倉敷安養寺の七福神

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倉敷安養寺の七福神

 今年の新年のHPには、七福神を飾りました。今は特別に苦しくは無いのですが、まあ正月くらいは「神頼み」もいいですよね。というわけで、ネットで「七福神」を検索・・・。初詣にやってきました。ここ倉敷市浅原の安養寺です。今日はそのレポートです。

毘沙門様がご本尊のお寺さんです

 実はここ安養寺は、我が伯母が嫁いだ山手村(あ、今は総社市でしたっけ)岡谷のT家のお寺さんでもあります。病弱だった伯母はよくここへお参りしていて、毘沙門様のお話をしていました。またお寺の前の池のほとりは、私が中学生だったころの、ボーイスカウトのキャンプでよく訪れた記憶もあります。意外に記憶に残るお寺さんですが、今まであまり参拝には来なかった・・・。
 まず出迎えてくれたのは、門の上に乗った巨大な毘沙門像です(写真左上の部分)。さすが毘沙門天を本尊とするお寺さんです。
 本堂ではご本尊は拝めませんでしたが、お正月、初詣客でごったがえしていました。

朝原(浅原)千坊の中院として

 案内板によりますと『安養寺の創建は奈良時代・・・。朝原千坊の中院として存在し、13世紀には現在の浅原谷一帯に「朝原寺」と総称される寺院が立ち並んでいたと・・・』
 すぐ東隣の福山は、平安時代に山岳仏教の聖地として栄えた福山寺があったところです。残念ながら 南北朝初期の延元元年(1336)5月の福山合戦で全山焼け落ちたと伝えられています。おそらくこの朝原寺もその福山寺の主要なお寺さんだったのでしょう。今でもこのあたりには「以前に福山寺の一部だったのだが、その後ここへ移転した。」というお寺が存在します。
 おそらくこの朝原寺はその後安養寺として再建され、江戸期に現在地に移転、現在まで信仰を集めてきたと想像されます。

福禄寿さん

 おっと、今日は「七福神」さんでしたっけ・・・。そうです、ここには門の上の巨大毘沙門天以外の六福神巡りが出来るのでしたっけ。
 まずは「福禄寿」さんです。ああ、あのおなじみの頭がでっかい方がおいででした。中国の道教からくるお方で「幸福、封禄、長寿」の神様だそうですね。福星・禄星・寿星の三星をそれぞれ神格化したとも言われているそうです。この3つがあれば、私にも十分でございます。今年もよろしくおねがいいたしますね。

寿老人

 そのお隣においでだったのは「寿老人」さん。同じく道教の神様で、福禄寿の「寿」なので、福禄寿と同体だとも言われているそうですが・・・。とにかく長寿の神様です。
 でも、私には「長寿」ほど有り難いものはないですね。うーん、400歳くらい生きられないものでしょうか???。え、無理!!。そこを何とか・・・。なんてお願いしたらどうなるのでしょうかね。
 看板には「第5番寿老福神・財福円満の人」とありました。

大黒様

 あ、これはおなじみの大黒様。打出の小槌をかざし、米俵を持ったお姿・・・。
 実は「大黒天」というように、インドのヒンズー教の神様なのです。シヴァ神のマハーカーラという、私にはよくわからない神様なのだそうです。それが日本に来て「大国主命」と同じだと言うことになって、大国様とも呼ばれて信仰を集めたそうです。神仏習合の典型的な神様仏様ですね。
 う~ん、お金を打ち出していただけるのでしょうか?。神様仏様、今年もよろしくお願いいたします。
 ここでも並んでおいででしたが、次の恵比寿様とセットで信仰されることも多いそうです。

恵比寿さん・日本独自の神様

 次に見えたのは恵比寿さんです。七福神の中では唯一日本古来の独自の神様だとか。イザナギ、イザナミの子である蛭子命(ひるこのみこと)とか、大国主命(大黒さん)の子である事代主神(ことしろぬし)だとか いろいろに言われていて、同じ恵比寿さんを祭る神社でも、場所によって神様が異なるのだそうです。
 古代に中央政府が従わない人々を「戎や夷」と呼んだのと同じ字があてられたりしますが、そこからはきっと恵比寿さんの元の姿は、「まつろわない、荒ぶる神様」だったのではないのでしょうかね。あ、そうなら私も恵比寿さんファンになれそうですね。
 後世に市場が発展してきてからは「商売繁盛の神」として敬われ、七福神に加えられたそうです。そうです。ありがた~い神様です。今年一年、どうかよろしくお願いいたしますよ。
 またここのように漁業神として、鯛を持った姿が多いそうです。

布袋さん

 おっと、このメタボの神様は、そう「布袋」様ですね。
 唐の末期に中国に実在したお坊さんだそうです。太鼓腹の姿で、大きな袋を常に背負って、寺に住む訳でもなく、あちこちと泊まり歩いたといわれています。数々の逸話が残され、死後にもあちこちに出現したとか?。伝説の持ち主なのです。
 そのいかにも福福しい姿から、日本で福神に加えられ、信仰を集めたそうですね。う~ん、ここは袋でなく、なんでしょうか?。でも見ているだけで幸せになれそうですね。

弁天様

 このお美しいお姿はもちろん弁天様です。正確には「弁財天」。七福神の紅一点。
 「天」というように元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神だそうです。
 ここでは珍しく琵琶を演奏するお姿です。古来インドの河の神だそうで、水の流れる音から、音楽の神様ともされるそうです。
 あらっ、ここではちょっときつそうなお顔をされていますね。

 

そして毘沙門様

 そして、本堂におわしますのが毘沙門様。毘沙門天(びしゃもんてん)です。この方も元はインド神話の財宝神クベーラだそうで、「多聞天」ともいわれるそうです。
 多聞天は持国天、増長天、広目天と共に四天王に数えられる武神です。さすがお寺の門の上の毘沙門様(上の写真右)、甲冑を身に着けたこわそうなお姿です。

 ということで、無事七福神巡りを終えました。今年は去年以上に何か幸せが来そうな予感もします。私の今年のテーマの1つを七福神にするのもいいかな?などと考えてしまいました。ああ、神頼み、神頼み・・・・・。

なぜか?除福伝説がここにも

   最後に門の横、鐘撞き堂の下になにかあるな?と思って近づくと「真堂」とありました。な、なんとあの除福がここ「吉備福山」に来て「真堂」を建てたというのです。除福といえば、中国の秦の始皇帝をたばかって「不老長寿の薬を探す」として多数の従者を従えて東海に旅立った人。日本各地に渡来伝承があるのですが、ここ福山にもあったとは、灯台下暗しでした。(2009,1)