ファイターズ実録選手別応援歌
♪北海道日本ハムファイターズ実録選手別応援歌♪


<注 意 事 項> ※必ず守ってください
・当サイトはファイターズ私設応援団「闘将会」の方から”公認”という形で実録応援歌を公開させてもらっております。
・また、当サイトの音源は、管理人が球場で録音してきたものです。無断転載は禁止しております。
・ファイターズの応援形式はアカペラからトランペットに入る応援方法なので応援歌の歌詞を覚えていない人は、
 しっかりと聞いて覚えましょう!
・背番号と選手名をクリックすれば応援歌が流れます。

全選手の応援歌を覚えて球場で大きな声で歌いましょう!
(注意!応援歌に入る前のアカペラの時は絶対にメガホンは叩かないで下さい!)



<更新情報!> 更新履歴
2014年の新応援歌の球場音声を全て公開しました!
(攻撃開始、ヒット、得点、本塁打、勝利のテーマ、つなげ、アブレイユ(ファンファーレ)ミランダ、杉谷(右打席用))

・ブログ再開しました。良かったらどうぞ・・・!

<プルトップ募集!>
・当サイトで公開している応援歌を制作している、ファイターズ私設応援団「闘将会」は、今季もプルトップを集めるそうです!
※今年の目標は車椅子1台送ることだそうです。ぜひ1個からでも、闘将会の方まで渡してください!

<各種応援歌のコーナー!>
・杜の都 仙台限定応援歌!・鳴り物が使用できない「Kスタ宮城」で行われている限定の応援歌を掲載。
・OB選手別応援歌!・使用されなくなった過去の応援歌を掲載。
・年度別各種メドレー!・各年代の1−9メドレー、全選手メドレーを掲載。
・歌詞カード!・ファイターズ私設応援団「全国闘将会」様のホームページに飛びます。URLが新しくなりました!
・応援歌の歴史・ファイターズの応援歌の歴史について掲載。過去の応援歌の歌詞を一挙掲載。
・各球場のウグイス嬢・各球場のウグイス嬢を公開。球場によって違うのも面白い!

<コールが特殊の選手>
(野手)陽 岱鋼→陽岱鋼、飯山裕志→裕志、岡 大海→大海、北 篤→篤、杉谷拳士→拳士
(投手)武田 久→久、中村 勝→勝、武田 勝→勝 

<応援歌製作>全国闘将会

     2 0 1 4 年 新 応 援 歌 コ ー ナ ー♪

・2014年。北海道移転11年目を迎えるにあたり、多数のケース別応援歌が変更となりました。
 最下位からの巻き返しを図るためにも、気分新たに新しい応援歌を覚えて、選手達に熱い思いを届けましょう!

 ここではそんな変更点をまとめましたので、開幕までに覚えてくださいね!

◯選手名のコールについて

・岡 大海選手→コールは「ひろみ」、北  篤選手→コールは「あつし」に変更となりました!

◯新しいケース別応援歌について

☆.攻撃開始のテーマ(沖縄開催以外) 2014年から使用
・2004年から使用されてきた「北の国から」に変わり、2014年から新しい攻撃開始のテーマが作成されました。沖縄開催以外の試合では全球場でこちらの曲を使うそうです。メロディは今でも東京ドームでの試合の時は使ってますが、東京時代の攻撃開始テーマに似た雰囲気がある感じで、ちょっと懐かしい感じもする。

☆.チャンスメイクのテーマ(かっ飛ばせ!Ver)  ☆.レッツゴー!Ver  ☆.続け!Ver 2014年から使用
♪(曲♪) ゴーゴー!◯◯!(走者名) ゴーゴー!◯◯!(走者名) 3コール+◯◯!(打者名)  
・2014年から新しく追加された応援歌。通称「バントのテーマ」と呼ばれていますが「つなげのテーマ」と呼んだほうがしっくり来るだろう。オープン戦中は色々な事を試していますが、3月23日の試合では、この実録音にもある通り、例えばランナー西川・バッターミランダの場合「ゴーゴー西川、ゴーゴー西川。そして3コールで叫んだ言葉を挟んで(この場合はレッツゴー)ミランダ」となる。2ケース目は、一塁ランナー中田、二塁ランナーミランダ、バッター稲葉の場合「ゴーゴーミランダ、ゴーゴー中田、3コール+稲葉」という形になる。ランナーが複数いる場合は、前のランナーをコールする!と覚える感じですね。個人的にこの曲を使って松本剛選手の応援を早くやってみたい(笑)「ゴーゴー松本!ゴーゴー松本!レッツゴー石川(慎吾)!」みたいな(笑)

☆.ファイターズファンの唄〜勝利Ver〜(トランペットVer)   ☆.アカペラVer 2014年から使用
♪今日の喜びを みんなで分ち合おう 熱いプレーと熱い声で 勝ち取った勝利を
  ラララ〜ラ ラララララ〜 ラララ〜ラ ラ〜 ラ〜ラララ〜 
  選手もファンもチームなんだ 一つのチームなんだ 選手もファンもチームなんだ 一つのチームなんだ
・2014年から新たに作成された歓喜のテーマ。主な使用場面としては、チームが勝った時の試合終了後と二次会の場面。今までにファイターズに無かった取り組みとなる。最下位から巻き返してシーズン終了後には、この曲を使って優勝の歓喜を味わいたいもんですね。

☆.ヒット&出塁&進塁のテーマ 2014年から使用
ヒット&出塁&進塁のテーマも2014年から変更。2014年は変更が多いシーズンとなり、色々と思うファンもいるかもしれませんが、長年チームを応援していると変更というものは必ず発生すること。それでレジェンドシリーズとかで過去に使われいた曲が復活したりすると「懐かしいな〜」と感じるものなんですよね。

☆.得点のテーマ(ビジター版(沖縄開催以外))  ☆.逆転の場合 2014年から使用
・得点のテーマも2014年から変更。東京ドームの試合を除くビジターでの試合に限りこのメロディが使用されるが、北海道での試合に限り「ヒット&出塁&進塁のテーマ」を1回、流した後に「お〜い北海道」が流れる形となる。いつか録音してきますね(笑)ちなみにオープン戦の頃は「ヒット&出塁&進塁のテーマ」を1回流した後に、暫定としてショートバージョンのファイターズ讃歌を使用していました。

☆.本塁打&勝利のテーマ(ビジター版(沖縄開催以外)) 2014年から使用
・本塁打ファンファーレは変更されませんが、その後のテーマは上記のテーマとなる為、誰かが本塁打を打つまでは未公開(笑)3月23日以降の試合で果たして誰が打つかな!?と書いていたらルーキーの岡大海選手が本塁打を放ちましたが、あまり良い音で取れなかったので来日初ホームランを放ったミランダ選手の音源で。


1.陽  岱鋼 福岡第一高ー日本ハム(06年高校D1巡目)
♪飛ばせ 飛ばせ遙か夢の彼方へ 届けろ祖国の地へと 加油ジャーヨ!岱鋼! 今ここから
・高校生大型遊撃手ということでドラフトの目玉となった陽仲壽。しかしドラフトは悲劇なものとなった。一旦は抽選の結果、入団を熱望しているホークスに決まったのかと思ったが、実はファイターズが当たりくじを引いていたことが判明。同じ台湾出身の王貞治監督の下でやりたいという夢があり、思わず涙を流してしまった。「拒否るかなぁ」と誰もが思ったが、ファイターズの熱意により無事に入団。入団後は「ポスト金子」として期待され、ファームではショートのレギュラーに定着したが、とにかく守備が酷く、全体的に荒かった。今でも忘れられないが、見に行った試合の中ではイージーなショートフライを落球したこともあった。ただ、バッティング面では粗さもあるが良いものがあり、当時は松井稼頭央に憧れスイッチヒッターにも挑戦していた。2年目に一軍で初出場も飾り、初安打・初打点も記録。4年目には初本塁打も記録したが、一軍には定着することが出来なかった。5年目からはショートを諦め外野手に挑戦。元々、足が速く肩が強かったので、外野向きだったのかもしれないが、守備は無難にこなして不安は消えた。名前も「仲壽」→「岱鋼」に変更。台湾の親善試合ではグランドで奥さんに結婚指輪を手渡したことでも一部では有名にもなった。そこからは中田翔と共に「指定強化選手」に選ばれ試合出場を増やした。試合出場を考えると、応援歌はなかなか作られなかった方だったが、2011年にライトのレギュラーに定着し規定打席にも到達すると、2012年からは文句なしに応援歌が作成された。メロディは新曲で歌詞には台湾で「頑張れ!」を表す「加油!」が入った。その期待に応え、全試合出場を達成して優勝に貢献。2013年からはSHINJO選手、森本稀哲選手などが付けた背番号1番を継承。47盗塁を決めて球団史上初の盗塁王に輝いて、球団の顔に成長した。ちなみにホークスでプレーしていた陽耀勲と独立リーグでプレーしていた陽耀華は兄に当たるが、皆同じ顔をしている(笑)
<使用歴>陽 岱鋼(12年〜)

