2005.4


美しい言葉

悲惨な事故が起きました。
現在死者は百三名です。
事故が起きた場所はとても馴染みの深いところ、というのも
伊丹には田辺聖子さんもお住まいでエッセイに周辺の地名もよくでてきますし
尼崎は田辺作品の大きな舞台です。
現実には存在しない尼崎大学も、
ほんとにあのあたりにキャンパスがありそうな気がしています。
それに宝塚劇場に神戸から通われる方はあの福知山線をご利用でしょう。

電車はマンションに飛び込みました。
マンションの住民の方も人命救助に動かれたようです。
もうここには住めない、とおっしゃる気持ちもわかります。
人が亡くなっているのに、公器に向かって発言するのは、
もう少し時が経ってからにしてほしいと私も思いました。
でも、今は声を大にしてあらゆる機会を通して権利を主張しておかないと
軽くあしらわれてしまう時代であるのも事実です。
ここには住めない、何とかしろ、とマスコミを味方につけてでも
いわなければならないのも本当かもしれません。

JRの「日勤教育」とやらの実態が晒されて
何と品のない、ただのいじめのような事をよくも教育と名付けたなと思います。
けれど、そこであの運転手に「お前なんか辞めてしまえ」と辞めさせていれば、
もしかしたら今回の事故はおきなかったかもしれない・・・・。

沢山の整理しきれない思いで、テレビを観ていましたら、
大前さんとおっしゃる、初老の、息子さんを亡くされた方が
「どんな親も皆一緒やろ、なぁ」と涙声で、
「運転手のご両親の気持ち思たらなぁ・・・・」
と、言われました。

聖なるものも卑俗なものも、神や悪魔の中にあるのではない、
みんな人間の中にあるのだと思いました。
私には、言えない・・・息子を殺されて、あれは言えない・・・・。
けれど、本当に、親は皆同じ。
何かが大前さんの言葉の前に粛然と姿を整えたように思いました。
美しい、言葉。
高い、精神。
人間とは、かくも素晴らしいもの。
どんな悲惨の中にも、汲むべき高貴はあるのですね。

大前さんのご子息を含めた、亡くなられた美しい人間たちの眠りが 安らかであられることを心から祈ります・・・・。

−2005.4.28−


不思議

今日で事故から三ヶ月が経ちました。
今から思えば事故の前は不思議なことをふと考えていました。

例えば、お風呂に入った時、「こうして家のお風呂に入れるのを
ありがたいと思う日がきっと来るんだろうな」とか
「最後」って言葉を頻繁に使うようになったり、とか
このサイトの大阪弁を音声化してないのがとても気になって  
事故前日日付が変わる深夜に無理してアップしたり
思えば夕食の献立を毎日写真に撮る「こんなん食べました」も
食事の支度がしばらくできなくなることを予感していたからかもしれません。
夜中に天井を見上げ「死ぬような気がする」と思ったことも何度もありました。
何かが自分の周りでザワザワしている感じがしていました。

それでも事故の日は、まるでひきこまれるように、
何の迷いも危惧も予感もなく、自転車ででかけまし た。

避けることはできませんでしたが、
誰かが何かを知らせてくれていたのかもしれません。
もう少し何かに耳をすませていればよかったのでしょうか?
でも、生きているということは、立ち止まって静かに耳を澄ませる
ということが、とてもとても難しいのです。

生きているということは、
激しい流れに身を任せているということなのだと思います。
事故に遭うのを防げなくて、残念だったとは思いません。
私はそれだけ一生懸命生きていたのですから。
そしてまた、その激しい流れのなかに私は戻っていくでしょう。

そしてまた、避けられない何かに足をからめとられるかもしれません。

それでも
私は、生きている私は 
目の前の流れを美しいと思い
一緒に流れる人たちに目を奪われて
流されていくことでしょう。

一番不思議なのは
未来の不幸を予感できないことを
不安とも不満とも思わないそのことです・・・

−2005.4.24−


ご贔屓

スポーツでも芸能でも文学でも
ご贔屓を作ることがその分野に詳しくなることだと
今日テレビで大杉漣さんがおっしゃってました。
「ご贔屓」って、すごくいい言葉だと思います。
私のご贔屓は、と、リハビリの終わった病室で
のんびり考えています。
窓の外は春の夕暮れ。ゆっくり夕日が沈みます。

深紅のバラを一本手に、タキシードでエスカレーターを
あがってくるリチャード・ギア
今映画の宣伝のテレビコマーシャルが流れてますね。 
ご贔屓です。
でも、ハリウッド映画の素晴らしさを教えてくれたのは ピーター・オトゥール
こんな綺麗な男の人がこの世にいるのかしらと思いました。

スポーツ選手では川口能活選手
本当に彼のおかげでサッカーという競技の面白さを知りました。 
能活くんはご贔屓中のご贔屓なので別格として、
その他のスポーツ選手では野茂英雄投手とイチロー。
メジャーリーグのおもしろさは彼らを入り口に教えてもらいました。
そして、シアトル・マリナーズのブレット・ブーンが最近のご贔屓。

歌舞伎は何といっても中村勘三郎。勿論勘九郎の時からのご贔屓です。

通りすがりにチラッと光った何か、
それを手にとった時、
その向こうにある素晴らしい世界に気がつく・・・
これからも光る何かを見逃さないようにしなくちゃと思います。

