♪北海道日本ハムファイターズ実録選手別応援歌♪


<注 意 事 項>  ※必ず守ってください
・当サイトはファイターズ私設応援団「闘将会」の方から”公認”という形で実録応援歌を公開させてもらっております。
・また、当サイトの音源は、管理人が球場で録音してきたものです。無断転載は禁止しております。
・ファイターズの応援形式はアカペラからトランペットに入る応援方法なので応援歌の歌詞を覚えていない人は、
 しっかりと聞いて覚えましょう!
・背番号と選手名をクリックすれば応援歌が流れます。

全選手の応援歌を覚えて球場で大きな声で歌いましょう!
(注意!応援歌に入る前のアカペラの時は絶対にメガホンは叩かないで下さい!)



<更新情報!> 更新履歴
 実録応援歌更新(淺間)

<プルトップ募集!>
・当サイトで公開している応援歌を制作している、ファイターズ私設応援団「闘将会」は、今季もプルトップを集めるそうです!
※今年の目標は車椅子1台送ることだそうです。ぜひ1個からでも、闘将会の方まで渡してください! 

<草野球メンバー募集!>
 関東近郊で、一緒に草野球をしたい!という方がいましたら、
 簡単な自己紹介を記載して、こちら まで メールをお送りください!

<各種応援歌のコーナー!>

・杜の都 仙台限定応援歌! ・鳴り物が使用できない「Kスタ宮城」で行われている限定の応援歌を掲載。
・OB選手別応援歌! ・使用されなくなった過去の応援歌を掲載。
・年度別各種メドレー! ・各年代の1−9メドレー、全選手メドレーを掲載。
・歌詞カード! ・ファイターズ私設応援団「全国闘将会」様のホームページに飛びます。URLが新しくなりました!
・応援歌の歴史 ・ファイターズの応援歌の歴史について掲載。過去の応援歌の歌詞を一挙掲載。

<コールが特殊の選手>
(野手)陽 岱鋼→陽岱鋼、田中賢介→賢介、飯山裕志→裕志、岡 大海→大海、矢野謙次→謙次、石川慎吾→慎吾、杉谷拳士→拳士
(投手)メンドーサ→メンディ、斎藤佑樹→佑樹、武田 久→久、中村 勝→勝、武田 勝→勝 

<応援歌製作>全国闘将会
☆.チャンスメイクのテーマ 2014年から使用
♪(曲♪) ゴーゴー!◯◯!(走者名) ゴーゴー!◯◯!(走者名) レッツ・ゴー!◯◯!(打者名)  
・2014年から新しく追加された応援歌。通称「チャンスメイクのテーマ」略して「チャンメ」。送りバントなど小技が多いファイターズには使用機会が多くなるようなケース応援歌。ちなみにメロディは新曲ですよ。このチャンメも、オープン戦中は色々な事を試し、複数ランナーバージョンも試したことがあった。例えば、一塁ランナー中島卓也、二塁ランナー西川遥輝、バッター陽岱鋼の場合「ゴーゴー西川、ゴーゴー中島、3コール+陽岱鋼」という感じ。しかし、いざ開幕すると複数のランナーがいる場合は、ほとんど使用していませんね。ここでは様々な3コールのパターンを実録として用意しました。これだけ覚えておけば大丈夫でしょう(笑) と書いていたら、2015年からは「レッツ・ゴー!」で統一された。

☆.ひとつになろう!〜勝利のために〜 2015年から使用 ※歌詞自体は2014年から仙台では使用
♪今、愛するチームへ チームで届けたい 手に汗握る熱いプレーへ 熱い声援を
  ラ〜ララ〜ラ ラ〜ララ〜ララ〜 ラ〜ララ〜ララ〜ラララ〜 
  選手もファンもチームなんだ 一つのチームなんだ 選手もファンもチームなんだ 一つのチームなんだ
・2015年からはホームゲームでの試合前にも、こちらのメロディが使われることになったが、応援団の生演奏ではなく球団が用意したオリジナルメロディで球場全体を盛り上げる演出になっている。原曲自体も親会社のCMソングということもあるでしょうけど、ここまで、親会社と球団、そしてファンが一体になっている球団も少ないのではないだろうか。そういうことも考えても友好的な関係を築けているということは、ファンにとっては一番嬉しいことでもある。

☆.ひとつになろう!〜歓びをともに〜 2014年から使用
♪今日の喜びを みんなで分ち合おう 熱いプレーと熱い声で 勝ち取った勝利を
  ラ〜ララ〜ラ ラ〜ララ〜ララ〜 ラ〜ララ〜ララ〜ラララ〜 
  選手もファンもチームなんだ 一つのチームなんだ 選手もファンもチームなんだ 一つのチームなんだ
・2014年から新たに作成された歓喜のテーマ。ファイターズとしては、今までは無かった取り組みとなる。主な使用場面としては、札幌ドームではチームが勝った瞬間。その他の球場では、二次会の締めに使われる。特に西武ドームや神宮球場などでは、ファンが一体となって肩を組んで喜びを分かち合うのが恒例となってきそうだ。いつかは、この曲を使って選手達と優勝の歓喜を味わいたいもんですね。


1.陽  岱鋼 福岡第一高ー日本ハム(06年高校D1巡目)
♪飛ばせ 飛ばせ遙か夢の彼方へ 届けろ祖国の地へと 加油ジャーヨ!岱鋼! 今ここから
・高校生大型遊撃手ということでドラフトの目玉となった陽仲壽。しかしドラフトは悲劇なものとなった。一旦は抽選の結果、入団を熱望しているホークスに決まったのかと思ったが、実はファイターズが当たりくじを引いていたことが判明。同じ台湾出身の王貞治監督の下でやりたいという夢があり、思わず涙を流してしまった。「拒否するかなぁ」と誰もが思ったが、ファイターズの熱意に応えて無事に入団。入団後は「ポスト金子誠」として期待され、ファームではショートのレギュラーに定着したが、とにかく守備が酷く、全体的に荒かった。今でも忘れられないが、見に行った試合の中ではイージーなショートフライを落球したこともあった。ただ、バッティング面では粗さもあるが良いものがあり、当時は松井稼頭央に憧れスイッチヒッターにも挑戦していた。2年目に一軍で初出場も飾り、初安打・初打点も記録。4年目には初本塁打も記録したが、一軍には定着することが出来なかった。5年目からはショートを諦め外野手に挑戦。元々、足が速く肩が強かったので、外野向きだったのかもしれないが、守備は無難にこなして不安は消えた。2010年からは名前も「仲壽」→「岱鋼」に変更。そこからは中田翔と共に「指定強化選手」に選ばれ試合出場を増やした。試合出場数を考えると、応援歌はなかなか作られなかった方だったが、2011年にライトのレギュラーに定着し規定打席にも到達すると、2012年からは文句なしに応援歌が作成された。メロディは新曲で歌詞には台湾で「頑張れ!」を表す「加油!」が入った。その期待に応え、全試合出場を達成して優勝に貢献。2013年からはSHINJO選手、森本稀哲選手などが付けた背番号1番を継承。47盗塁を決めて球団史上初の盗塁王に輝くなど、球団の顔に成長した。ちなみにホークスでプレーしていた陽耀勲と独立リーグでプレーしていた陽耀華は兄に当たるが、皆同じ顔をしている(笑)
<使用歴>陽 岱鋼(12年〜)

2.杉谷 拳士(左打席Ver) ☆.右打席Ver 帝京高ー日本ハム(09年D6位)
♪グラウンドに 輝く一番星を その拳を上げて 掴め 杉谷拳士

※右打席・左打席でメロディは違いますが、歌詞は同じです。
・08年。鎌ヶ谷で行われた入団テストで「あの選手は技術はまだまだだけど、元気があるから面白いな」との一声で、冗談なのか本当なのかは分からないが、大きな声がキッカケで入団が決まったと言われている杉谷選手。高校時代も吉本興業からオファーが来るんじゃない?と言われていたとか。実際にプレー姿を見てみると、とにかく元気でウルサイ!(笑)今まで、ファイターズの野手にはいなかったタイプで鎌ヶ谷のグランドが静かになる日はなかった。今はさすがに辞めてしまったが、バッティング練習でも「三遊間〜!」とか叫んでいて、相手球団からも笑われていた。喋る内容が全てが面白いという訳ではないが、とにかくムードメーカーだ。プレーでも最初は力不足が目立ったが、コンパクトな打撃に磨きがかかり、ファームでは上位打線を任されるような存在になった。しかし、守備に目立つ所がなく一軍昇格のチャンスはなかなか訪れなかったが、外野にも挑戦するなどして、2011年に初出場・初安打・初打点・初お立ち台も記録。飛躍の1年となった。翌年は、開幕当初から打撃不振が続きファームでもスタメンから外されることがあったが、一軍昇格のチャンスを掴んだ後は、東京ドームでプロ初本塁打を放つなどして一軍に定着。決して順風満帆ではないが着実にレベルアップをしている。2013年からは新曲となる応援歌が作成されたが、打撃不振が目立ち、一軍と二軍を往復する機会が増えてしまった。巻き返しを期待したい2014年。プロ野球の応援歌史上初ではないだろうか?スイッチヒッターでもある杉谷選手に左打席用・右打席用と応援歌が分けられることとなった。しかも、歌詞は同じだがメロディが変わるという斬新な試み。どちらかと言うと右打席での評価が高い杉谷選手だが、色々な意味で今後共スイッチを継続してもらいたいところでもある。ファンとしては、杉谷選手がどっちの打席に入っているのか?そこをしっかりと見とかないとアカペラで恥をかくことになってしまいますので、目立ちたがりやの杉谷選手の打席をしっかりと注目して間違いのないように応援してあげましょう(笑)
<使用歴>杉谷拳士(13年(両方)〜14年(右)〜)

