
2006年の梅雨から晩夏、鬱々としていた白頭庵でした。
思い浮かぶことといえば、多忙さと孤独、言葉にならない鬱積した想念の塊。
いろいろな出来事が起こっていくこの世界の直中で、自分自身でいること。
「現実世界、すなわち経験することの、思索することの、物的活動の世界は」
とホワイトヘッドは言います。
「たくさんの多様なもの(entities)の一共同体である。」
そして、こんな風に続けるのです。
「彼らは、共通の財に、それぞれが貢献しており、しかも彼らは、独りで耐えている。」
この世界の直中で、自分自身でいるということは、こういうことなのかもしれません。
最後に、ホワイトヘッドはこう締めくくります。
「世界は、共同性の直中での孤独さという一場面なのだ。」(RM.88)
そんな思いの中で放談した言葉たちの中に、この夏の僕がいるのかもしれません。
Tue, Sep. 5, 2006
脱力系のホワイトヘッド読解
せっかく、熱弁のネタになる議論をブログでしてきたのに、一区切りつけてまとめようかという段階になって、熱弁を揮う気力が失せている。一緒に議論してくださった人たちのせいではない。僕が勝手に意気消沈しているだけの話だ。放談というより、今の気分は「脱力」である。だるい。ひきこもりたい。「人間の不幸はすべてただひとつのこと、すなわち、部屋の中に静かにとどまっていられないことに由来する」(『パンセ』B.139:L.136)って、僕の愛するパスカルが言っているじゃない。
脱力である。
でも、ホワイトヘッド先生だって、こんなこと言っていたよね。「くつろぎの楽しみ(the pleasure of relaxation)を得るのには、何も助けはいらない。この楽しみは、ただ単に行動をやめるということなのだ。こういった純粋なくつろぎも健康の必要条件である。」(The Aims of Education.57:松籟社第9巻86)ほらね。白頭センセーは、本当は文学だとか芸術だとかにふける愉悦のひとときのことを言っているんだけど。でも、いいの。今は、脱力してリラックスしちゃうの。だってしんどいんだもん、いろんなことが一挙に押し寄せてきて、有象無象が集積して押しつぶしにきて、激流のように呑み込もうとして、皿一枚だって洗えなくなっちゃっているんだもん。もうつぶれちゃうんだもん。くつろぎたいの。てゆーか、部屋にひきこもっちゃいたいの。ホントは、いつまでも何の夢も見ないで眠り続けていたいの・・・
「脱力系」のホワイトヘッド読解、きっとありだよなー・・・
たとえば、「せつめーのはんちゅ」。
「いち.現実世界はプロセスであり、プロセスとはアクチュアル・エンティティの生成であるということ」
僕が今、ここにいることも、現実世界のプロセスのひとつ?
ときどき世界が創造的に前進していくのについていけてないんだけど。
そういうのも世界のプロセスのひとつ?
「前進か頽廃か」(AI.274)といわれたら、もう勝手に頽廃してって感じ。そういうのもアリでせうか?
御大ホワイトヘッドからの厳かな答え: アリです。ただし、トリヴィアルなのです。
「彼は愛する者に眠りを与えるのだから」(詩篇127.2: PR.340)
だから、もう寝なさい・・・
というわけで、脱力系の読解は、どこにも行き着かない。それでも、ちゃんとそういうへたれの人にも言葉を用意してくれている(しかも詩篇からの引用を用意してくれている)御大は、優しいよね。やっぱ、生きてく上ではそういうのもありでしょ。文明社会、しんどいし。優しさ、大事ですね。
でも、御大ホワイトヘッド教授は、そういう優しさを知っていて、なおかつ、そこに留まらない。留まれば、ヒッキー=ひきこもりだ。偉大な白頭センセーは、この狭さのうちにひきこもる僕らの弱さをよくよくご存知だったし、それでも、ご自身は決してそこにばかりは留まっていなかった。はっきりとね、冷静にね、次のようなことをおっしゃる。いや、冷静さの陰にやけどしそうな情熱と哀感と興趣と畏敬をこめて、静かに、力強く、こんな風に言うんだ。
「『優しさ』とか『愛』は、重要であるにしても、あまりにも狭すぎる」(AI.284)
ああしかし、今はこの言葉が、きつい。
いいんです、今は、狭くても。脱力してます。ヒッキーです。せまいところに入ってぢっとしていたひ。
たとえ、麻痺が忍び込んできて増大し、文明社会の達成したあのかけがえのない偉大な価値が無に沈んでいくとしても、今はどうだっていい。脱力した感じ。無気力の中で停滞して、あたたかく薄暗い狭さのなかにひきこもっていたいのです。
いつか「感じの力が〈実在〉の深みから引き出されうる」(AI.283)ような広大で力強い契機が訪れるかもしれない。でも、そういうのがしんどくてひきこもっている。脱力っていっても、今は、そういう感じです。狭さを伴った優しさのうちにひきこもるのです。そこにも、平安のひとかけらがあるかもしれないけど、それはあの理解を超えた平安のほんのひとかけらです。この宇宙では、そんなもん、トリヴィアルな達成にすぎません。平安は、その向こうにある広大な感じ、「生命と運動」に満ちた、エラン・ヴィタールそのものに冠せられたあの積極的な感じだと御大はおっしゃってます。「〈平安〉は、麻痺という消極的概念ではない」(AI.285)のだから。
放談だし、こういうのも、ときにはアリだと思ってください。文明を麻痺させる脱力系。そういう言説を吐くしかないようなときがあるということも、そういう言説を吐くしかない人がいるということも、現代文明社会のある意味で深刻な危機なのでしょう。僕という現在脱力系の契機において、文明化する現実世界のプロセスに、緩慢な頽廃が起こっている。それをトリヴィアルな小波として確かに受けとめはするけれど、はるかに大きなうねりの中に巻き込み芥子粒のように呑み込んで消し去っていくのが、この世界のプロセスなのです。この症状に対処するカンフル剤は、抗うつ剤などではなく、『観念の冒険』をしっかり読むことです。元気に、健康に、読めといったって、こういうへたれには土台ムリな話で、とりあえず、頽廃する文明社会に蔓延するであろう脱力系の読みも、アリでしょう。
文明化する宇宙には頽廃していく脱力系がいることを見抜き、そんな奴のことまで文明論および宇宙論の中にちゃーんと位置づけて、しかもそれを正当にもトリヴィアルだと言い切る御大は、偉大です。でも、あまりに偉大で、まぶしくて、積極的で、冒険的で、ときどき読めなくなります。ときどき、狭いところに入ってそこで頽廃するのが、僕ら凡俗なのです。そして、そこまで届く言葉がいくつかあるのが、この偉大な哲人の、もうひとつの偉大さだと、思うのです。痛々しいまでに、広く、深い。
おまいなんか氏ねとは言わない。夜陰に紛れて眠れ、と言ってくれているのですよ。眠っても、いつか、目覚める。いつか、そういうヒッキーにも目覚めの口づけのときが、ロマンスのときがある。そう確信しているのですよ。それでだめでも、最後、とにかく「何ものも失わせまいとする優しい配慮」がこの宇宙にはあるのだとおっしゃるのです。狭くない、恐いくらい広くてでかい、優しさが、このトリヴィアルな僕らも含めて、宇宙全体に満ちているのだと、ホワイトヘッドは言うのです。内在しつつ、超越して、そこに有るかと思えばどこにもない、といった仕方で、モノスゴイ巨大な愛が満ちているのです。僕らが偏愛する狭い優しさは、その広大無辺の愛の、貧相な一断片なのです。
脱力系ヒッキーにも、届け、ホワイトヘッドのあふれる優しさ。
下の放談「老大家と刑事」は、お盆の頃に書いて、
あまりにも脱力していたので、UPしなかった駄文。
Tue, Aug. 15, 2006
老大家と刑事
老大家の書いたものを読むときには、コツが要る。彼ないし彼女は、その思索を十分に反復し、吟味し、それに習熟し、その人生の全体でもってその思索を磨き上げ、ついにはそれに慣れてしまっているのだ。だから、その書き物を読む際には、独特の仕方で注意を払う必要がある。つまり、彼ないし彼女にとっては、青二才の僕らが複雑で巨大な思想の建造物だとばかり考えて必死にその一面にかじりついているような無愛想な代物の全体が、思い出と印象に満ち満ちた親しい我が家さながらに隅々まで手に取るようにわかるのだ。僕らが一言一句と格闘しながらあえいでいる思想を、彼ないし彼女は、まさに自在に語れるのだ。
