

■七宝山妙音寺宝積院の住所:香川県三豊郡豊中町上高野1986

丈六阿弥陀如来坐像
<由来>
■本尊阿弥陀如来の仏師は河内の国春日部の人で、河内の平岡神社に祈って彫刻したので
人呼んで神作とも言い、後世由来をもって春日の作と言われています。
仏師春日は修行のため諸国を旅してこの地に久しく留まりました。
やがて故郷に残した幼児が青年となり
、父を訪ねてきましたが、名を秘して一木を二つに割り一つには
父が、一つには子が阿弥陀仏を半分づつ彫りました。
出来上がった二つの像を合わせたところ寸分ちがうことなく一致しましたので初めて親子の名乗りをあげ
たと言います。 この物語から親子対面の仏像とも言われています。
■平安中期(十二世紀)の作。文化財としての価値を認められ、昭和二十五年国の重要文化財に指定されました。
永承七年(1052)が末法到来の年と考えられた平安時代後期は、阿弥陀如来に救いを求め、貴紳はこぞって
阿弥陀如来の像を造立しました。
中でも宇治・平等院鳳凰堂に安置される定朝作の丈六阿弥陀如来は、著名です。
円満で穏やかな面相、なだらかに自然味の身体の輪郭、浅く流れるような衣文などに特徴があります。
こうした像は後の世まで「仏の本様」といわれ、定朝様として藤原時代末期に大いに盛行しました。
本像はヒノキ材・寄木造り・彫眼で、平等院像と同じく坐像の丈六像としては県下最大であり、しかも最古の
優作とよく知られています。
本像が安置されている妙音寺の歴史は、古く白鳳時代まで遡ることが寺域から出土する古瓦から判っています。
(武田和昭著「香川の仏像(1)」から引用)