3.田中 賢介 ☆チャンスVer ☆アカペラVer+@ 

 東福岡高ー日本ハム(00年D2位)ージャイアンツ(13年)ーレンジャーズ(14年)ー日本ハム(15年〜)

♪チャンスVer

   F.F 「(曲♪) オイ! (曲♪)  けーんすけー! (曲♪) オーーー オイ!オイ! けーんすけー!」

  どこまでも飛ばせ 賢介ガッツだ Go Go Go 僕らは待つよ 輝く瞬間

♪通常時

   (賢介コール×3)どこまでも飛ばせ 賢介ガッツだ Go Go Go 僕らは待つよ 輝く瞬間

・東福岡高校の1番打者として甲子園でも活躍し、超高校級内野手ということで、2位指名ながら中日・西武と競合して獲得。毎年、クジ運が悪いと言われ続けていたFsのドラフトだっただけに、大島新監督が当たりクジを引いた時は話題になった。早速、1年目からイースタンでもまずまずの成績を残し1軍でも5試合の出場でヒットを放つ活躍を見せると、2年目には開幕一軍。開幕戦でBu大塚から代打でプロ初本塁打を打ったり華々しい活躍をして、早期の一軍定着が期待されたが、守備が不安定でなかなか定着出来なかった。02年に新曲が作られたが、そのときについた歌詞が「僕らは待つよ 輝く瞬間」チームが低迷していた時期だっただけに「早く一軍に定着してくれよ!」という切実なファンの願いがこもった歌詞になった(笑)しかし「今年こそ!」と期待したが、今度は「覇気がない!」という事で二軍スタート。結局、4月下旬までは新曲を聴く機会がなかった。その期待にようやく応えたのは05年から。5月の東京Dでの試合でサイクル安打寸前(ヒットだけが打てず)まで行くなど波に乗り始めたが、新垣投手から死球を食らって足首を骨折。復帰後はファームで本塁打を量産すると、札幌ドーム最終戦でサヨナラ本塁打を打つ活躍を見せた。06年は5月頃から「2番セカンド」として定着し、送りバントをしっかりと決める貴重な2番打者として活躍。さらに、07年もシーズン犠打数のパリーグ記録を更新するなど、地味ながら2連覇に貢献。08年の途中からは打順も2番から3番に変わり、初の二桁本塁打も記録。長年の課題だった守備のほうでも、一気に自信をつけてゴールデングラブ賞の常連となっている。09年からは選手会長にも就任して年俸も1億円を越えた。2010年は、目標としていて首位打者は獲得出来なかったものの、球団の歴代安打記録の2位となる193安打を記録。だが、翌年は交流戦で走塁時に左足首を骨折して戦線離脱。。。悔しい1年となった。心機一転したい、2012年からはキャプテンに就任、さらには結婚もした!しかし、8月に負傷。チームは優勝したが悔しい1年に。2013年からは念願のメジャーリーグ挑戦となった。どこまで活躍出来るのか期待したい!個人的にも1年目からじっくり見ていただけに思い入れの強い選手だ。頑張れ!賢介!そんな、アメリカの舞台では、守備に苦しみ思うような結果を残すことが出来なかったが、持ち味のバッティングでアピールし、2013年7月9日に念願のメジャーデビュー。見事に初安打を放ち、メジャーリーガーとしての足跡をを残すことが出来た。しかし、その後は若手選手を起用する方針もあり、マイナーへ逆戻り。翌年はレンジャーズに移籍するのもメジャーリーグの舞台に立つことはなかった。そして、2014年のオフに3年振りの日本球界復帰を決め、復帰したチームはファイターズ。まさに「ファイターズ愛」を通した瞬間でもあったし、球団としても2014年のシーズン中から声をかけていたと言う。主力選手が多々抜け、若手選手が多くなる中、口数は少なくとも、しっかりと選手達を見渡すことが出来る賢介選手の復帰は物凄く大きいと感じるし、個人的にも「セカンド田中賢介、ショート中島卓也」の二遊間を見れる楽しみで今からワクワクが止まらない。そんな期待にしっかり応えている賢介選手。安定した成績を残しチームを上昇気流に乗せている中、チャンスなどで使用されるファンファーレが追加となった。まだまだ進化しそうな感じがするが、このファンファーレがどのようになり定着していくのか、個人的にも楽しみでもある。ちなみに応援歌がつく前、2001年の中盤頃から使われていた「賢介コール」は本人はとっても気に入っていると話している。
<使用歴>田中賢介(02年〜12年、15年)

4.飯山 裕志 れいめい高ー日本ハム(98年D4位)
♪裕志 裕志 かっ飛ばせ裕志 ラッララーラララ ラーラーラー かっ飛ばせ裕志
・ルーキーの時から強肩の内野手ということで評判の高かった飯山選手。なかなか表舞台に出てくることはなかった選手の一人だった。しかし、01年のフレッシュオールスターで優秀選手を獲得。さらに怪我人が続出した為、ファームでは本職ではない外野などを守ったりしてユーティリティープレーヤーとして評価をあげてきた。とても練習熱心な選手だが、それを表すエピソードとして、当時二軍監督だった白井一幸のノックで「これでラスト!」となるはずだったのが・・・そのボールをスタンドに投げて「まだまだ受けたい!」という態度を示したというエピソードがある。入団当時、守備はそこまで評価が高い選手ではなかったのに、ここまで来たのは努力の賜物だろう。バッティングでは、04年にはファームで104三振というとてつもない三振数を記録してしまったが2年連続で二桁本塁打を放つなどして力もつけてきた。そして、05年から一軍での出場機会数を着実に伸ばしていき、キャッチャーにも挑戦。(一度だけ試合でマスク姿を見たことがあります)さらに、06年には開幕スタメンを掴み、開幕2戦目で好プレーを魅せた時には、ヒルマン監督が「あれは飯山しか出来ないプレーだ」とサードの守備を絶賛した辺りから、守備固めで起用される機会が増え、優勝に大きく貢献した。08年からは守備職人と言われた奈良原選手が着用していた「4」を継承することになった。ただ、打席に立た機会が少ない為、応援歌を作られることが無く、登場曲でもある、長渕剛の「勇次」を聞ける日は貴重だったが、2010年5月5日に個人応援歌の作成を発表。曲はたまにお遊びで使われていた曲で、コールも「飯山」から「裕志」に代わることも同時に発表された。そして、8月20日の札幌ドームでの試合で1−4とリードされた、9回2死1.2塁の場面で13年目で初となる同点3ランホームランを放った。”縁の下の力持ち”まさにそんな言葉がピッタリな選手だ。
<使用歴>飯山裕志(10年途中〜)

5.ブランドン・レアード 日本ハム(15年〜)
♪この大地を照らす 希望を胸に 信じる皆を背に ホームラン

・2014年のオフはファイターズに取っては激動のオフとなってしまった。レギュラーで活躍していた大引啓次選手がスワローズへFA移籍。さらには、ファイターズ一筋でプレーしてきた小谷野栄一選手がバファローズへFA移籍と世代交代を予感させた年となった。特に小谷野選手に関しては、近年はミスも増えてきたといえ、ファイターズが長年希望していた「ゲッツーを取れる三塁手」としての期待に見事に応え、守備でも打撃でも中心選手として活躍してきただけに、抜けた穴は本当に大きいと感じる。そこで、小谷野選手の穴埋めとして獲得したのが、サードを守れるレアードだ。それだけに、打撃・守備、2015年のファイターズの躍進のキーマンになりそうな選手とも言える。しかし、キャンプを見た限りでは上半身で打つようなバッティングが目指し、解説陣からは初日から疑問符が投げられてしまうレベル。実際、建山投手もアメリカ時代に対戦していたが、外角の変化球に弱かったというエピソードも披露としてくれた。そして、いざ2月11日〜15日までキャンプを見に行った時、見事に対外試合でホームランを放ったくれた。ここに掲載している写真はその時の写真だ。じょじょに打席での雰囲気も感じられるようになってきたので、ちょっと期待度を上げてみようと思う。守備は外人特有の守備で雑さもあるが、無難にこなせるか。ただ、ミスが一回出てしまうと、立て続けに連鎖してしまうような印象は受けた。ちなみにチームメートからは「金太郎」と呼ばれ、愛されている。と、シーズン前には記載していたが、シーズン当初はバッティングの調子は上がらず、挙句の果てには8番を任されることにもなっていた。しかし、守備が評価されていたのもありスタメン起用が続いていた。ようやくシーズン中盤から期待に応えて本塁打を量産。さらには、すすきの近郊にある「空海」という寿司屋で学んだ寿司パフォーマンスを取り入れファンにも愛される存在となり、最終的には4番・中田選手を上回る本塁打数を記録。2年目の今季はさらなる活躍が期待される一年となる。

<使用歴>レアード(15年〜)

