私はこのゲームを知ってから、もう12年も経つ。
ファミマガで毎回毎回特集を組んでいたので、もしかしたらユーザーの記憶に残るゲームではないかと、結構期待していた。
しかし結果はあまりいいものではなく、良作RPGなのに大作やシリーズの陰に隠れて、知名度はよくなかった。
私もいつしか、このゲームを完全に忘れてしまった。
 それから12年の後、私が50本目にレビューするゲームをリクエストしていたら、『ライブ・ア・ライブ』をレビューしてほしいというリクエストが来た。
すっかり忘れていた私は、このゲームを徹底的に調べることにした。
ほかのサイトのレビューはもちろん、攻略ページもかなり読んだ。
 そんな中、ある人物によるライブ・ア・ライブの批評が書かれているページを発見した。
批評を書いた人物は、斎藤亜弓氏(『ゲーム批評』ではケロリーヌ斎藤というPNがあった)。
ゲーム批評という雑誌で編集長を務めていた斎藤氏は、酷評とも言える批評を書いていた。
その批評たるや、あまりにも評論すらいえず、このゲームに恨みでもあるかのようなものだった。
 こういった批評を書いた理由としては、こういうことが考えられる。
ライブ・ア・ライブ開発時の斎藤氏は、小説版ロードス島戦記の作画の1人であった。
それと同時期に、週刊少年サンデーで『皇帝戦士 斑鳩』の連載をしていた、いわゆる中堅漫画家の1人でもあった。
特にサンデーで漫画を描いていたということは、ロードス島の作画の経験もあいまって、ライブ・ア・ライブのイラストを手がける漫画家の1人になれると思っていたはずだ。
 だが現実は残酷なもので、選ばれた7人の漫画家の中に、斎藤氏の名前はなかった。
斎藤氏が、このゲームに対して罵倒的な批評を書いた背景には、案外こういったことが関係しているのかもしれない。
いずれにせよ斎藤氏の書いた批評は、ライブ・ア・ライブのファンのみならずそれ以外のユーザーの反発を招き、今では過去の人物に落ちぶれてしまっている(編集長という地位も引き摺り下ろされたらしい)。
 私にとってこのゲームは、結構やりこみ度が高いゲームだと思う。
特にそれをあらわしているのが、幕末編だろう。
100人斬りを目指すか、それともまったく人を斬らないようにするのか、はたまた密命を無視して抜け忍になるのかは、プレイヤーの自由なのである(もちろんセーブは必須)。
 それと主人公を変更する最終編も、なかなかにやりこみ度が高い。
選択主人公の中でもオルステッドの場合は、己の憎しみの名の下に各シナリオのボスを操って、自分の世界を創るところが結構壮絶だった。
何しろ、親友のストレイボウや婚約したアリシアに裏切られて、そのショックで絶望し魔王になるのだから、やはりオルステッドに同情してしまう。
そのオルステッドこと魔王オディオは、PS2の『半熟英雄2D対3D』の第1話のボスとして出演している(しかも元ネタだらけで、シリアス度が100%、当然ギャグ度は0)。
 オルステッドが主人公の中世編は、魔のシリーズの『魔王降臨』と『魔王転生』の2つを元にしているため、オルステッドの絶望や怒り、憎しみは尋常ではない。
とはいえ大半のプレイヤーはオルステッド以外の主人公を選ぶだろうし、攻略サイトやレビューを読んでいなければ、おそらく魔王オディオをを文字通り倒すに違いない。
しかしオルステッドが魔王になったのは、元はといえばストレイボウの謀略が原因で、当然ながらオルステッドにも酌量の余地はある。
だからこそ覚えておいてほしい。
魔王を倒すための戦いではなく、魔王を救うための戦いなのだということを(それでもオルステッドは救われないのだが…)………。

 こうレビューを読んでいくと、このゲームって結構面白いなと誰もが思う。
しかも、スクウェアの大作RPG、そして小学館が放つ7人の漫画家による多彩なイラスト…。
これだけでも知名度はもちろん、売り上げも上がると予想した人は多いと思う。
 だが、現実はこうもいかなかった。
今でこそ、インターネットで再評価はされてきているものの、発売から数年間はマイナーやクソゲーといった、否定的な扱いを受けた。
 理由は、下記に記すとこういうことになる。

