
2.ハニーハニー 3.ボクの天使マリ 4.オーバードライブ 5.アパート 6.シュラフ 7.白い炎 8.波のり 9.日なたの窓に憧れて 10.ローランダー、空へ 11.リコシェ号 |
ただ、全部が全部ロックだというわけではなく、「僕の天使マリ」のカントリー風味な楽曲や、「アパート」のような透明感あるフォーク調の曲、浮遊感漂う「シュラフ」、「日なたの窓に憧れて」でずっと循環しているシーケンサーなど、バラエティに富んでもいる。 このことを踏まえて考えるに、デビュー以来の手探りの状態から脱し、バンド外の音を多用したミニアルバムの反動もあって、今までよりも意識的に「自分たちが主体になって」作り上げたのがこのアルバムだ、ということではないだろうか。そうしたら、未知の曲調へのチャレンジや打ち込み音の使用、あるいは曲が始まる前に趣向を凝らした「僕の天使マリ」「波のり」など、楽曲に多彩な表現方法を盛り込む一方で、バンドの中の核の部分に本質的にあったロックンロール指向がもっとも表に出てきた、というように納得がいく。 こう考えると、詞世界ともリンクして、アルバムの全体が見えてくる。 では、詞のほうを見ていこう。 初期スピッツの特徴として挙げられる点に、何度も繰り返す通り、詞世界の「内向性」がある。淡々と透徹した視点は、「名前をつけてやる」から現代詩にも通ずる芸術性を有するに至った「オーロラ〜」でいったん昇華されきりひとつの頂点を迎えているが、しかしこのアルバムにおいても、いまだ、エネルギーは内側へ内側へ向かいつづけている。 その結果、恐ろしい事態が起こる。内面世界は『ベチャベチャのケーキの海(惑星のかけら)』などという突飛で危なげな妄想で膨れ上がり、熱を孕み、今にも溢れ出してしまいそうに張り詰めているのだ。 「膨張」「熱」「臨界」「融解」、そこからもたらされる『闇のルールで消される前に(オーバードライブ)』とあるような「焦燥感」、あるいは『燃えろ!燃えろ!白い炎よ(白い炎)』とあるような、危険を求める「幼さ」が感じられる「冒険心」、そして「爆発」「飛翔」への強い憧れ。そうした「ぎりぎり」の状態にあってのスリリングな悶えと快感が、アルバム全体にちりばめられている。この異様な熱気と緊迫感と昂ぶりは、これまでの作品には見られなかったものだ。 どうもセックスを連想させやすい曲が多いが、性的衝動の高まりをモチーフにこういうフレーズができたのかもしれないし、「ぎりぎりの一点」を快楽よりに噛み砕けば「エクスタシー」になるわけだから、「ぎりぎり」を表現しようとしたときに、性的なものが自然に増えたのかもしれない。 セルフプロデュースを突き詰めて、ロックに立ち返ると同時に新しいものも取り入れたサウンド。 内的衝動を張り詰め、爆発を渇望し、一気に『宿命の惑星(ハニーハニー)』『だいだい色の太陽(オーバードライブ)』『メビウスの惑星(白い炎)』『棕櫚の惑星(ローランダー、空へ)』と宇宙、SF的次元まで飛ぼうとする詞世界。 音と言葉の両面で、内側と外側の両方を求めることによって、異様なエネルギーが生まれている。すさまじく濃密な世界ではあるが、長く踏み止まれる状態ではない。次作「Crispy!」で外部プロデューサーを迎え、外へ向かう方向へまとめていくことになったのは、必然の流れと言えるだろう。 |
イントロのギターリフの音が、今までと比べて明らかに太い。今回は違う音楽をやってるんだぞ、という主張の表れのようでもある。 どっしりとしたロックサウンドでありながら、歌詞はぱっと見メルヘンチックだし、正宗の独特の声は浮遊感と幻想性を帯びて聴こえてくる。これはわざと対照的になるように仕向けられているはずで、一筋縄ではいかない、ストレートに抜けてこない不可思議な世界観を作り上げている。ずっと後にできた「センチメンタル」に、この手法は受け継がれている。 詞を覆う非現実的なフレーズといい、『いつでも心は卵だ 割れないように気をつけて』と「卵」から生まれようとはしない姿勢や、『骨の髄まで愛してよ 僕に傷ついてよ』と、強い気持ちにもかかわらず受動的な呼びかけ方をするのといい、非常に夢見がちで内向的だ。にもかかわらず、音は重厚に響いているし、『ペチャペチャのケーキの海』や『君から盗んだスカート』などと、どこか性的な粘り気も感じさせてくる。ナイーヴでありつつ、危なさ、熱気もはちきれそうに孕んだ一曲に仕上がっている。 ただ、シングルとしての存在感はあんまりなかったりする。 2.ハニーハニー 出だしからハイテンションなリフが炸裂する、弾けたナンバー。あんまりにもテンションが高かったからか、『It's so brilliant!!』と、スピッツの歴史の中で本当に数えるほどしかない英単語の使用に踏み切っている。 