6.中田  翔  ☆.ホームラン!中田翔! 大阪桐蔭高ー日本ハム(08年高校D1巡目)
♪勝負決める一振り 血と汗の勲章 その手で夢掴め さぁはばたけ中田
・元ライオンズの大島裕行が持っていた高校通算本塁打の記録を塗り替え「20年に1人の逸材」「清原2世」との呼び声も高かった逸材を4球団が競合した中で交渉権を獲得。背番号も2000本安打も達成したミスターファイターズ田中幸雄が背負っていた「6」を受け継ぎ、高卒ルーキーながら新曲の応援歌も作られた。個人的には覚えやすい奇麗な素晴らしい応援歌だと思っている。そんな期待が高かった1年目だったが、オープン戦で初打席初本塁打で飾るものの結果が残せず、開幕二軍スタート。開幕当初は苦しんだ時期もあったが、打撃フォームも改造しプロの水に慣れたかな〜と思った矢先・・・怪我で長期離脱することになってしまった。9月に復活したが、残念ながら1年目は一軍でプレーすることはなかった。でも、鎌ヶ谷で1年間頑張ってきた結果は必ず結びつくはず。期待されている2年目も開幕は二軍スタートだったが31試合で脅威の10本塁打を放つなどして、一軍初昇格。札幌ドームで初安打を放つも、初本塁打とはならなかったが、二軍では本塁打と打点の二冠王に輝いた。そして、3年目の7月20日の札幌ドームでの試合で大嶺投手から待望のプロ初ホームランを放った。今後は大きく飛躍をして、4番に定着してくれると信じている。と書いていたが・・・2011年は小谷野の負傷もあり、交流戦辺りから「4番・中田翔」が定着。勝負強いバッティングを見せてくれた。2012年も「開幕から4番に定着」長く不振が続いたものの、打撃フォームのマイナーチェンジも行い覚醒。勝負強いバッティングも見せた。2013年も引き続き4番に定着して108試合で28本塁打という順調なペースで本数を伸ばしていたが、デッドボールで左手甲を骨折して戦線離脱。自身初のタイトル獲得とはならなかったが、翌年は自身初めてとなる打点王のタイトルを獲得。2015年シーズンはタイトルこそ取れなかったものの、4番に座り続けた。守備でも一塁手としてゴールデングラブ賞を受賞。後輩へアドバイスやご褒美も渡すなど、今やチームの影のリーダー的な存在だ。ちなみに、応援歌は高卒ルーキー1年目のシーズンから付けられているが、過去には社会人ルーキーでは鈴木・中島などに応援歌が付けられたケースはあるが、高卒で1年目から付けられているのはファイターズ史上初めての快挙。
<使用歴>中田翔(08年〜)

7.西川 遥輝  ☆.アカペラVer  智辯和歌山高ー日本ハム(11年D2位)
♪(前奏)今だ西川 遥かに続いた道を 走れ西川 輝くその日まで
・智辯和歌山高校出身の選手は大成しない。そのジンクスを打ち破ろうとする選手が現れた。西川遥輝だ。入団前から肩の故障など怪我で悩まされることが多い選手だが、怪我をしていても甲子園でスタメン出場してヒットを打つなど、潜在能力は抜群の選手だ。しかし、入団後も5月に右肩の手術を行うなど、1年目は満足した打席数を重ねることが出来なかったが、日本選手権では希望を繋ぐタイムリーを打つなど、バッティングセンスは抜群。おまけに足も速く、2年目には開幕一軍をゲット。さらには東京ドームの試合では、代打でプロ初本塁打も放った。ここまでは先輩の田中賢介選手と同じような流れでもある。そして、チャンスが舞い込んできたのは8月下旬。田中賢介選手が負傷してしまい戦線離脱。その穴埋めとして起用されたのが西川だった。その後は持てる力を存分に発揮しリーグ優勝に貢献。移動中でもビールを飲んでしまう程、ビールが大好きらしいが、ビール掛けでは本当にテンションが高かった。そして、2013年からは応援歌が作成された。ただ、僕は他球団のマークも厳しくなり西川選手は今年は苦しむのでは?と予想している。そんな簡単に上手くいくような世界ではない。レギュラーを完全に確保するまでは、初心の気持ちを忘れないでほしい!ちょっと今のままでは、首を傾げてしまうことあるが、それが、じょじょに無くなっていけば、レギュラーの座は近いだろう。と書いていたが、開幕スタメンに入るなどレギュラーに定着したが、シーズン途中で戦線離脱。シーズン中盤には復帰し、バッティングは非凡な物を魅せたが、守備ではエラーが目立ち、ファンからは賛否両論の声が飛び交った。ただ、まだ高卒3年目。まだまだこれからの選手。2014年シーズンは外野に挑戦するという話しもあるが、レギュラーに定着すれば首位打者も期待出来るのではないだろうか。と、記載していたが首位打者ではないが、初タイトルとなる盗塁王を獲得した。そして、オフには引退した金子誠選手を引き継ぎ「背番号8」を継承。いつぞや、田中幸雄さんが「8」と「6」で「ハム」と言っていたこともあり、この、2つの背番号はファイターズとしても特別な背番号でもあるだけに、賛否両論が飛び交ったのは事実だ。さらに、応援団も2015年からファンファーレを付けるなど、西川選手への期待度の高さを物語っている。後は、西川選手本人がそれに恥じない活躍、行動を見せて、グランドで結果として表現するしかない!そんな2015年シーズンは開幕直後は打撃が好調でチームが首位を走る原動力となったが、1つ歯車が崩れると全てが狂ってしまい、ボーンヘッドも連発。シーズン後半にはファーム落ちも経験した。2016年シーズンは気分一新ということで背番号も7に変更。個人的には7を付けてもらい気持ちがあったので、良かったと思う。余談だが、応援歌の歌詞には「西川遥輝」の文字が全て入っている。
<使用歴>西川遥輝(13年〜15年FF〜)

8.近藤 健介 横浜高ー日本ハム(12年D4位)
♪さぁ狙いを定め 遠く遠く飛ばせ まばゆく光る時代とき 近藤築き上げろ
・強打の捕手として入団時から評価の高かった選手。名門・横浜高校で築き上げてきた技をプロの道で花開かせる為、1年目から将来の正捕手候補としてファームでじっくりと育てる予定だったが、一軍からの評価は想像以上に高く、出番は少ないものの一年目からベンチ入りを果たしたり日本シリーズに出場するなどキャリアを積んでいた。当時の二軍監督・五十嵐信一さんは「本当はファームでキャッチャーとしての経験を試合に出すことによって積ませてあげたいんだけどなぁ・・・」と語っていた。さらに2年目にはキャチャーだけではなく、外野手として起用する機会が増加。中嶋コーチは「キャッチャーとしての勉強のため」と語っていた。その言葉通り、3年目はキャッチャーに復帰。しかし、オープン戦から悪送球を連発、さらにはピッチャーへの返球もままならないなど「おい?どうした?」というプレーが多かった。技術的なのか、メンタル的なものなのか・・・。明るみになっていないが、心配になってしまった。(後日、イップスだったということがわかりました)そんな時、サードのレギュラーだった小谷野選手が負傷。ここで首脳陣はある決断をする。「サード・近藤健介」だ。最初、聞いた時は予想していた部分もあったので「マジかよ!」という感じでしたが、実は高校1年生の時は、ショートでレギュラーを確保していた選手だった。当時「熱闘甲子園」のキャスターを務めるなど、高校野球と縁が深かった栗山監督の頭にはそのときの姿が描かれていたのかもしれない。当初は不安の面はもちろんあったが「怪我をするまで練習をやる。怪我をしていても練習をやる選手。」と言われるぐらい練習をする近藤選手。地道な努力で今では「サード・近藤」に違和感を覚えるファンも少なくなってきた。そこで誕生したのが新作の応援歌。谷口雄也と同時期に2014年7月29日に誕生したが、シーズン中の新曲作成は05年の高橋信二以来の快挙だった。2015年シーズンは開幕戦こそキャッチャーとしてスタメン出場を果たすも、肩の不安がとれずにシーズン中からは「5番・指名打者」に定着。しかし、パ・リーグの打撃成績3位に入る活躍を見せ、スタメンに近藤健介の名前があるないでは大きな違いとなった。だが、本人はキャッチャーで勝負したい気持ちが強いというが、あとは精神的な問題もある。その気持ちを強く持ち続け活躍を継続してもらいえれば、キャッチャーとしても結果が付いてくるはずだ。
<使用歴>近藤健介(14年途中〜)

