レベルが上がるごとに、ブロックの落下スピードが速くなっていくことも共通だが、ファミコン版ではステージクリア制なのに対してアーケード版はゲームオーバーになるまで続けるところも、落下加速の基準が違っている。
前者では、一つのステージに10のラウンドが用意されていて(6ラウンドまでは選択可能)、アーケード版がレベル10に移行したと同時に落下速度が落ち着くあたりは、ファミコン版の基になったPC版を踏襲しているものの、最初からスピードが速くなるラウンドを選べるところは少しゲームに慣れた人でなければ使いにくいものといえる。
そういった意味では、ファミコン版はアーケード版に対して人気も初心者に対する寛容も下回っているのも致し方なく、売り上げも爆発的に売れたのではなく他機種版の人気に押されて徐々に伸ばしていったという、半ば再評価に近い形でのものであったといえよう。
一応、操作に慣れてしまえば4列消しを難なくこなすこともできるが、先に述べたように操作がアーケード版と違うためにアーケード版と操作が同じでアーケード版より触れやすいゲームボーイ版をプレイすると、ファミコン版より簡単な操作にも手間取ることもあり、そのあたりは心理学の名目上PC版の操作をファミコンに持ち出したBPSのミスといえるが、後述するエンディングの良さを考えれば演出ではアーケード版に負けてはいない。
 そのエンディングとは、各レベルとも10ステージをクリアすればロシア人がステージの中央でコサックダンスを踊るという一種のミニエンディングが披露され、レベルが上がるごとにコサックダンスを踊ったり演奏したりするロシア人も増えて、次はどうなるんだろうという楽しみ感が大きくなる。
そして、ラウンド5のステージ9をクリアすれば大人数によるコサックダンスと、そのあとにある大聖堂をバックにした花火が盛大に行われ、ミニエンディングの共通としてダンスが終わると一堂に礼をしてくれるところも芸が細かい。
これがこのゲームのエンディングで、ミニエンディングをいくつか見ていった人にとってようやく爽快な気分に浸ることができるわけで、アーケードの演出は背景変更とマスコットのサルの動きというプレイヤーをほっとさせるものだが、こちらはプレイヤーを感動させるという演出の質は負けてはいないし、演出自体このゲームの評価に当てはまらないとはいえ、ステージクリア制のファミコン版だからこそちゃんとマッチしているのがうれしい。
5−9から始めればクリア後すぐ見れるが、苦労と感動を考えるともっと前のラウンドとステージで始めたほうがその分喜びが一層大きくなるだろう。
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テトリス

発売日:1988年12月22日   発売元:BPS   ジャンル:パズル
値段:4900円  おすすめ度:3(他機種版とは違う操作)
 
