なんでまた!福本大特集 第2部

2003 年 2 月

第2部は、福本にまつわる極め付きのエピソードを含む、彼の肉声とわしのバカ文のコラボレーション。「さようなら西宮球場」(うぇーーん)というラジオ番組からの引用であるのよ。福本が思い出を語ってるだけなのに、阪急史にもお笑い番組にも、そしてやがて哀しき味わいをもかもし出した、この番組。芸やねぇ。・・ま、それにわしが、あることないこと(ないこと?)付け加えた「だけ」の、脱力コラムだと思ってほしいわん。なんせわし、福本に憧れてるからね。えーやん、そんなもんで。


■球場前で

子供会の石碑を見つめながら、

『これ、どーすんのやろねぇ。
 この下には古田君も埋まってるンや』

「古田て・・ヤクルトの古田が、う、埋まってるんですか?」

 えー。あの石碑の下には、阪急子供会の名簿が埋められているっちうか、収められてるらしいですな。たぶん、EXPO70(千里万博)の松下館の「タイムカプセル」(知らん人 おる?)の影響で、当時はそういうことが はやった、その流れと思いますがな。で。その名簿に、隣の尼崎市で生まれ育った古田の名前もある、と。それを言えば、阪急キ?ガイだったのにプロ入り時にその夢がかなわなかったことで有名な、「打って投げれる焼肉屋」金村義明 の名前もあるやろし、球場近くに実家があり、わしの息子が行くはずの高校(西宮北高)時代に球場の裏にある「関学セミナー」ちう塾に通って本当に関西学院に合格して、その塾のチラシで紹介文まで書いてる、「大リーガー(未満)」田口荘 の名前も、あるはずやけどな。はぁはぁ。

「古田は 阪神ファンやった と言ってましたけどね」

『甲子園が混んでたら、こっち来たんちゃう?』

そして
「球場前で福本さんは、サインしてましたねぇ、ファンを大切にして・・」
 という質問に答えて、

『そうそう。この線に沿って並べー いうてね・・
 あれ?こっちゃの線やったかいな?』

 とわけのわからない照れ隠しをする福本はん。。。素敵だ。

■グラウンドで

「福本さんは、投手のどんなクセでも見逃さなかったんですよね」

『まあね。たとえば鈴木啓なんかね、けん制するときとせえへんとき、
 仕草がぜんぜん違うんですわ。けど若いのに教えても、
 わからん 言いよるんよ』

「それはやはり天才の目が。。で、そんなに違いますか?」

『グーとパーほど ちゃうんですわ』

 一塁ベース付近でいろいろな思い出話をする福本。どんなタイミングで「走る!と決めるのか?」という質問に対して・・

『ここ、ようスタンドの声が聞こえてねぇ。
 客少ないから。。。むしろね。
 ”お前の走るのんわざわざ見にきたんじゃー 走れー”
 て言われたら、走ってましたわ』

 外野を歩きながらアナウンサーが、「なんか坂になってません?」・・福本も最初びっくりしたと言う、西宮球場フィールドの不思議とは、センターの守備位置だけがどういうわけか盛り上がっていることらしい!慣れないうちは本塁送球が必ず上にそれたというねん。なぜそんなことになっているかは、福本も 『しらん』・・と。

 守備でもっとも印象に残るプレーとして、ここで行われたオールスターで田淵のホームラン性の当たり(『ぽっかーん と上がったんよ』)をフェンスによじ登ってキャッチしたプレーを挙げ、

『あれで名前が全国区になったからね、やっとこさ』


■ロッカールームで

「ここでミーティングとか、やったわけですよね」

『みーてぃんぐぅ? んなもんやったことなかったでー
 ここで ぼー としてるだけやん』

 当時、阪急ブレーブスは試合前のミーティングなんてものは、やったことがなかったらしいね。テレビにその日の先発投手のビデオが写されていて、『見たいもんは見てたけど』。。んな程度。そんな福本なので、阪神コーチ時代には

