藤井の引退 エピソード3

2002 年 10 月

ベンチ前に整列したブルーウェーブ全選手と握手を交わした藤井は、マウンドあたりに歩み寄る。引退スピーチが始まるのだ。場内がウソみたいに静まりかえるなか、まずはチームへの感謝を述べる藤井。人当たりのよい彼らしい、落ち着いて洗練された口調である。が、スピーチが引退する理由にさしかかったところで、さすがのダンディ康雄さんも、言葉にぐっと詰まる。こちらの胸もぐっと詰まる。                         

 ほとんどスタメンはなかった昨年そして今年。藤井も辛かったろうと思うからだ。振り絞るような声で「ファンの皆さんの期待に沿う事が出来なくなったからです」と言ったそのとき、ライトスタンドのええ年をした男が、涙声で絶叫した。

 「康雄さん、今日も2本もヒット見せてくれたやんかぁぁー」・・ 

 そして、最後に藤井は家族への感謝を述べる。まず3人の子供たちに「あんまり一緒にいてやれなかったけど、ありがとう」・・中学生の息子も、引退と聞いて お仕事なくなるならお稽古事やめようか?と言ったかわいらしい娘も、ベソをかいている。藤井は苦しそうに、続ける。「そして・・・・いいときも悪いときも支えてくれた妻に、ありがとう」。奥さん5・9(号泣)=45。

 こうして文章にすると、キザである。キザであるが、藤井の口から聞くそういう言葉は、なにかすがすがしい。ウソがない。これが康雄さんの優しくて、スタイリッシュなキャラなのだ。「そして愛人の、カバ子にありがとう」なんて、こんなときでも頭の中でろくでもないことを考えているわしのような男とは、違うのだ。もう、スタンドの女性たちは、ハンカチぐしゃぐしゃ。前の席の女性たちは洟をたらしながら、「藤井の子供、ばっり かわいいなぁ・・」。 ばっり て・・

 「来年からはサーパスのコーチとして、オリックスの復活に全力を尽くします」

 この言葉に、ファンは泣きながらも「おおおおお」と、激しくうなずく。そうなのだ。藤井はチームを去っちゃうわけじゃない。一人の野球人が、16年間も同じチームでファンに愛されプレイして、そして引退してもそのチームで指導者になろうとしているのだ。いい!実にいい!来年もあじさい球場であえるやん!いつか監督にもなるやん!そうやんな、プロ野球ってそうやんな。語り継げるから、プロ野球やんな。もう時代遅れなんかもしれんけど、ファンはそれでこそチームを応援できるんとちゃうん?

 こんな幸福な引退試合、「ちゃんとした挨拶もなし」に移籍するFA選手にはでけへんやろ。

 スピーチの後、まずはプリンスでの先輩でもある石毛監督から、花束を贈られる藤井。まだ辛うじて笑顔。しかし、96年日本一の僚友、大島がまさに子供のように泣きじゃくりながら自分より大きな花束を渡したとき、藤井の中でなにかが崩れた。しかも続いて藤井の目に入ったのは、「見舞いに来た親分」のように花を掲げ、「よお!」と微笑む仰木さん。昨年のちょうど今ごろ・・仰木さんのしんみりした勇退試合(わし、目撃)が行われたのと同じ場所で。。

 藤井の頭には「野球人生で一番嬉しかった」という96年のイチロー・サヨナラヒットによるGS神戸での優勝シーン(再びしつこいけど、わし 目撃!)が、激しく浮かんだに違いない。後にも先にも初めて「何度も飛び上がって喜んだイチロー」の姿が浮かんだのに、違いない。あの歓喜の胴上げ・・その仰木さんが泣いている藤井を息子のように、ねぎらっている。「ご苦労さんっ 泣くなやおまえ」という声が聞こえてきそうな、胸詰まるシーンだ。

 続いて子供達からの花束を受け取った藤井は、アメリカホームコメディのパパみたいな見事な笑顔を見せ、ようやく人心地つく。そして、次の意外な花束プレゼンターを見て、わしは嬉しくなった。日本初のうぐいす男、「ヤスオー、フッズイー」を発明して「ノーベル・スタジアムアナ賞」を受賞した DJ木村 が、きっちりスーツ姿で感極まって立っているのだ。なんか笑う。けど、泣く。