9.中島 卓也(2作目) 福岡工業高ー日本ハム(09年D5位)
♪踏み出した姿に 最高の期待込めて 今、頂き目指し進め 挑み勝て中島
・08年オフのドラフト後、指名選手一覧を見た瞬間「高卒内野手で福岡出身・・・まさに、田中賢介選手と同じ経歴。この選手は来る。応援しよう!」ちょっと早いかもしれないが、プレー姿を見る前に自分が心に決めた瞬間だ。いざ、プレー姿を見てみると線は細いが、走塁・守備面は問題が無く、野球の基礎が身に付いている印象を受けた。バッティングは力不足が目立ったが、シュアに打てる能力は将来的には3割を打てる力も感じた。首脳陣からの期待も大きくファームでは1年目からショートのレギュラーに定着。オフからは田中賢介選手と宮古島で合同自主トレ。応援している賢介とタクで二遊間を組むのが夢なので、個人的にも凄い嬉しかった。自主トレでは毎年の様に技術を盗みバッティングフォームも賢介選手を参考にじょじょに固まってきた。そんな2年目のある試合。走塁で右足首靭帯の損傷してしまった。後から聞いた話ですが、翌日から初めて一軍に呼ばれる予定だったらしい。それだけに本人も悔しかったそうだ。そこから「一軍にあがる!」その一心で取り組み、3年目で初の開幕一軍、プロ初打席、初盗塁も記録して飛躍への第一歩を踏み出した。そして、2012年からは応援歌作成!感激!メロディは高木豊の応援歌が18年振りに復活した。そんな、2012年の中島卓也・・・何かが違う。同期のキャラクターが明るい杉谷選手に目がいってしまうと思いますが(笑)ぜひ注目してみてください。あえて一つ要求するとなると、送球する際に腕が遠回り気味になってしまい、ワンテンポ遅れてしまう事があるので、金子誠選手みたいにスナップスローが出来るようになると、レギュラーの道は目の前にあるはずだ。2013年シーズンはプロ入り初めてのお立ち台に立つなど、自己最多の127試合に出場し、23盗塁を記録。大きくステップアップした1年となった。2014年からは背番号が9に変更となり、さらなる活躍が期待される一年となる。と、書いていたが、自分の中で気になっていた送球時の悪い癖もなくなり、シーズン中盤からセカンドのレギュラーの座をほぼ獲得。バッティングでも粘って相手投手に球数を投げさせたりチームには欠かせない選手に成長した。個人的にも、ずっと応援してきた選手がグランドで躍動してくれる姿を見ると、ちょっと感慨深いものもある。 そして、2015年からはオリジナルとなる応援歌が作成された。さらには賢介選手が復帰し、夢に見ていた二遊間が今、現実になろうとしている瞬間が近づいてきている・・・。もちろん、この二人が143試合守り続けられればファイターズは必ず上位に食い込んでくることだと信じている。中島卓也のサクセスストーリー。まだまだ始まったばかりだ。 そのサクセスストーリーは、二遊間は開幕戦から早くも現実となり、シーズンを通して全試合ショートを守り抜き、ベストナインを受賞。ファイターズとして遊撃手で選出されたのは、96年の田中幸雄以来となった。打撃面では「中島卓也=粘る」というイメージがすっかり定着した。以前からもポイントを近付けて粘っていはいましたが「力がないから飛ばないだけですよ」なんて言われていたのに、周りの見方は変わるもんです(笑)でも、それを持ち味に変えてみせたのも本人の賜物。結果、出塁数を増やし自身初となる盗塁王のタイトルも獲得。さらには、プレミア12にも選ばれ日本代表入りも果たした。個人的にはもう少し打率も伸ばせる選手だと思っているので、3割を期待してベストナインとゴールデングラブの両方を獲得して欲しいと願っている。
<使用歴>中島卓也(15年〜)

11.大谷 翔平 花巻東高ー日本ハム(13年D1位)
♪迷わずに駆け抜けろ 伝説の幕が開ける
                   さあ 気持ち込めて 進め 狙い定め 跳べ!大谷 夢の向こう側へ
・高校野球の予選でMAX160キロを計測。まずは、この事で世間を騒がした大谷選手。次に驚かせたのは「メジャーに行く」と宣言したものの、ファイターズがドラフト1位で指名してしまったこと!ホントに指名するとは思わなかったので、正直ビックリ。しかし、その後が大変だった、18歳の心を何とか動かそうと、日本シリーズ前後にも関わらず、栗山監督も何度も自宅へ足を運んだり多忙な日々を過ごした。そのお陰もあり、ファイターズに入団することを表明。揺れ動いたキッカケは、ダルビッシュの背番号を渡すということもあったかと思うが「夢への道しるべ」というタイトルで、過去のメジャーリーグ挑戦した選手の一覧などが記載された複数枚にわたる資料を通して説明したことと、何より投手・野手どちらもやれること。いわいる「二刀流」である。しかし、その言葉を聞き「無理無理!」とならないのが大谷選手の持っているものの素晴らしさ。「ピッチャーの方が良い」「バッターの方が良い」など様々な意見が飛び交っているが、修羅場を経験したOB選手の中でも意見がわかれるということは、それだけ投打両方共素晴らしいということだ。応援歌は中田選手に続き高卒1年目で応援歌作成。応援歌の長さも二刀流!?ファイターズ史上最高の長さとなった。ここも規格外である(笑)さぁ!大谷翔平伝説の幕開けだ!結果、1年目はいきなり開幕戦でスタメンに名を連ねてお立ち台に立つなど、野手として3本塁打を放つ。投手としても打線の援護にも恵まれて3勝0敗。高卒1年目としては素晴らしい成績を残した。2年目となる2014年は投手を中心に中6日でローテ入りを目指す予定だが、二桁勝利は期待しても良いだろう。 と、記載していた2014年シーズンは二桁勝利はもちろんだが、野手として二桁本塁打も達成という日本プロ野球史上初の記録を打ち立て、さらには日本人最速となるなる162キロも記録。しかし、まだまだ出来る選手なだけに、今季は15勝、15本塁打を期待してみたいところだ。そんな2015年シーズンは見事に15勝を達成しチームのエースに成長。しかし、打撃面では内角攻めが増えた影響もありバッティングフォームを崩され5本塁打に終わったが、自身初となるサヨナラヒットを放った。いつか、交流戦では投手・大谷翔平が完封し、打者・大谷翔平がサヨナラ本塁打を放つ。そんな試合を見てみたいところだ。ちなみに、プライベートでは先輩にもちゃちゃを入れたりするなど、明るい性格の選手で、周囲の仲間からは「クソガキ!」と呼ばれる程。さらにはプレーの面でも、頂いたサイン色紙に「魂!」という言葉を書いてくれるなど、見かけによらず熱い気持ちを持った選手でもある。
<使用歴>大谷翔平(13年〜)

26.淺間 大基 横浜高ー日本ハム(15年D3位)
♪シャープに決めるバッティング 風斬るスピードと 敵を仕留める強肩で 勝ちへと繋げ
・同期入団の高濱祐仁と共に、名門横浜高校で1年生の時から好打者として騒がれていた選手だ。甲子園など大舞台の経験も豊富でプロの世界でも即戦力で活躍出来るのではないかとも言われて、球団では「淺間を1年目からファームでセンターを中心に起用していく」と明言していた。そしたら、丁度、僕も見ていた国頭での紅白戦。センターから強肩を披露してホームで松本剛選手を刺した。この時に衝撃が走ったのは言うまでもない。それからルーキーにも関わらず、ファームでもプロの球に苦労することなく対応していた。そして、5月4日の鎌ケ谷でのライオンズ戦、0−11で迎えた7回の裏からファイターズ打線が猛攻を見せ、まず7回に4得点を挙げ、8回には9得点を挙げ大逆転勝利を収めた。そしたら、その夜、陽岱鋼選手が負傷。お声がかかったのが淺間だった。昇格させた選手をすぐ起用するのが栗山監督の良いところ、いきなり「2番センター」で大抜擢。その期待に応えプロ初安打を放って、お立ち台もに立った。しかもNHKでの全国中継。前日は鎌ヶ谷のグランドでお立ち台に立ち、翌日は札幌ドームの試合でお立ち台に立つ。まさに鎌ヶ谷と札幌が一つの懸け橋になった瞬間でもあった。その後も高卒ルーキー最長タイに並ぶデビューから4試合連続ヒットもマーク。陽選手の穴を見事に埋めてくれ、陽選手の発奮材料にもなった。9月にはプロ野球では29年振り、球団では史上初となる高卒ルーキーでのサヨナラヒットも記録した。この時は球場で観戦していたが「この試合は淺間が試合を決めるはず」と試合中に感じたが、そんな期待を抱かせるモノを持っているのもこの選手の持ち味でもあると思う。そんな1年目での活躍を称えて、2年目の開幕前に新曲が作成された。歌詞は1年目の活躍をそのまま表現した歌詞となり、リズム感溢れる曲調となった。腰痛の影響でスタートは遅れてしまうが、まだまだ高卒2年目焦らず治して、よりスケールの大きいプレーを期待したいところだ。
<使用歴>淺間大基(16年〜)