さあ、窓の外はすっかり夕闇が。  
春の宵ですから、ご贔屓に女性が一人も登場しないことも
野茂とイチローの画像がないことも
何とぞご容赦♪

−2005.4.18−

母は田辺聖子さんより二つ年上、誕生日は一日違いです。  
十四年前に乳がんに罹り、その六年後に再発、骨と肺に転移しましたが
抗がん剤のおかげで、何の自覚症状もなく、
肺のガンは消え、骨に残るガンの治療に月一回大学病院に来ています。
田舎に一人暮らしですが、ここ一年くらい物忘れがひどくなったので
同じ病院でそちらも診てもらっています。
心配していたアルツハイマーなどではなく、ただの加齢による物忘れで
お薬をもらっています。
私の今度の事故のことも、あまり鮮烈には頭脳に刻まれないようで
それはそれで私はいいことだと思っていました。

ところが、今日は、母は随分としっかりしていたのです。
お薬のせいか体調なのか、それはわかりませんが
母は切なそうでした。
私のベッドの掛け布団を丁寧に畳みなおして
「こうしておくと足が載せやすいから」と言うのです。
入院して二ヶ月、四回くらい見舞いにきましたが、
そんなことは一度もしませんでした。
ぼんやりと私を眺めては「それでも骨が折れなくてよかったね」
と言うばかりでした。
でも、今日は「エライ目に会うたなぁ」と切なそうに言うのです。
母が掛け布団を畳んでから、その上をポンと叩く手つきは、
小さな頃から見慣れた「母の手」そのものでした。
母は何度私の布団をこうして叩いてくれたことでしょう。

早く寝なさいよ、ポン。
大丈夫よ、ポンポン。
寒くないか、ポン。
困った子やね、ポンポン。

私は今夜母の叩いてくれたお布団で眠れます。
これ以上のお見舞いはありません。

子供はいつまでも母を求めるように、母親もいくつになっても
子供の寝ている布団は、ポンッと叩かずにはいられないものです。
ありがたいことに母親になれた私にはそれがよくわかります。

そして、病室を出ていく時、母は言いました。
「それでも、骨が折れなくて、よかったね」

−2005.4.13−


Mewさん、ありがとう

山田詠美さんのアンオフィシャルファンサイト「A・L・A」が閉鎖になります。
ここのLINKSのトップにも掲げさせていただいてます。
まだパソコンの使い方もよくわからない時
インターネットの何たるかもしらず
それでも大好きな山田詠美さんの名前にひかれてMewさんちに辿りつきました。
コンテンツが豊富で、Mewさんの姿勢がとてもおしゃれ。
詠美さんの作品世界を少しも損なわないステキなページでした。
もし私が作家なら、こんなファンサイトがあったら
どんなに嬉しいかしらと思いました。
そして、私も大大大好きな田辺聖子さんのサイトを
こんな風に作ることができたらと大それたことを考えてしまったのです。
そう思い始めると毎日「A・L・A」に通い、
やがてカキコミなんぞをするようになりました。
Mewさんから、丁寧で優しいおしゃれな言葉をかけていただき、
好きな作家のことをお喋りするのはほんとに楽しいと思いました。
そして私も試験的に小さなページを作り、四苦八苦の末、
やっと「夢小箱」を立ち上げました。
Mewさんちのマネをして。
まず何より作家ご本人にご迷惑をおかけしないこと。
サイトの雰囲気が作品の雰囲気からかけはなれたものにならないこと。
言葉を大切にすること。
そして、これだけはマネできなかったのですが
Mewさんみたいに大人であること。

そのMewさんが私がお邪魔するようになった時から
ご病気だったことを今回初めて知りました。
ご本人が書いていらっしゃるように完治が難しいご病気だそうです。
本当に何ということでしょう。
「A・L・A」がこのネットの世界から姿を消してしまうのは
とても残念で悲しくてなりません。何とかもう一度と思います。
でも、身体的に心的に負担があると、
ホームページを維持していくことはとても困難です。
Mewさん、元気になってください。
今はそれだけをお祈りしています。
そして、豊かな時間を本当にありがとうございました。
ここへアラシが来た時もすぐにメールで励ましていただきましたね。
嬉しかったです。その後もその件でお世話になりました。
今日、メールを送信しおわったら、何だかとても淋しかったです。
私も病室からですが「夢小箱」を休まず続けています。
「楽しんでやってね、あなたのサイトなんだもの、あなたが楽しめばいいの」
そうおっしゃるのが聞こえてきそうです。
楽しんで、楽しんで、そして、楽しませてもらっています。

Mewさん、私、しばらくLINKは外せそうにありません・・・。

−2005.4.9−


はじまり、はじまり

新しいことが、あちこちではじまる季節です。

病院にも新しい看護師さんやドクターが、ちらほら。

私も今日、病院から仕事にでかけ、はじまりに会ってきました。

ひさしぶりの仕事はとてもとても楽しくて、

もう十年以上もこんな楽しいことをしていたのかと改めて驚きました。

待っていてくださる人がいて、必要とされる場があって、

そこへ車椅子を押していってくれる息子がいて・・・・贅沢な春です。

タクシーで帰る途中、事故に遭った現場を通りました。

いい気持ちではありませんでしたが、フシギなことに

特に不愉快とか、衝撃とかは感じませんでした。

少しずつですが、何かが私の中で終わっていってます。

代わりに、はじまったものが沢山あって、もともと、

目新しいモノ好きな私はそっちに夢中です。

息子たちが大人になって、それぞれのやり方で親を思いやってくれています。

親だけでなく、兄はサラリーマンの弟を、弟は自由業の兄を、

それぞれ理解し思いやっています。

私たち家族にも、新しい時代が少しずつ始まっているようなのです。

何だか、ワクワク。楽しいことが沢山待っていそうです。

哀しかったことや、辛かったことは、忘れはしませんが、

終わったこと、になりつつあります。 さあ、はじまり、はじまり。

−2005.4.1−