だから、老思索者である彼ないし彼女には、ときおり、否、しばしば、僕らにとって肝心カナメだと思える論題や補足が、当然のように思えてしまい、書き忘れることがある。もし彼ないし彼女の対話相手がその場にいて、コレコレはどうなんですかと問いかければ、彼ないし彼女は微笑みながら、造作なく答えてくれるだろう。居間で語り合っている彼ないし彼女に、「あなたの哲学では、贖罪と永遠の命についてどう語られうるのでしょうか」と問えば、彼ないし彼女は、「プロフェッサー、息子さんの子どもの頃の写真はありますか」と聞かれたのと同じように、よいしょと腰を上げて、独特のにおいのする書架の一隅や乱雑に散らかっているようにしか見えない机の上から、いくつかの写真立てやアルバムを取り出してくるように、彼ないし彼女のとびきり貴重な思索の成果をコーヒーテーブルいっぱいに広げ、尽きない話を縦横無尽に繰り広げはじめるだろう。腰が痛んだり目が霞んだりさえしなければ、きっと彼ないし彼女は、こちらが満足するまでいくらでも語ってくれるはずだ。
それは、彼ないし彼女にとって、いつでもすぐに取り出せるように、すぐ手元に、あるいは次の間に、しまってあるのだ。彼ないし彼女がそれを出さなかったのは、つい、出し忘れたか出しそこねたかしただけなのかもしれないし、あるいは、いかにもありそうなことだが、もうとっくに出して見せたと思っているのかもしれない。
だが、残念ながら、現に書き残されたものには、そういう答えが明示されていない。その思索の海が、住み慣れた我が家のようではなく、難攻不落の城砦にしか見えない僕らには、そこの戸棚を開ければいつでもすぐに取り出るせると彼ないし彼女にはわかっているその答えがわからない。
その思索の世界を攻め続けた研究者(あるいはモノズキ)は、だんだんとその城砦に馴染み、やがて、家捜しする刑事ぐらいには、その世界が見え始めてくる。刑事は、そこら中を嗅ぎまわり、手袋をはめて証拠の品を拾い上げ、その灰色の頭脳を駆使して、ミッシング・リングを探り当てようとする。刑事は、どうしてもある結論に辿り着かなければならない。老プロフェッサーが自在に歩き回った居間で、刑事はほこり一つも後生大事に写真に収めさせ、鑑識を呼び、はいつくばり、脚立にのぼり、さては床をひっぺがしたり天井板をめくったりする。そして、机の上に無造作に放り出されたままの決定的な証拠にはまるで気がつかなかったりするのだ。
「だが、解釈的探求の目標は往々にしてまさしく次のようなものである。すなわち、ある著者がいわなかったこと、だが、質問が提起されたとしたらいわなければならなかったであろうことを、彼に明白にいわせる――これが目標なのだ。換言すると、さまざまな主張を検討することにより、研究対象たる思惟の範囲内においては、どうしてもそういう答えが出てこなければならないことを立証するのが目標なのだ。」(ウンベルト・エーコ『論文作法』)
この目標をいつも身近に置いておくこと。あの人が自在に歩き回った居間や廊下のあの親しさに、厳密な調査によって少しでも近づこうとすること。
それを忘れてしまったら、そのうち僕ら研究者は刑事ですらなくなる。何の捜査に駆り出されているのかすらよくわからないまま、とにかく現場に派遣された平の捜査員になってしまって、指紋の採取ばかりに夢中になっていたりする。完全なモノズキだ。
ホワイトヘッドが彼の思索の世界で自在に歩き回っていたとき、彼が呼吸していた空気は、「好奇心」だ。
「しかし『好奇心』という言葉は、人間を駆り立ててきたあの内面的衝動を、幾分か矮小化している。つまり、ここで用いられているより大きな意味での『好奇心』とは、経験において識別されている事実が理解されるようにという、理性の渇望を意味している。」(『観念の冒険』第九章)
この老プロフェッサーに直接問いかけたいことがたくさんある。だが、もし僕らが毎週彼の居間に招かれていたとしても、きっと彼は微笑みながら、彼自身が語るよりもより多く、僕らに語らせただろう。そしてその晩、僕らは帰路につきながら、今日はホワイトヘッド哲学の最も偉大な洞察に触れることができた、という満足と興奮を噛みしめたことだろう。何といってもその夕、僕らは刑事としてではなく、招かれた客として、彼の思索の自在な飛翔を共有したのだから。
読者は、城攻めの武将にもならねばならぬし、刑事にもならねばならぬし、ホワイトヘッド家の夕べに招かれた客にもならねばならぬし、批判者にも、同伴者にもならねばならぬ。ときには、招かれざる客にも。
その著書を開き、活字に没頭していった挙句、ついに眼前の指紋しか見えない平捜査員になりさがるか、彼が無造作に置いておいたあの証拠品を見出すか、ひとりよがりの早とちりで終わるかは、わからない。いずれにせよ、あの目標を見失い、あの「より大きな意味での『好奇心』」を忘れてしまっては、彼の思索の世界に入っていった意味がなくなる。
老大家の思索に学ぶとは、彼ないし彼女が言ったことを学ぶだけじゃなくて、彼ないし彼女が歩き回り呼吸したあの世界を彼と同じ足取りで歩き、彼と同じ息づかいで呼吸し、彼と同じ視線で眺めようとすることなのだ。彼ないし彼女には、世界がどう見えていたのかを知ることが、やっぱり大事なのだ。
一体、彼には、それが、悲劇の世界と見えたのか、平安の世界と見えたのか、不条理な悪に満ちていたのか、輝かしい美と調和に満ちていたのか、創造の喜びに溢れていたのか、喪失の嘆きに満ちていたのか。そんな二者択一にこだわるガチガチの刑事にも、いつかきっと、彼と同じまなざしで、彼が見た世界が見えてくることだって、あるかもしれない。
Tue, Aug. 8, 2006
子どもたちのための平和論
ルソーの『サン・ピエール神父の永久平和論抜粋』と『永久平和論批判』を四苦八苦して読み終えたので、続いてカントの『永遠平和のために』を読み始めた。こういう本は一度は読んでおくべきなのだろうが、確かに、時代遅れでもある。
しかし、読めば読むほど、この男たちこそ、近代市民社会の基本的理念を定式化し、あるいは自らその理念を具現し、その未来を見通そうとすらしたモノスゴイ奴らだったと思えてくる。彼らは近代世界における永遠平和の具体的な実現の可能性を問いかけている。いや、問いかけたと言うほど生易しいものではない。近代世界の既往と現在と将来を凝視している。そして、永遠平和実現のための国際機関の必要性を説きつつ、当時の西洋の状況ではその結成が時期尚早あるいは困難であると的確に判断した。
革命の時代を予告したルソーも、革命の時代の最初の衝撃を受けたカントも、近代世界では、平和は、まだ実現しえない可能性のままであると見ている。同様に、近代人のうちには、まだ実現されていない可能性が眠っていると彼らは言う。「それでも人間のなかに、まだ眠ってはいるがいっそう大きな道徳的素質があって、それがいつかは人間のなかの悪の原理(人間はこの原理を否定できない)を制圧するであろうし、他人にもそれを期待できる」(『永遠平和のために』第二章第二確定条項)しかし、近代世界はまだそれを実現できなかったし、結局ついに実現できなかった。
カントが『永遠平和のために』を書いたのは1795年である。それに続く世紀の知識人のうちで今読むべき人は、シェリングではないかと思っている。革命の時代を文字通り生き抜いたシェリングは、次第に革命の理念そのものが洗練されていく中で、生涯、悪や自由の問題と格闘し続け、時代に取り残された観がある。しかし、今になってみると、近代世界で時代の変化に取り残されるということは、致命的でも何でもない、まっとうな人なら取り残されて当たり前だったのだ。今日、シェリングの再評価が進んでいるのは、喜ばしいかぎりだ。彼が残した問題は、近代世界を超えて、今の時代にも響いてくる。西洋世界が2千年以上かけて築いてきたやり方では、人間の自由も世界の善性も平和も秩序も創造性も基礎づけられないのではないかと、彼は問いかけ、自らその問いに積極的な答えを見出そうとし続けたのだ。これらの理念は、西洋が生んだ。しかし、西洋はその理念を実現できないのではないか。近代は、それが今にも実現できそうな距離まで来たと思われた時代だったし、その実現が決定的に困難であり、ほとんど不可能であることを痛感させられた時代でもあった。
ハーバマスは、近代を未完のプロジェクトと位置づけ直したりしたが、とにかくそれは前世紀の戦争で少なくとも深刻な問題を露呈したプロジェクトだった。その挫折と破壊の規模の大きさから言って、世界の近代化は、人類史上最悪のプロジェクトでもあった。
シェリングの問いは、今でも生きている。フランクフルト学派の絶望も、今でも少しも和らげられていない。しかし一方で、ルソーやカントの希望もまた、今でも生きているのだ。西洋世界は、相変わらず、自分たちのやり方で、その理想を実現できるかどうか問い続け、相変わらず絶望し、そして相変わらず希望を失っていない。そのうちで最も古いのは、冷徹で情熱的な理性の人だったルソーとカントの抱いた希望だった。近代世界の古層には、理性が探求した希望がある。
