We wanted to ride on motorcycle!

はじめまして。現在大学の為に上京し、この間までバイク便で生計を立てていた二十歳の者です。

僕の地元、福島では殆どの公立学校が『4+1ナイ運動』が当前であり、『+1ナイ』と言うのは『親は取らせない。』と言う物でした。

校長を問い詰めたところ「暴走族を増やさない為だ。」と言っていました。「暴走族に免許が必要ですか?『どうせ取り上げられちゃうんだからサ。』と思いましたが、実際数が減ってきているので何も言えませんでした。今思えば、只単に暴走族自体が少なくなっていたのですね。

そして、僕の家は他の家に比べ、両親が厳しく絶対ダメ!の一点張り。祖母に話してみても「暴走族にでもやるのかい?」というなんとも短絡的な回答。

幼い頃、叔父のバイクに乗って以来(だと思う)バイクに憧れていた僕は頑固な性格と反抗期もあいまってこっそり取ることにしましたが、他の話題で出ている原付免許を取得しました。

原付免許についての問題は他の話題で出ていますので多少割愛しますが、この時点で、すでに『3ナイ運動』の副作用だとおもいます。高校生の稼ぎでは中型免許は大変高価であり無理。無免許に走らなかっただけまぁ良かったのかもしれません。

免許を取った翌々日に、親に免許を見せて「取ったから」と一言。事後承諾ですね。国が認めたものですし、取り上げても、不携帯で乗るのは僕の性格上目に見えていますから。

その後スクーターを2台乗り継ぎながら、お金を貯めてNSR50を購入し山に毎週通っていました。僕の場合12歳年上の師匠が居て、元教習所教官が店長いるバイク屋さんに巡り合えた事、そして何より運が良かったとしか言いようが無いと今は考えます。

他の人より多分恵まれた環境にあったはずでしたが、それでも今思えば、何時事故を起こしてもおかしくない乗り方をしていたと思います。

卒業間近に迫ったある日、24歳の師匠(既婚)が事故でこの世を去りました。レースなどでも散々使用し乗り慣れた車での事故でした。

学校を休んで通夜に参加しましたが、奥さんの悲しんでいる姿を見て、道路を走る事は、人を傷つけるし、自分も傷つく武器なのだなと認識することが出来ました。

そう思い一段と運転には気を使うようになり、一般走行に必要なスキルを身に付けるべく、バイク屋に通い詰めて店長や他の常連の方々に色々教わる事が出来ました。おかげで、その後の車と自動二輪の免許取得はあまり苦労しませんでしたが、それでも、知識だけで体が動くという訳では在りませんでした。

そして春になり上京して昼間はバイク便、夜は学校という生活を送ることになった訳ですが、最初、道が分からず、そして交通量が多く同じ道路でも断然別物だと思ったと記憶しています。東京のような交通量の多い地域で、学科試験だけの原付免許のみというのはことさら危険だと感じました。

『3ナイ運動』、確かに在学中の生徒が起こす事故は減り効果的だとは思います。しかし、隠れて免許なんていくらでも取れますし、どんなに学校側の罰則が厳しくても、16になったらバイクの免許を取ると堅く決めている子だって沢山居ます。

既出だとは思いますが一番始めだからこそ、しっかりと学ばなければいけない事が沢山ある筈。長い目で見れば『3ナイ運動』と言うのは道路上に事故の種を蒔いている事に変わりはないと思います。

バイクに限らず運転は感覚的に運転手そのものと結びついていますし、バイクではそれ以上に乗る人間の要素が強いです。

技術面でのカバーも必要だし、教習に措いても実車の時間はもっと長い方が効果的です。それは、バイク以外の乗り物を運転する上での知識としても大切な事だと思います。

バイクに関して言えば世間的に見るとまだネガティブなイメージが残っていますし、僕の両親もそうですが、バイク=暴走族という変なイメージが有るのも見逃せないと思います。

学校側の積極的な交通教育が、将来的な事故件数を減少させるものだとは思えませんか?校長先生。並びに教育委員会の皆様。

長くなりましたが、ここらへんで結ばせて戴きます。有難う御座いました。


2003/07/09 : ライダー交流サイト「I'm Rider」さんに投稿した記事