2.大野 奨太 岐阜総合学園高ー東洋大ー日本ハム(09年D1位)
♪守りの要 夢見たこの場所で チームを背負い更なる高み目指せ
・ファイターズでは即戦力捕手としてのドラフト1位指名は初。それぐらい溢れる才能を持っている選手だ。学生時代からキャプテンシーを持った選手として常にチームの要的な存在。特に大学時代には監督の右腕として東洋大学を大学No’1に導いた。ドラフトで複数球団競合した現ホークスの大場翔太投手を後輩ながら好リードで導いた実績も輝かしい。ファイターズ入団後は、1年目から「即戦力捕手」のプレッシャーに負けず77試合に出場。日本シリーズではスタメンマスクを被ったが、ルーキーでは史上初のことだった。ただ、まだまだ勉強が多いのも確かなところだが、じょじょに克服中。個人的に気になるのは、自分より年下の選手をリードしたり、力が落ちる投手の場合、その投手をどう活かしてリードをしていくのか。そこが課題ではないかと感じる。そこは、正捕手争いを演じている鶴岡選手とは経験の差になってしまうのだろう。ちなみに、この二人、球歴が極端に違う為、見ているファンとしても、この二人の正捕手争いは楽しみだし、お互いがレベルアップしていければ素晴らしいと思う。しかし、2012年はバッティング、リードでも悩みが続き、鶴岡選手に大きく離されてしまった1年となった。そんな状況の中、2013年からは、小笠原選手や高橋信二選手が着用した背番号2番を着用するという大抜擢。結果、チームは最下位に終わったが、課題だったバッティングも多少は改善され、盗塁阻止率は高い率を残した。2014年からはライバルでもあり良き仲間でもあった鶴岡選手がホークスへ移籍し、選手会長も引き継ぎ、キャッチャーとしても一本立ちが期待される大事なシーズンとなる。応援歌は3年目のステップアップとなる、2011年に作成されたもの。「守りの要」「チームを背負い」など大野選手にピッタリのフレーズが入っている歌詞で応援歌も渋くてカッコイイ曲調となっている。この新曲と共に数年後にはリーグを代表するキャッチャーに定着してほしいところだ。
<使用歴>大野奨太(11年〜)

4.飯山 裕志 れいめい高ー日本ハム(98年D4位)
♪裕志 裕志 かっ飛ばせ裕志 ラッララーラララ ラーラーラー かっ飛ばせ裕志
・ルーキーの時から強肩の内野手ということで評判の高かった飯山選手。なかなか表舞台に出てくることはなかった選手の一人だった。しかし、01年のフレッシュオールスターで優秀選手を獲得。さらに怪我人が続出した為、ファームでは本職ではない外野などを守ったりしてユーティリティープレーヤーとして評価をあげてきた。とても練習熱心な選手だが、それを表すエピソードとして、当時二軍監督だった白井一幸のノックで「これでラスト!」となるはずだったのが・・・そのボールをスタンドに投げて「まだまだ受けたい!」という態度を示したというエピソードがある。入団当時、守備はそこまで評価が高い選手ではなかったのに、ここまで来たのは努力の賜物だろう。バッティングでは、04年にはファームで104三振というとてつもない三振数を記録してしまったが2年連続で二桁本塁打を放つなどして力もつけてきた。そして、05年から一軍での出場機会数を着実に伸ばしていき、キャッチャーにも挑戦。(一度だけ試合でマスク姿を見たことがあります)さらに、06年には開幕スタメンを掴み、開幕2戦目で好プレーを魅せた時には、ヒルマン監督が「あれは飯山しか出来ないプレーだ」とサードの守備を絶賛した辺りから、守備固めで起用される機会が増え、優勝に大きく貢献した。08年からは守備職人と言われた奈良原選手が着用していた「4」を継承することになった。ただ、打席に立た機会が少ない為、応援歌を作られることが無く、登場曲でもある、長渕剛の「勇次」を聞ける日は貴重だったが、2010年5月5日に個人応援歌の作成を発表。曲はたまにお遊びで使われていた曲で、コールも「飯山」から「裕志」に代わることも同時に発表された。そして、8月20日の札幌ドームでの試合で1−4とリードされた、9回2死1.2塁の場面で13年目で初となる同点3ランホームランを放った。”縁の下の力持ち”まさにそんな言葉がピッタリな選手だ。
<使用歴>飯山裕志(10年途中〜)

5.小谷野栄一  ☆.栄一コール 創価高ー創価大ー日本ハム(03年D5巡目)
♪遥か天高く 空に輝く 栄光を掴め 小谷野栄一
・パワフルなバッティングで1年目からファームのレギュラーに定着して大活躍。期待された2年目には東京ドームの試合でサヨナラヒットを打ったときに、あの松坂大輔と少年野球時代、同期で同じチームだったということを取り上げられたが、一軍に定着するまでにはいかなかった。そして飛躍の3年目、持ち前の打撃に加え、内野・外野を守れる器用さも評価され出場機会が倍増。交流戦のタイガース戦ではプロ初本塁打も放ったり活躍。順調に伸びていき、06年には新曲が作られたが、打撃不振なども重なり出番が減少。さらには「パニック障害」という病気にかかってしまい、打席に入る時なども目眩が起きるなど、練習に参加出来ない日々も続き、戦力外通告も覚悟したほど辛い1年となってしまった。しかし、病気も克服しながら打撃フォームを微調整して挑んだ07年シーズン。同じ病気にかかった人達にも勇気を与えたいと、昨年の苦しみを今年の励みにして、交流戦から結果を残し、初めてレギュラーポジションに定着して終盤には4番も経験して連覇に貢献。2010年には初のタイトルとなる打点王を獲得したように、特にチャンスの場面では燃える選手でファイターズファンの中では「小谷野に回れば何かやってくれる」という不思議な期待感がある。さらに、バッティングだけでなく、サードの守備でも華麗なグラブ捌きと安定したスローイングを見せて、ファイターズが長年希望していたゲッツーを取れる三塁手に成長。今ではゴールデングラブの常連になるなど、球界No1と評価されるぐらいだ。06年に作成された新曲は曲調も独特だが、最後の「こ〜やの〜えいいち〜」の部分は球場に良く響きなかなかいい曲だ。また、後楽園球場を本拠地としていた時代に柏原純一選手の応援コール「じゅんいち!」を元にした「えいいち!」コールを、仙台では使用していたが、2012年からは全国で使用されることとなった。
<使用歴>小谷野栄一(06年〜)