フィヒテやヘーゲルやニーチェを今は読んでいる時間がない。ホッブズまで溯りたいが、その暇もないし、アダム・スミスもスコットランド学派も読めない。マルクスも読めない。とにかく、カントの次はシェリングを読みつつ、ベルクソンとホワイトヘッドへ向かう。この夏の、未完のプロジェクトだ。目標は、ホワイトヘッドの平和論である。
ホワイトヘッドは、悲劇を生き、それを保持し、悲劇の中で思索しつつ、希望を見失わない。あまりにもホワイトヘッド哲学は楽観的で楽天的だという批判がある。しかし、そういう批判をする人は、きっと、それが悲劇の直中で思索されたことに気がついていないに違いない。
ホワイトヘッドの平和論に決定的に欠如しているのは、ホッブズ以来、ロックもルソーもヒュームもカントもフィヒテもヘーゲルもマルクスもJ.S.ミルもベルクソンも行ってきた理論的な定式化だ。彼の平和論には、たとえば法整備のための指針となるような具体的な定式化が一切されていない。この点も含めて、ホワイトヘッドが近代の思索者のうちの誰に似ているかというと、シェリングだと思う。いずれも、若き日の情熱を最晩年まで失わなかった老思弁哲学者であり、時代の栄光と挫折と悲劇と崩壊とをわが身でもって体験したロマンスの人たちだ。両者がどの点で似ていて、どの点で相手よりも深いかとかすごいかといった比較は一切しない。問題は、彼らがなぜ、その思弁哲学を実定法を基礎付けるような具体性をもった平和論へと展開させなかったのかということだ。
悲劇を知った理性は、理論的定式化を超え実定的な措置を超えた何かが、文明社会には必要だということを知っていたのだろう。ベルクソンが言っていたように、博愛は定式化できない。ヒュームは人類愛を否定したが、それこそ、ホワイトヘッドやシェリングが追求したものである。しかも彼らはトルストイのように若い情熱だけでその理想を追い求めたのでではなかった。
昨年、突然、ホワイトヘッドの平和論をやらねばと思い立ったのは、眠れずにぐずっていた長男をあやしながらテレビのニュースを見ていたときのことだった。別に戦争やテロの報道がされていたのではない。ニュース番組は耐震偽造事件でてんやわんやで、それどころではなかった。でも、突然、思ったのだ、ホワイトヘッドは、平和と愛を論じている、それこそ、子どもたちのために親が取り組むべき哲学だ、と。西洋哲学に取り組むなら、その原点であり、未だに辿り着けない目的地である平和と愛について、一度は真剣に考えるべきだ、と思った。ジョン・レノンだってきっと幼い我が子を抱いてニュースを見てたら、そう思っただろう。そう歌っているじゃないか。
日本人は、平和や愛を思弁的に考える伝統をまるでもっていない。それは、外来の理念だ。だのに、それは僕らの今の生活の根っこまで浸透してきて、それなしには、個人の生活も社会の営みも成り立たなくなってきている。だから、シェリングだのベルクソンだのホワイトヘッドだのといった西洋人のテキストでもって考えるしかないのだ。
Sat, Jul. 29, 2006
ヴォルガの流れのシーシュポス
毎度、僕の論文作成は、その前半部分で、ロシア民謡を歌うような作業になる。
ステンカ・ラージンだのヴォルガの舟歌だの、どれをとっても、その歌い出しは軽快とは程遠い、謂わば「力仕事」。山のように巨大な石臼の塊をひたすら押すという印象だ。動かないものを動かす重労働だ。
ところが、曲も半ばを過ぎると、もうその岩の塊は自ら勢いに乗って転がり出す。雄渾に突き進み、こちらはその流れに身をゆだね、気づいたら止められず、制御できなくなり……当人は雄大に歌い上げていくような心地になっているが、歌っているのは歌そのもので、こちらはそれに巻き込まれていくだけというのが実情だ。周囲の者には大変にはた迷惑なのである。
それはまさに、原稿を書きはじめるときの最初の苦渋と、書き進んで興に乗ってきたときのあの勢いそのままである。哲学書を読みはじめるときも同様だ。
しかし、高歌放吟とちがって、書いたものは残る。あの巨大な回転体が通り過ぎたあとの寝覚めの冷たい意識で読み返すと、それは単にはた迷惑な塊に過ぎない。
だから、執筆作業の後半部分は、馬鹿みたいにあれこれと書き込まれたロシア民謡の通過跡から、あまりにはた迷惑な部分をひたすら削る、という作業である。大概の原稿には枚数制限があり、大概の発表には時間制限があって、枠内に収まるように、本当に、泣きながら削るのだ。半分にも、ときには3分の1にもなるように、削る。
そのときの僕の様子は、傍目にもひどいものらしく、論文を書くのは大変ですね、と同情される。しかし、原稿書きは、ロシア民謡の勢いだ。自分が書いているのじゃない。歌が自ら歌うように、原稿が自ら書き出して行くのだ。最初のしんどさは誰も知らないし、僕も忘れているから、本当にしんどいのは、そのあとの削る作業だ。親切な知人たちは、削っている僕を見て頑張って書いているねと同情しているのだ。
泣きながら削る、というのは、比喩ではない。妻の証言では、すでに付き合いだした当初から、僕は、書いているものを制限内に削る作業で泣いていたらしい。そして、彼女は知らないが、あの頃のラブ・レターも、そうやって岩を転がして書き出し、勢いづいて書き上げ、一晩おいて読み直して赤面して削って削って書いたのだった。気が滅入るほど重たい代物を出していたのだ。よく付き合ってくれたものだと思う。
削るなら、分割して発表すればいいじゃないかとアドヴァイスしてくれた人もいる。本当にそのとおりなのだが、やってみてわかったことは、原稿を分割すると、僕の場合、分けた残りの分については、またあの岩を転がす最初の重労働から再度はじめることになる。そして、そいつがうまく転がりだしたら、また恐るべき厖大な下書きができあがるのだ。結局、また削るので一緒なのである。それ以外の執筆スタイルを、今のところ僕はもっていない。不便である。
唯一の利点は、削ると、明らかに、当初のものより質がよくなるということである。ずっとそう感じてきたが、小林秀雄がやはり、原稿を消す作業がなければ文章はよくならないと言っているのを読んで、腑に落ちた。
シーシュポスのように書き始め、巨大な流れに呑まれた木の葉のように、僕ならぬ何かが書いていくのに巻き込まれ、その挙句、締め切りに追われ字数制限に首を絞められて、泣きながら削る。
だから、先に要旨を出せとか、研究計画を出せと言われると、すごく困る。いつも、これから岩を転がしてみようかと思っている段階で、要旨だの計画だのが書けるか阿呆と思うのだが、でも、モーツァルトだって漱石だって鏡花だって、営業のために、これから書く作品の予告を出さなきゃならなかったのだ。彼らが転がした岩は、半端じゃない。その予告は、今読めばなるほど作品の本質というか意図というか、その急所を予示するものではあるけれど、まだ出来てもいない時点で読めば、何のことかきっとわからなかっただろう。先に提出する要旨なんて、そんなものだ。
我がホワイトヘッドはというと、まったく別の原理で書いていたのではないかと思われる。彼が書きはじめるときは、きっと、ロマンスに満ちたかぎりない興味の拡大と好奇心に満ちた想像力の飛躍があったはずだ。そして、その探求の中で、入手した知を精緻化し、厳密にそれを定義し、吟味し、洗練し、その知に習熟するという次なる段階があるのだ。最後に、彼は、書くべきすべての知を総合する。ロマンス→精緻化→総合というのは、彼の教育哲学で言われていることなのだが、きっと、彼自身、そういうリズムで書いていたのに違いない。そうでなければ、あれほど雄大なヴィジョンを、あれほどの情熱をもって、あれほど精緻な論理で、あれほど体系的かつ総合的に書き上げることなどできないはずだ。
現代には、文明の利器がある。ワープロソフトは、僕の削る作業を助けてくれる。だけど、その安心感は、あの岩の怒涛の回転を助長しているように思う。調子に乗って書いたものをあとから削っていくと、ついに、原稿全体がジャンクだったことがわかったりする。僕の執筆のリズムは、ホワイトヘッドのそれとは違う。ロマンスからはじまるのではなくシーシュポスの苦しみからはじまり、精緻化を経ることなく勢いで書き進められ、宇宙論的総合へと至ることなくひたすら削られる。
原稿を書くとき、書き出しも、削るのも、いずれの作業も、楽ではない。一番楽なのは、興に乗って書いているときだが、それは、僕が書いているとは思えないときなのだ。だから、僕自身は、いつも苦しんで書いている。
そして、今年も同じことの繰り返しのようである。
Thu, Jul. 20, 2006
今日は一転
