高知県 南国市 才谷 別処ノ谷・代々大濱家の住居跡(平成21年3月訪問)

高知市へ出てからの才谷屋・坂本の墓



屋敷跡の中に五輪があるのに注目
山津波の時上から落ちたか、いずれにせよ古く、このような古い物があるとは。
同じ物が、いの町の波川玄蕃の墓(菩提寺)の中にある。
時代がいつ頃かはっきり知りたいが。波川玄蕃の墓といわれているものの隣接にあるので、時代が不明。
それによりここにあるものも時代が分かるので。

母らが暮らした住居跡に、先祖を祀る祠。春子ばあさんがセメント石のお宮(ご先祖を祀る)を作った
左上隅には先祖を祀る五輪塔(昔は五輪塔として上があったのか?)
いつごろのものか?
それにより大濱屋敷がかなり古い証拠に。
先祖を祀る五輪塔(昔は五輪塔としてもっとあったのか?)
波川玄蕃の墓(菩提寺)の中に同じのがある。
果たしていつ頃の流行かな。

車道からの大濱家の墓地への入り口

大濱家の屋敷跡

大濱家の屋敷跡人手に渡りミカン畑に 屋敷は戦後親戚広猪?が売却処分した。 母ら一家がここにいた印の石碑を作る。車の道路から石碑の頭が見える。

大濱克蔵の墓。これより古い墓は、石ぐろで姓名名前などは分からない。
等間隔にあった石ぐろの墓に、後で割り込むように克蔵の墓が作られている。
五輪の丸石に注目
他は石ぐろの墓ばかり。

上の国馬の墓へ登る途中にあるもの。

大濱亀助(嘉永3年75歳)
大濱克蔵とほとんど同年齢。
五輪の笠石がはねあがるようになるのは江戸時代 上の墓から下に見る
これが山津波で下に流れたものか
いつ頃のものか年代が知りたいナ
いの町波川玄蕃の墓にも似たのがある

屋敷跡とお墓の間の道は、天行寺へ通じている。今はかなり枯れ木が落ち、車ではかなり困難。強引には行ける。

上掲の別所の谷(代々大濱家の屋敷跡)から車道を歩いても5分で、初代坂本太郎五郎のお墓(昔はお寺)が見える。ここは大坊という。

この車道を車で5分で、国道32号線へ出る。
白い木柱の太郎五郎の墓の案内が見える。

平成の初め頃、大濱春子健在の頃建立
車で初代の太郎五郎の墓のある大坊へ向かう車道の脇。
背後の木が2本ある所は、車道。

大濱家の屋敷(別処屋敷)跡とは、歩いて10分ぐらいの下

しばらく行っていない。