ファールボール


ガシッと鈍い音を発したマリーンズ平井のバットから放たれた打球は、まっすぐ3塁側内野席の自分のほうへ飛んで来た。 「まさか」と思う間もなく、ヒュルヒュルと唸る硬球はみるみる大きくなり、ガーンと派手な音を立てて左隣の空席に激突、驚いたことにくるくる回転しながらその椅子の上で止まった。

私は夢中で立ち上がりボールを拾い上げる。周りにはほとんど観客はおらず、急ぐ必要はなかったのだが。

かなり大きな音が響いたせいか周囲がざわめき、ブルーウェーブのピッチャー野田、打った平井もちらっとこちらを見る。私は完全に頭が舞い上がり、立ったまま拾い上げた硬球を見つめるばかり。

自分の手の中にある、さっきまでゲームの主役だったボール。。公式球はずっしりと重く、縫い目が美しい。なにか生きているようで、つい何秒か前の真剣勝負の余韻が伝わってくるのだ。

グラウンドと自分の距離が一気に縮まった瞬間である。

野田は何気ない様子で審判にニューボールを要求し、それを手でこねながら再び平井との勝負に戻っていく。私はぐっとボールを握り締めながら、不思議な一体感とともにその後の試合にひきこまれていった。。

今から7、8年前、グリーンスタジアムでのほんの一瞬の出来事である。まだマリーンズはあの恥ずかしい色のユニフォームで、イチローはただの鈴木だった。その頃の私は30過ぎで、なんとなく社会人生活に閉塞感を感じており、衝動的に会社をサボって何年かぶりに球場に足を運んでみたのだった。ひとりで。引き寄せられるように。

ボールを手にした私は体中が野球少年に戻っていくような感覚を楽しみ、興奮を隠し切れなかった。生まれて初めてファールボールを取ったのだ。拾ったというほうが正確だけれども。私の中で何かが変わり、頭の霧が晴れたような気がした。

それ以来、仕事の合間を縫ってひとりで球場に通うようになった。

決まって平日のグリーンスタジアム。グラウンドの匂いをかぎ、試合前の練習を目と耳で追い、一球も逃さず試合に集中する。プロの技に酔い時間の感覚が消えていく刹那、どんな試合であろうと心は開放され、頭がからっぽになっていく。。私にとってスタジアムはかけがいのない場所になっていた。

子供であることを許されなくなった元野球好き少年にとって、そこは唯一の「許された場所」だ。ここなら何も考えずに野球に身をゆだねられる。テレビ観戦と違って。

そして、本物の野球に包まれていれば孤独ではない。

プロのバッターが頻繁にスタンドに打ち込んでくれるファールボールは、目の前の野球が己の妄想ではなく、現実の出来事であることを思い起こさせてくれる、ファンとプレイヤーの掛け橋なのだ。

あれ以来ファールボールを取る幸運には恵まれていないが、自分の机の上にあるあの時のボールを今でもよく握る。

そして、野球と自分の不思議なつながりを感じるのだ。

セ・リーグの試合ではファールボールをくれないというのは本当なのだろうか。


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