「俳句スクエア集」平成30年 1月号鑑賞 I

                   

                       朝吹英和



  雪蛍肋のなかへと迷いこむ            阪野基道


 弱弱しい綿虫が肋の中に迷い込んで来たと言う不思議な景は心象の世界に転位する。雪を知らせるとも言われる綿虫であれば肉体か精神の違和感の予兆かも知れない。



  鶴唳のちらばつてゐる虚空かな       石母田星人


 冬空を渡る鶴の声が聞こえたのか、或いは北風に必至に抗う鶴の声の幻聴なのかも知れない。中七の「ちらばつてゐる」の措辞は其処此処から鶴の声が聞えたようでユニークかつ効果的である。



  空からの大きな便り初茜          松本龍子


 お目出度い初日の出の前兆が空を茜色に染める。新しい年を迎える厳粛で引き締まった気分を「空からの大きな便り」と把握した。神々しい初日に対するオマージュであろう。



  鉄パイプ落ちて響ける枯野かな       五島高資


 枯野の静寂を破る鉄パイプの落下音。枯野もかつては草木が生い茂る生命感溢れる場所であった。自然界の循環律の中で響き渡る人工物との対比が枯野への思いを深めている。




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   「俳句スクエア集」平成30年 1月号鑑賞 Ⅱ


                  松本龍子

 

  木枯や砂時計より死の匂ひ         朝吹英和


 一読、諦観に似た詩情を感じる。初冬に吹く北西寄りの季節風「木枯」は下五「死の匂ひ」に照応している。「砂時計より」の中七のフレーズは限られた「人生の時間」を踏まえており、一句に奥行きを与えている。自らの「体内時計」を凝視し始めた作者がいる。


 

  鶴唳のちらばつてゐる虚空かな       石母田星人


 一読、直感的な詩情を感じる。鶴の鳴き声を聞いた敗残兵が敵兵かと思い驚き恐れたという故事から、 おじけづいた人が恐れおののいている声がちらばっている大空であるという句意。現状の日本人の米国への従属と北朝鮮問題への不安と恐怖がオーバーラップして透けて見えてくるが、作者の潜在意識、「心の動き」と考えると生への「漠然とした不安」なのかもしれない。

 

  雨来るか冬の雀のひとり言          今井みさを


 一読、俳諧味のある句。「冬の雀」は「ふくら雀」と呼ばれ羽毛に覆われて膨らんでいる。寒くなるとぴたっとくっついて集団で冬を過ごす。そんな冬の雨を感じて鳴き声が変化してくる「冬の雀」をずっと凝視している作者の視点が面白い。


 

  時雨るるや爼板にある裏表        松尾紘子


 一読、不思議な詩情を感じる。上五に「時雨るるや」という季語を配して初冬のころ降ってはすぐ上がる雨。次に中七、下五に「俎板にある裏表」という意表を突く言葉を用いている。そういうふうに言われてみると俎板の表に流れる水音が聞こえてくるし、撥ねる水飛沫も見えてくる。しかし俎板をひっくり返して裏はほとんど乾いて濡れていないのだ。「時雨」の情趣・本情が浮かび上がる、絶妙の取り合わせである。


 

  冬富士の常世に雲を噴きにけり       五島高資

  

 一読、着想の意外性に驚く。ここで問題になるのが「常世」の解釈だが、「現世」の人々と「常世」との日常的な親縁関係が切れて「常世」とは非日常的なものを送り込む場所になり、中国の神仙思想の影響で蓬莱島のような静的な物に変質した。本来の「常世」は海上に浮かぶ理想の島ではなく、沖縄では「常世」の世は稲のことで稲の常熟する「南の国」という意味。「雲」はゆるやかに棚引く「雲」ではなく、擬人化した「冬富士」が龍のような「雲」を吹き上げているという句意だろうか。「雲」を媒介にしてするっと別の「異界」へと「時間と空間」の乗換えが行われている。

 



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    「俳句スクエア集」平成30年 1月号鑑賞 Ⅲ


                                             五島高資 



  鶴唳のちらばつてゐる虚空かな       石母田星人


 鶴唳とは、鶴の鳴くこと、あるいは、その鳴き声。寒気の中に鋭い鶴の鳴き声がおちこちから聞こえてくる。その声の消長に刹那を感じるとき、時間から空間へと詩想の転換が図られる。一切の事物を包容してその存在を妨げない虚空が現出するのである。

 


  うぶすなの記憶を繋ぎ蓮は実に       前田呑舞



 古代蓮の実のように、蓮の実の生命は途轍もない時間を堪え忍ぶことが出来る。現在ただ今、眼前に実る蓮の過程に太古からの来歴がすべて伝達されるのだろう。今昔をむすぶ生命の神秘にはまさに驚かされる。


 

  数多ある写真に冬の日が差せり       石川順一


 一見、何事も無い光景のようであるが、  たくさんある写真の中でも特に冬の陽が射しているものもあろう。太陽と作者が同化する瞬間を想像する。そして一陽来復もまた。 

 



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