6.中田  翔  ☆.ホームラン!中田翔! 大阪桐蔭高ー日本ハム(08年高校D1巡目)
♪勝負決める一振り 血と汗の勲章 その手で夢掴め さぁはばたけ中田
・元ライオンズの大島裕行が持っていた高校通算本塁打の記録を塗り替え「20年に1人の逸材」「清原2世」との呼び声も高かった逸材を4球団が競合した中で交渉権を獲得。背番号も2000本安打も達成したミスターファイターズ田中幸雄が背負っていた「6」を受け継ぎ、高卒ルーキーながら新曲の応援歌も作られた。個人的には覚えやすい奇麗な素晴らしい応援歌だと思っている。そんな期待が高かった1年目だったが、オープン戦で初打席初本塁打で飾るものの結果が残せず、開幕二軍スタート。開幕当初は苦しんだ時期もあったが、打撃フォームも改造しプロの水に慣れたかな〜と思った矢先・・・怪我で長期離脱することになってしまった。9月に復活したが、残念ながら1年目は一軍でプレーすることはなかった。でも、鎌ヶ谷で1年間頑張ってきた結果は必ず結びつくはず。期待されている2年目も開幕は二軍スタートだったが31試合で脅威の10本塁打を放つなどして、一軍初昇格。札幌ドームで初安打を放つも、初本塁打とはならなかったが、二軍では本塁打と打点の二冠王に輝いた。そして、3年目の7月20日の札幌ドームでの試合で大嶺投手から待望のプロ初ホームランを放った。今後は大きく飛躍をして、4番に定着してくれると信じている。と書いていたが・・・2011年は小谷野の負傷もあり、交流戦辺りから「4番・中田翔」が定着。勝負強いバッティングを見せてくれた。2012年も「開幕から4番に定着」長く不振が続いたものの、打撃フォームのマイナーチェンジも行い覚醒。勝負強いバッティングも見せた。2013年も引き続き4番に定着して108試合で28本塁打という順調なペースで本数を伸ばしていたが、デッドボールで左手甲を骨折して戦線離脱。自身初のタイトル獲得とはならなかった。今季は本塁打と打点の二冠王を狙いたい。ちなみに、ルーキーでは鈴木・中島などに応援歌が付けられたケースはあるが、高卒で応援歌が付けられるのは初めてのケースとなった。
<使用歴>中田翔(08年〜)

7.大引 啓次 浪速高ー法政大ーオリックス(07年大社D3巡目)ー日本ハム(13年)
♪目指し続けてきた 勝利への道のり 今ここで示す 大引啓次
・キャンイン直前の1月23日に衝撃が走った。契約で揉めていた糸井嘉男選手と、不振が続いていた八木智哉投手を放出して、オリックスから大引啓次、赤田将吾、木佐貫洋の3選手を獲得した。ファイターズファンの間だけではなく、プロ野球ファンの間でも「なぜ!?」など語られてしまうような電撃トレードだった。しかし、金子誠選手が開幕絶望的な今、即戦力となる遊撃手はどうしても欲しかった。そこで、球団が目を付けたのは大引選手。とにかく意地でも取りたい気持ち一心で糸井選手を交換要員として獲得した。決して足が速いようなタイプではないが、右打ち・追い込まれてからの粘り・チームプレー・さらには2013年からオリックスでは選手会長を務める予定だったぐらいの人望とリーダーシップ。タイプ的にも金子誠選手と似たようなところもあり、そういう面を評価して金子選手の穴埋めには丁度良いと感じたのではないだろうか。個人的にも決して目立ちはしない存在だが、細かい野球を得意とするファイターズでは、大引選手のようなタイプがより一層、輝ける場所なのでは?とも思える。背負ったものなどなどは重いものがあるが、大引選手は大引選手らしくプレーしてもらいたい。期待に応えショートのレギュラーに定着。2014年からは移籍2年目では異例の抜擢となる、キャプテンも務めることとなる。余談だが、大阪市住吉区にある「神須牟地神社」の神主の次男でもあり、オリックス時代には、”神の申し子”として呼ばれていた。関西に足を運んだ際には訪れてみては!?
<使用歴>大引啓次(13年〜)

8.金子  誠 常総学院高ー日本ハム(94年D3位)
♪狙いは誠、絶好球 飛ばせ遥か スタンドへ
・高卒3年目の96年からレギュラーに定着してセリーグの仁志敏久と共に常総学院コンビで新人王を獲得。その後も定評のある守備力と派手さはないが勝負強い打撃とレギュラーに完全定着。そんな順風満帆に見える野球選手生活だったが、05年は意味深の起用で開幕二軍スタート。でも、そんな状況でも腐らずファームで結果を残して後半戦には再びショートのレギュラーに定着。やはりファイターズの内野陣には金子の守備がないと締まらないということがハッキリ分かった。06年からは小笠原選手から引継ぎ選手会長にも就任。挨拶などは「岩本さんと小笠原さんの間を目指す」と言っていたが、その通りになっている(笑)(07年からはキャプテンも兼任)なんと、就任してからチームは2連覇で、お立ち台での「僕を見に来てくれてありがとうございます!」と、ビール掛けの始まりの挨拶「今日は暴れるぞ〜!」は決めセリフとなった。そして、2009年には連続二塁打記録、二桁本塁打、自身初の3割を記録するなど打撃面で覚醒。「恐怖の9番打者」と呼ばれた。体は常に満身創痍の状態だが、本当にチームの中心選手になっている。生え抜きでチーム一筋ということもあり、将来は監督候補になるか。応援歌のほうも早速付けられたが、曲は”島田誠”から”誠”繋がりで流用。背番号も金子が03年に8番に変更して島田誠と同じになった(笑)ちなみに歌詞は金子オリジナル。その歌詞は歌いやすく、物凄く覚えやすい曲だ。一時はファンファーレ付きの新曲が作られるという話しもあったとか。余談だが原曲有り。探してみよう!
<使用歴>島田誠(?年〜90年)→川名慎一(?年)→金子誠(97年〜)

9.中島 卓也 福岡工業高ー日本ハム(09年D5位)
♪夢に向かって突き進め 後ろ振り向かず その先にあるのは一つさ その手で掴みとれ
・08年オフのドラフト後、指名選手一覧を見た瞬間「高卒内野手で福岡出身・・・まさに、田中賢介選手と同じ経歴。この選手は来る。応援しよう!」ちょっと早いかもしれないが、プレー姿を見る前に自分が心に決めた瞬間だ。いざ、プレー姿を見てみると線は細いが、走塁・守備面は問題が無く、野球の基礎が身に付いている印象を受けた。バッティングは力不足が目立ったが、シュアに打てる能力は将来的には3割を打てる力も感じた。首脳陣からの期待も大きくファームでは1年目からショートのレギュラーに定着。オフからは田中賢介選手と宮古島で合同自主トレ。応援している賢介とタクで二遊間を組むのが夢なので、個人的にも凄い嬉しかった。自主トレでは毎年の様に技術を盗みバッティングフォームも賢介選手を参考にじょじょに固まってきた。そんな2年目のある試合。走塁で右足首靭帯の損傷してしまった。後から聞いた話ですが、翌日から初めて一軍に呼ばれる予定だったらしい。それだけに本人も悔しかったそうだ。そこから「一軍にあがる!」その一心で取り組み、3年目で初の開幕一軍、プロ初打席、初盗塁も記録して飛躍への第一歩を踏み出した。そして、2012年からは応援歌作成!感激!メロディは高木豊の応援歌が18年振りに復活した。ちなみに中島選手の両親とお会いする機会があり、お話ししたのですが、その際に「卓也は初球(ファーストストライク)は絶対に振らないんだよね。小さい頃から」と言っていた。確かにそうだ。しかし、2012年からは初球からも積極的に打ちにいっている。変えたキッカケは今度聞いてみようと思うが、今年の中島卓也・・・何かが違う。同期のキャラクターが明るい杉谷選手に目がいってしまうと思いますが(笑)ぜひ注目してみてください。あえて一つ要求するとなると、送球する際に腕が遠回り気味になってしまい、ワンテンポ遅れてしまう事があるので、金子誠選手みたいにスナップスローが出来るようになると、レギュラーの道は目の前にあるはずだ。2013年シーズンはプロ入り初めてのお立ち台に立つなど、自己最多の127試合に出場し、23盗塁を記録。大きくステップアップした1年となった。2014年からは背番号が9に変更となり、さらなる活躍が期待される一年となる。
<使用歴>佐藤文彦(?年〜90年)→高木豊(94年限り) →中島卓也(12年〜)

