親分そりゃ無茶です!大沢啓二の野球人生

2004 年 1 月

さすがに最近は枯れてきて、関口宏のサンデー・モーニングでの元祖「喝!」の歯切れも、張さん(張本)の"どす黒い"「喝だ!」(張さんには「だ」がつく)の前にかすみがちな、大沢親分。その大沢親分が、去年唯一腰の据わった「喝!」を叫んだのが、自分の日本シリーズでの「伝説の守備」を関口宏が「知りません」て言ったとき。。あの「喝!」は本気の本気。そういえばわしも、親分と言えばハムズ監督時の印象がほとんどで、年齢的に現役時代はよう知らんのだわ。この魅力的なじじいのことを、ちと勉強してみよかいな。


<球道無頼> 大沢啓二著 集英社 '96

この本は、
「週間プレイボーイ」に連載したものを編集したもの。
すでに球界は引退して「モルツ」のCMに出てた頃で、
若い世代にも人気を博していたのな。

まぁ出版社の脚色も多分にあるだろけど、
「親分」の顔が目の前に浮かんでくるような痛快な内容が、
気持ちええ本です。

親分の「驚愕の球史」をひもといてみようかいな。

びっくりすんで ほんま。


■審判に蹴りを入れた高校球児

マジかえーー!

51年。
親分、神奈川商高3年のときの夏の地方大会で。

投手だった親分は主審の判定に腹を立て、
「試合後のトイレで蹴飛ばした」 ちうんですわ。
高校生が審判を け。。蹴飛ばしたあ?

「涙の青春レトロショー」と化して
選手もそれを上手に演じきる今の高校野球で、
こんなことが 考えられまっか?

この一件だけで
親分の「桁外れ」なスケールを思い知るやん。
桁、外れすぎ?

親分はけろっと「若気の至りだぁ」なんて言ってるが、
「プロ野球人名事典」によると、
「大沢事件」として当時のアマ球界に大衝撃を与えたらしいぞ


お、親分!

結局後輩たちまで出場停止になって(あたりまえだが)、
「今でもすまないと思ってる。用具の差し入れもしてる」
て・・

差し入れられてもなぁ。

この話にはさらに驚きの後日談があり、
高校卒業を控えて進路を決めかねている親分のところに、
なんとその蹴りを入れた審判が現れ、

「実はオレは立教の野球部なんだが、立教に入ってくれ」
ちうことで、そのおかげで立教大学に入学したという。
(試験に遅刻したにもかかわらず)

しっかし豪快な時代やなぁ、と感心するとともに、
そのとき親分が
「お礼参りに来たと思って身構えてた」 ちうのが、笑うなぁ


この章にハムズ監督時代の親分が
「危険球を投げた阪急・竹村を殴る瞬間!」
の写真があるのだが、

親分の鬼の形相が、 すごいのなんの。

■卑怯者!長嶋

立教時代も無茶苦茶なことをやってた親分だが、
卒業を控えたころに、あの鶴岡一人が訪ねてきて
こう声をかけるのだ。

「大沢君、南海ホークスはどうしても日本一になれない。
 そこでキミと長嶋君と杉浦君に力を借りたい。」

自分のことは快諾した親分だが、
当時、長嶋と杉浦は2年後輩の2年生。

「卒業したら俺のいる南海に来てくれるか?」
という親分に長嶋、
「先輩が行くなら僕らも必ず南海に行きます!!」。

この後、南海球団は長嶋と杉浦に、
「卒業するまで毎月2万円(当時サラリーマンの給料8千円)
 "栄養費”として渡していた」 ちうんやからな。

長嶋がその後どうしたかは、ご存知のとおり。

鶴岡、大沢の前で土下座して泣いてあやまる長嶋に、
「男同士の約束だったじゃねえか!」とつかみかかる親分。
ずっと黙っていた鶴岡の

「もういい。やめろ、大沢」 の一言・・

ドラマやのー。
その後のプロ野球のことを考えると、特にな。

それにしても、長嶋てむちゃ卑怯もん やん。
江川どころや ないやん。
長嶋の作為的な「明るさ」にだまされたら あかんちうこと。

この話の後日談もまたすごくてな

「じゃ杉浦もか?」と心配になって訪ねた親分に杉浦は
「私がそんな風(長嶋みたいな卑怯者)に見えますか?
 私は南海ホークスにお世話になります」

それに涙した親分、
「将来こいつを南海の監督にしなきゃな」
と、それ以来ことあるごとに鶴岡に進言し、実現したちう。

結果的に自分が杉浦を監督にしたみたいなこと言うてるのは
ええけんど、
この時点では親分はまだ、入団2年目やろ?

