いきなり!福本大特集 第1部

2003 年 2 月

いにしえの西宮球場で。自分へのひどい野次を聞いたセンター・福本が、わしのいた外野席のほうに「今言うたんだれやぁ!」とフェンスを乗り越えんばかりの勢いで走ってきたときほど、野球選手を身近に感じたことはない。あるいは、昨年初めて訪れた東京ドーム内の野球博物館で。展示された福本のスパイクと偉大な業績のパネルほど、福本を遠く感じさせるものはない。誰も超えられない偉業を球界に残したのに、いつまでもどこまでも、自然体。そのオーガニックな魅力が衰えることを知らない、福本はん。なぜか今!今だから!今川焼!福本大特集の、第1回。


 人間、年齢を重ねて初めてわかる事がある。若いお方たちは、イチローや中田(良弘ちゃうで 当たり前やけど)を見て、「クールでかっくいー」なんて思っているだろう。当然だ。わしの若い頃は、当時「新人類」といわれてた原や篠塚の登場をみんなが「かっこえーなー」と思っていたのだ。あの頃のスポーツ界はなんだか重苦しかったからな。もちろん阪急ブレーブスは好きだったが、テレビにも出てこないその選手たちのことは「もっちゃいなー」(このニュアンス、あんだーすたん?)と思ってたわけ。中でも福本なんて、マジ「そこいらのおっちゃん」としか認識してなかったのである。

通算得点:1656(歴代2位)
通算安打:2543(歴代5位)
通算二塁打:449(歴代1位)
通算三塁打:115(歴代1位)
通算盗塁:1065(歴代1位)
シーズン盗塁:106(歴代1位)
ゲーム盗塁:5 (パ・リーグ記録)

 福本豊の20年の実績は、こうして見ると「ぞっ」とするほどすごい。

 このレベルの成績を残した選手なら、現役のときはもちろん「俺様」振る舞い、引退したってどこぞの監督やらご意見番やら講演活動やら、ふんぞり返って余生を過ごすに違いないのである。「普通の人間であれば」ていうか、他の人はすべて、そうだから。

 しかし。2003年元旦のテレビでわしの目に飛び込んできたのは! 「とんねるず・石橋」がドライバーショットしたゴルフボールをグラブでキャッチしようと、往年の足運びでグリーンを右往左往する、福本の姿だったりするわけだ。あらー福本はんっ。しかもこういう扱いは引退したからってわけじゃなく。盗塁世界記録に「あと少し」と迫った現役バリバリ時代(83年4月)になんと、「馬と競争」という前代未聞の試合前のイベントを球団に頼まれ、「ええよ」とほいほい出場(2枚目気取りの蓑田は出場拒否)。反対向いて走った馬を尻目に2着になっているのだ。このとき、さすがの福本も見世物にされて怒っているのでわ?と期待したマスコミの取材に答えて一言。

 「ウマに勝っても、この前、馬券でボロ負けしたから、
 損しとるんや・・」

 お・・おっさん。
 (さて問題です。このとき1着になったのにシーズンではまったくやる気のなかった外国人選手は誰でしょう?)

 そういう福本を見て、笑っているのは簡単だが。笑いに包まれた人間こそが真の意味の偉人である、という事に気づくのは、ある程度人生経験を積んでからなのである。厳しいプロ野球の世界ですんごい実績を残しながら、これほど肩の力の抜けたおっさんがいるだろうか?最盛期の選手時代も、引退してからも、まったくノリが同じなのだ。そこには虚勢もなければ虚栄もない。あるのはただ、常にリラックスしてる福本という人間そのものなのである。

 あれだけの野球選手なら引退してから(現役時代にやっちゃう人もいるが)、自分の人生を「汗と涙」のエピソードで飾り立てるのが世の常(世の中にはしかし、涙が好きという下品な人があふれている)。特に福本は、同期の山田や加藤英と違い、入団時は期待もされていなかった選手(最初の背番号は40)。そこから這い上がってレギュラーを獲っての偉業達成なわけだから、まぁたいがい「努力話」がついて回りそうだよな。がしかし、現役時代から今にいたる福本の数々のエピソードには、一切涙はない。人生訓もない。大きな故障もなかったので、復活ドラマもない。ただ痛快さと、ほっとするようなユーモア精神に満ち溢れているのだ。

 あまりのナチュラルさにわしらもつい「このおっさん・・」と笑ってしまう。油断してしまう。が、しかし男として「やるときゃやるでー」という、そのかっこよさがね。たまらんね。現役時代に悲壮感がなかったのも、故障をしない強靭な体と、類まれなる走力、高度な野球センスに裏づけされてたわけで。それはもう、常人には思いもつかない自己鍛錬があるはず。しかしグラウンドを離れると、みんなを愉快な気分にさせる「おっさん」に戻っちゃう。しかもそれが自然体。これはもう、男として、最高レベルにいると思うんよね。わしは。