10.赤田 将吾 日南学園高ー西武(99年D2位)ーオリックス(10年)ー日本ハム(13年)
♪遙かな光目指し 茨の道を行け 輝きある大きな 夢を掴むまで
・まさか、あの赤田将吾がファイターズでプレーする日が来るとは・・・夢にも思わなかった出来事だ。本当にライオンズ時代には、苦しめられた選手だ。内角は思いっ切り引っ張ることも出来るし、コンパクトなバッティングも可能。しかもスイッチヒッター。厄介な存在だった。セカンドを守っていた時期もあり、内野外野守ることが出来る。嫌なイメージしか無い。そんな赤田選手も2010年の開幕前にキャプテンという立場でありながら、オリックスへトレードで移籍することとなる。ライオンズの選手の中には号泣した選手もいて「凄い人望が厚かったんだな」と感じていた。しかし、移籍後はサヨナラ打を打ったりと大きな仕事はしていたが、目立った活躍は少なく一軍での姿も見なくなっていた。そして、2013年からは2度目となる電撃トレードでファイターズへ移籍。ワンピース好きということも良かったのか、若手選手を引き連れて食事に行くなど、とにかく溶けこむのが早かった。性格の良さも素晴らしく、キャンプを見に行った時には朝から熱心にサインを書いていた。なんと、移籍して1年も経っていないのにバレンタインデーの数がトップ。この結果が全てを表している(笑)移籍初年度はファーム落ちも経験するなど思うような結果が残せない苦しいシーズンとなったが、腐らずプレーして終盤には無くてはならない存在となった。応援歌は上田選手の曲が8年振りの復活となった。
<使用歴>上田佳範(97年〜05年)→赤田将吾(13年〜)

11.大谷 翔平 花巻東高ー日本ハム(13年D1位)
♪迷わずに駆け抜けろ 伝説の幕が開ける
                   さあ 気持ち込めて 進め 狙い定め 跳べ!大谷 夢の向こう側へ
・高校野球の予選でMAX160キロを計測。まずは、この事で世間を騒がした大谷選手。次に驚かせたのは「メジャーに行く」と宣言したものの、ファイターズがドラフト1位で指名してしまったこと!ホントに指名するとは思わなかったので、正直ビックリ。しかし、その後が大変だった、18歳の心を何とか動かそうと、日本シリーズ前後にも関わらず、栗山監督も何度も自宅へ足を運んだり多忙な日々を過ごした。そのお陰もあり、ファイターズに入団することを表明。揺れ動いたキッカケは、ダルビッシュの背番号を渡すということもあったかと思うが「夢への道しるべ」というタイトルで、過去のメジャーリーグ挑戦した選手の一覧などが記載された複数枚にわたる資料を通して説明したことと、何より投手・野手どちらもやれること。いわいる「二刀流」である。しかし、その言葉を聞き「無理無理!」とならないのが大谷選手の持っているものの素晴らしさ。「ピッチャーの方が良い」「バッターの方が良い」など様々な意見が飛び交っているが、修羅場を経験したOB選手の中でも意見がわかれるということは、それだけ投打両方共素晴らしいということだ。応援歌は中田選手に続き高卒1年目で応援歌作成。応援歌の長さも二刀流!?ファイターズ史上最高の長さとなった。ここも規格外である(笑)さぁ!大谷翔平伝説の幕開けだ!結果、1年目はいきなり開幕戦でスタメンに名を連ねてお立ち台に立つなど、野手として3本塁打を放つ。投手としても打線の援護にも恵まれて3勝0敗。高卒1年目としては素晴らしい成績を残した。2年目となる2014年は投手を中心に中6日でローテ入りを目指す予定だが、二桁勝利は期待しても良いだろう。
<使用歴>大谷翔平(13年〜)

26.西川 遥輝 智辯和歌山高ー日本ハム(11年D2位)
♪今だ西川 遥かに続いた道を 走れ西川 輝くその日まで
・智辯和歌山高校出身の選手は大成しない。そのジンクスを打ち破ろうとする選手が現れた。西川遥輝だ。入団前から肩の故障など怪我で悩まされることが多い選手だが、怪我をしていても甲子園でスタメン出場してヒットを打つなど、潜在能力は抜群の選手だ。しかし、入団後も5月に右肩の手術を行うなど、1年目は満足した打席数を重ねることが出来なかったが、日本選手権では希望を繋ぐタイムリーを打つなど、バッティングセンスは抜群。おまけに足も速く、2年目には開幕一軍をゲット。さらには東京ドームの試合では、代打でプロ初本塁打も放った。ここまでは先輩の田中賢介選手と同じような流れでもある。そして、チャンスが舞い込んできたのは8月下旬。田中賢介選手が負傷してしまい戦線離脱。その穴埋めとして起用されたのが西川だった。その後は持てる力を存分に発揮しリーグ優勝に貢献。移動中でもビールを飲んでしまう程、ビールが大好きらしいが、ビール掛けでは本当にテンションが高かった。そして、2013年からは応援歌が作成された。ただ、僕は他球団のマークも厳しくなり西川選手は今年は苦しむのでは?と予想している。そんな簡単に上手くいくような世界ではない。レギュラーを完全に確保するまでは、初心の気持ちを忘れないでほしい!ちょっと今のままでは、首を傾げてしまうことあるが、それが、じょじょに無くなっていけば、レギュラーの座は近いだろう。と書いていたが、開幕スタメンに入るなどレギュラーに定着したが、シーズン途中で戦線離脱。シーズン中盤には復帰し、バッティングは非凡な物を魅せたが、守備ではエラーが目立ち、ファンからは賛否両論の声が飛び交った。ただ、まだ高卒3年目。まだまだこれからの選手。2014年シーズンは外野に挑戦するという話しもあるが、レギュラーに定着すれば首位打者も期待出来るのではないだろうか。ちなみに応援歌の歌詞は「西川遥輝」の文字が全て入っている。
<使用歴>西川遥輝(13年〜)

27.中嶋  聡 鷹巣農林高ー阪急・オリックス(87年)ー西武(98年)ー横浜(02年)ー日本ハム(04年〜)
♪魅せろ男中嶋 秘めたその力で バットに想い乗せて 夢を天高く飛ばせ
・オリックス時代に、星野伸之のボールを素手とったことでも有名だが(笑)お遊びでマウンドに立てば140キロも記録(06年はなんと146キロを記録した)するほどの強肩が武器でオリックス黄金時代の正捕手。98年にライオンズへFA移籍すると、松坂のルーキー時代には良き女房役を務めた。その後、ベイスターズを経て、04年からは捕手不足となったファイターズに金銭トレードで移籍。2〜3番手捕手として出場は多かった。移籍後、応援歌の発表はなかったのでベテラン捕手に向かって「勝利を誘う晴れ舞台」と歌っていたが、06年から田口昌徳選手の流用だが歌詞を変更して応援歌が作られた。しかし主にMICHEAL専用の抑えキャッチャーに定着してしまって二次会ぐらいしか応援歌を聞く機会がないために、たまに回ってくる打席は貴重だ。07年からは今までの経験を生かし選手兼任バッテリーコーチに就任するため、開幕当初は出番はなかったが・・・投手陣が不振のため一軍登録。昇格後は的確なリードと信頼で投手陣も調子を取り戻し、二連覇を達成!MICHEALー中嶋のバッテリーが2年連続の胴上げバッテリーとなった。しかし、MICHEALが移籍した2009年以降は通算でわずか25試合出場したのみと、かなり限られているが、実働年数27年を記録。あの野村克也さんを抜き、野手としては史上最長年数となっている。まだまだ若々しいプレーを魅せてくれる最後の阪急戦士。まだまだ引退出来ません(笑)
<使用歴>二村忠美□田口昌徳(?年〜01年) →中嶋聡(06年〜)