昨日は愚痴を言った。今日は嬉しいことがあった。毎日めまぐるしく精神状態が変化する。どうやらそういう時期らしい。夏が近いのだ。春の鬱から回復するとき、僕はいつもこんなふうに不安定になる。
とにかく、今日はとても嬉しいことがあった。
授業直前になって、肝心の配布物を印刷していないことに気づき、授業開始が少々遅れるのを覚悟で印刷室に行った。
最近、不調が続くわが印刷機君は、降り続く雨のせいなのか、今日も機嫌が悪い。彼には湿気がよくないようなのだ。人間と同じだ。紙詰まりが頻発してあせっていたら、横で学生たちと書類を印刷していた先生が、かわって印刷をしてくれて、教室まで持ってきてくれた。ご本人は今日一日とても忙しかったにもかかわらず・・・
おかげで、僕は先に授業を始めることができた。
配布物なしで授業を進めている最中に、先生が刷り上ったプリントを持って教室に入っていらっしゃったときには、僕は思わず感謝の握手をしそうになった。もちろん、大教室でそんなことできない。そしたら、学生が、拍手をしたのだ。今日ばかりは、そんな学生を注意できなかった。本当に助かったと思ったから。
ピンチのときにそういう配慮に出会うと、とても嬉しい。世界ぜんたいが、とても優しくなったようにすら感じる。
それで思い出したのが、ホワイトヘッドの言葉だ。「大学が必要とされる正当な理由は、知識と人生の興趣との結びつきを保持することなのだ・・・・・・。」(AE..93)知識を詰め込むという点だけ見れば、この国で一番有効に機能している教育機関は、文部科学省が管轄しない予備校や塾だろう。大学は、そこで研究され教育される知識が、生の興趣と結びついてこそ、存在する意味をもつ。
赴任以来、僕の短大は事務仕事が多くて気がめいるとここで放談し続けてきたけれど、本当はとてもいい短大だ。人が自分の間抜けさゆえにピンチになっているのを見ると、多忙な中でも気持ちよく助けてくれる同僚がいて、教壇の先生が困り顔で待ちわびていたプリントが届くと、拍手する学生たちがいる。ささいなことに一喜一憂しているということは自分でもわかるけれど、この短大には、確かに、ホワイトヘッドがその教育論のなかで言っていた大学のあるべき姿がある。そう感じた。
あとは、教科内容のなかに、人生の興趣と結びついた生きた知識への興味をかりたてるような要素をどのようにして盛り込むかである。教わった知識が、学生にとって、自分たちの人生をより広く、より豊かにするような生きた経験になっていくことが大事だとホワイトヘッドは言う。知識を学んで、人生をより便利に、より勝利しやすくしていこうと考えている人たちがいたら、そんなのは大学で学ぶことじゃないということを知らせなければならない。
「大学は情報を付与するのだが、想像性豊かに付与するのだ」(ibid.)
職業人として愚痴もいう。組織としての短大には、いろいろ不十分な点も実際にある。雑務の合間に授業をし、さらにその合間に研究をするという現実は、息苦しい。それに僕には鬱もある。だが、そこは、ささやかながらも人生の興趣を味わうことのできる場所でもある。
極めて難解な知識を学生の頭脳に正確に刻み込むのが大学の目的ではない。生き生きとした知識、生きる興趣と結びついた知識を教えることが、基本なんだ。学習のためには、必要な知識や技術の反復的な習得という、退屈なプロセスももちろん必要だ。しかし、基本を見失ってしまっては、そうした忍耐強い学習も意味をなさなくなる。ロマンスに基づいた反復的な学習の上に、新しい知識が生き生きしたものとして習得されるとホワイトヘッドは言う。大事なのは、ロマンスなのだ。80年以上も前から、ホワイトヘッドは大学の重要性と、その因習的な組織の改革とを叫んできた。これから、少し腰を据えて、彼の大学教育論を読み直してみようと思う。その理想が、僕のささやかな授業で、この小さな短大で、少しでも実現できたらいいなあと思う。
外の(つまり職場の)仕事が立て込んできて、うちのことが何もできない。掃除も、炊事も、洗濯も、抜けるだけ手を抜いて、部屋はひどい有りさまだ。いっさいが、生成と消滅のプロセスのうちにあって、渦巻き、流転し、逆流し、溢れ出て、濁流となって憐れな短大講師を呑みこみ押し流していく。職業としての学問に従事している立場上、このカオスの渦の中に日々の社会的秩序を樹立するのが仕事のはずだが、片付けなきゃならないことは増える一方である。どこかで破綻し、決壊しないよう、毎日必死である。うちの仕事のうち、最も重要なもの、つまり、本を読んだりノートを作ったり論文を書いたりする時間がない。だから、今日は愚痴を言う。
雑事が多くて、手紙の返事もメールの返事もブログのコメントも、そしてこのページの更新も、滞っている。わがホワイトヘッド教授は、来た手紙に対してとにかく返事を書かない人だったらしい。ずぼらだったわけではない。むしろ、極めて有能な教師であり、人望も厚く、政治的な才能もあった。ただ、彼は日常のこまごました事務的な仕事に興味を向ける暇がなかったのだ。
生の世界が文明化され社会的に組織されていくとき、そこには、荒々しい生のむきだしの残酷さや野蛮さにかわって、文明化された社会が要求するさまざまな些事や決まりごとが増えていく。それらのいちいちは、個々の重みをもった必要な要素なのだが、全体として迫ってくると、その過剰さは僕らを窒息させかねない。無数の瑣末な用事と約束に満ちた社会の中で、生は飼いならされ、おとなしく賢くなる。しかし、文明社会に生きるために必要なこまごまとした瑣末な仕事の山は、今、ここを生きるものの「生き生きした直接性に拘束を課し、夜の闇にまぎれて消えていけと迫る」(PR.341)。
文明社会の諸要素の喧騒の中では、この現実世界の全体を感じる直接経験の意識的実現という思弁哲学的な意図など瑣末なものに過ぎなくなる。喧騒の直中にあるとき、僕らの思弁は無益にして不確実なものと嘲られ、居場所を見出せず立ちすくむ。僕らの思弁は沈黙し、僕らの知性と感性は日々の雑事に没頭する。でもホワイトヘッドはカフカ的な、果てのない事務仕事と雑事の連続という悪夢のような世界を描いてはいない。僕らの思弁は、この文明社会の喧騒の直中では沈黙するしかないのかも知れない。でも、それですら、恵みなのだ。「主は愛する者に眠りをお与えになるのだから」(PR.341: 詩篇127.2)。
文明社会の複雑さの中では、思弁哲学者にとって偉大な要素は、取るに足らない瑣末な用件と笑われ、夜の闇にまぎれて消えていく。だけど、この宇宙全体の方が、もっと複雑で、もっと深い。このどこまでも深い生の全体を享受しようとするとき、この文明社会の必要事の数々は逆に瑣末なものに思えてくる。僕らには、ときとして自分たちが生きている直接的環境を超えて、その外に広がるより広大な世界を感じるという、経験の相転換が必要だ。日常のなかでは瑣末に思えたことが、そこでは意外な重要性をもってくる。社会生活においてはまったくの役立たずだと思っていた詩人や芸術家の作品が、限りない意味をもってくる。僕らは、喜びと悲しみ、善と悪、偉大さと瑣末さ、自由と必然、重要性と無価値さのコントラストの中を揺れ動きながら生きている。
文明社会の喧騒が、思弁哲学に眠りをもたらすように、世界の複雑さと深さを前にしたときには、文明社会の喧騒が眠りにつく。宇宙から地球を見下ろしたとき、地上の生活の瑣末な諸要素がどうでもよくなるように、思弁哲学の世界から生を見たとき、文明社会の事務仕事の数々は、瑣末さの闇にまぎれて消えていく。
哲学者であるということは、容易なことではない。社会生活においては、バケツの汚水をぶっかけられるような役立たずである。しかし、職業的な学者であるということは、そういう社会において生きなければならないということでもある。このバランス感覚というか、コントラストの感覚がなければ、この社会で哲学者として生きていくことは難しいのだろう。あっちから見れば瑣末なことが、こっちでは偉大なことであり、こっちから見れば瑣末なことが、あっちでは重要で不可欠の要素であるのだ。
事務仕事も、日常の用事も、思弁哲学の課題も、観念の冒険も、それぞれにそれぞれの価値を実現する営みなのだ。しかし、いずれかが過剰になるとすれば、僕らはやっぱり、観念の世界に耽溺するほうがいい。ひきこもりなのだろうか。それに、そもそも僕は哲学者なのだろうか。
Tue, Jun. 27, 2006
宇宙論的ロマンス
いきなり個人的な話になるが、今、僕は愛知県に住んでいる。愛知という地名の由来は寡聞にして知らない。そのうちどこかで知ることになるだろうが、とにかくそれは、「愛知」なのだ! 住んではや3ヶ月、この地名を見たり書いたりするたびに、ある言葉が思い出される。
