伊丹市中村地区
フィールドワーク
2007年9月9日(日)
| フィールドワーク案内文 |
| 大阪空港の滑走路に食い込むように「伊丹市中村地区」はある。大阪国際空港は2回にわたり拡張整備された(大阪第二飛行場→ 阪神国際飛行場→ 大阪国際空港→ 大阪空港)。大阪第二飛行場(1935-1937)建設工事で朝鮮半島から約700人の朝鮮人労働者が拡張工事に従事し、寝泊まりした宿舎(飯場)跡が「伊丹市中村地区」である。 阪神国際飛行場(1940-1944)建設工事(大阪第二飛行場拡張工事)は侵略戦争を遂行するための軍用空港でもあることから国家総動員法による「強制動員=強制連行」が行われ、慶尚南道出身者を中心とした約1000人の朝鮮人労働者が2棟の大きな飯場を建てて過酷な労働に従事した。 飯場は解放後も労働に従事した朝鮮人が居住したが1957(S32)年に焼失した。1970年に開催した大阪万国博覧会(エキスポ70)のために大阪国際空港は滑走路を1本追加したが、「伊丹市中村地区」は「腫れ物」扱いで滑走路は見切り発車的に整備されて、滑走路に食い込むように残った。 「伊丹市中村地区」は伊丹市みどり環境部の努力が実り、国土交通省をも動かして2008年3月には消滅する。中村地区に隣接した南側に用地が確保され、中村地区の韓国・朝鮮人は今年2月に完成した第一期市営桑津住宅に50世帯が入居した。残る45世帯は来年1月に完成する第二期市営桑津住宅に入居することで、滑走路以外の部分は公園になり「伊丹市中村地区」は跡形もなく「消滅」する。 歴史の事実が「消滅」することをよいことに、時間の経過とともに「無かった」とする歴史改ざんが「一部の日本人」で意図的に行われていることは残念なことである。兵庫在日外国人人権協会は、国家総動員法による「強制動員=強制連行」が行われた「伊丹市中村地区」を忘れないために「フィールドワーク」を企画しました。 新築されたばかりの第一期市営桑津住宅の集会所で「伊丹市中村地区」の移転対策委員会の丹山判同委員長から現地案内と集会所での詳細な史料によるミニ講演を行います。 講演終了後は集会所にてコリアン・フードを用意しての懇親会も予定しています。準備の都合上、懇親会に参加される方は下記申込先までF A X をお願いします。 みなさんのふるっての参加をお願いいたします。 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 第一期市営桑津住宅の集会所でのオリエンテーションです。 | 50人近い参加者があり、拡声器を持って説明です。 | 昔ながらの街並みです。この街並みも無くなってしまいます。 |
![]() |
![]() |
![]() |
| フェンスの看板には、空港事務所の文字が。空港と隣接している証拠です。 | 滑走路から中村地区で一番近い場所は120mだそうです。 | ジェット燃料のタンクも目の前です。 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 中村地区は、在日コリアンが多く住んでいます。産廃業者が多いそうです。 | また、リサイクル業者も多く、リサイクル行政には欠かせないリサイクル基地となっています。 | アルミニュウムの固まりです。 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 猪名川の堤防に登りました。 | 堤防からは、伊丹のダイアモンシティーが目の前です。 | 新しく完成した第一期市営桑津住宅です。新しい歴史とともに、古い歴史が存在することを忘れてはいけません。 |