2005.1


老いるということ

誰でも年はとります。

やがて自分が老いていくことを知らない人はないのに、

そのために何かを用意したりこころがけたりするのはとてもムツカシイですね。

お隣の一人暮らしの八十才のおばあちゃんが骨折して入院なさいました。

夜中に神棚にお水を供えていらして、転倒されたのですが、

おばあちゃんは三年前に左肩も骨折されていて

体が左に大きく傾いてしまっています。

足も弱っていて、バランスが悪いのですが、

自分は足腰を鍛えているからという自信は

ちょっとやそっとのことで崩れそうにありません。

調理も不自由で満足に食事もしていらっしゃらなかったようですが、

食べすぎはよくない、節食するほうが体にはいい、と確信してらっしゃいます。

ここ数日はヤクルトだけの暮らしだったようです。

隣に住んでいても、なかなかそこまではわかりません。

独居老人の事件があると都会の薄情さを言い募る人がいますが、

人間には矜持というものがありますから、

どこでそれを超えたお世話をするべきか、とても難しい問題です。

自分の老いを認めるという明るい知性、老いていくことを自分に赦す覚悟、

そんなものが何より必要だと感じました。

歩行補助のための車を使うことさえ、私の姑も固辞していました。


実家の母は嬉々としておしゃれな車を押しているのですが。

母は物忘れが気になるから精神科を受診しようと

私が言うと一も二もなく賛成してくれました。

今朝電話すると「気が塞がる」と言います。

暫く話すうちに「こんな日もあるわ。憂鬱を感じられるということは

まだまだ感性があるということ」と言いました。

平均寿命が延びて、それが幸福だと感じられるように暮らしたいと思います。

母をみていていえることは、愛する人と添い遂げた幸福は

、老年をも照らすということです。

これから母にも私にもどんな老いが来るのか、

しっかり現実として向き合わねばと思いました。

−2005.1.23−


あら、すてき!