「なぜなら、実にその驚異の情こそ知を愛し求める者の情なのだから。つまり、愛知の始まりはこれよりほかにはないのだ。」(『テアイテトス』155D)
愛知、すなわち哲学は驚きから始まる。名古屋人よ、いつまでも「愛・地球博」の余韻にひたっている場合ではないぞ。この地名は、哲学そのものを指しているのだ。地球への愛を超えて、それは、宇宙へのロマンを意味する地名なのだ。その由来は、ソクラテスやプラトンよりもっと古い。最初期の自然哲学は、この世界全体を見渡す僕らの知性が、そこにひとつの全体的な秩序を見出し、驚嘆したときから始まる。その意味で、愛知とは古代ギリシア人たちの宇宙論的思弁からはじまったのだ。地球を愛するグローバルでエコロジカルな視座に立つのも結構だが、どうせなら、宇宙全体を見渡し、驚嘆し圧倒されつつその営みの全体を抱きとめるような、より広大な視座に立とうじゃないか。
それは、宇宙を相手取ったロマンスだ。愛知のまなざしとは、宇宙論的なまなざしなのだ。しかし、宇宙論的視座というのは、どういう視座なのだろう。
『過程と実在』の扉のページには、「宇宙論への試論(An Essay in Cosmology)」という副題が書かれている。この副題は、現行のCorrected Editionでは、表紙にも背表紙にも奥付にも記されず、ただ扉のページに見られるだけだ。それは、どこか控えめなたたずまいで、ひっそりとこの巨大な思想の性格を語っている。この書は、宇宙論的ロマンスの書なのだと、この副題は告げている。
この秩序ある全体としての宇宙の体系を表現する論理が、宇宙論である。そのような宇宙論をめざす古代ギリシア以来の試みが、「思弁哲学」である。ホワイトヘッドはギリシア人たちと同様、この宇宙への驚きから出立し、そこにリアリティの表現形式としての論理を見出す。「宇宙にはある本質があって、それはそれ自身を超えた諸関係をその合理性の侵害として禁止する。思弁哲学はそうした本質の探究である。」(PR.4)
だが、ロマンスは、いつも困難にぶつかる。それは、愛する相手のどんな魅力も理論化できないように、「自然の複雑さは、汲み尽くすことができない(inexhaustible)」(PR.106)ということに尽きる。宇宙論的ロマンスにとって最大の困難は、この宇宙を愛し求める僕らの思弁的理性はあまりにも若く、また、その武器はあまりにちゃちだということだ。僕らは知を愛し求めるのに、理性的に考えるしか能がない。そして、理性の武器は、論理である。この驚くべき宇宙の直中に抱かれて、僕らは、愛するものを求めるのに、ひたすらそれを理論化するという不器用なやり方を続けてきたのだ。それは汲み尽せないのに。またかりに汲み尽したとしたら、もうそれは不思議な魅力をたたえたロマンスの相手ではなくなるのに。
愛し求める者としては、哲学者たちはちょっとばかり傲慢であった。愛する相手を永遠に手の届かない憧れとして心に抱懐しつつ冒険するという騎士道精神に欠けていた。知を愛する者たちは、その憧れの的を自分たちの知によって我が物とすることができるなどと信じたのだ。「本来的に一般理論の例証として示すことのできないような要素は、経験のなかには見出せないというのが、合理主義の期待するところである。この期待は形而上学的前提ではない。それは形而上学を含めて、一様にすべての科学の探求の動機を形づくっている信仰である。」(PR.42)直接経験の驚きのなかで開示されたことがらを理論的に知悉しようとする合理主義的辣腕は、気に入った相手を手篭めにすることで我が物にしようとする無法者の短慮と同じく、ロマンスの方法としては、最低の部類に属するものだろう。僕らを憧れさせる宇宙の驚異の本性を、秩序ある宇宙の合理性と理解して、ひたすらその理論的解明にふけってきたのが、知を愛する学の歴史だった。
「しかし、宇宙におけるすべての要素が『理論』によって説明できるという要求には、限界がなければならない」(PR.42)とホワイトヘッドは、気ばかりはやる知的エリートの悪ガキたちに釘を刺す。「というのは、『理論』そのものは、理論化のための素材を形成するために『与えられた』要素があることを要求するからである。」(ibid.)僕らを宇宙論的ロマンスへといざなっている宇宙からの目くばせがある。僕らを驚かせ、とりこにし、この2千年越しのロマンスのきっかけとなった最初の目くばせ、つまり僕らの宇宙論的思弁に「『与えられた』要素」とは、何だったのか。宇宙を手篭めにしようとする悪ガキたちに、ホワイトヘッドは優しく愛の手ほどきをしてくれる。最初に出会ったあの瞬間のときめきを、そのとき僕らに「与えられた」あの目くばせを、彼はそっと思い出させてくれる。「われわれの与件は、われわれ自身を含むアクチュアルな世界(現実世界)である。このアクチュアルな世界は、われわれの直接経験の主題という外観のもとで観察されるように広がっている。」(PR.4)
ただ相手がそこにいる、ということが、ロマンスの出立点であり到達点だ。ただこの世界がそこに広がっている、というこの当たり前の事実が、宇宙論的ロマンスに「与えられた」目くばせなのだ。直接経験というのは、ギリシア人たちのあの驚きのことだ。「われわれ自身を含むアクチュアルな世界」という当たり前で、しかも限りない魅力と不思議をたたえた驚異に向けて、僕らはどんな風に愛の営みを繰り広げたらいいのだろう。
愛を言葉にする人たち、つまり詩人ならどうするか。この驚異の感じを言葉にし、この胸の高鳴りを歌い、求めても叶えられない思いを綴り、愛する相手に切々たる思いで問いかけるだろう。宇宙を愛する詩人は、このアクチュアルな世界の直中で、僕らがいったいどんな感じがするのかを歌うのだ。哲学者だってそこは同じだ。ただ、知を愛し求める僕らはこんな風に問うのだ。「われわれはひとつのアクチュアリティの世界の中で、自己自身をアクチュアリティとして前提しているのだが、そこで支配的な洞察とは何であるのか。」(MT.107)愛を語るのにはあまりにもふさわしくない訳語で申し訳ない。これは知を愛する哲学者の、愛の言葉なのだ。宇宙を相手取ったロマンスの言葉なのだ。僕らは宇宙に抱かれ、その直中で、この宇宙の驚異に胸をときめかせている。そのとき僕らが僕らを抱いている愛しい相手に問いかける言葉が、これなのだ。意訳すれば、「僕らはあなたに抱かれている、あなたの中で、あなたの強烈な息吹きを感じながら、僕ら自身、ひとつの息吹きになっていく。あなたの息吹きの一吹きであるというのは、いったいどんな感じがするものなのか、わかりますか。」
さらに意訳すれば、こんなだろう。「このアクチュアルな世界(現実世界)でひとつのアクチュアルなものであるというのは、どういう感じがするものなのか。」哲学者は、こんな風に宇宙論的ロマンスを歌う。哲学者たちは、一つの理性的存在にとってこの宇宙がどんな風に見えるかを言葉にし、またこの宇宙で一つの理性的存在者であるとはどんな感じがするかを言葉にする。科学者もまた、宇宙を愛する人の群れのはずなのだ。古代の原子論的宇宙論と、近代のモナドロジーを比較して、ホワイトヘッドはこんな風に言っている。「ルクレティウスやニュートンは、暗にこう問いかけている――原子の世界は、それを見渡している知性にとって、どんなふうに見えるだろうか、そういう知性は、原始的な宇宙の光景について何と言うだろうか、と。……ライプニッツはもう一つの問いに答えた。彼は、一個の原子であるとは、どのようなことでなければならないかを説明した。ルクレティウスは、原子は他の原子にとってどのように見えるかをわれわれに告げ、ライプニッツは、原子は自己自身についてどのように感じているのかをわれわれに告げている。」(AI.132)見事な対比だと思う。原子論とモナドロジーとは、こんなに違うのだ。この宇宙で、ひとつの原子的存在であるということは、どんな感じがするものなのか、というモナドロジカルな問いは、ホワイトヘッドにも確かに受け継がれている。だが、原子論的であれモナドロジカルであれ、ここで言及された科学者も哲学者もみんな、あの宇宙の不思議にとりつかれたロマンスの人だったのだ。デモクリトスもルクレティウスもパスカルもニュートンもロックもライプニッツも、みんな宇宙論的ロマンスにふけった愛の人だったのだ。
