野球の神様GS神戸に現る
(2001 年 3月)

スコアボードの時計は、とっくに夜10時をまわっている。 3/28のGS神戸、オリックス-西武戦。まだスタンドに残っているファンはおそらく1000人もいない。                                                                                                                                          

9回に追いつかれ、延長10回表にばたばたと3点も取られた展開に、ひたすら寒さに耐えていた大方のブルーウェーブ・ファンもさすがに帰ってしまった。当然だろう。明日も仕事があるのだ。
敗戦を待つだけの閑散としたスタジアムは、まるで「取り残された場所」だ。カクテル光線だけがやけにまぶしい。それでも残っているファンは、「私は試合途中で席を立つような人間ではない」という、社会から遠く離れた人生規範のみを頼りに、巡礼者のように立ちつくしている。座ると寒いから。

何かが起こる予感など、完膚なまでになかったのだ。

しかし、10回裏の1死後、進藤が今シーズン初ヒット(2塁打)を放った瞬間、「ざわっ」と何かが動く気配がした。荒涼たる景色に見えていたスタジアムが、少し息を吹き返したのだ。
そして、ムササビが木を飛び移るような本来のフォームで田口がバットを一閃した瞬間(タイムリー2塁打)、ベッドに入ろうとしていた野球の神様が「ん?」と起き出して来て、スタジアムに降りてきたことことを確信した。背筋が「ぞぞぞ」としたのだ。スタンドも「え?」というかんじでざわめき出す。

その後の代打藤立のタイムリー(これで1点差)、大島の敵失による出塁はただただメロドラマのシナリオのように粛々と進んでいく。西武のピッチャー、森は魅入られたようにただただ打ちごろの球を投げ込むばかり。神様は完全に目が醒めて、チェスの駒を進めているのだ。
そして、谷である。やっぱりこの男が選ばれたのだ。もう何かをしでかすことはわかっている。問題は神様の演出だけ。鳴り物禁止時間帯のため、肉声による祈りにも似たファン本来の声援が、否応にも高まっていく。。

その後の数秒間に起こったことをどう表現したらよいのだろう。
「よっしぁー」。スタンドにまで聞こえた谷の叫びとともに弾き返された打球は、たちまちセンターの頭上を越える。前走者を追い越すような勢いでサヨナラランナー大島がサードを回る!勝利を確信してベンチから飛び出したブルーウェーブ選手の前で、捕手中嶋の強力なブロック!なんと大島はアウト!打った谷は何を思ったかすでに3塁をはるかにオーバーラン!悲鳴と絶叫の中、矢のような中嶋の3塁への送球はなんと外野に転々。。あわてて谷がホームに突入するが、そこには大島が昏倒中!それを飛び越してホームインする谷!サヨナラ!サヨナラ!何が起こったかわからずへたりこむ西武の野手、飛び跳ねたり、大島に駆け寄ったり大混乱のブルーウェーブ選手たち、「なに?なに?え?うそ!うそ!」と叫ぶばかりのファン。。真っ赤な顔で雄叫びを上げる谷!谷!
まさに「上へ下への大騒ぎ」である。神様は茶目っ気たっぷりだったのだ。かつがれて退場する大島が「神様へのいけにえ」に見えてしまったのは、私だけだろうか?そうだろう。

試合終了は11時。スタンドの数少ない「選ばれし者」たちは、口々に「いったい何が起こったのか?」を説明しながら帰途についた。家に帰っても、明日になっても、誰とも分かち合えないであろうこの奇跡を胸に。

「野球は99%が退屈と諦めで構成されている」。ロジャー・エンジェル(米の野球コラムニスト)の言葉である。
でも、1%の確立で「ぞぞぞ」っていうのが、来るのだよなぁ。もちろん残りの99%も喜んで受け入れることのできる人にだけだが。
プロ野球ニュースでは、「いやー。野球は何が起こるかわかりません」程度のコメントでこの試合が紹介されていたが、本当に本当のことは、あの瞬間のスタンドに残っていた巡礼者にしか語れないのである。

野球の神様。
こんな僻地に手の込んだ叙事詩を創造していただいて、ありがとうございます。やはり、私は選ばれた人間なのでしょうか?
ライトの葛城に「イチローなら今のは取ってたぞ!」とひどい言葉を投げつけた私をお許しください。

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