27.大野 奨太 岐阜総合学園高ー東洋大ー日本ハム(09年D1位)
♪守りの要 夢見たこの場所で チームを背負い更なる高み目指せ
・ファイターズでは即戦力捕手としてのドラフト1位指名は初。それぐらい溢れる才能を持っている選手だ。学生時代からキャプテンシーを持った選手として常にチームの要的な存在。特に大学時代には監督の右腕として東洋大学を大学No’1に導いた。ドラフトで複数球団競合した現ホークスの大場翔太投手を後輩ながら好リードで導いた実績も輝かしい。ファイターズ入団後は、1年目から「即戦力捕手」のプレッシャーに負けず77試合に出場。日本シリーズではスタメンマスクを被ったが、ルーキーでは史上初のことだった。ただ、まだまだ勉強が多いのも確かなところだが、じょじょに克服中。個人的に気になるのは、自分より年下の選手をリードしたり、力が落ちる投手の場合、その投手をどう活かしてリードをしていくのか。そこが課題ではないかと感じる。そこは、正捕手争いを演じている鶴岡選手とは経験の差になってしまうのだろう。ちなみに、この二人、球歴が極端に違う為、見ているファンとしても、この二人の正捕手争いは楽しみだし、お互いがレベルアップしていければ素晴らしいと思う。しかし、2012年はバッティング、リードでも悩みが続き、鶴岡選手に大きく離されてしまった1年となった。そんな状況の中、2013年からは、小笠原選手や高橋信二選手が着用した背番号2番を着用するという大抜擢。結果、チームは最下位に終わったが、課題だったバッティングも多少は改善され、盗塁阻止率は高い率を残した。2014年からはライバルでもあり良き仲間でもあった鶴岡選手がホークスへ移籍し、選手会長も引き継いた。2015年のオフには「FA宣言するんでは?」という声もある中、ファイターズに残留。2016年からはキャプテンにも就任することが決まり、背番号も「2」から、入団当初から指導を受けていた中嶋選手の「27」を受け継ぐことになった。近藤健介・石川亮・市川友也とライバルは多いが、本来は大野選手が全試合被るぐらいでなければダメだと思う。応援歌は3年目のステップアップとなる、2011年に作成されたもの。「守りの要」「チームを背負い」など大野選手にピッタリのフレーズが入っている歌詞で応援歌も渋くてカッコイイ曲調となっている。この新曲と共に数年後にはリーグを代表するキャッチャーに定着してほしいところだ。
<使用歴>大野奨太(11年〜)

31.岡 大海  倉敷商業高ー明治大ー日本ハム(14年D3位)

♪F.F 「エース エース エース エースを狙え」 

  駆け抜けろ 緑の海原を Go!大海 はばたけ 栄光の空へ

・2013年のオフに開催されたドラフト会議。ファイターズは何かと話題を持って行くことで有名だが、この年のドラフトでは獲得した選手の名前で盛り上がったドラフトとなった。1人がプロゴルファーの石川遼と同姓同名の「石川亮」そして、もう1人が「おかひろみ」何を言おうと、漫画・エースを狙え!の主人公と同姓同名である。しかし、「エースを狙え」が流行ってる頃には生まれてもいなかったわけなんで、プロ入りする前は一度も漫画を読んでいなかったとか。もちろん選手としての実力も素晴らしく、足が速く長打力もある。大卒野手をあまり指名しないファイターズが指名したということだけで、どれだけ凄いが分かるような気もした。ちなみに、大学時代の途中まではピッチャーも務めていたこともあり、前年に大谷選手が二刀流に挑戦しただけに、監督も興味ありそうな感じだったが、ドラフト直後に某球団フロントの方に話を聞いたら「絶対にありません!」と否定されてホッとした記憶がある。そんな即戦力として期待された1年目、オープン戦で俊足を活かしたプレースタイルを持ち味として、開幕一軍を掴むとプロ初安打を記録。まさに彗星の如く現れたが、ファームの試合で一塁ベースを踏んだ際に大怪我をしてしまい、シーズンを棒に振ってしまった。本人はとっても悔しがったみたいだが、その際に「エースを狙え」の漫画に目を通すことも出来、正直入団直後もそういう風に取り上げられるのは良く思っていなかったように感じていたが、プロ野球という世界は「覚えてもらう!」これがプロ野球選手としての目標でもあることを実感したらしく、2年目のシーズン途中から登場曲に「エースを狙え」を使うようになり、それにあやかり応援団も2015年の6月から応援歌は汎用ながら「エースを狙え」のファンファーレを追加。専用応援歌がないのに、そういうのが付けられるのは、2001年のシーズン中、田中賢介選手に「賢介コール」が付けられた以来と記憶している。 しかし、その後、ファーム落ち。9月に再度一軍に戻ってくると、新曲となる応援歌が付けられたが、本来だったらもう少し早く発表したかったとか。「Go!大海」とちょっと洒落が効いた歌詞ともなっている(笑)
<使用歴>岡大海(15年途〜)

37.矢野 謙次 国学院久我山高ー国学院大ー巨人(03年)ー日本ハム(15年途中〜)
♪熱き夢を胸に 嵐を起こせ 会心の一撃で 男を上げろ
・2015年の6月11日の試合前。ジャイアンツと交流戦を戦っている真っ最中の日だった。ファイターズ矢貫俊之投手・北 篤選手⇔ジャイアンツ矢野謙次選手、須永英輝投手との交換トレードが発表された。対戦中の相手とトレードを行うなんて異例中の異例だと思うが、それぐらい矢野選手の獲得を熱望していたということだろう。それに、ファイターズがシーズン中に野手を補強するのも久々で、2010年の佐藤賢治選手以来。人的トレードとなると、02年の林孝哉選手以来となる。しかし、矢野選手は実績も抜群の選手。ファイターズは痛い目に何度も合わされてきた。公式戦でも、日本シリーズでも本当にここぞという場面では全て打たれている。個人的にも代走の切り札・鈴木尚広選手と、代打の切り札・矢野謙次選手の2人が出てくると嫌な予感しかしなかったが、そうういう印象を受けているのは、どの球団もファンも一緒だっただろう。それが今度は味方になってくれる。それぐらい頼もしいものはない!と思い、今回のトレードは嬉しいものとなった。そして、それはすぐに結果となって現れる。移籍直後の試合でスタメン出場。早速、3本のツーベースを放ってサヨナラ勝利に貢献。早速、お立ち台にも立った。そこで叫んだ一言が「ファイターズ最高!」と絶叫してくれた。2015年は若い選手が躍動している年となっているが、2014年のオフに寂しい分かれ方をする選手が多かった中、こうやって叫んでくれたのは、ファンとしても非常に嬉しかった。年齢的には34歳となり、ファイターズは大ベテランの部類に入るが、プレースタイルと野球に賭ける気持ちは永遠の若手だけに、若手に物凄く良い影響を与えてくれそうな気がしてならない。移籍当日に作成された応援歌は西浦選手の曲が10年振りに復活となった。
<使用歴>西浦克拓(99年〜05年)→矢野謙次(15年途中〜)

49.石川 慎吾 東大阪大柏原高ー日本ハム(12年D3位)
♪気持ちを高めて 打て!勝利の道へ さぁ前だけを見て 駆け上がれ慎吾
・ファイターズでは中田翔以来の右の大砲候補の指名となった。とにかく体が捩れるぐらいのフルスイングと関西人特有のファンに愛されるキャラクターも魅力の一つとなり、1年目から鎌ヶ谷のファン沸かしていた。しかし、一見荒そうなバッティングを良ーく見ていると、結構、配球を読んで打つタイプのようにも思えたが、実は高校時代はキャッチャーも務めていた。本人には確認したことがないが、そういう経験がバッティングにも役立っているのではないかとは少なからずは思う。2年目はフレッシュオールスターで優秀選手賞を受賞すると、中田選手が死球を受けた翌日に一軍から声がかかり一軍戦デビュー。ヒットは生まれなかったが良い弾みになったはず。そして飛躍の3年目、4月にプロ初安打を放つと、翌月には札幌ドームの試合で初球を見事に捉えバックスクリーンに飛び込むプロ初ホームランを放った。その時に言った「男は黙って初球から」の一言はちょっとしたブームともなった。ちなみに、この時の本塁打ではホームランボールが消えるという不思議現象が起こり、札幌ドームの構造も改めて学べるキッカケにもなった。しかし、その後はファームで結果を残しても出番が貰えない等、歯がゆい日々が続いたが、守り勝つチームなだけに外野の守備が少しネックになった可能性もあったと思うが、川名コーチの居残りノックを誰よりも多く受けていたのは石川慎吾だったと思う。一つのキッカケなったのは2015年のライオンズ戦。試合前に珍しく栗山監督が「今日活躍した選手に監督賞を渡す」と宣言をし、見事に勝ち取ったのが石川慎吾選手だった。そういう運命を感じたのか、西武ドームの試合では石川慎吾選手を積極的に起用し、期待に応える一打を多く放ってきた。そして、2016年からは個人応援歌も新曲で登場。「打て!」のところはシャウトして叫ぶ形となる。お披露目会では石川慎吾選手が試合後に姿を見せて自らファンに感謝をする一幕もあったと言う。この姿に心を奪われたファンも多かったのではないだろうか。激しい外野争いが予想されるが、果たしてどんな活躍を見せてくれるのか楽しみな一年ともなる。
<使用歴>石川慎吾(16年〜)