41.稲葉 篤紀  ☆.チャンスVer! 中京高ー法政大ーヤクルト(95年)ー日本ハム(05年〜)
♪今、見せろ お前の底力を 突き進め 勝利を掴み取れ
・05年にスワローズから球団初のFA移籍でファイターズに入団。しかしメジャーに行きたいという夢が叶わずという感じであったので、合流したのはキャンプ終盤だった。そのため調整不足からか1年目は結果を出せなかったが、全力プレー、全力疾走で選手やファンからも信頼を得た。そして、背番号を58番から慣れしたんだ41番に変更して挑んだ移籍2年目。「5番ライト」として完全に定着して頼れる打者として活躍!優勝に貢献して、ベストナイン・ゴールデングラブにも選ばれて充実した1年となった。さらに翌年も初タイトルとなる首位打者を獲得するなど、チームには欠かせない選手となった。年齢を積み重ねると同時に味が出てきた珍しい選手だ。2000本安打までもカウントダウンの領域に入ってきた。応援歌は新曲で稲葉らしい爽やかで人気のある曲。06年からチャンスで回ってきた打席のみファンファーレを使うことになった。曲に合わせてジャンプする応援も追加され、通称「稲葉ジャンプ」。札幌ドームでの試合では、構造上の問題もあるが、かなりの人数が飛び跳ねるので中継画面が揺れてしまう。ちなみに発祥は仙台で、チャンスの場面で「稲葉ジャンプ」が始まるのは本人も理解したらし?、最近はジャンプを見るために、わざと打席に遅れて入っているが、実はベンチにいる選手達もジャンプを見たいらしく「初球は打たないでください!」とか、チャンスの場面になると「早く飛べ!」とか言っているとか(笑)2012年は、2000本安打・2000試合出場などなど記録ラッシュな1年となった。2013年からは志願して兼任コーチに就任したが、WBCに出場した疲れなどもあったのか、近年ではワーストなる成績となってしまい、本来の稲葉篤紀のバッティングをなかなか魅せることが出来なかった。野球人生をかけた2014年はコーチ兼任の肩書を外し選手専任で挑む。まだまだ終わってほしくない。ぜひ復活を期待したいところだ。
<使用歴>稲葉篤紀(05年〜)

42.ミチェル・アブレイユ(ファンファーレ付) ☆.アカペラVer 日本ハム(13年〜)
♪君なら勝利を掴めるさ アブレイユ 魅せろ不屈のその心 ホームラン
・僕が名護キャンプを見に行った2月9日から10日間の入団テストが始まったアブレイユ。パッと見た印象は、ファイターズでプレーしていたブルックスみたい!と思った(笑)フリー打撃では大振りする傾向もなく、非常にコンパクトなスイングでスタンドに放り込む姿を見て「面白いかも?」とは思っていた。しかし、実戦初出場となった練習試合。雨の中という悪条件があったものの、初打席はいい所なしの三振!左がその時の写真なんですが。良く見たらスパイクではなくアップシューズを履いていたことが判明!スパイクが届いていなかったそうだ。そんな状況を見て心配になったのか?ケッペルがアブレイユにスパイクをプレゼントしたらしい。そしたら、次の実戦でバックスクリーンへホームラン!この1本で入団が決まったと言えるだろう。ちなみに、その前日。ブルペンまで足を運んで、打席に入って矢貫投手の球筋を確認していた姿が印象的だった。そして、応援歌は・・・「まさか!?」とは思っていたが、あのアルモンテの曲が復活!悪い曲では無いのだが、選手が選手だったので、この曲を素晴らしい曲にするにはアブレイユの活躍が必要だ。アブちゃん、頼んだぞ!と、記載していたら・・・31本塁打を記録して、ウィルソン以来となる来日1年目で本塁打王を獲得。さすがにここまでの活躍は予想出来なかったが、お陰様でアルモンテの嫌なイメージは完全に払拭され、2014年からはファンファーレが追加されることとなった。
<使用歴>アルモンテ(05年)→アブレイユ(13年〜)

44.鵜久森淳志 済美高ー日本ハム(05年D8巡目)
陽光ひかりの中に 素晴らしい明日あすを見つけて がむしゃらに追い掛けろ 煌めく世界を
・ダルビッシュを獲得することが出来た05年のドラフトだったが、ドラフト8位という順位で鵜久森選手を指名することが出来たのが、凄い嬉しかった。右肩に爆弾を抱えていた為、他球団は指名を敬遠したらしいが(ちなみにタイガースが次に指名予定だったとか)当時は若き和製大砲が不足していただけに、夏の甲子園で3本塁打を放つなど、本塁打を量産した鵜久森選手には大きな期待が込められていた。入団後も、2年目のシーズン序盤に、一軍の枠に空席が出来たため。ヒルマン監督の「鵜久森はどうなんだ」という一言で、3日間限定で一軍昇格を果たし、SHINJOが引退宣言を行った試合でプロ初出場・初打席を飾った。結果は三振だったが、東京ドームのスタンドは大いに沸いた。その後も、ファームでは「4番」に定着。しかし、プロの壁は厚かった。1年目には8本塁打を記録したが、2年目は、わずかに4本。三振もとてつもなく多く「4番は荷が重いんでは・・・」とファンが心配する声もあった。そんな現状を打破したのは大村巌コーチとのバッティングフォームの修正。まるで大村コーチの現役時代の構えのように腰をかがめ、一年目のような豪快なフォームは見られなくなってしまったが、確実性は上がった。それからは一軍でも初安打を放ち、打撃フォームも腰がじょじょに上がっていき、写真のように以前のようなフォームに戻っている。中田選手のプロ初本塁打で盛り上がった2010年シーズンだったが、応援団からも大きな期待が込められ新曲が作成された2011年は、鵜久森選手のプロ初ホームランで球場を盛り上げることは間違いないだろう。と、シーズン前に書いていたが・・・7月30日にプロ初ホームランを放った。
<使用歴>鵜久森淳志(11年〜)

46.ホアン・ミランダ 日本ハム(14年)
♪吠える一撃 そのパワー魅せてくれ 打てミランダ レッツゴーミランダ
・キューバ出身のアブレイユ選手が活躍し本塁打王を獲得した2013年。翌年、同じキューバ出身のミランダ選手を入団テストを経て獲得を決めたが、昨年の4月辺りからリストアップされていたという。バッティング練習を見た限り、内角低めの落ちる球を見極められれば、それなりの成績を残すのでは?と予想している。ちなみに、ここに掲載している写真ですが、丁度私が名護に入った時に来日した両選手を撮影したもの。二人とも良く似ていて「どっちがアブちゃん?」と周りのファンに聞かれたぐらいだ(笑)補足すると左がアブレイユ選手で、右がミランダ選手となる。そういえば1997年も同時に入団したウィルソン選手とブルックス選手の容姿が似ていて「双子外人」とも呼ばれていた。プレーの方でもウィルソン選手が長距離砲、ブルックス選手が中距離打者として「ビックバン打線」と呼ばれていた強力打線の中心として共に引っ張っていた。個人的には、この両外国人も当時の二人みたいに切磋琢磨しながら、チームを引っ張ってもらえればと期待している。応援歌は新曲が作成されたが、いかにもファイターズの外国人選手の応援歌という勇ましいメロディだ。
<使用歴>ミランダ(14年)

51.村田 和哉 市立船橋高ー中央大ー日本ハム(08年大社D4巡目)
♪さぁ行けよ村田 疾風の如く フィールド駆け抜け勝ち取れ 勝利の栄光を
・09年に優勝を決める決勝のホームを踏んだ選手。球団からも大きな期待が込められているのが分かる。しかし、08年のオフに工藤隆人選手、2010年のオフに紺田敏正選手、さらには森本稀哲選手のFA移籍と、同タイプの選手を放出するなどチャンスは与えられているが、なかなかチャンスを掴めない。一軍だとハリキリ過ぎてしまうのか、ちょっと暴走が多かったりしている。村田選手の強い気持ちの現れかもしれないが、そろそろ走塁への安定感も欲しい所。バッティングもボテボテの当たりを打ってヒットを稼ぐよりも、鋭い打球を打つのが持ち味だが「他の選手とは違うぞ!」という村田選手の特徴が生かせるようにイメージチェンジをしなければいけないかもしれない。それが一軍定着への近道なのかもしれないのでは?と最近感じている。2013年シーズンは、オープン戦から良い動きを魅せていたので、起用されれば面白いかも?と密かに思っていたが、首脳陣には届かず、ファームでもスタメンで起用される機会が減少。しかし、そんな中でも腐らず、数少ない打席で結果を残していた姿が印象的だった。そんな努力がシーズン終盤に4打数4安打を記録するなど結果として現れた。2014年シーズンは勝負の年となるが、スタメンとして試合出場を増やしても面白いとも思う。ちなみに、村田選手がルーキーの頃。鎌ヶ谷のイベントで「昨年、高校野球で優勝した高校はどこでしょう!」という問題で、既にその前の問題で間違えていたため「母校はどこですか?」と聞いたら「市船です!」と言っていたので「それ書きましょう!」と言ったら、本当に書いてくれて、ボードを高々と挙げてくれた?、地元の高校ということもあり、笑いを取ることが出来た。後日、鎌ヶ谷の常連でもある村田選手の両親から「ありがとうございました!」と感謝されたのはいい思い出だ(笑)応援歌は、工藤隆人選手の流用。工藤選手の応援歌を1年でお蔵入りするには勿体ないぐらい良い曲だったし、同タイプの選手なだけに違和感はないだろう。
<使用歴>工藤隆人(08年限り)→村田和哉(11年〜)