「われわれ自身を含むアクチュアルな世界」という「『与えられた』要素」が、宇宙論的ロマンスへと僕らをいざなう最初の目くばせだった。知を愛する者たちは、このロマンスに引き入れられて、このアクチュアルな世界においてひとつのアクチュアルなものであるとはいかなることかを言葉にしようとした。愛する宇宙よ、魅惑にあふれ、僕らをひきつけてやまない美しく不思議な大宇宙よ、あなたの懐に抱かれて、僕らはこんなにも胸をときめかせている、この溢れ出る情感を僕らは言葉にしたい、でも、僕らは宇宙の詩人であるには、あまりにも小さなエゴ的存在なのだ。それは僕らの私的で内面的な情感か、それとも、僕らを生み出し抱きとめているあなたの気配なのか、見分けがつかない。僕らは、あたなの直中で、ひとりの自己でなければならないというのか、自己自身を実現し、保持し、そして、この自己もまた消滅していくという運命を引き受けなければならないのか。「ひとつのアクチュアルなものであるということは、ひとつの自己利益(self-interest:自己関心)をもつことである。この自己利益は、自己を価値づけるひとつのフィーリングである。それはひとつの情緒的トーンである。」(RM.58)この大宇宙を前に、僕らはただの僕ら自身でしかない。ロマンスには、そういう孤独さの感じがつきまとう。それはひとつの情感、ひとつの情緒的なトーンなのだ。しかし、それは僕らの個人的で私的な内的情緒などではない。それは、宇宙の気配なのだ。この情緒的トーンのなかで、僕らはまさにこの宇宙に抱かれ、ひとつになっている。宇宙の直中で孤独で非連続な僕らが、この感慨において、宇宙と連続し、その連帯性のうちであの創造の息吹きに貫かれるのだ。
僕らがこの宇宙でひとつのアクチュアルなものであるということは、ひとつの自己利益をもつこと、エゴセントリックな存在であるということだ。僕らの愛には、自己利益が、我執がつきまとう。僕らは、ロマンスの成就を願いつつ、一方で、僕ら自身の成就を願っている。世界ぜんたいの幸福を希求する前に、僕らは、僕ら自身の幸福を求めてしまう。『聖書』には、「愛は自己の利益を求めない」(1コリ13.5)と書かれているけど、僕らの宇宙論的な愛には、この宇宙に抱かれつつも自己自身でしかありえないがゆえの、自己利益を求める情緒的トーンがある。僕はこの世界でいったい何ものなのだろうという問いは、叶えられないロマンスの中で、愛に疲れた僕らがふともらす嘆きなのだ。僕はあなたにとって何なの?という、情けなくも切実な、愛する者の嘆きなのだ。愛の人であり孤独の人であった宇宙論的ロマンスの哲学者パスカルは、愛し求めた宇宙のあまりの冷たさに「この無限の中で人間とはいったい何ものなのだろう」(『パンセ』72)と問いかけた。求めても求めても、あなたは応えてくれない。あなたなしでは生きられないのに、その冷たい沈黙は、なぜなんだ。「この無限の空間の永遠の沈黙が、私をおののかせる。」(『パンセ』206)
やるせなく、いたたまれないロマンスの一幕。追えど求めど応えてくれない憧れの相手に、おのれの惨めさを噛みしめて絶望する。哲学者列伝は、愛する者たちの苦悩の姿を描いているのだ。そんなとき、宇宙論的な愛の達人ホワイトヘッドは、僕らを再びあのロマンスへと奮い立たせる。「アクチュアルなもののひとつひとつが、アクチュアルかつイデア的な全宇宙の、一配合である。そして、それによって、その(アクチュアルな)ものそのものであるあの自己価値がそこに構成されて有るのだ。」(RM.59)この無粋な訳文にも、知を愛する者のあのロマンスが、あの観念の冒険が歌われている。これも意訳すれば、こんなだろう。「僕もあなたもただのアクチュアルなものにすぎないけれど、その僕らもこの全宇宙を集約する創造的焦点なんだ。そこに、僕らの価値が、しかも僕らを超えたものによって実現された僕らの価値が、あるんだ。」
「創造的世界の創造的焦点」、というのは西田の言葉だけど、ホワイトヘッドはこんな表現をしている。「われわれは自分が被造物の世界における被造物であるということを知っている…」(MT.108)、そして、「被造物の各々が、歴史の全体をそれ自身のうちに含み、諸事物の自己同一性、ならびにそれらの相互的多様性を例証している。」(PR.228)僕らは宇宙のあの目くばせにとりこになって、宇宙全体を求めて知の冒険に出るけれど、全宇宙もまた僕らを突き動かす「宇宙的衝動」として僕らを見舞う。そんな交互作用というか反復というか、彼方と此方の行ったり来たりの中で、愛知の営みは繰り広げられるのだ。論理では語れないことを語ろうとして観念の冒険に出立したロマンスの哲学者たちは、その最初の驚きによって突き動かされているのだ。「そして、愛知の思索が最善を尽くして終わったときも、驚きはそのまま留まっている。」(MT.168)
Fri, Jun. 16, 2006
心と関係性
心の教育が大事だ、という声がかまびすしい。現代人の心は病んでいる、というのだ。現代人の傷つきやすい心、突然壊れる心、想像力も共感する力もない心が、問題だというのだ。豊かな心、健やかな心を育てるのが、教育の、ひいては現代社会の緊急の課題だという。傷つき、病んだ心を癒すことが大事だという。自分を愛する心、親を愛し、先生を、友人を愛する心、この国を愛し、この国の風土と伝統を愛する心を育てよう、と叫ぶ。心というものに取り組む専門家たちが先頭にたって、そういっている。
だけど、心って何だ。僕らには心がある、あるいは僕らは心であるというのは、自明のことがらなのか。僕らはもう一度、このことを問い直していい。
心はある、各人にそれぞれ心がある、それどころか、心が私である、ということが、近代西洋文明の大前提である。それは、ある意味で厳密な、また徹底して思弁的な、哲学的推論によって基礎づけられた前提である。この推論をはじめて公式に表明したのは、無論、デカルトだった。
だから、「心って何だ」「心なんて存在するのか」という僕らの問いは、この近代の祖たる大哲学者の偉大な思弁と推論に向けられた問いである。デカルトがコギトと言ったとき、西洋世界は、心と物的自然との二元論的分離の世界像を手に入れた。この世界像を支えるのは、心は思考し認識する実体であり、心が認識する対象としての物的自然もまた別種の実体であるという考えである。
ホワイトヘッドは、この二元論的分離を疑う。認識する心と、認識される物的自然との二元論的分離を批判する。
「認識の対象に関するいかなる混乱も、それを認識している心が存在するから、と言って解決されるものではない。」(『自然の概念』第二章)
認識された自然に関するさまざまな理論の抱える混乱や難問を、それを認識する心のせいにしてしまうようなやり方はおかしいとホワイトヘッドは言う。このときホワイトヘッドが念頭に置いていたのは、ロックの第一性質と第二性質の区別だとか、バークリの物質否定的な観念論だとかいった、いわゆる「イギリス経験論」の哲学が招来した混乱のことだったようだ。しかし、実はここでホワイトヘッドは、より重要なことに言及している。何かを認識する心が存在する、ということは、自明の理ではないのだ。むしろ、「十分に言えることは、感覚‐意識とは何ものかについての意識であるということである。」(同所)
心を自明の存在とするような形而上学的立場は、この時期の(つまり科学哲学に取り組んでいた中期の)ホワイトヘッドにとっては、極めて疑わしいものだった。ガリレオにはじまりデカルトからロックに至る自然学の系譜では、認識の対象となる自然は、色も音もなく、香りも味もない、無味乾燥な広がりである。そこに色を見、音を聞くのは、僕らの心が無味乾燥な自然に投影した虚像である。僕らの直接の経験を彩る色も音も香りも、すべて認識する心が産み出したものだとされた。しかし、ホワイトヘッドは、こういう処理の仕方に我慢がならなかった。認識される自然のうちに色があるとか、いや、心が自然に投影しているだけだとかいった議論そのものに、否を唱えたのだ。その根拠は、認識される自然と認識する心との二元論的分裂そのものを否定するような彼独自のコスモロジーのうちにあった。そこでは、ただ認識するだけの心などというものが、直接経験から抽象された虚像なのだ。それを具体的事実だとすることは、彼にとって、「具体性を置き違える誤謬」の典型だった。
思い切って言ってしまうが、心の存在に向けられたホワイトヘッドの懐疑は、形而上学に取り組みはじめた後期においても維持されていた。その形而上学の考究の唯一の出立点は、直接経験の分析である(PR.4)。今、僕らが見ている色も、聞こえている音も、あたりに漂う香りも、すべて、心の産物でもなければ、心と独立に存在するとされる物的自然の一部でもない。直接経験においては、西田が言ったように、色を見、音を聞く刹那、いまだ主もなく客もない、いまだ認識する心もなく、認識される物的自然もないのだ。いまだ心なく、その対象もないこの直接の経験の分析が、ホワイトヘッド形而上学の考究の出立点であり、絶えずその考究が立ち返るべき原点である。彼は何をめざしたのか。彼の野心的な意図は、デカルト流の心と自然という二元分裂的なメタファーに替えて、直接経験の具体的事実が示す別のメタファーを、僕らの思弁の想像的飛躍と世界の創造的前進とに訴える新しいメタファーを示すことにあったのだ。断言する。