ソ連の刺客、ファミコンに登場

本日のまとめ

 テトリスそのものは、昔もかなりプレイしていたし今もたまにではあるがプレイしていたけれど、ファミコン版も結構プレイしていた。
友達からの借り物で、初めてファミコン版をプレイしたのが登場して半年後だったが、テトリスそのものはゲームボーイ版でプレイしていた。
そのゲームボーイ版も、いとこの家だが結構プレイしていたもののゲームボーイ版から始めたために、操作で混乱してしまった。
一応、慣れればファミコン版も面白かったが逆に今度はゲームボーイ版の操作を忘れてしまうなど、同じゲームなのに操作性のジレンマが付きまとった。
 ただ、一度はまれば操作性がなんだろうが夢中になることは同じで、漫画では『われらホビーズ ファミコンゼミナール』のコミックス版のミニ漫画や、『燃える!!お兄さん』の臨海学習編(高1)のファミコン版テトリスのエピソードでも、作者や登場人物が夢中になっていたあたり、再評価でもテトリスはテトリスなんだなと思った。
これらは、コマ割りがテトリス状になってしまったりテトリスのやりすぎで目がテトリスブロックになってしまったなどというオチがあったが、さすがにそこまで熱心にプレイすることはなかったものの、先に述べたように別機種のプレイに一時手こずったことはあった。
熱心にではなかったが、全機種含めれば現在も含めてほぼ定期的にプレイしていて、キーホルダーゲーム版も高校生の時に電車でプレイしていた。
 それを作ったメーカーがヒロで、ヒロはほかにもキーホルダーゲームのスペースインベーダーなどいろいろ作っていて、私もそれらをプレイしていた。
のちに、裁判で著作権で訴えられることになるのだが、そういう事情などわからなかった私は夢中でプレイしていたのだが、ほかのキーホルダーゲームが続々登場すると次第にテトリスもプレイしなくなった(一応2個ほどあるが、もう電池切れのはず)。
定期的にプレイしているといっても、毎日とか毎月というわけではなく数か月に数回という程度で、もちろん毎日もあったがそれは大学時代にファミコン版を購入しての時ぐらいで、プレイする目的にしてもテトリスをするという単純なものだった。
しかし、ステージ0をラウンド9まで続けた後に小さいロシア人が、ステージで踊ったのはすこし感動したし(前に見たことがあるが忘れた)、ステージを進むごとにどんどんロシア人が増えていったのは涙は出なかったがますます感動した。
 ところで、エンディングのことを書いて思うのだが、このゲームが心理学の影響が強いとはいえコサックダンスのエンディングを考えると、結局子供向けのものなんだなと思うし、アーケード版が大ヒットしたことについても理屈抜きで面白さを重視したからこそである。
これはおそらく、機種に移植した時のゲーム会社のスタッフの担当のレベルに問題があったと思うが、日本人には理解しにくいPCの洋ゲーをかなり移植したBPSと、メガドライブやセガサターンなどの世界的人気のハードを生み出し、数多くの人気ゲームを作り出したセガとではレベルの問題云々以前だろう。
それでも、ファミコン版でもはまれる可能性を持っているから、レビュー中のプレイもそうだしそれ以外のプレイでも適当にやっていたらいつの間にか夢中になるし、別機種の操作に慣れるのに時間がかかるといってもそれほどでもないから、周りの良し悪しはともかくテトリスそのものの面白さは世界共通だし、何と言ってもミニエンディングのコサックダンスを見たくてプレイしたい人もいると思う。
某漫画よろしく「かんむりょー!!」とまでは言わないけれど、そこまでたどり着くまでのプレイをもう一度やってみたい。

 ルールは、4つの四角いブロックで形成されたテトリスブロックを、プレイヤーがやりやすいように下まで降ろして形を作っていき、一列もしくは複数の列を消していく。
そして、指定された列数を消すことができればクリアだが、ブロックが最上段まで積みあがってしまうとゲームオーバーになるという、いかにもルール上簡単なシステムで構成されている、
ステージ背景は、ロシアの大聖堂をバックにBGMもロシア風味のものでなかなか楽しめるが、後述する機種によってはそれは当てはまらず、テトリスそのものがロシアという存在が非常に薄まることにもつながる。
それがいいか悪いかはともかく、テトリスというものがわざわざロシアの要素を加えなくてもいいわけであり、もともと心理学の一つでロシアとは何も関係がなかったのだから、ある意味元の形に戻っているともいえる。
 さて、世界的にヒットしたテトリスではあるものの、機種ごとで比べれ見れば紹介するファミコン版は、約181万本の売り上げを獲得したとはいえ人気そのものについてはよかったとは言えない。
その大きな理由として、ファミコン版と同時期に登場したアーケード版との操作の違いがあり、その要因についてもプレイする存在の意義が違っているためである。
前者は、ファミコン版登場前からアミーガやPC98など様々な機種のパソコンに移植しているものと同じで、心理学な要素を多く含んでいた。
十字キーの下で、ブロックを回転してボタン一つで下に一気に落とすというもので、着地までどの場所にどういう形でブロックを落とすのかという心理が強く活かされ、ゲームより重要な要素を感じさせる。
 後者は、アーケードに合わせたテンポ良いリズムと操作で、こちらはインカム重視でもあり遊び重視でもある。
そして何より、ブロックを落とす操作がレバーの下で動かすようになっているので、ファミコン版などのようにうっかりボタンを押してブロックを下におろしてしまうというミスが少なくなり、テンポ良さも格段にアップしている。
ファミコン版は、3回までやり直しができる(画面左上のハートが自機みたいなもの)という点では有情だが、後述するブロック落下スピードを考えればゲームオーバーまでの延長線上と考えられなくもない。
シンプルな操作については全機種共通だが、人気はアーケード版のほうが上であることを考えれば、操作一つでこれほど人気が大きく変わるという特異な例である。