61.杉谷 拳士(左打席Ver) ☆.右打席Ver 帝京高ー日本ハム(09年D6位)
♪グラウンドに 輝く一番星を その拳を上げて 掴め 杉谷拳士

※右打席・左打席でメロディは違いますが、歌詞は同じです。
・08年。鎌ヶ谷で行われた入団テストで「あの選手は技術はまだまだだけど、元気があるから面白いな」冗談なのか本当なのかは分からないが、大きな声で入団が決まったと言われているる杉谷選手。高校時代も吉本興業からオファーが来るんじゃない?と言われていたらしい(笑)実際にプレー姿を見てみると、とにかく元気でウルサイ!(笑)今まで、ファイターズの野手にはいなかったタイプで鎌ヶ谷のグランドが静かになる日はなかった。今はさすがに辞めてしまったが、バッティング練習でも「三遊間〜!」とか叫んでいて、相手球団からも笑われていた。喋る内容が全てが面白いという訳ではないが、とにかくムードメーカーだ。プレーでも最初は力不足が目立ったが、コンパクトな打撃に磨きがかかり、ファームでは上位打線を任されるような存在になった。しかし、守備に目立つ所がなく一軍昇格のチャンスはなかなか訪れなかったが、外野にも挑戦するなどして、2011年に初出場・初安打・初打点・初お立ち台も記録。飛躍の1年となった。翌年は、開幕当初は打撃不振が続きファームでもスタメンから外されることがあったが、一軍昇格のチャンスを掴んだ後は、東京ドームでプロ初本塁打を放つなどして一軍に定着。決して順風満帆ではないが着実にレベルアップをしている。2013年からは新曲となる応援歌が作成されたが、打撃不振が目立ち、一軍と二軍を往復する機会が増えてしまった。巻き返しを期待したい2014年。プロ野球の応援歌史上初ではないだろうか?スイッチヒッターでもある杉谷選手に左打席用・右打席用と応援歌が分けられることとなった。しかも、歌詞は同じだがメロディが変わるという斬新な試み。どちらかと言うと右打席での評価が高い杉谷選手だが、色々な意味で今後共スイッチを継続してもらいたいところでもある。ファンとしては、杉谷選手がどっちの打席に入っているのか?そこをしっかりと見とかないとアカペラで恥をかくことになってしまいますので、目立ちたがりやの杉谷選手の打席をしっかりと注目して間違いのないように応援してあげましょう(笑)
<使用歴>杉谷拳士(13年(両方)〜14年(右)〜)

☆.メインテーマ Part1(途中出場の選手) 1990年頃から使用
♪勝利を誘う 晴れ舞台 (ラララ) 漲る闘志を ぶつけろ〇〇←選手名
・個人テーマのない選手に使用する応援歌。しかし2006年からは下の曲が出来た関係もあり、途中出場で個人テーマのない選手に使うことになったため聞ける機会は大きく減ってしまったが、曲は他球団の”その他の選手の応援歌”に比べれば爽やかで決して適当には作っていない素晴らしい曲。そのためか活躍してる選手でも、なかなか個人の専用応援歌が作られないため、島田一輝や高橋信二に専用応援歌のない頃に活躍していたときは、この応援歌が本当の個人応援歌と思っていた人が多数いた。特に島田はこの曲を専用にしてもいいぐらい馴染んでいた。昨年は、ここに掲載していた岩舘選手がプロ初本塁打、谷口選手がプロ初安打を記録。今年は高卒ルーキー2年目コンビの活躍を期待して掲載した。果たして?結果は、両選手とも一軍公式戦初出場を記録。おめでとう!今季は初安打・初本塁打を期待して両選手を続けて載せることにする。(写真は松本 剛選手、石川慎吾選手)
 
☆.メインテーマ Part2(スタメン出場の選手) 2005年から使用
♪行けそれ行け 打てそれ打て 走れここで輝け Let's Go FIGHTERS
・上に続くその他の選手のテーマ曲が2006年に誕生した。この曲の使用時はスタメン出場で個人テーマのない選手に使用するので、もしかしたら聞ける機会が少ないかもしれない・・・とシーズン前には書いていたが、鶴岡ら若手の成長もあり、聞ける機会が多かった。07年も工藤や陽仲壽。08年にはけが人続出の影響で、流れる機会が多い。この曲が聴けるということは、若手が昇格して、さらに一軍で活躍しているということで嬉しいことだ。曲のほうは低い音から、じょじょに盛り上げていって最後に高音と、メインテーマらしく若さが感じられる爽やかな曲。余談だが、ここに掲載している2選手が東京ドームで二夜連続プロ初ホームランを放った。昨年のタク同様に「期待している!」ということも有り載せてはいるのだが・・・ビックリ。来季、両選手に応援歌が作成された場合、ここには誰を載せようかな。と記載していたが2013年から両選手共に応援歌が作られた。このジンクスを引き継ぐのを期待して、昨年プロ初安打を放った両選手を載せることにする。(写真は近藤健介選手、谷口雄也選手)

☆.ピッチャーのテーマ 2005年から使用
♪勝利目指し闘え 力の限り尽くし 願うことは ただ一つ 勝利の二文字
・05年からセ・パ交流戦が始まった。そのためDH制のないセリーグの球団の主催試合ではファイターズのピッチャーも打席に立つので作られた新曲。原曲は沖縄民謡の「てぃんさぐの花」。そのため、札幌ドームではなかなか聞く機会がない応援歌であるが、セリーグ主催試合でもピッチャーは早めに打席が終わってしまうので、聞ける機会はそこまでは多くはない。ちなみに98年の優勝争い時にはマッキントッシュ(99年からはオバンドーの応援歌に)の応援歌が投手用になる。という話しがあったが、一時は2位に10ゲーム差をつけていたもののライオンズに大逆転を喰らって結局、優勝できずに幻に終わった。ちなみに、音源は僕が応援していた鎌倉選手が打席に入っていたのを使っていたが、2010年からの音源リニューアルをキッカケに、2011年からは音源を変更した。まぁ、投手陣で応援している吉川投手の音源を録音出来たから良しとしよう(笑)そんな吉川投手。2012年はダルビッシュ投手の穴を埋める大車輪の働きを見せてくれた。ファームで何回も見ていた思い入れのある投手だっただけに本当に嬉しかった。(写真は吉川光夫投手、武田 勝投手)

※ビハインド時の応援形式 
♪3コール ⇒ アカペラ入らず個人応援歌突入
・近年、ファイターズでは、ビハインド時の最終回の攻撃ではアカペラでの応援をやらずに、3コールから応援歌に突入ケースが多くなった。負けている展開でアカペラ中に打者が凡退してしまうと、間延びしてしまう感じな、少し微妙な空気になってしまうのがあるので、盛り上げ的な意味でも良いんじゃないかな?とは思っております。