注目するべきはその前の、タイトルにもなっている『ハニーハニー』は「Honey,Honey」でなくてカタカナ表記なところ。これはやっぱり、言葉の響きで使い分けたと見るのがいいように思う。つまり「ハニー」という囁きは、甘く、いたずらっぽく、幼く響かせるために、カタカナで書かれ(二度繰り返しているのも効果的)、英語的でなくカタカナ的な平べったい歌われ方をしている。一方で、『It's so brilliant!!』は英語発音で、しっかりリズムにもはまっていて心地よい。これを「イッツ・ソー・ブリリアント」なんて表記して平べったく歌ったら、あんまりブリリアントな感じはしないだろう。 他の箇所は、かなりアクティブな印象はあるものの、隅から隅まで初期スピッツらしい世界を構成している。一例を示せば、『抜けがらの街』(=『箱庭の中』か)という閉鎖空間で二人きりで、移動は『飛ぼうよ』『流れて 混じり合って はじける』などと、おなじみの動詞が並ぶ、など。 3.僕の天使マリ カントリータッチの、駆け抜けていくような軽快な曲。「ミーコとギター」辺りと同様に、登場する女の子の名前はやっぱり「響き」の良さで決めたんじゃないかと思う。シンプルで、メロディにはまって。天使だからといって、聖母マリアと関連があるようにはちょっと見えないし。 『夜には背中に生えた羽を見せてくれたマリ』というのは、つまり「心を開いてくれた」とくらいに安直に考えてしまってもいいんじゃないかと。「僕の天使」なんて小沢健二でも言わないような台詞を、うまいことファンタジーに溶かしてしまおうというちょっとした照れが入ったんじゃなかろうか。 『僕の心のブドウ酒を 毒になる前に吸い出しておくれよ』の一節には、「ブドウ酒」独特の表現、「毒になってしまう」かもしれないという焦燥感、「吸い出して」というやや危なげなフェチズムと、スピッツらしさが詰まっている。 4.オーバードライブ 熱気の高いこのアルバムでも、最も鬱屈した熱に包まれている曲。 『歌おう この世界じゅうに響くような 獣の声で』『今ゆっくりとろけそうな熱でもって』と、どこを切り取ってもわかりやすいセックスソングなのだけど、絡み合ったまま溶解して死んでいくのもいいだろうというくらいに、退廃的な方向にエネルギーが煮えたぎっている。 サウンドはエネルギッシュだけどキレがいいし、途中なぜか能天気なコーラスとサンバホイッスルが聴こえてきたりするし、ベタついているわけじゃ決してないのに、この汗ばむような雰囲気はなんなんだろう。ギターのリフが「ハニーハニー」と似た上昇型なのに、向こうのように駆け上がっていく感じでなく、やや粘っこいというせいもあるのだろうか。 5.アパート ここまで四曲連続で激しく続いたロックンロールのうねりは抑えられ、突如としてスピッツ全曲でも屈指の切ない雰囲気を醸し出すこの曲が現れる。この落差が、『そう 恋をしてたのは 僕のほうだよ』とストレートな懐古をいっそう趣深いものにしてくるのだろう。 おそらくはイレギュラー的に出来てしまったんだと推測する。他の曲のひねくれ具合に比べて、明らかにまっすぐな内容だからだ。その点では次の「Crispy!」に近いものがあるが、セルフプロデュースの垢抜けなげな作りでこそこの曲は切なく響くはずだ。飾りのない、ありのままの『壊れた季節』であり『青の時』に、ずぶずぶと浸ることができる。 歌詞中にアパートが出てくる曲は三つあり、どれも質素でつつましい幸せを描いている。現在形と過去形の違いはあるけれども。 「夏の魔物」に漂うがむしゃらなエネルギーも、「猫になりたい」に漂うほのかな暖かさも、『夢から覚めちゃいない』状態の「アパート」の僕には、はるかに遠い。ただ、ハーモニカの音色が誘うような追憶の日々が、ひたすらあるだけだ。 溶け具合と立ち具合が絶妙なアルペジオのギターは、この曲に限ったものじゃないけどすばらしい。前奏のベースの動きも切ないし、コーラスもいい。ただ、たまにサビのチチ、チというトライアングルっぽい音がいい響きすぎてやたら耳についたりする。 6.シュラフ アルバムの中央で、いったんクールダウンといった趣。スピッツの詞の中で最も非生産的な内容ではないだろうか。疲れて寝袋にくるまって、そのまま『ダークブルーの世界からこぼれ』て、どこかへとトリップしていくだけなのだから。それだけなのに異様に長く、ほんとうに得体の知れない場所まで流されていきそうな錯覚に陥る・・・というほどには狂気は漂っていない。倦怠、投げやり、ほっぽり出し感を出している詞も少なめだし、間奏は気だるいコーラスも長々と続くフルートソロも「綺麗さ」の範囲内だし、トリップへの煽りはそれほどでもない。ので、少し安心、かつ少し退屈。 でも、異様な昂ぶりのあるこのアルバムで、一休みのこの曲まで静かな狂気が潜んでいたら間違いなくヤバイと思われる。