ホワイトヘッドが遂行した直接経験の分析においては、最も具体的なものは、二元論的に分裂し、かつ、不思議な仕方で相互に並行し関係しあう心と自然という実体ではない。相互に独立した二実体が関係項としてたがいに関わりあい、同一の内容を示しつつ並行するという心身並行説に対して、ホワイトヘッドは、ベルクソンとともに異を唱える。物的自然の世界において起こっていることと心的世界において起こっていることとが並行するという認識の神秘は、物心二元論を破棄したとき、神秘ではなくなる。具体的事実は、関係項としての実体ではなく、関係性そのものである。
「関係性という具体的事実」を、ホワイトヘッドは「抱握」すなわちフィーリングと呼んだ(PR.22)。そのつど僕らが感じているこの感じ(feeling)が、直接経験における具体的事実だというのだ。僕らはその感じにおいて、いっさいのものと関係づけられている。数理的思弁によって僕らの心が再構成した論理的図式を延長ある物的自然にあてはめるような作業によって、具体性に到達できるという考えをホワイトヘッドは否定する。
今のこの感じ、この色、この音、この香り、この味が、すべて、具体的事実なのだ。心があるのではない。あるのは、この感じ、この関係性なのだ。この光と陰影、背後のざわめきと今鳴り響くこの甘美な調べ、この煙草の香りと味わい、そのすべてが、「今、ここ」での具体的事実なのだ。僕らのこの現実世界がよってたかって、この感じを演出する。「全世界が、あいまって新しい創造を産み出そうとする。」(『形成途上の宗教』第3講7節)そこに、比類ない一度かぎりの価値が実現していく。
直接経験の具体的事実とは、悩めるわが心でもなく、物的自然でもない、この感じが抱懐する、この宇宙のすべてのものとの関係性、および、そこに実現される価値こそ、直接的に感じられた具体的事実なのだ。
直接経験の事実に立ち返ってみよう。心が病んでいる、などというメタファーを一度捨ててみよう。そして、この直接経験の具体的事実において、「今、ここ」に感じられているその感じのうちに、いかなる価値が実現されているか、あるいはいかなる価値が損なわれているか、を問うてみよう。文明社会の悪とは、心が病み衰えていることではない。そんな弱々しいメタファーでは表現し得ないようなことが、起こりつつあるのだ。
「この場合、二つの悪が見られる。一つは、各有機体がその環境と結ぶ正しい関係を無視することである。いま一つは、究極目的を考える際に考慮に入れなければならない、環境に固有の価値を無視する習慣である。」(『科学と近代世界』第十三章)
ホワイトヘッドにしたがって、心というメタファーではない言葉で、文明社会の危機を語ろうではないか。文明社会における悪は、心の問題ではない。関係性の問題なのだ。だから、僕らが僕らの環境と結ぶ関係を問い直そう。つまり、それぞれの「今、ここ」を生きる有機体が、いっさいのものと関係づけられて生起してくるという直接経験の具体的事実のうちに立とうではないか。そして、僕らの環境が実現する価値を見つめ直そう。つまり、この現実世界において関係性の織り成す重厚な一団が、その固有の価値を実現しえているのか否かを問おうではないか。関係性の具体的事実である直接経験の感じを、単に主観的で私的な、心のなかの実体のない幻影だとみなしてはいけない。むしろ、アクチュアルなのはこの感じの方であり、僕らが実体だと思っていた心の方こそ、この感じから抽象された便宜的構築物かもしれないのだ。もちろん、心がある、と言ったって構わない。だけど、それはひとつのメタファーだってことを忘れちゃいけない。僕らは、「今、ここ」のこの感じのなかで実現されている価値を、ただ僕らの心の問題だけに限定してはいけない。それは、現実世界の中に生起してきた、具体的な出来事なのだ。
私的経験において実現した価値を公的世界の諸連関のうちにとりもどすことをホワイトヘッドは「道徳」と呼んだ。
「ものの見方の道徳性は、ものの見方の一般性と不可分に結びつけられている。一般的善と個別的利益との対立が廃されるのは、個の利益が一般的善となるような仕方で個が存在するときだけである……」(『過程と実在』第一部第一章第六節)
ポパーはこの言葉に食ってかかったが、きっと彼は、ホワイトヘッドが心と自然の形而上学ではなく、関係性とプロセスの形而上学を構築していたことに気がつかなかったのだ(Open Society and Its Enemies第二部参照)。道徳性は、心の問題ではない。関係性における価値の問題である。道徳とは、関係性の全体において実現される善と、関係性の結束点である個々の出来事において実現される価値との和解のことなのだ。
時代の危機を、心だの国家だの民族だのといったメタファーで語ること自体が、危険である。全体主義的な一般者を大事にしようとか、いや、個々の心を大切にするべきだとかいった議論は、ホワイトヘッドがまとめて切り捨てた議論なのだ。だから、僕らホワイトヘディアンがすることは、関係性とプロセスという「メタファー」で、時代の危機とその直中での希望とを語ることだ。ホワイトヘッドをはじめとする一群の人々が開いた、直接経験に根ざすヴィジョンから、この現実世界と、そこに生起する諸々の出来事、そしてそこに実現される私的価値とその公的価値への転換とを語ることが、必要なのだ。
現代社会において問題なのは、現代人の心が病んでいるということではない。関係性において実現される価値が、損なわれているかもしれないということを、問わねばならない。心と関係性、いずれが真かということは誰にも断定できない。いや、いずれも不完全な語なのだ。ただ、いずれが有効なメタファーかを、僕らはプラグマティックに判断していくしかない。一方のメタファーで自らを構築してきた文明が危機を露呈している今、僕らは他方のメタファーの可能性を探るべきなのだ。そのとき、思想は現実に先駆けるとホワイトヘッドは言っている。現実の冒険に先駆けて観念の冒険へと船出することが、あの一群の人々のなした業績だった。彼らのおかげで、今や僕らは一定のヴィジョンを手に入れつつある。それは、まだほとんどこの文明社会に浸透していないが、間違いなく有効なものだ。ホワイトヘディアンというのは、そう確信している者たちの謂いである。
Sat, Jun. 10, 2006
哲学科
実は、僕は、学部時代・院時代を通じて、哲学科で専門の教育を受けたことがない。僕が選んだのは、関連する分野(キリスト教学だの言語学だの)の学科・院だった。その大学にはほとんどその人しか哲学やっている先生がいない、という人のところに行って勉強した。受験するときは、哲学科に行こうかどうしようかと、ずいぶん迷ったけど、先生のところに行って勉強しますと言っちゃって、ああ来なさい来なさい是非来なさいと思いがけない大歓迎を受けたので、決断した。
学部時代の恩師も、院のときの師匠も、ホワイトヘッドをやっている人だった。
哲学科に所属していない、ということは、とにかくその分野の情報も少ないし、学科や院の雰囲気も違うし、何よりも、友人たちの中で哲学やっているのは自分ひとりという状況で、いつも不安だった。哲学科や哲学専攻の院に行った友人たちの中には、恐ろしく頭のよい奴もたくさんいて、研究会だの読書会だので、古典から最新の文献までばかばか読んで、研究者の知り合いもたくさんいて、うらやましかった。僕は、たいがい独りで古典を読み、乏しい情報の中で拾ってきた最近の重要論文を読んだ。原語で読んでいても、正しい読み方なのかどうかすら自信がなかった。独学だ。大学図書館にも文献が揃ってないから、取り寄せてはコピーし、買えるだけ自分で買い込んだ。今もそのくせは直らず、本はとにかく買いたくなる。
留学したかったが、その準備をし始めたときに、結婚した。相手の両親の出した条件は、自分で働いて家族を養うこと、だった。留学ならいつでもできると思って、結婚した。そして、働いているうちに、今に至っている。だから僕は、いまだに哲学科を知らない哲学徒である。
不思議だったのは、哲学科の才気煥発な俊英たちが、関心がなくなったとか指導教授と合わないとか言って、哲学から離れていくことだった。こっちが独りでのろのろのろのろ読んでは迷っているあいだ、みんな、毎日のように議論できる環境ですぱすぱ読みながらモノスゴイことを言っていた。それなのに、なんで止めちゃうんだろう。やめちゃだめだよ、頭いいのに。環境整ってるのに。
