッチの中身とサンドイッチ用のパンを用意して

みんながそれぞれ好きなものを挟んでいただくのです。

スプレッドは塗りやすいように、

バターではなくマヨネーズにしていますが、辛子を利かせるのがコツ。

子供が小さい時は辛子だけ別にしていました。

野菜はレタス、胡瓜、ホワイトアスパラ、セロリなど。

決して欠かせないのが「ピクルス」です。

ツナやゆで卵のマヨネーズ和え、ハム、ローストビーフ、チーズ。

このメニューが夏向きなのはお中元の詰め合わせセットが

大活躍するからでもあります。

夫にはコーンビーフが必至だったときもあります。

息子たちが小学生になると、食べるパンの量も尋常でなくなり

途中で買いに走ったこともありました。

パンも難しいことを考えず、十二枚切りのスーパーのもので十分。

それぞれのサンドイッチの作り方に性格が表れて・・・。

昨日も、次男坊が一番たくさん具を挟み、ボロボロこぼしながら

食べるのは、十五年前と変わりませんでした。

沢山アイスコーヒーを拵えて、ミルクたっぷりのカフェオレと一緒に

懐かしい、懐かしい、ブランチをいただきました。

−2005.7.11−


パン作り


初めて子供を授かった私は、子供の口に入るものは 

絶対安全でなくてはならない、と思っていました。

離乳食のパン粥のパンも、乳化剤など添加物の入っていないものを、と 手作りすることにしました。

工作をしているようで、色々と工夫してそれなりに小さなパンを 楽しく焼きました。

子供が二人になって、二人とも男の子でしたから、

学校から帰ってきて 一番食べたいおやつはパンだったと今も長男が言います。

でも、私のパンは下手くそでした。

ふっくら発酵したのに焼き上がりが硬くなったり

妙にイースト臭かったり・・・。

そんな時学生時代の先輩のお家でお手製のバターロールをいただいて

もうパン作りは止めようと思いました。

私のとは全然違う、まるでホテルのパンのような味わいでした。

それからウン十年、去年、フランスパンを焼きたくなり、

失敗しました・・・・。

パンは、どうも、これで決定的にトラウマになったようです。


ところが、ネットでホームページを覗くと

若いお母さんたちが楽々とペストリーや食パンを焼いていらっしゃいます。


どういうこと?とフシギでなりませんでした。

レシピは載っていないところが殆どで、

一次発酵の後・・・とか何気なく書いてあったり

とても簡単にパン作りをしてらっしゃるようです。


謎が解けたのは、最近のことです。

ホームベーカリーというのがあるんですね。

パン焼機です。

あれは四角い食パンだけができるわけではないんですね。

あの容器の中で焼けば食パンですが、

整形してオーブンで焼けば・・・何でもできるわけです。

勿論、そういう機械を使わず作ってらっしゃる方もいらっしゃるのでしょうが。




↑こんなパンが焼けるそうです。

ふーん、欲しいですねー、 ホームベーカリー。

 

−2005.7.4−