 藤井の親友として知られる彼がスカパーでしゃべっていたのだが、最初「バッティング、フォース!ファーストベースマン!藤井康雄!」とアナウンスしていた木村に、藤井が「ほかが英語風なんだから、名字と名前は逆のほうがかっこいいんじゃない?」と気軽にアドバイスしたそうだ。そういうところに気が付いちゃう、それが藤井らしいところだよな。奥さんが目の前にいるというのに、二人は人目もはばからず抱擁して泣きじゃくり、わしも思わず、「およよ」となる。

 思えばDJ木村の「フッズイー」や「イチローーーースッズゥキー」が席捲した頃、GS神戸はめちゃくちゃエキサイティングな場所だった。DJ木村、仰木さん、イチローや田口、そして藤井・・・みんな、おらんように、なってしもうた(サトシ・・)。 もちろん、選手が入れ替わるのは当たり前だ。チームが弱い時期があっても、しょうがない。わしは野球がある限りGS神戸に通う。優勝だけが野球じゃないし。でも、なんだろう・・手を振りながら「お別れ」の場内一周を始めた藤井を見て、「もうあんな時代は二度と来ないよー」と泣き叫んでいる、わしのこの気持ちは!

 藤井とわしは2つ違いだ。

 彼が少年時代に憧れたプロ野球の世界、彼が選手として駆け抜けたプロ野球の世界、そのまますべてが、わしにとってのプロ野球そのものだ。プロ野球が輝き、選手が輝いていた時代。あの頃、FAなんてのもポスティングなんてのも、なかった。野茂のように、すべての秩序をぶち壊すことによってしか、外の世界には飛び出せなかった。それでも飛び出したぎらぎらとした野茂の個性が、プロ野球だった。

 今や、「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な」でメジャーに行けちゃう時代だ。もちろん選手にとっては現在の状況のほうが好ましいのだろうし、社会はそうなっていくべきなのだろう。でもなぁ、じゃぁもう藤井みたいに同じチーム一筋のスター選手なんて出てこないやん。たとえば誰がどう見てもオリックスの顔だった星野が、最後だけ別に行く必要もないほかのチームで現役を終えるってのが、寂しいやん。わしら、「縦じまの星野」じゃ、お別れもできないやん。お金のため?やーな時代だな、ったく。

 「そんなもんなんや!」と言われれば、自分が廃墟に近づいている西宮球場みたいな気分になる。・・齢(とし)だね、わしも。

 しかし。

 ライトスタンドに近づいて「ありがとう」と手を振る藤井と、サインボールの入った籠を持つ役目の、同じユニフォームを着た彼の息子。このツーショットを見て、なんだか心は晴れたのだ。藤井の息子も野球をやってるらしくて、ボールの投げ方も本格的。よく見れば体のシルエットだって、お父さんに近い。きっと彼も野球選手になるのだろう。・・そう。時代は回るのだ。仕方のないことだし、だからと言って野球が野球じゃなくなってしまうわけではない。「昔の野球は・・」なんて年寄りの思い出話に過ぎないし、それはそれで同年代で盛り上がればいいこと。

 現に、ライトスタンドのいつもの席で藤井に紙テープを投げ、エンドレスに「藤井のテーマ」応援を続けている我が豚息。。こいつだって、今日のこの光景を「郷愁」として、将来、誰かに語るに違いないのだ。そのまた豚息にとか・・。豚息は、もうすでに昨年自分のすぐ横に落下した藤井の代打逆転満塁ホームランの語り部になっているし(2アウトランナーなしから、ビティエロがライト前にポテンヒット打ったんやー、そんで次に・・・)。

 そして、ベンチ前に整列して行儀よく藤井の場内一周を待っているブルーウェーブのへっぽこな若い選手たち。今はヘマばっかりしてるけど、彼らだって、これからきっと物語を作ってくれるに違いない。わしらが胸を熱くするような、物語をな。きっと、そうだよな。

・・・・

 スタンドから投げ入れられた、おびただしい数の紙テープ。紙テープは藤井にからみつき、いまやレフトスタンド方向に遠ざかった彼は、大量の紙テープを引きずったまま歩を進めている。

 それはまるで、藤井が歩んできた野球人生にかかった、「虹」だ。

 なんどもなんども、彼がバットでライトスタンドにかけた、虹なのだ。
 虹はやがて消えるが、みんなの心の中で七色の思い出が消えることは、ない。


 ありがとう、藤井。

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