・お金の概念がない。
・チェッカーバトルがわからない。
・発売時期がまずかった。

 1つ目の理由は、お金もRPGの基本の1つと考えていたプレイヤーにとって、かなり衝撃的であっただろう。
お金の概念がないということは、不要になった持ち物が売ることができないし、武器や防具、道具を買うことが出来ない。
武器や防具はともかくとして、戦闘で使用頻度が高い道具を買うことが出来ないということは、ある意味死活問題であった。
 戦闘中にうっかり使おうとするなら、もう二度と手元には残らない。
特に、どうでもいいところで回復アイテムを結構使ったりすると、各シナリオのラスボス戦において、絶望的な戦いを強いられる。
 2つ目は、このゲームがクソゲーである意見が最も多い。
新機軸の戦闘システムを導入したのはいいが、どうしたらいいのかわからずにやられたプレイヤーが後を絶たなかった。
「一応説明書に書いてあるから、それを読めばいいだろ」というツッコミがファンから聞かれるだろうが、中古ゲームショップがあふれている現在、一般的な中古ゲームが売っているのは当たり前なのだが、箱と説明書がなくカセットだけのゲームも売っているのも当たり前なのだ。
 「だったら、攻略本なりネットの攻略サイトなり調べればいいだろ」という声もある。
しかし攻略本の入手は、よほど人気のあるゲームでなければ入手し難いし、このゲーム発売から数年間はあまりインターネットが発達していなかった。
当然攻略サイトはなかっただろうし、もしあったとしても深く攻略情報は載ってなかったと思われる。
結局のところ、中途半端に情報網などが発達してしまったがために、ゲーム情報の伝達があやふやになってしまった。
 そして3つ目は、このゲームの運命を象徴するものである。
ライブ・ア・ライブの発売の数ヶ月前は、『ファイナルファンタジーY』が発売されて大人気を誇った。
そして翌年には、『クロノトリガー』、『ロマンシング サ・ガ3』、『聖剣伝説3』といったシリーズものが次々と発売されたために、完全に日陰に追いやられてしまった。
 もしこのゲームが今の時期に発売されていたら、間違いなく大ヒットになることが出来ただろうが、93年から96年までの間、次々と良作RPGを量産してきたことがある意味不幸であった。

あの世で オレに詫び続けろ
オルステッドーーーーッ!!!!

本日のまとめ

 さてシナリオの話に戻るが、9つのシナリオが個性的であるということは前にも書いたのだが、特に中世編はファンの間でも語り草となっている。
それは、主人公であるオルステッドが、親友であるストレイボウの姦計にかかり、オルステッドは最後にストレイボウを倒すものの、信頼していたはずのアリシアにも裏切られ、アリシアはストレイボウの後を追うように自殺。
ずべてに絶望したオルステッドは、魔王オディオと名も姿も変えることになる。
ゆえにオルステッドが仲間にならず、このゲームのラスボスとして、各シナリオの主人公達と相まみえることになる。
 最終章では、各シナリオの主人公達がオディオを倒すシナリオがあるほかにもう1つ、オディオが主人公となるシナリオがある。
悪が主役であるRPGは、かなり画期的であるといっていい。
いやゲーム自体画期的であった。
オディオが主役のシナリオでは、かつて各シナリオの主人公達に敗れたボス達が、オディオの名の下に集結し、主人公達を倒すというもの。
このシナリオの主旨は、無残にも主人公達に敗れたボス達の無念な思いをここで晴らすというものだが、ボス達(またはボスが所属していた組織)がやってきた所業をみるとあまり説得力がなく、むしろボス達に虐げられた主人公達に、その言い分があると思うが(実際『オディオ』はイタリア語で『憎しみ』という意味なのだが…。ちなみに『オーディオ』ではない)。
 この物語で特筆すべきものは、勇者が魔王となるというものである。
正義の味方が悪の手先になるというパターンは、アニメや特撮、それにゲームでも散々やりつくされたパターンなのだが、世間に敬われている勇者が魔王になるというパターンは、当時も今も前代未聞であった。
魔王といえば、主にRPGにおける絶対悪という考えが強い。
DQでいえば、竜王、バラモス、ムドーなどがそれに該当する。
しかし魔王オディオについては、自らの欲望により魔王となったわけではなく、人間に絶望し魔王にならざるを得なかったといったほうがいい。
そういった意味では、DQWのデスピサロと少し似ている(デスピサロは、リメイクであるPS版で仲間になり、勇者達と共に黒幕であるエビルプリーストを倒した)。
 オルステッドが魔王オディオになったきっかけの1人であるアリシアは、スクウェア三大悪女として名高い。
その理由は、オルステッドを愛しておきながらストレイボウに寝返り、挙句の果てにはストレイボウの後を追い自殺をする様は、悪女にふさわしい行為とも言える。
ちなみにスクウェア三大悪女は、アリシアのほかに『バハムートラグーン』のヨヨと『ファイナルファンタジー[』のリノアが挙げられる。
ヨヨとリノアがなぜ悪女扱いなのかということについては、近い将来彼女らが出演していたゲームをレビューする際、詳しく説明したい。
 もう1つ中世編にはおよばないものの、これも何かと話題になるネタがある。
それは各シナリオにおける共通点であり、それは2つある。
 1つは各シナリオのボスの名前、もう1つはワタナベ親子である。
前者については、『オディオ』という名前を基礎としている。
『オディワン=リー』とか『O=ディオ』という名前がそれにあたる。
もちろん一部のボスの名前には、オディオと関係する名前はないが、物語をじっくり見ていけばちゃんとオディオに関係しているのである。
 後者については、全シナリオ通して出演しているということ。
典型的なパターンとしては、父親が何らかの拍子で死んでしまい、その息子は泣きながら退場していくというもの。
当然、ごく一部のシナリオでは父親は死ぬことはないが、基本的に父親はやられ役ということには変わりない(あるシナリオにおいては行動しだいによって、やられ役にならない)。
またイベントの大半は、ある行動しないと見ることができないので注意を要する。

