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前篇
サムドラグプタ


  パータリプトラの藩侯にグプタがあった。 グプタはマウリヤ朝の後裔である。 ただし、血縁などの関係は全くない。 西暦三世紀後半、 貴霜帝国(大月氏クシャーナ朝)とアンドラ国(サータヴァーハナ朝)の 衰退に伴って、インドは藩侯が割拠する時代になっていた。 グプタはマガダの地でパータリプトラ周辺の地を併合していった。 その子のチャンドラグプタは、ガンジス河中流域一帯を制圧した。 時に西暦320年、チャンドラグプタは王位に登極し、グプタ朝を開いた。 歴史上、チャンドラグプタ一世と呼ばれる人である。

  さて、時のインド人は宗教民族である。一切の政治法律、 学術思想、道徳観念、生活習慣全てが宗教の規範の中にあった。 インド人はそれまで仏教に帰依して慈悲の心だったり、 殺生を禁止するなどしてきたという。
(とはいえ、実際には残酷な戦争が 必ず頻発していた。)

  仏教がこの地で衰退してから、 民族の団結が薄くなった。王子のサムドラグプタには、 かつてのマウリヤ朝時代の領土を回復する野望があった。 当時、西インドは月氏や塞などの元遊牧民族の支配にあり、 インド中央部から南部にかけてはドラビタ人の 支配下にあった。チャンドラグプタが戦場に出ようとするあるとき、サムドラグプタは、 戦勝の時に兵士に架ける花環を後宮で作っているのを見た。 サムドラグプタは突然、王后に跪き言った。

  「私に花環を。花環を。馬を。私は騎馬で出戦しとうございます。」

  王后は言った。

  「息子よ。どうしてそんなに戦場に出たいのですか?」

  サムドラグプタは言った。

  「私は外来のインドの王を倒さねばなりません。我が国に不服従の国を征伐し、 その人々の頭を割かねばなりません。脳天を地にばら撒かねばなりません。」

  (むしろ北インド人(アーリア系)こそ十分外来である。それにしても考えが過激である。)

  王后は言った。

  「なぜそうしなければならないのだ?」

  サムドラグプタは言った。

  「私は領土を開拓せねばならないのです。我はヴィシュヌの使徒なり。」

  ※ヴィシュヌとはヒンドゥー教の神。ヴィシュヌは、アヴァターラと呼ばれる10の姿に変身して地上に現れるとされる。 これは、偉大な仕事をした人物を「ヴィシュヌの生まれ変わり」として信仰に取り込む為の手段であったと考えられる。

  王后は、

  「あ!」

  と驚いた。そしてまた言った。

  「いいでしょう。ヴィシュヌの使徒よ、これからはあなたを、
  『拓土者』
  と呼ぶことにします。」

  すると宮女達が鮮花をサムドラグプタに投げて言った。

  「拓土者!拓土者!」

  と言って合唱がはじまった。サムドラグプタは言った。

  「往かせてくれ。往かせてくれ。私を止めないでおくれ。」

  すると、声が止んだ。サムドラグプタはまた言った。

  「私はもう立派な大人だ。私は騎馬で北にも西にも東にも自由に往ける。 もちろん、南にもだ。」

  宮女の一人が言った。

  「殿下!南には往く必要がありません。」

  サムドラグプタは言った。

  「なぜだ?」

  その宮女は言った。

  「南方に住む者は鬼怪です。鬼怪な者は全身毛むくじゃらでして、 顔は真っ黒。とても恐ろしいところなのです。彼らは人を見るとこれを捉えて 殺し、祭の神とするそうです。」

  サムドラグプタは言った。

  「何を怖れることがあるか。我には鋭利な剣がある。 我と供に往く者にも剣がある。我を最初に見た鬼怪な奴は、 その剣で頭を割られて脳天が飛び出すのを見るだろう。 その次には鬼怪な奴が逃げだすだろう。あるいは 珠宝を我に差し出すであろう。」

  彼は英武で、父のチャンドラグプタとともに功を挙げた。 チャンドラグプタはサムドラグプタを王太子にし、 西暦335年、チャンドラグプタは王位をサムドラグプタに禅位した。

  サムドラグプタは王位に即くと、北方の貴霜帝国や塞を討った。 さらに南方に進軍してオリッサ、カリンガ地方の諸侯に臣下の礼を取らせた。 また、 デカンのヴァーカータカ朝と姻戚関係を結んで、南インドにまで政治的影響を及ぼすこととなった。 サムドラグプタはゴータヴェリ河及びクリシュナ河まで遠征した。 シンハラ王とも戦い、これに勝って、臣属させた。

  サムドラグプタはこの遠征を通じて南インドに対する考えを改めるようになった。 それまで南インドは野蛮人の巣窟とみなしていた。しかし、実際には街道が整えられており、 文化は発達し、シンハラ島(セイロン島)であっても文明開化されて久しく、 北インドに決して劣らなかったからである。

  西インドを除くインドの覇者となったサムドラグプタは国都をパータリプトラからアヨドヤに 遷した。供馬祭があり、毎回多数の軍馬が殺されて神への生贄とされた。また、ヒンドゥー教が 盛んになり、仏教は排斥されて、文学芸術方面でもヒンドゥー文化となった。 サンスクリット文学が黄金時代を迎えたという。

  サムドラグプタが在位すること四十五年。西暦380年、サムドラグプタは薨御した。



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