   チ ャ ン ス テ ー マ♪


☆.チャンステーマ(橋上&森より流用) 2000年から使用
♪打て〇〇 (ワッショイ、ワッショイ!) 走れ〇〇 (ワッショイ、ワッショイ!)
           敵の野手の間を抜く 気合いの決勝打(ハイ!ハイ!ハイハイハイ!)
・各球団ともチャンステーマが増える中、ファイターズはなかなかチャンステーマが存在しなかったが、ついに、00年の途中からチャンステーマとして使用された。と、言っても新曲とかではなく、橋上選手に使用されていた曲。しかも、各球団ともすぐチャンステーマを流すものの、ファイターズは本当の大チャンスの場面以外ではなかなかチャンステーマは使われなかったので「ワッショイ」が使われる際にはかなり盛り上がった。しかし04年からは”北の国からチャンス”の登場により、使う場面は主に北の国から中心で減少してしまった。しかし、05年からは「ワッショイも忘れるなよ!」と言わんばかりに再び使われる機会が増えてきた。自分はチャンステーマと言ったらやっぱりこの曲だ。ちなみに最初の「ワッショイ!」のコールは10回繰り返す。

☆.チャンステーマ (北の国からより) 2004年から使用
♪(前奏スロー) 
  ラ〜ラ〜ラララララ〜ラ ラ〜ラ〜ラララララ〜ラ
  ラ〜ラ〜ラララララ〜ララ ララララ〜ラララ〜ララ〜

♪(本編ハイテンポ)
  ラ〜ラ〜ララララ ○○ ラ〜ラ〜ララララ ○○
  ラ〜ラ〜ラララララ〜ララ オイ!オイ!オイオイオイ!

  ゆけ!ゆけ!○○ 打て!打て! ○○
  ゆけゆけそれゆけ かっとばせ〜! ○○ (〇〇は選手名)
・04年4月から北海道移転と合わせて「北の国から」の曲をハイテンポにしたチャンステーマが登場。大チャンスの場面などでは、こちらの曲が使用されることが多い。ちなみに、今では完全に定着したが、当初は相手ピッチャーが交代するときに使ってみたりなどと、応援団も、この曲の使う場所を色々、試行錯誤していた。さらにチャンステーマになってからも、コールの仕方が変わったり、鳴子がついたりと球場に行くたびに新しい要素が増えて楽しかった。

☆.チャンステーマ(チキ・チキ・バン・バンより) 2008年から関東限定で使用開始、2011年から全国展開
♪(ファンファーレ)
 ファンファーレの後に・・・ レッツゴー○○!

♪(本 編)
 (曲♪) かっ飛ばせ○○ (曲♪) かっ飛ばせ○○ (曲♪) ウ〜〜イェイ!(ジャンプ!)

 頑張れ僕らのファイターズ 走れ速く 頑張れ僕らのファイターズ 決めろ早く

 男性:打って〜! 打って〜!○○! (男性のみで歌う)
 女性:打って〜! 打って〜!○○! (女性のみで歌う)

 全員:(ドンドドン)今だチャンスだ!○○! (最後は全員で!)  (○○は選手名)
・原曲は「チキチキバンバン」08年4月29日の試合終了後の二次会で急遽、発表された関東限定の新チャンステーマ(北海道でも作るとか、作らないとか?)途中でコールが入ったりジャンプしたり、盛り上がる要素はたくさんあるが、この応援歌の特徴は、なんと言っても男性と女性が別々にコールする部分があるところだろう。「賢介コール」で、男性・女性を分けてコールすることがあるが、正式採用は初めてとなる。早速、5月5日の西武ドームで初披露となり、5月14・15日の東京ドーム2連戦では、この新チャンステーマの効果なのか?10年振りとなる2試合連続サヨナラ勝利を飾った。選手にも「乗りがいい!」ということで評判がいいらしい。そういうこともあり、早くも「全国に!」という声が出ているが、これは関東限定でこそ味が出るような気もする。と書いていたが、2011年からは全国で使用することになった。

☆.東京ドーム限定チャンステーマ 2010年から使用
♪(前 奏)
 FI・G・HT FI・G・HT 
 ファイターズ それゆけそれファイターズ 
               ファイターズ それゆけそれファイターズ 僕らの仲間だ頑張れファイターズ

♪(本 編)
 ファイターズ それゆけそれファイターズ(お〜○○!) ファイターズ それゆけそれファイターズ(お〜○○!)
 僕らの仲間だ頑張れファイターズ

 東京! (ドドドン) ドームで! (ドドドン) 輝け! (ドドドン) ○○!
・3月31日の試合前に急遽誕生した東京ドーム限定チャンステーマ。原曲はもちろん「それゆけ僕らのファイターズ」だ。3月に発表した時は、単純な繰り返しのテーマで少しレトロチックな感じがして、チャンスという感じはしなかったのが本音だったが、7月に東京ドームの試合で行われた時にはチャンスらしい雰囲気が出てくるようになって、スタンドが一体となって盛り上がる。個人的には好きなチャンステーマの一つになる。

☆.札幌ドーム限定チャンステーマ 2008年から使用
♪(前 奏)
 ウッ! ハッ! ウッ! ハッ! ウッ! ハッ! ウッ! ハッ!・・・

♪(本 編)
 (曲に合わせて♪) オイ! オイ! ○○!(選手名)

 打  て! (外野席の19〜24列目) 
 打  て! (外野席の19〜30列目)
 打  て! (外野席の19〜36列目) 
 打  て! (外野席・内野席を含め全員)

 (曲に合わせて♪) オイ! オイ! ○○!(選手名)

 打  て! (外野席の19〜24列目) 
 打  て! (外野席の19〜30列目)
 打  て! (外野席の19〜36列目) 
 打  て! (外野席・内野席を含め全員)

 (曲♪) いけいけ〜! (曲♪) おせおせ〜!

 お前が決めてくれ (ドンドンドンドン) ○○!(選手名)
・08年の4月に関東限定チャンステーマということで「チキチキバンバン」の歌をモチーフにされた応援歌が作られたが、そのときに、上記に書いてある通り、札幌限定チャンステーマを作る。という話しが出ていた。そして、08年の7月に急遽、札幌ドーム限定チャンステーマが発表された。曲は「ジンギスカン」の歌を原曲とした応援歌。札幌ドームの特徴を生かした外野席・内野席を一体となった構成の応援歌となった。7月25日に初披露となったが、今までのファイターズのチャンステーマとは違い迫りくるような感じ。最後のコールの部分でもある「おーまーえがきーめーてくれー ○○!」の部分は高校野球の応援のような雰囲気が出る(笑)今季も湿っている打線だが、このチャンステーマをキッカケに「ワハハハ〜」と笑う場面が増えてほしいものだ。と書いていたが、とても笑えるような打線でない(冗談です(笑))ということで応援歌の歌詞が「いけいけ〜」「おせおせ〜」に変更となった。

☆.関東限定チャンステーマ 2012年から使用
♪(ファンファーレ)

  (曲♪) 行け!打て! (曲♪) オイ!オイ!オイ!オイ!

  今だこのチャンスで燃え上がれ 今だこのチャンスで勝負を決めろ

  男性:(曲♪) オイ! (曲♪) オイ! (曲♪) ○○!
  女性:(曲♪) オイ! (曲♪) オイ! (曲♪) ○○!

  我らの想い乗せ 行け!○○!(○○は選手名)
・2008年から使用されていた「関東限定チャンステーマ」通称チキバンが大好評により、2011年から全国展開されてしまった為、2012年から、新しい「関東限定チャンステーマ」が誕生することとなった。発表は斎藤佑樹・武田勝・吉川光夫の新3本柱で3タテを飾った4月上旬のマリン3連戦。正式な使用はまだされていないが、近日中の関東の試合で開始する予定だ。まだ練習段階ですが、実際に歌ってみると、結構盛り上がる。さらに、一つのチャンステーマの中に、”アカペラ”、”男女交互応援”など、ファイターズらしい応援スタイルが含まれているのは面白い。今季は栗山新監督に変わり、逆転・サヨナラなど、ドラマティックな展開が増えそうなファイターズにピッタリのチャンステーマになるんではないでしょうか。最近、原曲があることが判明した。ちなみにルーキーの大谷選手が打席でこの応援歌に合わせて口を動かしていた。あれは絶対に歌っていたな(笑)

☆.関西限定チャンステーマ 2012年から使用
♪(ファンファーレ)

  さぁ行くぞ 男上げろ今 時は来た 燃えあがれ

  決めてやれ ○○!

