欲望という名の電車 Streetcar Named Desire
公開:
1951年
欲望という名の電車
製作:
ワーナー・ブラザーズ・スタジオ

チャールズ・K・フェルドマン
監督:
原作:
テネシー・ウィリアムズ
脚本:
テネシー・ウィリアムズ

オスカー・ソール
撮影:
ハリー・ストラドリング
音楽:
アレックス・ノース
出演:

アルコール中毒で元教師のブランチは、妹のステラを訪ねてニューオーリンズにやって来る。粗末な衣装で上品に振舞うブランチの態度にステラの暴力的な夫スタンリーは我慢できず、事あるごとにステラとブランチに当り散らす。スタンリーのポーカー仲間ミッチは清楚なブランチに惹かれてゆくが、スタンレーは船乗りから聞いたブランチの恥ずべき過去の出来事を暴露して、ブランチを追いつめる。「メソッド」と呼ばれる新しい演技テクニックをハリウッドに導入して、ハリウッドの演技スタイルを根底から変えた、テネシー・ウィリアムズのピューリッツアー賞受賞戯曲の映画化。

1947年の12月3日にブロードウェイで公演が始まった舞台『欲望という名の電車』はエリア・カザンの演出のもと、アクターズ・スタジオ出身のマーロン・ブランド、ジェシカ・タンディ、カール・マルデン、キム・ハンターらのリアルな「メソッド演技」によって高い評価を獲得。ピューリッツアー賞とニューヨーク演劇批評家賞を受賞して、アメリカ演劇界の戦後最大の収穫とまで評される。この舞台の評判を衣装デザイナーのセシル・ビートンから聞きつけたヴィヴァン・リーは、ウィリアムズの戯曲に惚れ込んで夫のローレンス・オリビエが演出を務めたロンドン公演版でブランチを演じて絶賛を浴びる。ワーナー・ブラザーズ社が映画化権を獲得し、ブロードウェイ版での演出を務めたカザンを監督に起用。舞台でタンディが演じたブランチ役には、映画向きの華のある女優をというスタジオとカザンの意向によって、オリヴィア・デ・ハヴィランドや既に引退していたグレタ・ガルボらに出演を依頼するが、劇中の卑猥な台詞やブランチの性格描写に難色を示して出演を断られる。続いて、ロンドンの舞台でブランチを演じたリーに白羽の矢が立ち、カザンを俳優と監督両方の面で敬意を払っていたリーは映画版に出演する事を快諾する。スタンリー役には『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(46)のジョン・ガーフィールドが適役だと言われたが、ガーフィールドはスタンリーがブランチよりも損な役回りだと感じて出演を断ったため、舞台でもスタンリー役を演じたブランドが起用される。カザンは自ら演出した舞台をそのまま映画化することを希望するが、当時のプロダクション・コードの規定に違反するセリフや描写が多かった為、原作者で脚本も手掛けたウィリアムズは映画化に際して原作に描かれていた、自殺したブランチの夫がホモセクシャルである事、彼女の過去の情事、17歳の少年との性行為など映画で表現することを禁じられていた描写の書き直しを行う。リーとカザンは撮影が始まるとブランチの行動の解釈について意見がくい違って対立するが、2週間後互いに譲歩して意見の相違は解消する。また、リーはブランドのことをキザだと思い、ブランドも彼女のとりすました態度が気に入らなかったので2人の折り合いは悪かったが、後に和解して良き友人となる。撮影中、リーは肺結核に冒されていた上に、極度の躁うつ病に悩まされていたが、『風と共に去りぬ』(39)のスカーレット・オハラに続いて南部の女性を熱演、オリビエ仕込みのシェークスピア劇等で培ったイギリス流の伝統的な演技スタイルと、ブランドらアクターズ・スタジオ仕込みのメソッド演技という二つの全く違った演技スタイルがぶつかり合った事によって、全く新しいエキサイティングな演技合戦を観客に提供する事に成功する。映画はウィリアムズの脚本の細部にわたって忠実に映像化され、公開と共に絶賛されて、初公開時はあまりにもリアルで迫力のあるメソッド演技が話題になるが、2年間舞台で演じた後で映画化に臨んだブランド、マルデン、ハンターにとっては、何も目新しい事ではなかった。この映画の成功によってポール・ニューマン、ウォーレン・ベイティ、ジェームズ・ディーンといったアクターズ・スタジオで演技を磨いた俳優達が続々とハリウッド入りを果たし、元々海兵隊の下着だったTシャツはブランドが着たことによって大流行する。アカデミー賞では作品賞を含む11部門でのノミネートを果たし、4部門で受賞。主要キャストの4名はそれぞれ演技部門でノミネートされ、リー、マルデン、ハンターは賞を獲得するが、本命と見られていたブランドだけは『アフリカの女王』(51)ハンフリー・ボガートに敗れる。


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