全体を考えると、これでよかったのかもしれない。ほっとするか残念なのか微妙なところ。 7.白い炎 「オーバードライブ」の内側でドロドロ融解するような熱ではなく、対になるかのように、外側へと開放的に放出される熱を持った曲。かなり攻撃的でアクティブな言葉と音が響いてくるけれども、実際のところは『行き場のないエナジー』を暴走のさせ、それに乗じているだけっぽい。勢い任せでしか行動できてないわけだ。 歌詞カードには珍しい遊び心が施されていて、タンクローリーのイラストのタンク部分に『言葉をGASにして』の「GAS」が書かれている恰好になっている。おそらくは、何かの中に充満している、刺激しだいで爆発する危険がある、「臨界点ぎりぎり」な印象を持たせたかったのだろうと解釈する。 手拍子とか、開いた音で鳴っているギターとか、抜けのよい灼熱の世界が展開している上で、スペーシーな単語が並んでいる。さらに『覚醒』『悟り』まで見えるあたり、やっぱりこれもはるか遠くまで意識がイっちゃうくらいの「とっても気持ちいい歌」なんだろう。 8.波のり いきなり爽やかな、海岸ドライブに良さそうな楽しげな曲。サビのコーラスとか実にポップだけど、ギターはがっちり飛ばしているからロック。でも詞は、ユーモラスなサーフィンソングとして聴くにはやっぱりエロ要素が強い。 インパクトの強い出だしの『僕のペニスケースは人のとはちょっと違うけど』という有名な一節は、私は普通でない性的嗜好を持ってますよというカミングアウトだと解釈するとわかりやすい。普通の人なら、こんな歌詞はまず書けないはずだし。 『枯れ果てたはずの涙も タンクに溢れてるのさ』が何の比喩かは触れないでおくとして、「溢れてる」と、限界値すれすれにある切迫感、決壊しそうな/決壊したそうなぎりぎりの感覚は、直前の「白い炎」と共通する。 9.日なたの窓に憧れて 六分を超えるスケール、非の打ち所のないメロディライン、初期スピッツのすべてが詰まり今後の行く末も見越すような繊細な詞、そして個人的な思い入れも加わって、この曲が、マイ・ベスト・オブ・スピッツだったりする。 美しい旋律と詞はまさにスピッツの真髄だけど、初めから終わりまで鳴り響くシーケンサーのインパクトが大きく、楽曲の丈の長さと相まって異色作になっている。 しかし音は調和しているし、何よりこの、ひたすら繰り返されるリズムの強固な「枠組み」が、『君に触れたい 君に触れたい ・・・・・・・ それだけでいい 何もいらない』というささやかで強くて臆病な願いを、「日なたの窓」に憧れる気持ちを、いっそう引き立たせているように感じる。 「窓」を志向していることで、外側へ向かう気持ちのようではあるけれども、決してそうではない。結局のところ『漂いながら 絡まりながら』と、初期スピッツに共通する現実逃避的な一体化への欲望を目指しているのだ。 「窓」の外の「日なた」に夢見るのは、『二人のメリーゴーランド』という、ただ同じところを『ずっと このまま ずっと ずっと』回ろうとする、ひたすらに閉鎖的な楽園だ。外側に向かって内向を求める倒錯を抱えた異常な恋慕の念を、そうとは感じさせずにひたすら甘く切なくたっぷりと歌い上げているわけで、実に恐ろしく、濃く、甘美で魅惑的な曲だと言える。 10.ローランダー、空へ ローランダー、つまり低地に住む人の憧れを歌ったのだろうか。『棕櫚の惑星へ』『渚の風を体にまとう/夢を見たのさ』からして、空を目指す/目指させるのは、海への憧憬が基にあるのかもしれない。 詞は、客観的な視点を持って外から映像を眺めているかのようで、ここまで俯瞰視点に達している語りの曲は、少なくともこの辺りの時期には見当たらない。かなり後になっての「マフラーマン」からの一連の曲を待つことになる。 「ローランダー」=「僕」でも、=「君」でもないように思う。もしかしたら「僕」か「君」の「一部分」ではあるかもしれないが。描かれている景色が、心の中の映像、心象風景のようだからっていう印象だけなのだけど。 サビは10/4(4/4+2/4+4/4)という、「ハチミツ」のメロと同じタイプの変拍子になっているけれど、雄大なテンポのせいかあまり違和感はない。 そして、大好きなギターソロのひとつ。その部分に入る直前の音の駆け上がるさまも、まさに舞い上がった感覚でいい。 11.リコシェ号 インスト。流れ的に「ローランダー、空へ」で舞い上がったのはこのリコシェ号でなのかな、と考えられたりもするし、シンセのコスモっぽいサウンドのおかげで、ファンキーな宇宙船のようなイメージも持てる。少なくとも、今にも壊れそうだった「ウサギのバイク」よりは、ずいぶんマシな乗り物じゃないかなと。 SFなサウンドで、詞のないぶんエロさもないため、とても爽やかにアルバムを閉じていってくれる。 |