 世界的に有名なパズルゲームの一つで、登場した当時は日本でも熱狂的なテトリスブームになっていたこともあった。
それは、ゲームそのものの出来具合もさることながら、開発チーム自身が積極的に宣伝したうえで多くのゲーム機種に移植を要請したことも大きい。
その結果、ファミコンはもちろんのこと多くの機種でテトリスが楽しめるようになったが、そこまでやってのけた開発チームもとい開発者とプログラマーの積極性と柔軟な戦略性が、ゲーム業界にうまく溶け合うことができたといっていい。
 その開発者の名前はアクセレイ=パジトノフ氏で、もともと心理学が得意分野であった彼はコンピューターにも精通しており決してゲームデザイナーではなく、ゲームのテトリスももとはといえば人間心理の研究のために作られた。
テトリスという名の言葉の由来は、『テトラ』というギリシャ語における『正方』と4を意味しており、そこから登場するブロックの構成要素からとっている。
遊びについては、一つの箱に敷き詰められている多数の駒を一回バラバラにして、再び元通りの敷き詰められた形にするものである。
これが、心理学におけるテトリスであり、コンピュータ化してアレンジしたのがこれから紹介するものである。
 そのコンピュータ化を実現させたのが、パジトノフ氏の親友であるワジム=ゲラシモフ氏であり、2人の積極的な宣伝などもあって世界に進出できたのだ。
ただ、当然ながら二人の出身といえばロシア連邦それもこのゲーム発売当時といえば、あの社会主義国家のリーダー的存在であるソビエト連邦であり、ゲームを売り出した地域が主に日本や欧米といった資本主義国家であることを考えれば、二人の決断は並々ならぬものがあったに違いない。
最初のテトリスが誕生した当時のソ連は、良くも悪くも社会主義者の威厳があった故コンスタンティン=チェルネンコ氏が書記長を務め、ゲームの宣伝を行う時期は民主化を徹底的に行ったミハイル=ゴルバチョフ氏が書記長を務めたが、崩壊に向かいつつあるソ連とはいえ社会主義国家の存在はあった。
それだけに、資本主義所属のゲーム会社の宣伝にはかなり緊張が走ったことは容易に想像できるが、そういった苦難を乗り越えたからこそテトリスが世界的に有名になったといえるだろう(ゲラシモフ氏は、日本に留学もしていた)。

聖ワシリイ大聖堂にて

 ちなみに、ファミコン版におけるステージクリア制というのは初期配置される壊れたブロックが乱雑に、それもステージが上がるごとに積み上げられるブロックの列も増えていくもので、これに加えて消去指定列数もあるのだから、ますます心理学的な意味合いがファミコン版に含まれている。
単に列を消すだけでなく、どの列から消していけばいいのかという心理が働かされるため、理屈はいらずただ単に列だけ消していけばいいという考えだった当時のアーケード版ではなじめなかっただろう。
じっくりプレイできるファミコン版だからこそマッチできたわけで、全機種共通であるテトリスのテクニック(ブロックが着地する直前にくぼみにきっちり入れる回転入れなど)もできるのだから、操作がアーケード版同様だったら楽にとは言えないまでも少しはプレイしやすかったのかもしれない。
 ただ、ファミコン版のようにボタン一つで一気に下に落とせるので、下をずっと押すアーケード版よりは楽ではあるが操作性での利点はこの一つだけで、スピードが上がるとそれを使う暇もないし現在のテトリスの操作はアーケード版基準であるため、ファミコン版の操作の評判の悪さが全世界に認められてしまったことは、心理的目的のこのゲームをアクションパズル的な人気に変換し、ファミコン版の操作が忘れ去られてしまったことの意味合いといえる。
何しろ、ファミコン版の基になったPC版の各機種とも現在プレイする人が皆無だろうから、世界的に有名なファミコンで登場したものが操作性で貴重な存在になってしまったことは妙な皮肉さがある。
ブームのきっかけを作ったアーケード版と、ゲームボーイ普及のきっかけを作ったゲームボーイ版、さらにゲームボーイ以上に安く手軽にプレイできるキーホルダーゲーム版など、テトリスを広めるきっかけを作った機種の共通点が、十字キーの下のブロック移動と2つのボタンによるブロック左右回転だったりするのだから。
中古の最安値で100円で売っているが、身近に触れる唯一のPC版の操作なのにこの値段というアンバランスは、メジャーな他機種の中古値段から比べると奇妙な孤立感も出てしまっているのはおかしな話であるが、それぞれが何らかのきっかけを作ってきたのに対してファミコン版テトリスはそれを作ることができず、先述のように再評価の形で人気を伸ばしてきたため、テトリスの人気そのものが独り歩きしてファミコン版としての評価が(おもに操作性を中心に)不明瞭であることが要因になるのではないだろうか。