『びーっくりしたでー 
 野村はんてミーティングばーっか、やりよんねん』

 ・・・で、すぐ辞めた、と。

 福本のロッカーは加藤英の横で、ヒデが移籍するとすぐ松永が引っ越してきたんやて。自主的に。『でも元のロッカーもキープしとるねん、あいつ』。。福本のロッカーは引退後保存され(背番号7は永久欠番じゃないのに)、ずうっと最後のユニフォーム(コーチでも7)がガラス張りで飾られていたらしいね。

「そのユニフォームは、持って帰ったんですか?」

『しらんなー。誰かネコババしよったんちゃう?』


■そして衝撃の証言

 福本は阪急ブレーブス最後の年、山田久志とともに現役を引退したわけやけど、山田の引退は早い時期から発表されていたのに、福本の引退発表は最終戦の日にいきなり。「さようなら阪急ブレーブス」の西宮球場で試合後に発表されたんよね。引退の噂はあったけど、なんか唐突だったこともあり、当時から「上田監督が独断で決めてしまった」というのが通説になっていたわけ。最終戦終了後の監督のお別れの挨拶で、「今日で辞める福本」と言ってしまったから辞める事になったという・・。

 これ、話としては非常におもろいけどな。いくらなんでも、おもろすぎるやん。なんぼ福本でも・・ね。福本があとから「あれでやめたんやでー」と言ったとしても、そこは福本。煙に巻いてるンやろ、とわしは思うとったわけ。そんな大事なこと、ねぇ。もしそうでも、あとで釈明会見して「監督の勘違いでんねんー」て言うたらええことやし・・。

 しかし。「・・という話は、本当なんですか?」と聞かれた福本が、このラジオでしみじみ語ったところによると・・・・さすがオーガニック・ナチュラル・アメイジング福本はん!!とにかく、聞いて!

『わしはねー、引退しとうなかったんよ。
 というのはね、わし、もう1本だけヒット打ちたかったんや。。
 通算安打数、衣笠とおんなじやったんですよ(2.543=同数5位)。
 (あんな猿とおんなじやなんて)けったくそ悪いですやん』

「え?じゃぁ、福本さんは引退したくなかったと・・」

『球団にもそう言うたよ。
 けど、球団はじゃぁ おまえ引退の話は一言もするな、と
 いらんこと言うな、と。
 シーズンオフに改めて決めようや、と。
 身売りで、ややこしいときやからね』

「でも、最終戦の挨拶で上田監督が言うてしまったと・・」

『ちょうどこのへんですわ このへんで並んで聞いてたら
 (と、マウンド付近を指差す)
 監督が、”今日で辞めていく、山田・・・福本!!” て』

「びっくりしたんですか?」

『びっくりしまんがな、なに言うねんーってなもんや!
 横におった山沖が、”うっそー” ちうてね
 こっちが うっそー ・・やでほんまに』

「で。そんな大事なことですのに、それで?」

『山沖が”やめるんですか?”と小声で聞くから、
 やめな しゃーないやろなー ちうて・・・』

 おっさん・・・おっさーーーーーん!!
 ほんまにそんな事で引退したんかいっ!

 ひーーー。上田監督に来季のコーチを依頼されてた福本は、「コーチ兼任で」プレーしたかったらしいのな。でもあの監督やろ・・・。上田監督といえば、逆噴射が持ち芸やからな。本人、もう福本は引退と思いこんどったんやろなぁ。たぶん、失言したとも思ってへんのやろ。このへんの、公私すべからくアバウトなところが、なんちうかパ・リーグの魅力というか・・。福本も大事な話のとき、ぼー としてたんちゃう?上田としては「コーチを承諾した」という思いしか頭に残ってヘンわけで・・

 しかし、それにしてもその失言に「しゃーないなー」と乗っちゃう福本こそ、人生の達人と言うか・・。一切頭から滑り込まなかった(痛いもん)盗塁人生そのままに、無理が無いと言うか・・・ ねぇ。

 どうでっか?
 福本、恐るべしやろ。

 やろ? ・・・

(第2部 おわり)

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