56.市川 友也 東海大相模高ー東海大ー鷲宮製作所ー巨人(10年)ー日本ハム(14年〜)
♪培った技で 攻守に輝き 勝利への道標 今描け市川
・2013年のオフ。鶴岡慎也選手がFA移籍することが決まり、2番手捕手が欲しかった時、ジャイアンツから金銭トレードで獲得した。しかし、まず目に入ったのは球歴だ。東海大相模高校から東海大学。2011年のオフに菅野智之投手を強行指名した結果、入団拒否という形になってしまったが「その禊のトレードでは?」と率直に思ってしまったファンも多かったことだろう。しかも、社会人卒でありながら、プロ4年間でヒットはゼロで試合出場もわずかだった為、「2番手捕手が務まるか?」という不安もあった。実際にキャンプの時にはピッチャーとサインが合わないなど、苦戦した日々もあったのは確かだったと思う。さらに正捕手の大野選手が負傷するなどもあり、状況によっては市川選手に開幕を託す可能性もあった為、期待度がさらに増していく日々は続いた。そんな期待に応え、努力に努力を重ね、開幕一軍をゲット。大野選手はなんとか開幕に間に合ったが、騙し騙しの状況だったのは確かだった為、市川選手の力がとても重要になり、ピッチャー陣からも信頼を得て、出番を着実に増やし、盗塁阻止率も高い率を残した。バッティングでもプロ初安打はもちろん、この写真にもなっているオレンジのファイターズユニを着てプロ初本塁打も放つなど、2割6分3厘のアベレージを残した。さらに、送りバントも上手い。正直、ファイターズがクライマックスに出れたのは、この市川選手が「2番手捕手」として輝きを放ってくれたからと少なからずは思う。そして、そんな活躍にさらなる飛躍を込め、新曲となる応援歌が作成された。2014年のオフには腰の手術も行ったが、2015年のシーズン中も苦しめ。しかし、この綺麗なメロディが球場中に響き渡り、一番素晴らしい活躍を見せたのは、8月21日の東京ドームでの試合。2点ビハインドの9回に同点2ランを放ち試合を振り出しに戻し、レアード選手のサヨナラ打に繋げた。ちなみに、この試合もレジェンド・シリーズだったが、2年連続でレジェンドユニフォームを着用して本塁打を打ったことになる(笑)
<使用歴>市川友也(15年〜)

64.谷口 雄也 愛工大名電高ー日本ハム(11年D5位)
♪尽き果てぬ思い 一振りに託し 止めどなく闘う男 谷口雄也
・ドラフト指名時。高校通算44本塁打を放った長打力よりも、童顔のベビーフェイスでファンの間で有名になった谷口選手。現在は、女優の剛力彩芽さんに似ていると言われスポーツ新聞でも取り上げられているが、入団時は芦田愛菜ちゃんに似ていると言われていたんです(笑)そんなこともあり活躍すれば絶対に人気が出るだろうな〜と予想していたが、1年目から6本塁打20打点を記録するなど期待は高まった。2年目には9月の東京ドームでの試合でプロ初出場・初安打・初打点も記録。ステップアップの年にしたい3年目のシーズン前、同じ愛知県出身の稲葉篤紀選手の佐賀自主トレに同行。ここから谷口雄也選手にとっての師匠・稲葉篤紀の誕生の瞬間だ。バッティングフォームや動作など稲葉選手の何もかもを吸収をし始めた。しかし、形は真似ていても技術が追いついていなく、バッティングでも苦しむ時期が続いた。特に追い込まれてからのバッティング。元々、ローボールヒッターの谷口選手なだけに、キャッチャーの手前でワンバウンドするフォークボールに手を出してしまうケースが多かった。それでも顔に似合わず気持ちはかなーり強い性格の持ち主で自分のスタイルを貫き通し、稲葉選手の教えも守り、じょじょにフォームも固まってきた。そして、2014年7月11日の札幌ドーム。課題となっていた追い込まれたカウントから、プロ初本塁打を放った。僕は谷口選手にとって、この1本は後々の野球人生を変える一打になるのでは?と思っているが、それ以降は打席の中では余裕が見え、安定した成績を残している。外野戦争が激しい今、期待と飛躍を込め、近藤健介選手と同時期に新曲が作成された。谷口選手らしく爽やかなリズミカルな曲で綺麗なメロディ。今後はこの応援歌がたくさん球場に響かせるように、一生懸命に、時にはあざとい谷口選手に注目です。
<使用歴>谷口雄也(14年途中〜)

☆.メインテーマ Part1(途中出場の選手) 1990年頃から使用
♪勝利を誘う 晴れ舞台 (ラララ) 漲る闘志を ぶつけろ〇〇←選手名
・個人テーマのない選手に使用する応援歌。しかし2006年からは下の曲が出来た関係もあり、途中出場で個人テーマのない選手に使うことになったため聞ける機会は大きく減ってしまったが、曲は他球団の”その他の選手の応援歌”に比べれば爽やかで決して適当には作っていない素晴らしい曲。そのためか活躍してる選手でも、なかなか個人の専用応援歌が作られないため、島田一輝や高橋信二に専用応援歌のない頃に活躍していたときは、この応援歌が本当の個人応援歌と思っていた人が多数いた。特に島田はこの曲を専用にしてもいいぐらい馴染んでいた。昨年は、ここに掲載していた岩舘選手がプロ初本塁打、谷口選手がプロ初安打を記録。次には松本剛選手がプロ初出場。石川慎吾選手がプロ初安打・初本塁打を記録。今年は高卒ルーキーで将来は3割打てる力を持っている岸里選手と、早期一軍デビューが期待される石川亮選手を掲載する。と記載していたら、共に2014年10月1日にプロ初安打・初打点を記録。今年もジンクスは継続された(笑)(写真は岸里亮佑選手、石川亮選手)
 
☆.メインテーマ Part2(スタメン出場の選手) 2005年から使用
♪行けそれ行け 打てそれ打て 走れここで輝け Let's Go FIGHTERS
・上に続くその他の選手のテーマ曲が2006年に誕生した。この曲の使用時はスタメン出場で個人テーマのない選手に使用するので、もしかしたら聞ける機会が少ないかもしれない・・・とシーズン前には書いていたが、鶴岡ら若手の成長もあり、聞ける機会が多かった。07年も工藤や陽仲壽。08年には怪我人続出の影響で、流れる機会が多い。この曲が聴けるということは、若手が昇格して、さらに一軍で活躍しているということで嬉しいことだ。曲のほうは低い音から、じょじょに盛り上げていって最後に高音と、メインテーマらしく若さが感じられる爽やかな曲。余談だが、ここに写真を掲載すると、応援歌が作成されるという不思議なジンクスが継続されている。もちろん「期待をしている」というのはあるが。始まりは中島卓也選手で、次は西川遥輝選手&杉谷拳士選手。2013年〜2014年中盤までは近藤健介選手、谷口雄也選手。今後もジンクスは引き継がれていくのだろうか・・・。というよりも引き継いでほしい!と願っていたが2016年に石川慎吾選手に新曲が作られたものの松本選手はこの流れに乗っかることが出来なかった・・・。(写真は松本剛選手、平沼翔太選手)

☆.ピッチャーのテーマ 2005年から使用
♪勝利目指し闘え 力の限り尽くし 願うことは ただ一つ 勝利の二文字
・05年からセ・パ交流戦が始まった。そのためDH制のないセリーグの球団の主催試合ではファイターズのピッチャーも打席に立つので作られた新曲。原曲は沖縄民謡の「てぃんさぐの花」。そのため、札幌ドームではなかなか聞く機会がない応援歌であるが、セリーグ主催試合でもピッチャーは早めに打席が終わってしまうので、聞ける機会はそこまでは多くはない。ちなみに98年の優勝争い時にはマッキントッシュ(99年からはオバンドーの応援歌に)の応援歌が投手用になる。という話しがあったが、一時は2位に10ゲーム差をつけていたもののライオンズに大逆転を喰らって結局、優勝できずに幻に終わった。ちなみに、音源は僕が応援していた鎌倉選手が打席に入っていたのを使っていたが、2010年からの音源リニューアルをキッカケに、2011年からは音源を変更した。まぁ、投手陣で応援している吉川投手の音源を録音出来たから良しとしよう(笑)そんな吉川投手。2012年はダルビッシュ投手の穴を埋める大車輪の働きを見せてくれた。ファームで何回も見ていた思い入れのある投手だっただけに本当に嬉しかった。(写真は吉川光夫投手、武田 勝投手)

※ビハインド時の応援形式 
♪3コール ⇒ アカペラ入らず個人応援歌突入
・近年、ファイターズでは、ビハインド時の最終回の攻撃ではアカペラでの応援をやらずに、3コールから応援歌に突入ケースが多くなった。負けている展開でアカペラ中に打者が凡退してしまうと、間延びしてしまう感じな、少し微妙な空気になってしまうのがあるので、盛り上げ的な意味でも良いんじゃないかな?とは思っております。


   チ ャ ン ス テ ー マ♪


☆.チャンステーマ(橋上&森より流用) 2000年から使用
♪打て〇〇 (ワッショイ、ワッショイ!) 走れ〇〇 (ワッショイ、ワッショイ!)
           敵の野手の間を抜く 気合いの決勝打(ハイ!ハイ!ハイハイハイ!)
・各球団ともチャンステーマが増える中、ファイターズはなかなかチャンステーマが存在しなかったが、ついに、00年の途中からチャンステーマとして使用された。と、言っても新曲とかではなく、橋上選手に使用されていた曲。しかも、各球団ともすぐチャンステーマを流すものの、ファイターズは本当の大チャンスの場面以外ではなかなかチャンステーマは使われなかったので「ワッショイ」が使われる際にはかなり盛り上がった。しかし04年からは”北の国からチャンス”の登場により、使う場面は主に北の国から中心で減少してしまった。しかし、05年からは「ワッショイも忘れるなよ!」と言わんばかりに再び使われる機会が増えてきた。自分はチャンステーマと言ったらやっぱりこの曲だ。ちなみに最初の「ワッショイ!」のコールは10回繰り返す。

☆.チャンステーマ (北の国からより) 2004年から使用
♪(前奏スロー) 
  ラ〜ラ〜ラララララ〜ラ ラ〜ラ〜ラララララ〜ラ
  ラ〜ラ〜ラララララ〜ララ ララララ〜ラララ〜ララ〜

♪(本編ハイテンポ)
  ラ〜ラ〜ララララ ○○ ラ〜ラ〜ララララ ○○
  ラ〜ラ〜ラララララ〜ララ オイ!オイ!オイオイオイ!

