2005.10



「まだ、行きたくない。まだここで一人でいたいなぁ」

「じゃ、どうなったら、行く?」

弟との同居を嫌がる母。

弟夫婦は去年、母をひきとるための家を建てた。

「どうなったらって、もうあかんと思ったら」

「あかんようになってから、同居するのは辛いよ」

「そうかなぁ」

「一人でよーくがんばったよ。もう、いいよ」

「けど、いややなぁ」

がんばりやの母。

誇り高い母。

娘はふと思いつく。

「今なら、大根の皮の一つも剥けるやないの。
洗濯物も畳んであげられる。
まだ手助けしてあげられるよ、お嫁さんの」

母の声が変わる。

「それは、そうやな」

「あかんようになってからでは、何も助けてあげられへんよ」

「そうやな。今やったら、できるな」

「大きな息子二人も抱えて、お嫁さん、家事が大変やわ」

「そうやなぁ」

「行ってあげてよ、元気なうちに」

頑なだった母の声に少し余裕が出てきた。

「そうやな、考えてみるわ」


私はどうして大根の皮なんてことを言ったのだろう?

突然出た例えには、私のどんな願いがこめられているのだろう?


今の物忘れが酷くなった母ではなく

本来の母の一生の最後のページは

本来の母らしくあってほしいと思うのだ。


愛するもののために

素早く動く母の手を

私はまだまだ見ていたいのだ。


−2005.10.27−

子供たちはみんな、お母さんが大好きです。

どんな子供もお母さんのことは好きなんです。

だっこして、おんぶして、甘えて・・・自分の母親は世界一と思っています。

誰だって、そうなんです。

自分のお母さんは他のどのお母さんとも違う特別なお母さんなんです。

子供たちは自分のお母さんのことを無邪気に自慢しあいます。

でも、やがて、そんなことは恥ずかしくて言わなくなります。

それは随分と早い時期に、子供たちは自分の心の奥深く、

おかあさん大好きの気持ちを納めて、外では言わなくなるのです。

自分の大好きなお母さんが、もし、他所で褒められたら・・・


それはどんなに嬉しいことでしょう、

自分の母親は世界一だと心の底にしまっている子供にとって、

それほど嬉しいことがあるでしょうか。

社会が、初めて自分の手の裡に下りてきたような気持ちになるでしょう。


私も、ささやかですが、子供が小さい時に、社会的に褒められたことがありました。

その時の、真っ赤になった子供のほっぺを今も忘れません。

次に褒められた時は、もう子供たちは思春期でした。

でも、子供たちはほっぺをたちまち真っ赤にして喜んでくれました。


褒められる、とは、大層なことでなくていいのです。

母親がもし、社会とつながっていたら、

そこで、感謝や評価を他人から受けていると知ったら、

子供たちはどんなに嬉しいことでしょう。

お父さんが褒められるのと、お母さんがほめられるのは、

どんなに時代が男女差を無くしても、やはり違います。

その嬉しさは、子供たちの一生の宝になります。


今日は私の年若い仲間から、おめでたい話を聞かせてもらいました。

彼女の実力から言えば遅すぎるくらいの「おめでた」ですが

ほんとに心からおめでとうといわせていただきます。


私もこの「おめでた」に一枚かませてもらって、ほんとにありがとう♪


ここから、佳いことがたくさん始まるような、そんな気がしています・・・・。

−2005.10.17−


下手ながらも俳句を作り始めて二年が過ぎました。 

もう少し量を作ってみようと、最近見つけたサイトでしりとり俳句をやっています。

即興で多量に、というのもある意味で大切なことかな、と思います。

生来の怠け者なので、刺激がなければなかなか毎日は作れません。

しりとりは、他の人と楽しく競いながらできるのが私に合っているようです。

最初の一文字を限定されての作句ですが、

何の制限もないより作りやすいようにおもいます。

そんなことをしていると、亡くなった父が、もう二十年くらい前に、当時売り出された プリントゴッコで、

俳句仲間に句の解釈を書いて送った「葉書通信」を思い出しました。

当時は子育てに夢中で、俳句を作ることなど思いもしませんでしたが、

歳時記なども何冊も送ってくれていました。

歳時記って結構高価なのです。



数えてみると葉書通信は四十数枚ありました。

整理下手な娘のために父は葉書ホルダーも一緒に送ってくれたのでした。


父は文章家だったなぁ、と娘は一徹な文体を読み返しています。

そして、少し、俳句をやってみよう、と思っています。

−2005.10.15−


田辺作品には、様々な恋が登場します。

中には「不倫」も勿論あって、それと「老いらくの恋」がキライだからと

田辺作品を読まないとおっしゃる方もあります。

好き嫌いは誰にでもあること、嫌いなものを無理に読まなくてもいいですよね。

不倫、というのは倫(みち)ならざること、ですから

ま、褒められたことではありません。

不倫の恋となると、まあ、正々堂々というわけにはまいりません。

コソコソの恋、となるわけで、そのコソコソが醍醐味なんでしょう。

盛り上がるワケですね。

与謝野鉄幹に恋した晶子はせっせと手紙を送ります。

遠距離恋愛ですし、歌人同士ですから、

手紙は何通も何通も行き交いました。

この手紙というのが、また、恋を盛り上げたわけです。

すぐに返事が来ないし、書いてるうちに自分の手紙に自分も酔ってしまいます。

かくのごとく、恋なんて、二人で盛り上がってたらいいじゃないですか。

不倫でも何でも、とにかく、市民権を得ようとするな、と私は言いたい。

二人だけで納得していればいいことで、外に出て

「わてら不倫だんねん」と言うことなかれ、ですよ。

今は、何でも「ありのまま」「自然に」晒すのが

「自分に正直な生き方」だそうですが、

「この人、嫁さんも子供もいるけど、ウチとも恋愛してんねん♪」って

お外で言うのは、おもらしと一緒ですよ。

ましてや、「家庭も大切にし、恋人も大切にしてる」なんて、言っちゃだめですよ。

どつかれます(笑)

それも言うなら「家庭もええかげん、恋人もええかげん」

結婚していながらする恋は、それが本当の恋なら、意を決して、

泥にまみれるつもりでする恋のはず。

結婚している人を恋してしまっても同じこと。

毒の杯を飲み干すつもりの恋でしょう。

覚悟もなしに、スケベ心だけで遊んでいることを「恋」などとは呼びません。

本当の不倫は大人(たいじん)でなくては犯すことはできません。

−2005.10.4−




 

母と一緒にいると、娘はどうしてこうも女の子の顔になってしまうのでしょう。


「一葉の恋」の中で、「田辺写真館が見た昭和」の中で、

田辺さんの語られる「おかあさん」は

いつもの大家族の中でクルクルと働き、

娘や息子や係累の誰彼を愛し、

そして、晩年のお姿は矍鑠として自立心旺盛、 

カモカのおっちゃんと並ぶキャラクターでした。


「一葉の恋」の中ので、田辺さんがおかあさんの故郷、

岡山に帰られる章(「草紅葉の墓」)があります。

岡山弁が飛び交い、親戚中の暖かい交流が描かれる章ですが、

私の母の母の里も岡山の田舎、

行ったことのない祖母の里を垣間見るようでした。 

そして、ほんの少しではありますが、

同じ岡山の血が私にも流れていることが

ちょっと嬉しかったりしています。


いくつになっても、親を亡くした子供はソクソクと哀れです。

田辺聖子先生、心からお悔やみ申し上げます。

お母様はきっと、優しい粒子になって 

セイコちゃんの周囲にいつまでもいらっしゃるにちがいありません・・・・。    

−2005.10.1−