鶴岡いうたら、神様みたいな存在のはずやん。
南海ホークスちうのが、よほどさばけた球団なんか、
親分のデカい態度が よほど半端やないんか。。

■涙の日本一も二日酔いで

そして59年。親分最良の年。

宿敵ジャイアンツと日本シリーズで対戦した南海は、
杉浦(その年38勝!)の4連投4連勝で日本一になり、
涙の御堂筋パレードとなるわけだが。

親分の伝説の活躍がこのシリーズに集約されとるわけだ。

あの「卑怯者」長嶋の打席で「ぴん」ときた
センターの親分は、守備位置を30メートル右中間に移動。
(30メートルて?ライトとひっつくんでわ?)
など細かい疑問はともかく、

どんぴしゃで「そこに打球が来たぜ!」と。

そして同じ試合の九回裏サヨナラ負けのピンチで。
今度は森の打席で左中間のショート真うしろに移動し、
またまた どんぴしゃ そこにヒットの打球が来て、

「長打だ」と思った広岡を本塁で刺した! ちう。
(このプレイで滑り込まなかった広岡は大批判され、
 そちらのほうが有名な逸話なのだが・・)

親分はこのあたりの守備を
「バクチだよバクチ」と形容にもならない形容をし、
「誰の指示も受けず勝手にやった」という。

小学校の遠足みたいにコーチが指示を出す今じゃ、
(家に帰るまでが遠足です!)
まったく考えられまへんなー。
おもろいよな、昔の野球は。

で。意外なことに「酒に弱い」という親分が、
このシリーズの初戦の前夜、
後援者(堅気じゃないやろ?)にチケットを渡しに言って
「しこたま飲まされちまった」 らしい。

第1戦のチャンスで代打に出された親分はふらふらで、
しかし
「大事な試合の前に酒を飲んで打てなきゃ
 もう野球を辞めるしかねえ」
と 思い切り振ったら、タイムリーヒット!ちう。

これにゲンを担いで
「シリーズの間中飲んでた」ちうから・・

親分ったらもう。

■ドスで外人を脅した親分(犯罪やんけ)

はっきりいって親分、
選手としては今イチ(通算打率.241)なのに態度は でかい。
ずうっと「控え選手」だったのに。。

最後は鶴岡にも煙たがられて、
東京オリオンズ へ放出されるのな。

ま、そこからハムズ監督への道が開けるわけやけど、
わしにとっては「審判を蹴る高校球児」以上の衝撃の事件が
このオリオンズ時代にあったのな。
(驚いた事に本の中では「ちょっとしたエピソード」扱い)

マウイキャンプで何も知らない(当時の)新外人、
ハリスとソロムコ(!)が、
なんか親分をバカにしたらしいのな。おーこわ・・

「許せねぇ」とブチ切れた親分は、
自分の部屋から「日本刀」を持ってきて、
二人の前のベッドに 抜き身で どすん!

驚愕のあまり震え上がったふたりは、
シャワー室に逃げ込んで出てこなかった・・
ちう。

「なぜキャンプにドスを持って行ったか忘れたけどな」

て 親分・・。おい。

どうやってドス持って飛行機に乗ったのでしょうか?
(キル・ビルじゃあるまいし)

ねえ。親分・・

■せこ! 親分の監督時代

ハムズの監督になってからは、
給料20万だったコーチ(実名:元阪急の今津光男)の家賃を
自腹で払ってやったり。。男気は相変わらずながら。

めちゃセコいフロント、
なにより弱いチーム力に悩まされ続けた、親分。

途中から
・相手チームのベンチに盗聴器をしかけたり
 (雑音が多くてきこえねえんだこれが)
・相手チームの攻撃のときだけ飛ばないボールにしたり
 (途中でわけわかんなくなって、逆になっちまったんだ)

マジですか?親分
としか言いようのない奇行に走るも、
ついに81年、あの涙の胴上げのリーグ優勝を果たす。

なんど見ても、祝勝会で酒ダルにつかった親分の写真は、
笑う。
本の中で対談してる江夏もその写真で爆笑。

そしていろいろ経て、94年に監督を辞めたわけやけど、

「ファンの前で土下座して球界を去った」
ちうのも、親分だけやろなぁ。



結局、親分の破天荒な話のなにがおもろいって、
「ご意見番」とかいいながら、
常に安全な場所から発言してる誰とは言わないが別所
などと違い、

「常にアバンギャルドにわき道を行く!」
ちうインディペンデントな魅力やろね。

つまり、パ・リーグの魅力やね。
反体制としてのパ・リーグの魅力。

最後になるが、
この本の中に出てくる、
昔のパ・リーグの逸話はどれもしょぼくて
笑えるものばかりだ と紹介しておくわ。

たとえば
「平和台では守ってると小便が降ってきた」
「あとでつかまえて選手みんなでボコボコにした」

パ・リーグ。。

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