  ゆけ!ゆけ!○○ 打て!打て! ○○
  ゆけゆけそれゆけ かっとばせ〜! ○○ (〇〇は選手名)
・04年4月から北海道移転と合わせて「北の国から」の曲をハイテンポにしたチャンステーマが登場。大チャンスの場面などでは、こちらの曲が使用されることが多い。ちなみに、今では完全に定着したが、当初は相手ピッチャーが交代するときに使ってみたりなどと、応援団も、この曲の使う場所を色々、試行錯誤していた。さらにチャンステーマになってからも、コールの仕方が変わったり、鳴子がついたりと球場に行くたびに新しい要素が増えて楽しかった。

☆.チャンステーマ(チキ・チキ・バン・バンより) 2008年から関東限定で使用開始、2011年から全国展開
♪(ファンファーレ)
 ファンファーレの後に・・・ レッツゴー○○!

♪(本 編)
 (曲♪) かっ飛ばせ○○ (曲♪) かっ飛ばせ○○ (曲♪) ウ〜〜イェイ!(ジャンプ!)

 頑張れ僕らのファイターズ 走れ速く 頑張れ僕らのファイターズ 決めろ早く

 男性:打って〜! 打って〜!○○! (男性のみで歌う)
 女性:打って〜! 打って〜!○○! (女性のみで歌う)

 全員:(ドンドドン)今だチャンスだ!○○! (最後は全員で!)  (○○は選手名)
・原曲は「チキチキバンバン」08年4月29日の試合終了後の二次会で急遽、発表された関東限定の新チャンステーマ(北海道でも作るとか、作らないとか?)途中でコールが入ったりジャンプしたり、盛り上がる要素はたくさんあるが、この応援歌の特徴は、なんと言っても男性と女性が別々にコールする部分があるところだろう。「賢介コール」で、男性・女性を分けてコールすることがあるが、正式採用は初めてとなる。早速、5月5日の西武ドームで初披露となり、5月14・15日の東京ドーム2連戦では、この新チャンステーマの効果なのか?10年振りとなる2試合連続サヨナラ勝利を飾った。選手にも「乗りがいい!」ということで評判がいいらしい。そういうこともあり、早くも「全国に!」という声が出ているが、これは関東限定でこそ味が出るような気もする。と書いていたが、2011年からは全国で使用することになった。

☆.東京ドーム限定チャンステーマ 2010年から使用
♪(前 奏)
 FI・G・HT FI・G・HT 
 ファイターズ それゆけそれファイターズ 
               ファイターズ それゆけそれファイターズ 僕らの仲間だ頑張れファイターズ

♪(本 編)
 ファイターズ それゆけそれファイターズ(お〜○○!) ファイターズ それゆけそれファイターズ(お〜○○!)
 僕らの仲間だ頑張れファイターズ

 東京! (ドドドン) ドームで! (ドドドン) 輝け! (ドドドン) ○○!
・3月31日の試合前に急遽誕生した東京ドーム限定チャンステーマ。原曲はもちろん「それゆけ僕らのファイターズ」だ。3月に発表した時は、単純な繰り返しのテーマで少しレトロチックな感じがして、チャンスという感じはしなかったのが本音だったが、7月に東京ドームの試合で行われた時にはチャンスらしい雰囲気が出てくるようになって、スタンドが一体となって盛り上がる。個人的には好きなチャンステーマの一つになる。 余談だが、谷口雄也選手は、このチャンステーマが好きらしい(笑)

☆.札幌ドーム限定チャンステーマ 2008年から使用
♪(前 奏)
 ウッ! ハッ! ウッ! ハッ! ウッ! ハッ! ウッ! ハッ!・・・

♪(本 編)
 (曲に合わせて♪) オイ! オイ! ○○!(選手名)

 打  て! (外野席の19〜24列目) 
 打  て! (外野席の19〜30列目)
 打  て! (外野席の19〜36列目) 
 打  て! (外野席・内野席を含め全員)

 (曲に合わせて♪) オイ! オイ! ○○!(選手名)

 打  て! (外野席の19〜24列目) 
 打  て! (外野席の19〜30列目)
 打  て! (外野席の19〜36列目) 
 打  て! (外野席・内野席を含め全員)

 (曲♪) いけいけ〜! (曲♪) おせおせ〜!

 お前が決めてくれ (ドンドンドンドン) ○○!(選手名)
・08年の4月に関東限定チャンステーマということで「チキチキバンバン」の歌をモチーフにされた応援歌が作られたが、そのときに、上記に書いてある通り、札幌限定チャンステーマを作る。という話しが出ていた。そして、08年の7月に急遽、札幌ドーム限定チャンステーマが発表された。曲は「ジンギスカン」の歌を原曲とした応援歌。札幌ドームの特徴を生かした外野席・内野席を一体となった構成の応援歌となった。7月25日に初披露となったが、今までのファイターズのチャンステーマとは違い迫りくるような感じ。最後のコールの部分でもある「おーまーえがきーめーてくれー ○○!」の部分は高校野球の応援のような雰囲気が出る(笑)今季も湿っている打線だが、このチャンステーマをキッカケに「ワハハハ〜」と笑う場面が増えてほしいものだ。と書いていたが、とても笑えるような打線でない(冗談です(笑))ということで応援歌の歌詞が「いけいけ〜」「おせおせ〜」に変更となった。

☆.関東限定チャンステーマ 2012年から使用
♪(ファンファーレ)

  (曲♪) 行け!打て! (曲♪) オイ!オイ!オイ!オイ!

  今だこのチャンスで燃え上がれ 今だこのチャンスで勝負を決めろ

  男性:(曲♪) オイ! (曲♪) オイ! (曲♪) ○○!
  女性:(曲♪) オイ! (曲♪) オイ! (曲♪) ○○!

  我らの想い乗せ 行け!○○!(○○は選手名)
・2008年から使用されていた「関東限定チャンステーマ」通称チキバンが大好評により、2011年から全国展開されてしまった為、2012年から、新しい「関東限定チャンステーマ」が誕生することとなった。発表は斎藤佑樹・武田勝・吉川光夫の新3本柱で3タテを飾った4月上旬のマリン3連戦。正式な使用はまだされていないが、近日中の関東の試合で開始する予定だ。まだ練習段階ですが、実際に歌ってみると、結構盛り上がる。さらに、一つのチャンステーマの中に、”アカペラ”、”男女交互応援”など、ファイターズらしい応援スタイルが含まれているのは面白い。今季は栗山新監督に変わり、逆転・サヨナラなど、ドラマティックな展開が増えそうなファイターズにピッタリのチャンステーマになるんではないでしょうか。最近、原曲があることが判明した。ちなみにルーキーの大谷選手が打席でこの応援歌に合わせて口を動かしていた。あれは絶対に歌っていたな(笑)

☆.関西限定チャンステーマ 2012年から使用
♪(ファンファーレ)

  さぁ行くぞ 男上げろ今 時は来た 燃えあがれ

  決めてやれ ○○!

♪(本 編)※Bメロはアカペラ
  
  Aメロ:(曲♪) オーッ!打ったれ○○! (曲♪) お前が決めろ!○○!

  Bメロ:この一撃で 勝負を決めろ 進め勝利目指し 夢見る先へ オイオイ! 
・関東から始まった地方ごとのチャンステーマ。ついに2012年からは関西でも限定チャンステーマが登場した。メロディはオリジナルでカッコいい系に入るのではないでしょうか。歌詞には「打ったれ!」と、関西らしい表現も入っている。構成としては、この実録音の通りとなるが「ファンファーレ」→「Aメロ」→「Bメロ」→「Aメロ」→「Bメロ」・・・となる。「Bメロ」の部分は実録音ではレクチャーの為、小さくトランペットの音が入っているが、通常使用時にはアカペラで歌う箇所となる。関西らしく最後の「オイオイ!」の箇所は本来は威勢が良い箇所となるのだが、凡退した選手に突っ込むような「オイオイ!」という歌詞にならぬよう・・・(笑)ちなみに、交流戦でナゴヤドームでの試合でも使用されていることが確認された。

☆.西日本限定チャンステーマ 2015年から使用

♪(スタートコール) 

  「絶対勝つぞファイターズ!」 X 3 

♪(本 編) 

  (曲♪) オイ! (曲♪) ◯◯! (曲♪) オイ! (曲♪) オイオイオイ!

  (ドンドンドドン) かっとばせ!

  (ドンドンドドン) ◯◯!

  (ドンドンドドン) 決めてやれ!

  絶対勝つぞファイターズ! 

