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第1章 嘘つきのパラドックス

 「クレタ人のパラドックス」とか「エピメニデスのパラドックス」と呼ばれるパラドックス(論理的矛盾)がある。昔エピメニデスという人が、「すべてのクレタ人は嘘つきである。」と言った。問題はエピメニデス自身がクレタ人だったので、

すべてのクレタ人は嘘つきである
と言った場合

「エピメニデスは正直者」と仮定する

「エピメニデスが言ったことは正しい」

「すべてのクレタ人は嘘つき」

「エピメニデスは嘘つき」

一方、

「エピメニデスは嘘つき」と仮定する

「エピメニデスが言ったことは嘘」

「すべてのクレタ人は正直者」

「エピメニデスは正直者」

と矛盾しているように見える。しかしこれは、クレタ人には、嘘つきも正直者もいて、エピメニデスが嘘つきとすれば、なんら問題にならない。

 それでは、エピメニデスが、「エピメニデスは嘘つきである。」と言ったらどうなるか?

エピメニデスは嘘つきである
と言った場合

「エピメニデスは正直者」と仮定する

「エピメニデスが言ったことは正しい」

「エピメニデスは嘘つき」

一方、

「エピメニデスは嘘つき」と仮定する

「エピメニデスが言ったことは嘘」

「エピメニデスは正直者」

となって、矛盾してしまう。

 しかし、何か変に感じないか?普段我々が接する「嘘つき」とこの「嘘つき」はちょっと違った性格をしていないか?論理学を“やさしく”説明する本などに出てくる「嘘つき」は嘘しか言わない。正直者は細心の注意を払って正しいことを発言するが、嘘つきも細心の注意を払って嘘だけを発言する。

 私は嘘つきだが、こんな「正真正銘な嘘つき」ではない。もっと気楽に、正しいことも言うし、嘘も言う。中には嘘か本当か解らないことまで言うこともある。

 嘘つきの“代表”である狼少年は、狼が来ないときに「狼が来たぞー」と嘘を言って大人をだましたが、本当に狼が来たときも「狼が来たぞー」と正しいことを言っている。エピメニデスは嘘つきだが、「エピメニデスは嘘つきである」と本当のことも言うのである。

 今後、

嘘つきは嘘も言うが、正しいことも言う

として、話を進める。

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