文楽を見に行って、席につこうとすると、

通路を通っていた年配の女性が

「あら、すてき!」と、立ち止まって私の服を

「これ、着物地? すてきですね」

と笑って通り過ぎていかれました。

着物地ではないんですが、そんな柄のちりめんの上着でした。 



ひさしぶりにすてきなんて言っていただいて嬉しかったけれど、

それより、そんな風にサラリと言えるその人を素敵だと思いました。

私もこれから真似してみようかな、と思います。

タイミングや場所を選ぶでしょうが、上手にかけていただいた声のおかげで

、私は古いその服を好きになりました。

キライなものをあげつらうより、

好きなものを好きと素直に言うほうが

うんと精神衛生にいいですよね。

最近の私の「あら、すてき」はこのお醤油です。

「紫」というのを十本、今朝追加注文しました。

これは今年のお節に使って大成功でした。


和服地のドレスといえば、

田辺聖子さんの数々のドレスをデザインされているのは藤本ハルミさん。

これは本当に本当に、「まぁぁ、ステキっ!!」です。

−2005.1.19−


また巡ってきたこの日

1月17日です。

この十年間この日は必ず何度か涙を流します。

田辺作品の舞台にも数多くとりあげられたお洒落で豊かな神戸の街、 

私にとっても十代後半から楽しい幸福な思い出しかない街、

それが一瞬でまるで大きな爆撃を受けたような廃墟になってしまった・・・・

刻々と増えていく死亡者数、激しい火災、倒れた高速道路、

それがベランダから首を伸ばせば見えそうな場所で

起きていることとはとても思えませんでした。

私の母は阪大病院に検査入院中で、夫の母も無事、となると、

お隣のひとり住まいのおばあちゃんが気になりました。

電話をするとすぐにでられたので、

まずは安心しましたが、念のため息子たちをお手伝いに行かせました。

それ以来、そのおばあちゃんとのおつきあいが始まりました。

一人暮らしで、インテリで誇り高いおばあちゃんは、

それまでご近所づきあいを避けていらっしゃいました。

デンマークに娘さんがいらっしゃるというお話で、

私もご挨拶程度のお付き合いでした。

でも、あの日から、ベランダ越しに焼き芋をいただいたり、

私の手前味噌をもらっていただいたり、

やがて、おばあちゃんが肩を骨折するという大怪我をなさって、

入院退院のお手伝いをしたり・・・・

息子たちも近隣のお年寄りの動向に関心を持つようになりました。

今では、おばあちゃんと私は同じ指圧院に行き、

畳替えやちょっとしたリフォームなど

同じ業者に頼んでは値切ったりと親しくおつきあいするようになりました。

あの日が無ければ、私は心の底で偏屈な人だと思いながら、

会釈する程度だったと思います。

踏み込んだ付き合いをするのがいいのか、悪いのか、それは私にはわかりません。

それでもお隣のおばあちゃんとベランダでお喋りするのはいいものです。

「私の仲良しさん」と呼んでいただくことはとても嬉しいのです。


失ったものを取り戻せるわけではないけれど、生まれたものも沢山あるはずです。

せめて、それを大切に育てていきたいと思います。

私たちは何故か、あの日生きることを許されたのですから。

−2005.1.17−


愛と死をみつめて

昭和38年末、大和書房より発行された恋人同士の書簡集です。

それが昨年末に再版されたそうです。

顔にできる癌で亡くなった大島みち子さんと、

恋人の大学生河野実さんの間にとの交わされた三年間の手紙は

映画化もされ、歌もヒットしました。 今「セカチュー」とやらの影響で

恋人と死に別れる話が流行というのは悪いですけれど、

出版社が目をつけたのでしょうね。

ただ「愛と死をみつめて」はフィクションではなく、河野実氏は今もご健在です。

初版時はまだ子供だった私にも、

これから河野実さんはどうなさるんだろうと心配したものでした。

彼の重い人生はこれからも続いていくのです。

そして、この物語の舞台が阪大病院であったことを

今回の再版騒動で初めて知りました。

大阪で起きたことだったのですね。

吉永小百合と浜田光夫という超人気カップルで映画化されたりしたので

もっと信州かどこかの病院だと思っていました。

私はフィクションで死に別れる恋人同士の恋物語というのは、

あまりにもあざといので好きではありません。

ノンフィクションは、そういう事実を知ってしまった読者は、

どうしたらいいのか、ドギマギしてしまうので、やっぱりそっとしておいてあげたい気がします。

それにしても今回の再版、ものすごく商業的と思ってしまうのは私だけなのでしょうか。

−2005.1.13−


古い物

お正月のお祝い膳に使っている銘々盆です。

どちらも輪島塗で、左は六十年、右は恐らく百年ほど前のものです。

約三十五センチ角で結構大きく

合わせて二十枚ほどあるので収納も大変です。

でも、これがあるとお客様の時なんかとても便利で、

何でもない器や料理でもこれに載せてお出しするとワンランク上にみえます。

お正月もこれに百均のお店で買った小皿なんかを載せました。

左のお盆は夫の両親の結婚式用に誂えたものだそうです。

仕出しもやっていた夫の祖父が息子の嫁が緑色が好きだと聞いて

このデザインにしたということでした。

このお盆を出すたび、私は会うことのなかった夫の祖父の優しさを思います。

右はその夫の祖父の店の屋号「三日月」をデザインしたものです。

雁が二羽、大きな三日月、大胆でモダンなデザインですが、

これは夫の両親も忘れるくらい昔からあったものだそうです。

夫が継がなかったので、この美しい屋号の店はもう無くなってしまいました。

古い、この銘々盆は、マンションの食卓にもすんなりと溶け込んで、

いつも改まった気持ちにさせてくれます。

息子たちがこのお盆の前に座るたび、私は、

祖父や曽祖父がじっと見守っていてくれるようなそんな気がするのです。

−2005.1.8−

お年賀

 

年の初めのご挨拶にいらっしゃる方や、

こちらからご挨拶にでかけるお宅というのが

我が家では全く無くなってしまいました。

そういう風習も段々無くなってきたのかもしれませんが、

親戚が極端に少なく、夫が非社交的とくれば、もうこれは仕方の無いことです。

で、年賀状のやりとりだけのお付き合いの方も多くなりました。

私は先輩や仕事先の方などには必ず出すようにしていますが、

問題は「友人」です。

私に問題があると思うのですが、

どういうわけかこちらから出さないと

決してあちらからは出していただけない「友人」が何人もあるのです。

それと、どう考えても、

この人と二度と会いたいとは思わない「友人」も何人もあります。

で、今年から、ワタクシ、やめました、そういう「友人」へのお年賀。

すると、六十枚出していたのが十枚になっちゃったのです。

同窓生でも、もうおつきあいしたくない方もいらして・・・

尊敬も信頼も好意も抱いていない同業者・・・

はっきりと軽蔑している古い知り合い・・・・

今年もよろしくと言うのはあまりにも嘘です。

こうして私は何かを失っていくのでしょうか?

何かを得たような気がしているのは、思い違いでしょうか?

どちらにせよ、さっぱりしたのはほんとです。

この「さっぱり」気分って、とっても大切だと思う年の初めでした。

−2005.1.4−


♪あけましておめでとうございます♪

今年も無事に新年を迎えることができました。

世界でも日本でも大変な事故や事件が起きているなかで 

ささやかな家族の無事がとても貴重に思えます。

今年も三段のお重を整えて、新しい年の初めをお祝いしました。

口から入るものはとても大切と思います。

黒豆も数の子も田作りも、

板前さんだった舅に教えてもらったとおり作りました。

お雑煮は古い煮物椀に盛ります。

白味噌で牡蠣を入れて、柚と三つ葉を忘れずに。

ささやかなこの伝統が私の代で終わっても

それはちっとも構わないと思います。

ご大層に息子の代に伝えねばとは思いません。

でも、この器や料理の味が好きで自分も、

と思ってくれるお嫁さんが来てくださったら

私は喜んで器もレシピも譲るでしょう。

もともと、私が好きで始めたお節作りですから。

−2005.1.1−