♪(本 編)※Bメロはアカペラ
  
  Aメロ:(曲♪) オーッ!打ったれ○○! (曲♪) お前が決めろ!○○!

  Bメロ:この一撃で 勝負を決めろ 進め勝利目指し 夢見る先へ オイオイ! 
・関東から始まった地方ごとのチャンステーマ。ついに2012年からは関西でも限定チャンステーマが登場した。メロディはオリジナルでカッコいい系に入るのではないでしょうか。歌詞には「打ったれ!」と、関西らしい表現も入っている。構成としては、この実録音の通りとなるが「ファンファーレ」→「Aメロ」→「Bメロ」→「Aメロ」→「Bメロ」・・・となる。「Bメロ」の部分は実録音ではレクチャーの為、小さくトランペットの音が入っているが、通常使用時にはアカペラで歌う箇所となる。関西らしく最後の「オイオイ!」の箇所は本来は威勢が良い箇所となるのだが、凡退した選手に突っ込むような「オイオイ!」という歌詞にならぬよう・・・(笑)ちなみに、交流戦でナゴヤドームでの試合でも使用されていることが確認された。


   ケ ー ス 別 応 援 歌♪


☆.攻撃開始のテーマ(東京ドームVer) 1989年から使用
・上の曲が登場するまで、03年まで全国各地で攻撃開始のテーマとして使われていたお馴染みだったテーマも東京最終年となる03年限りで廃止かなぁ?と思っていた。しかし、札幌移転後も東京ドームでの主催試合が行われることになり、このテーマは”東京ドーム限定の攻撃開始テーマ”として流していくことになった。05年からはジャイアンツ主催の東京ドームでも聞くことが出来る。聞くたびに、効果音とともに懐かしい思い出が蘇る・・・こっちのほうが自分は好き。

☆.2回以降の攻撃開始のテーマ 
・この曲は移転前も移転後も変わらず使われている、お馴染みの3・3・7拍子のテーマ。2回以降の攻撃開始前とかに流れます。最近は最後の部分を「そーれ!ファイターズ!」と歌う人が増えてきている。

☆.得点時のテーマ(東京ドーム版)  ☆.逆転の場合 
♪僕らの仲間だ頑張れファイターズ(ワッショイワッショイ)僕らの仲間だ頑張れファイターズ 
  ラッキー!uhu〜やった!バンザーイ・バンザーイ・バンザーイ!!○○
・こちらも長く親しまれてきた得点時のテーマ。「それゆけ僕らのファイターズ」という歌の一部から抜粋した。出塁テーマ同様に、07年からの東京ドーム主催では再び、このテーマを使うことになった。ちなみに「ラッキー!」の後は「よくやった!」ではなく「uhu〜ヤッタ!」ということだったのが、最近になって初めて知った・・・(笑)10年間「よくやった!」で歌ってました(笑)

☆.ホームラン&勝利のテーマ(札幌ドーム&ビジター版) 
・この曲はホームランを打ったとき、または試合に勝った時に流れる曲です。ちなみに前半部分のテーマは東京時代と変わらなかったのですし、いい曲ですので、本当にうれしかった。

☆.ホームラン&勝利のテーマ(東京ドーム版) 
・89年の時はこの曲を「得点テーマ」として使っていた。「それゆけ僕らのファイターズ」の歌は移転後に変更されてしまった、ホームランファンファーレは移転後でも変わらなかった。出塁・得点同様、07年からの東京ドーム主催では再び、このテーマを使うことになった。ちなみに、この音源は2012年6月27日に西川遥輝選手がプロ初ホームランを打った音源なのだが、よーく聞いてみると最初の方に「カキン!」と・・・打球音が聞こえます。

☆.相手投手交代時のテーマ(関西中心)  ☆.アウトテーマ(関西中心) 
・主催試合では東京ドーム時代から恒例となっている「幸せなら手をたたこう」の曲に合わせて相手投手の交代時間を待つが、ビジターではもちろんなし。と、いうことで関西では「贈る言葉」の曲を使って演奏している。アウトテーマに関しては、以前まではどこの球場でも行なっていたが、近年は関西の試合で、リードしている展開での9回限定に流れる。また、交流戦時にも聞けるチャンスがある・・・!?

☆.スタメン発表:横浜スタジアムバージョン 
・通常はオーダー発表してから1−9というパターン。しかし、横浜スタジアム(ベイスターズ主催)では、ちょっと違う形になる。この録音にある通り「2番セカンド田中賢介」と発表された後に応援歌を流すという形。面白いのは聞いても分かる通り、応援歌が終わるまで、ちゃんとウグイスの人は待ってくれる(笑)なので長い応援歌だったらどうするんだろう?とか疑問も湧いてくる。ちなみに、こういう形にしてあるのは、06年中盤から始めているそうだが、試合前にイベントがあるため。ハッキリ言ってしまえば、1−9の演奏がイベントの邪魔になるからだろう。ちょっと違和感を感じると思いますが、これを実際にやりたい人はハマスタに集まろう!(笑)


   ♪ 球  団  歌 ・ パ リ ー グ 連 盟 歌 ♪


☆.ファイターズ讃歌(5回の攻撃前に流れます。通常は1番のみ)  
♪1.誰が鳴らすか あの鐘は 勇気を讃えて 空高く
    燃える心の 茜雲 明日に向かって 飛んで行け
    進めファイターズ 勝利の男 進めファイターズ さわやかに

  2.男同士の友情は がっちりスクラム 組んだ腕
    こうと決めたら まっしぐら  嵐の大地を突っ走れ
    進めファイターズ 勝利の男 進めファイターズ どこまでも

 3.若さみなぎる情熱は かわした瞳にあふれてる
   昇る太陽指さした 誓いのサインはビクトリー
   進めファイターズ 勝利の男 進めファイターズ ひとすじに
・1973年「日本ハムファイターズ」誕生と同時に作成された球団歌。作成当時は宇宙戦艦ヤマトの歌を歌ったりで有名な「ささきいさお」さんが歌っていたが、もの凄く渋い声で歌っており個人的には大好き(笑)しかし00年からは「速水けんたろう」さんが歌うことになった。丁度、一時ブームとなった「だんご三兄弟」が売れたのをキッカケに変更となったのであろう。歌い方は「ささきいさお」さんとかなり違く爽やかな感じだが「速水けんたろう」風にアレンジされている部分があるので、オールドファンには不評・・・そして04年から札幌に移転したので「どうなるか!?」と思ったが、勝ちゲームの試合終了後に球場で流れたり、応援団が5回攻撃前やラッキーセブンに吹いてくれる。そして07年からは、また新たなアレンジバージョンが出来たが、今までのほうが好きだった・・・

☆.白いボールのファンタジー(交流戦時は3回の攻撃前に流します)  
♪1.青空に輝くスタジアム フィールドに浮かぶユニフォーム 
    子供のころに 夢みた姿は 今も昔も変わらぬままさ
    白いボールのファンタジー 流れる雲にこだまする
    その名は その名はパシフィック
    我らの我らのパシフィックリーグ
    我らの我らのパシフィックリーグ

  2.スタンドに湧き上がる 熱いメロディー スターとファンの ハーモニー
    いつでも いつでも 手に汗握り 心を燃やすひととき求め
    白いボールのファンタジー 流れる雲にこだまする
    その名は その名はパシフィック
    我らの我らのパシフィックリーグ
    我らの我らのパシフィックリーグ
・知られているようで知られていなかったパリーグの連盟歌「白いボールのファンタジー」凄い奇麗な曲で歌詞も良く名曲は、今ではパリーグファンなら誰でも知っているはずの有名な曲となった。それは、思い出したくもない04年の大阪近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブの合併騒動。そこでパリーグ各球団が一つとなり、この歌を毎試合流していた。さらにファイターズ(他球団もやっていたかも)ではサビの繰り返し部分をヒットコールとして代用していた時期もあった。しかし、その願いは叶うことはなく、合併へ・・・近鉄球団は消滅する形となった。そして、05年から気持ち新たに交流戦がスタート。ファイターズの応援団は3回に「白いボールのファンタジー」を流している。


   


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