・2015年4月4日の試合から使用開始となった、名古屋以降、西の地域で使用される「西日本限定チャンステーマ」。この音声は記念すべき1回目に流れた時の音源となる。メロディは単純なので、チャンステーマらしい雰囲気は無いような気もするんですが、応援している方は意外と熱くなるメロディと声!何より「絶対勝つぞファイターズ!」というフレーズが入っているので、劣勢の展開・逆転がかかっている展開などに使われると、自然と声が大きくなってくるのが特徴だ。こうやって地域毎にチャンステーマが誕生すると、遠征する楽しさも湧いてくるし、思い出に残るのではないでしょうか。


   ケ ー ス 別 応 援 歌♪

☆.攻撃開始のテーマ(沖縄開催以外) 2014年から使用
・2004年から使用されてきた「北の国から」に変わり、2014年から新しい攻撃開始のテーマが作成されました。沖縄開催以外の試合では全球場でこちらの曲を使うそうです。メロディは今でも東京ドームでの試合の時は使ってますが、東京時代の攻撃開始テーマに似た雰囲気がある感じで、ちょっと懐かしい感じもする。

☆.攻撃開始のテーマ(東京ドームVer) 1989年から使用
・2003年まで全国各地で攻撃開始のテーマとして使われていたお馴染みだったテーマも東京最終年となる03年限りで廃止かなぁ?と思っていた。しかし、札幌移転後も東京ドームでの主催試合が行われることになり、このテーマは”東京ドーム限定の攻撃開始テーマ”として流していくことになった。05年からはジャイアンツ主催の東京ドームでも聞くことが出来る。聞くたびに、効果音とともに懐かしい思い出が蘇る・・・こっちのほうが自分は好き。

☆.2回以降の攻撃開始のテーマ 
・この曲は移転前も移転後も変わらず使われている、お馴染みの3・3・7拍子のテーマ。2回以降の攻撃開始前とかに流れます。最近は最後の部分を「そーれ!ファイターズ!」と歌う人が増えてきている。

☆.ヒット&出塁&進塁のテーマ(東京ドーム&沖縄開催以外) 2014年から使用
♪○○!○○! ハイ!ハイ!○○! ○○!○○! ハイ!ハイ!○○! (◯◯は選手名)
「ヒット&出塁&進塁のテーマ」も2014年から変更。2014年は変更が多いシーズンとなり、色々と思うファンもいるかもしれませんが、長年チームを応援していると変更というものは必ず発生すること。それでレジェンドシリーズとかで過去に使われいた曲が復活したりすると「懐かしいな〜」と感じるものなんですよね。


☆.ヒット・出塁・進塁時のテーマ(東京ドーム版) 
♪○○ ○○ ハイ!ハイ!○○ ○○ ○○ ハイ!ハイ!○○
・長く親しまれていた出塁時のテーマ。だが移転と同時に変更されてしまった。しかし、プレーオフ第一戦の9回だけに久しぶりに限定復活をしたり、アジアシリーズで復活したり応援団の気分でたまに流れることがあり盛り上がる。そして、07年からの東京ドーム主催では再び、このテーマを使うことになった。


☆.得点のテーマ(ビジター版(東京ドーム&沖縄開催以外))  ☆.逆転の場合 2014年から使用
・「得点のテーマ」も2014年から変更。東京ドームの試合と沖縄開催の試合を除くビジターでの試合に限りこのメロディが使用される。北海道での試合に関しては「ヒット&出塁&進塁のテーマ」を1回、流した後に今迄全国で使用していた「お〜い北海道」が流れる形となる。いつか録音してきますね(笑)ちなみにオープン戦の頃は「ヒット&出塁&進塁のテーマ」を1回流した後に、暫定としてショートバージョンのファイターズ讃歌を使用していました。

☆.本塁打&勝利のテーマ(ビジター版(東京ドーム&沖縄開催以外沖縄開催以外)) 2014年から使用
・本塁打ファンファーレは変更されませんが、その後のテーマは上記のテーマに変更されました。本塁打ファンファーレは長年親しまれているメロディなだけに、変わらなくて良かったな〜というのが本音かな。


☆.得点時のテーマ(東京ドーム版)  ☆.逆転の場合 
♪僕らの仲間だ頑張れファイターズ(ワッショイワッショイ)僕らの仲間だ頑張れファイターズ 
  ラッキー!uhu〜やった!バンザーイ・バンザーイ・バンザーイ!!○○
・こちらも長く親しまれてきた得点時のテーマ。「それゆけ僕らのファイターズ」という歌の一部から抜粋した。出塁テーマ同様に、07年からの東京ドーム主催では再び、このテーマを使うことになった。ちなみに「ラッキー!」の後は「よくやった!」ではなく「uhu〜ヤッタ!」ということだったのが、最近になって初めて知った・・・(笑)10年間「よくやった!」で歌ってました(笑)

☆.ホームラン&勝利のテーマ(東京ドーム版) 
・89年の時はこの曲を「得点テーマ」として使っていた。「それゆけ僕らのファイターズ」の歌は移転後に変更されてしまった、ホームランファンファーレは移転後でも変わらなかった。出塁・得点同様、07年からの東京ドーム主催では再び、このテーマを使うことになった。ちなみに、この音源は2012年6月27日に西川遥輝選手がプロ初ホームランを打った音源なのだが、よーく聞いてみると最初の方に「カキン!」と・・・打球音が聞こえます。

☆.相手投手交代時のテーマ(関西中心)  ☆.アウトテーマ(関西中心) 
・主催試合では東京ドーム時代から恒例となっている「幸せなら手をたたこう」の曲に合わせて相手投手の交代時間を待つが、ビジターではもちろんなし。と、いうことで関西では「贈る言葉」の曲を使って演奏している。アウトテーマに関しては、以前まではどこの球場でも行なっていたが、近年は関西の試合で、リードしている展開での9回限定に流れる。また、交流戦時にも聞けるチャンスがある・・・!?

☆.スタメン発表:横浜スタジアムバージョン 
・通常はオーダー発表してから1−9というパターン。しかし、横浜スタジアム(ベイスターズ主催)では、ちょっと違う形になる。この録音にある通り「2番セカンド田中賢介」と発表された後に応援歌を流すという形。面白いのは聞いても分かる通り、応援歌が終わるまで、ちゃんとウグイスの人は待ってくれる(笑)なので長い応援歌だったらどうするんだろう?とか疑問も湧いてくる。ちなみに、こういう形にしてあるのは、06年中盤から始めているそうだが、試合前にイベントがあるため。ハッキリ言ってしまえば、1−9の演奏がイベントの邪魔になるからだろう。ちょっと違和感を感じると思いますが、これを実際にやりたい人はハマスタに集まろう!(笑)


   ♪ 球  団  歌 ・ パ リ ー グ 連 盟 歌 ♪


☆.ファイターズ讃歌(5回の攻撃前に流れます。通常は1番のみ)  
♪1.誰が鳴らすか あの鐘は 勇気を讃えて 空高く
    燃える心の 茜雲 明日に向かって 飛んで行け
    進めファイターズ 勝利の男 進めファイターズ さわやかに

  2.男同士の友情は がっちりスクラム 組んだ腕
    こうと決めたら まっしぐら  嵐の大地を突っ走れ
    進めファイターズ 勝利の男 進めファイターズ どこまでも

 3.若さみなぎる情熱は かわした瞳にあふれてる
   昇る太陽指さした 誓いのサインはビクトリー
   進めファイターズ 勝利の男 進めファイターズ ひとすじに
・1973年「日本ハムファイターズ」誕生と同時に作成された球団歌。作成当時は宇宙戦艦ヤマトの歌を歌ったりで有名な「ささきいさお」さんが歌っていたが、もの凄く渋い声で歌っており個人的には大好き(笑)しかし00年からは「速水けんたろう」さんが歌うことになった。丁度、一時ブームとなった「だんご三兄弟」が売れたのをキッカケに変更となったのであろう。歌い方は「ささきいさお」さんとかなり違く爽やかな感じだが「速水けんたろう」風にアレンジされている部分があるので、オールドファンには不評・・・そして04年から札幌に移転したので「どうなるか!?」と思ったが、勝ちゲームの試合終了後に球場で流れたり、応援団が5回攻撃前やラッキーセブンに吹いてくれる。そして07年からは、また新たなアレンジバージョンが出来たが、今までのほうが好きだった・・・

☆.白いボールのファンタジー(交流戦時は5回の攻撃前に流します)  
♪1.青空に輝くスタジアム フィールドに浮かぶユニフォーム 
    子供のころに 夢みた姿は 今も昔も変わらぬままさ
    白いボールのファンタジー 流れる雲にこだまする
    その名は その名はパシフィック
    我らの我らのパシフィックリーグ 我らの我らのパシフィックリーグ

  2.スタンドに湧き上がる 熱いメロディー スターとファンの ハーモニー
    いつでも いつでも 手に汗握り 心を燃やすひととき求め
    白いボールのファンタジー 流れる雲にこだまする
    その名は その名はパシフィック
    我らの我らのパシフィックリーグ 我らの我らのパシフィックリーグ
・知られているようで知られていなかったパリーグの連盟歌「白いボールのファンタジー」凄い奇麗な曲で歌詞も良く名曲は、今ではパリーグファンなら誰でも知っているはずの有名な曲となった。それは、思い出したくもない04年の大阪近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブの合併騒動。そこでパリーグ各球団が一つとなり、この歌を毎試合流していた。さらにファイターズ(他球団もやっていたかも)ではサビの繰り返し部分をヒットコールとして代用していた時期もあった。しかし、その願いは叶うことはなく、合併へ・・・近鉄球団は消滅する形となった。そして、05年から気持ち新たに交流戦がスタート。ファイターズの応援団は5回に「白いボールのファンタジー」を流している。


   







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