大学でも院でも、僕が哲学をやりに来たと言うと、みんな一瞬、絶句した。この大学のどこで哲学できるのか、という顔をする。僕が好きな哲学者たちは、大学の哲学科というど真ん中のコースを歩まなかった哲学者ばかりだ。プラトンもパスカルもニーチェも、パースだって哲学科出身じゃない。そう言うと、僕の大学院の人たちは、先生も含めて、えっ・・・と絶句する。専門教育を受けていない専門家がいるというので、驚くのだ。プラトンが哲学科卒のはずないだろう。
わがホワイトヘッドだって、哲学科出身じゃない。彼が哲学の講義に最初に出たのは、ハーバード大の自分自身の講義だった。わが西田幾多郎だって、ど真ん中のコースじゃない。東大選科時代の劣等感と孤立感に満ちた日々は、その日記や回想談によって、伝説になっている。
環境は大事だ。人は、その環境世界によって作られながら、自分自身を作っていくのだ。哲学者を作るための環境として、大学の哲学科は用意されている。だけど、僕の特殊な経歴をふまえて言えば、最も好ましい環境は、ど真ん中のコースとはかぎらないのだ。
哲学やりたい、と哲学科じゃない学科の門を叩いたアホな学生の僕に、学部でも院でも、師匠たちは、一子相伝の勢いで教えてくれた。その一割も受け継いでないけど、とにかくかわいがってもらって、心配してもらった。僕が急に結婚したら、かけずりまわって非常勤の仕事を探してきてくれた。この春、常勤が決まるまで、いつもいつも心配してくれていた。ホワイトヘッドばかりのろのろと読んでいる僕だが、そういう師匠たちのもとで学んだから、今こうして相変わらずホワイトヘッドを読み続けられるのだろう。
今でも僕は講壇哲学のど真ん中から外れている。今年度、晴れて専任になった学校には哲学がない。今は専門外の科目を担当している。だから、僕の履歴書には、哲学のテの字も(非常勤時代を除けば)見あたらない。でも、それでいいんじゃないかと思う。パスカルもキルケゴールもニーチェもパースもみんな、大学の哲学の先生じゃない。哲学科を出てない哲学者がいることぐらいで驚いてちゃだめだ。哲学の先生にもならなかった偉大な哲学者がいるのだ。僕は彼らの足元にも及ばないけど、僕のこのアウトサイダー的な経歴は、堂々たる哲学徒の経歴なのかもしれない。足りないのは業績だけだ。そして、この点でも、ソクラテスという、とにかく一冊も哲学書を書かなかった偉大な先達がいる。
パースなんて、どれだけ哲学の先生になりたかったことか。僕だって、自分の非才を棚に上げて、哲学の先生になりたい。哲学科も、哲学講義も、僕にとって憧れの場所のままだ。学生に哲学を教えたいなあ、と思う。一方で、これでいいのだ、とも思う。その欲求不満と自己満足の不安定な混合が、今夜、何だか身に迫ってきて、この駄文を書かせた。
きっと、ホワイトヘッドは、定年を迎えたときにハーバードの哲学科から招聘を受けて、本当に、喜んだのだろうな。
この放談、断りなしに、削除するかもしれない。人の目に触れるところで放談する内容ではないかもしれないから。
Wed, Jun. 7, 2006
単身赴任で風邪を引く
単身赴任で風邪を引くとどうなるか。
おのれはこの世界でまったく孤立無援だというやるせない寂寥感。
そして、思いがけないところで出会う、人の優しさ。
離れたところから届く、心配する家族の声。誰かが自分のために祈ってくれるというありがたさ。
いつもより濃い死の気配。
喉が渇いても、何か食べなくちゃと思っても、自分が用意しなくちゃならないという、即物的な要請・・・
何にせよ、世界が、別の相貌で、別のリアリティをもって、迫ってくる。「この上なく静かに独りでいると、その孤独のうちに時として思いがけぬ観想が開かれはしないだろうか。自己自身との孤独における関わりは、秘密に満ちた仕方で、存在の秘密との交わりに変化しうるのではないか。」孤独の哲学である。しかしこれは、ブーバーの『我と汝』の中に見出される言葉なのだ。孤独の中で密かに開かれた存在の秘密とは、この人生を生きるのは僕しかいない、そしてその死を死ぬのも僕しかいない、ということであり、そして、その孤独の直中で、僕は思いがけず「あなた」と出会う、ということだ。この出会いがなければ、僕もあなたも、きっと、生きられない。
出会いは恵みである。それは、求めれば得られるという類のものではない。でも、眠りこけているうちに与えられるというのでもないのかもしれない。
一緒に生きるということが、恵みなのだ。だけど、一緒に生きていると、それが驚くべき恵みであることも、それを僕らが求めてやまなかったということも、そして、それなくしては生きられないことも、忘れてしまう。あんな奴、いなけりゃいいのに、と本気で思ったりしてしまう。一緒に生きていると、ぬるま湯にひたったまま、気持ちも体もゆるんでしまう。僕らはそのとき、孤独を求める。「僕らが、僕らと同じ仲間と一緒にいることで安心していられるというのは、おかしなことだ。彼らだって、僕らと同じく惨めだし、僕らと同じく無力なんだ。彼らは僕らを助けてくれはしないだろう。死ぬときは独りなんだ。/だから、人はそのように生きなければならない。」これは、パスカルの言葉だ(『パンセ』ブランシュヴィック版断章211)。一見、ブーバーとはまったく逆のように見えて、その実、彼らは同じことを言っているんじゃないだろうか。
人は、独りで死ぬ。僕の死が来たとき、その死を死ぬのは他ならなぬこの僕だ。「彼らは助けてくれはしないだろう。」みんな、僕の死を前にして、無力だ。だから、僕は、自分の死を自分ひとりで死んでいくものとして、自分の人生を生きなければならない。パスカルはそう言う。そして、ブーバーは、その孤独のうちに、時として、思いがけない仕方で、存在のあの秘密が、あの交わりの恵みが、開かれると言っている。
単身赴任で風邪を引く。
何でもないことだけど、一緒にいられることで安心していた自分に気がつく。安心して、甘えて、ぶつぶつ文句を言ったり、嫌いになったりもする。そんな自分に気がつく。彼らだって助けてくれはしないとパスカルは言ったが、本当にそのとおりで、しかも、まったくそうじゃないんだ。そんな無力な彼らとの出会いを通じてしか、無力な僕は助けを見出せない。彼らが助けてくれる力がないのは本当だ。だけど、彼らの存在を通じてしか、助けてくれる力は働かない。出会いを通じてしか、それは働かないんだ。
だから、独りで生きよう。独りで生きるとは、あなたと出会いつつ生きるということなのだ。そこには、無限のものの介入がある。独りの人格としてこの世界に生きているということは、決定的に有限なものとして、しかもこの無限の介入を受けているということだ。その端的な事実を論理的に語るすべを僕らはもっていない。「われわれはいかなる一個の人格的存在をも適正に分析しない。」(ホワイトヘッド「不死性」10節、『科学・哲学論集』上、101頁)だけど、今こうしていても、僕らは、互いのために祈り、祈りの中で「あなた」を覚えて、そして、互いに無力ながらも、一緒にいる。社会がどれだけ進歩しても、この力だけは、変えようがない。
孤独性と個別性は、関係性と連帯性の中でこそ生起する。
孤独性と個別性は、宇宙の共同性の直中で生起する。
孤独性と個別性は、宇宙の共同性を超え出ていく。
だからこそ、自己自身であるということは、孤独で個別的な出来事なのだ。
しかし、それは、関係性と連帯性の直中から、生起し、それを超え出てきたのだ。
そして、孤独性と個別性は、関係性と連帯性の中へと受容されていく。「多は一となり、一つ増し加えられる。」(ホワイトヘッド『過程と実在』第1部第2章第2節「究極的なものの範疇」)孤独性と個別性を実感するとき、僕らは、その「一となる」ところを実感しているのだ。風邪を引いたときなどに感じるのは、僕らは、この世界で、ただの一なんだ、という孤独の情景だ。
そして、それが関係性と連帯性の中からこそ生起するのを感じるとき、僕らは、「多が一となる」ということを、つまり「ともに成長するということ」(growing together)を実感する。
慰めは、そこから生起してきたその関係性と連帯性の受容的な開けのうちに、僕らが再び抱きとめられていくのを感じるときだ。そのとき僕らは「多が、一つ増し加えられる」のを感じる。僕は、この世界のうちに、受けとめられ、この孤独性は世界の多様性を彩る一つの情緒的トーンへと転換されていくのだと、感じる。そこに、「満足」がある。
しかし、今、まじで喉が渇いた。冷蔵庫はついに空っぽになった。
独りでコンビにまで買いに行くしかないないな。こういうとき、現実の世界に生きるというのは、しんどいな、と実感する。