 西宮球場で達成した盗塁の世界記録(当時)も、なんかその記録の凄さと、舞台のB級さのチグハグさが味わい深くて。。当時は「パ・リーグやから情けないナァ」なんて思ったけど、今思うとね。これが福本の魅力のすべて。「汚い居酒屋でおっさんが飲みながら、チラシの裏でヒトゲノムを解析した」みたいな・・。「日本中が待っていた」なんちう王の世界記録よりね、今となっては、よほどリアル。

 とにかく。この年になって、「福本て、男として めちゃかっこええ」と思うんよ。それがこの特集のテーマな。福本は、やるときはやる。すごいことをやりながら、いつでも「くっくっくっ」 と笑ってる。そして、ぼーっとしてるときは、本当に ぼーっ としている・・・。「三盗なんて簡単やけど、意味ないし、やらんかったー」という福本は、二塁上では、マジぼーっとしていたらしい。その気になれば、もっと記録は伸びたのに。素敵だ。

  現在、関西ではラジオ・テレビの解説者として、カルト人気な福本。解説が福本ならどんな試合でも、という人も多く、「福本解説試合日程表」なんてのが望まれるほどな。わしが「靴下脱いで野球見てるみたいな解説」と呼ぶ、そのえらそぶらない放送を、「絶叫と説教」に慣れた巨人ファンに一度聞いてもらいたいわ。タメになる話はないから、皆さん怒り出すかな?CSや地方局の「なにもそこまで」なくらいリラックスした解説こそ、ぜひ聞いて欲しい。マジでそこらのおっさんと一緒に野球を見ているような魅力が味わえるからねぇ。ここらについては、第3部で特集しような。え?第3部て・・

 さて。この「福本大特集」コラムであるが、

 わしがもっとも笑いながら「ウソやろ」と思っていたエピソードが「本当だった」という事が本人の口から証言されたドキュメンタリー(ABCラジオWEBからの引用)の第2部、福本名発言集の第3部(いろんなところから無断引用)と、続きます。引用ばっかで楽してますが。

 この第1部は、当時の西宮球場の試合前の光景を再現して終わりまひょか。

 西宮球場の選手用通用門はまったくオープンで、誰でも入れる駐車場のほう(阪急子供会の石碑のうしろ)で待っていれば、球場入りする選手と簡単に会えた。その日も何十人かの小学生が「クラウン」から颯爽と現れる山田や、マイクロバスから降りてくる選手たちをつかまえようとしたのだが、どの選手もおざなりに2、3人にサインするだけで逃げてしまう。当時の日本人野球選手は、みんなそんなだったが。

 と、子供達のうしろのほうから、「どいてんかー」と声がする。驚いて振り返ると、なんとそれが福本はん。歩いてきた方向から見て、その日は電車で来たようだ。あっという間にサインをねだる子供に取り囲まれ、「わかったわかったて・・並んで 並んでなー」と言いながら、サインを始める福本。子供というのは優しくされるとすぐつけ上がるもので、「福本、もっと走れやー」とか叫ぶ子もいる。が、福本はあの調子で、「あぁ・・もっと走らなあかんかなー」。。

 いかにもファンサービスです!ていうのでもない。義務だから、というかんじでもない。福本はタバコでもくゆらすようにゆったりした動作で、「あ!またおまえらかー」とか顔なじみの子供に声をかけながら、まったく当たり前のようにサインを続けるのである。並んでる子供らにただよう空気は、「スターからサインをもらう」というよりは「ラジオ体操のスタンプをもらう」ちうかんじ。完全に子供をリラックスさせてしまう、恐るべき盗塁王。それが福本。

 中には、鉛筆でサインさせる子供もいる(それがわし。で、そのうち消えちゃった・・)。球場周辺には学習塾がたくさんあるので、そこから駆けつけて蛍光ペンでサインさせる子もいる。いちびって、福本をたたく子もいる。でも福本は「あーこらこら」というだけで、30分ほどもサインを続けるのだ。子供ちうのはアホなので、あまりにも普通のおっさんからもらったサインにありがたみを感じていないというのに。。そして、みんながみんな野球を見に来たわけでもないのに。野次馬的にわけもわからずサインだけもらいに来た子だって、見るからに多かったのだ。

 ようやく、
 「もう行かんと、怒られるからなー」 と言いながら、通用門に向かう福本。が、ふと立ち止まる。そして、つっつっと高学年の子に埋もれて「もじもじ」していた、阪急の帽子をかぶった小さい子のところにまっすぐ歩いて来て

 「はい、ぼくにもサインしたげよな」

 福本はその帽子を取ってさらっとサインし、呆然とするその子の頭を撫でて立ち去ったのだ。

 投手のどんな小さな動きも見逃さない、と言われた世界の盗塁王の目。試合前ののんびりした空気の中でも、福本の目は、その子の胸に光る「7番」のバッジを、見逃さなかったのか?いや違う。

 「福本のサインがほしいなぁ」という、その小さい心を見逃さなかったのだ。

(第1部 おわり)

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