 ゲームジャンルはRPGではあるが、最初から7つのシナリオを選べることから、オムニバス系RPGとなっている。
もちろん『ライブ・ア・ライブ』以前にも、オムニバス系RPGはあったのだが、1本のシナリオで自由に行動できるゲームと、複数シナリオだが選べないゲームがあったので、正式なオムニバス系RPGはこのゲームが初である。
7つのシナリオをクリアした後、隠しシナリオとして出てくる『中世編』と『最終編』を加えると、実に9つのシナリオというあまりにも壮大なスケールのRPGになる。
ただし、1つ1つのシナリオプレイ時間はそんなに長くないので、気軽にプレイできる。
 しかも、シナリオの内容もかなり個性的で、ほとんど戦闘がないものもあれば、すべて戦闘があるものまである。
当然ながら普通のRPGのような、戦闘とストーリーのバランスが取れているシナリオもある。
 個性的なのはシナリオだけではなく、戦闘もまた個性的である。
戦闘は普通のRPGのようなサイドビュー方式(主にFF)やフロントビュー方式(主にDQ)ではなく、チェッカーバトル方式となっている。
チェッカーバトルとは、戦闘フィールドを7×7のマス目に設定し、ばらばらに敵味方を配置して、さながら見た目的にチェスを髣髴させる。
ただしこのゲームの戦闘とチェスはまったく関係がない。
ターン制は、すばやさが高いものが先に攻撃を行うという、FFシリーズ(W以降)ではおなじみとなったアクティブバトル制である。
 ライブ・ア・アライブの場合、自キャラを移動するとき、もちろん敵も移動する。
後はアクティブバトルと同じで、自分の攻撃範囲外で敵の攻撃を食らうこともある。
そして自分の攻撃範囲に来たら、範囲に収まっている自分の持ってる技を選んで攻撃する。
さらに、背を向けている敵を攻撃すると、与えるダメージの量がアップすることから、こういった方式は戦略SLGに通じるものがあり、特にバンプレストの『バトルロボット列伝』にこういったシステムがそのまま入っている。
 こうしてみると、意外とチェッカーバトルのシステムが難しくとっつきにくい感があるが、慣れればそれほど難しくはなく、戦法しだいではあまりダメージを受けずにすむことがある。
また技の種類によっては、ステータス異常を起こすこともあるので、それと組み合わせることによって、一方的に攻撃することも出来る。
これの応用で、敵のパーティーの親玉的な敵キャラを倒し、戦闘を早く終わらせることも可能。
このゲームの戦闘で、たまに敵パーティーの中に、親分とそれに率いられる子分的な敵がいて、親分を先に倒すと、子分も一緒に消えるのである。
この場合、戦闘を早く終わらすことも出来る反面、敵が持ってるレアなアイテムが手に入らないこともある。
 なお戦闘自体については、戦闘終了後に全員のHPとステータスが全回復するので、やや難しくしてあるが、戦闘終了における全回復は後ほど説明するとして…。
ちなみに、戦闘における逃走は、ボスやイベントキャラといった一部の敵を除いて、確実に逃走できる(その代わり100回逃げると強い敵が来る)。
それとアイテムを使ってるときは、敵は何も行動しないので、敵に邪魔されず回復なども出来る。

発売日:1994年9月2日   発売元:スクウェア   ジャンル:RPG   
値段:9900円  おすすめ度:4.5(正義とは何か、悪とは何か!?)

魔王を救えるか!?

 隠れた名作と誉れ高い、スクウェア(現スクウェア=エニックス)のRPG。
事の発端は、小学館のコロコロコミックの企画において、当時『おぼっちゃまくん』を連載していた漫画家小林よしのり氏が、原始人風のイラストを描いて、そのイラストを基にゲームを作ってくれる会社を募集したことによるもの。
この企画に飛びついたのが、ファイナルファンタジーシリーズで有名なスクウェアであった。
これにより『ライブ・ア・ライブ』の制作が始まった。
 開発が進むごとにいろいろな漫画家が集まり、最終的に7つのシナリオにおいて、7人の漫画家が集まることになった。
これは、1つのシナリオに1人の漫画家がかかわってるという計算になる。
もっとも彼らのやることといえば、シナリオにおけるイラストレーターなのだが。
しかも漫画家全員は、当時小学館で活躍していたため(コロコロやサンデー等)、現在キャラクターの一部の版権は、小学館が持っている。
さらにいえば、制作に携わった7人の漫画家は、当時中堅もしくは大御所的な存在だったため、小学館関係の雑誌はもちろんのこと、ほかの出版社のゲーム雑誌もこのゲームを高く評価していた。
そしてRPGメーカーの大御所の1つとされるスクウェアが作ったのだから、大ヒットは間違いないだろうという評価もあった。だが…。

ライブ・ア・ライブ