ブナ

学名 Fagus crenata
別名 シロブナ、ホンブナ、ソバグリ、ソバグルミ、ソバ、ソバノキ、コハブナ
◆(木ヘンに無) 分類 ブナ科ブナ属 (落葉高木)
語源は不明。役に立たない木として、木へんに無でブナと読ませた。別名で、ソバの名があるのは、実が蕎麦の実に似ているため。 原産・分布 北海道南部、本州、四国、九州(日本固有種)
神奈川県 丹沢、箱根、小仏山地の上部、およそ標高800m以上に生える。
用途 建築・器具・船舶材、合板、パルプ
寒い地方では低地に、暖かい地方では高地に生える。陰樹で、肥沃な土壌に育つ。
北海道では、黒松内低地帯が北限と言われ、これより北では、1本の生育も確認できていないそうだ。
丹沢では、600〜800m以上の尾根筋に多い。丹沢の南西面のブナに立ち枯れが多い、と言う観測結果がある。立ち枯れの原因は、オゾン(光化学スモッグ)説が有力。


丹沢
堂平
040802
ブナ樹
樹皮は灰白色あるいは暗灰色、滑らかで割れ目は無い。そのため、しばしば地衣類が付いて模様ができる。
ブナの成長は遅く、実生から5年でも樹高1m程。簡単な年齢推定方法は、直径が40cmになるのに100年と見る。材は木目が通らず、腐りやすく狂いも大きいため、建築用材としては使われなかった。漢字は木で無いと書かれた。
欧州では、(種類は異なるが)ブナを高級な木材として扱う。日本ではかつて、いわゆる木地師(こぼれ話し参照)がこれを加工して、食器などを作った。


奥多摩
鷹巣谷
030513
ブナ幹
葉は互生し、葉身は卵形または菱状卵形。縁は波状鈍鋸歯がある。側脈が7〜11対ある。
ブナの葉の特徴は、側脈の終端が鋸歯の凹部に入ることである。これはイヌブナも同じ。落葉からでも判断できるので分かりやすい。イヌブナは、側脈の数がブナより多い。


奥多摩
鷹巣谷
030513
ブナ葉
5月、展葉と同時に開花する。雌雄同株。雄花は、新枝の下部に数個の頭状花序が付き、垂れ下がる。雌花は、新枝の上部に、2つの花が付く頭状花序を、上向きに付ける。雌花の柄は太い。 雌花(上)
雄花(下)

群馬県
小出俣山
050605
ブナ雌花
堅果は柄が短く、赤褐色で10〜11月に熟す。熟すと殻斗が4裂し、3陵のある卵形の種子が、2個出てくる。 果実

群馬県
三国峠
051002
ブナ実
種子には毒が無く、マツやオニグルミの実に次いでカロリーが高く、山の動物たちの格好の食料。 殻斗と種子

群馬県
三国峠
051002
ブナ種子
あまり綺麗ではないが、黄葉する。写真は先頭の写真と同じ木。 黄葉

丹沢
堂平
061112
ブナ黄葉
冬芽は、長楕円形で鋭頭。芽鱗は4列に綺麗に並ぶ。上部の芽鱗の先には、灰白色の毛がある。通常、冬芽は無柄。イヌブナには短い柄がある。
樹の上部樹冠には花芽が多く作られる。枝の先端の芽が丸みを帯びていたら花芽。11月ころには花芽が確認できる。
冬芽

丹沢
丹沢山
050201
ブナ冬芽
ブナの双葉の形は、不定形に近い印象がある。
この年は、本葉が2枚出ただけで、1年が終わった。初期の本葉も不定形で、成熟したときの特徴がまだ無い。
実生(双葉)

横浜にて
070328
ブナ実生
虫こぶの名は、ブナハアカゲタマフシ。葉の表にでき、タマバエの幼虫が中にいる。表面は淡紅色の柔らかな綿状の毛で被われている。とても美しい虫こぶだ。
ブナの森で見ることができるのは、4〜5月の間だけ。やがて幼虫が羽化すると、虫こぶは地上に落下する。
「春の虫こぶ いろいろ」
虫コブ

奥多摩
鷹巣山
030513
ブナ葉虫コブ
オトシブミの一種。葉の切られ方や巻き方からゴマダラオトシブミによる揺籃と思うが。
ブナの木がたくさんあるエリアなのだが、この木だけに揺籃が集中して作られていた。
揺籃

秋田県
鳥海山
100626
夏のブナの梢が冬のようになっていたことがある。葉が一枚も無い。下を見ると、葉脈だけ残り魚の骨のようになった食痕が一面に敷きつめられていた。
ブナハバチの食害とされている。特にこの2007年大室山での被害が大きかった。これが原因とされる枯死が数件あった。
葉食害

丹沢
大室山
070720
こぼれ話「木地師」
古くからわが国では、日常使用する飯碗や汁碗は木製が一般的で、片手で持てるお碗で食事をするのが習慣であった。このお碗の作り手が木地師と呼ばれた。材料は全国の山で手に入るブナが一般的に使われた。木地師は各地の山々を良材を求めて移動しながら、ろくろで挽き、かんなで削って碗や皿、盆などを作った。ある程度の数がまとまると、里に降りてきてお金や米に変える生活をしていた。写真上は現代の木地椀、下は木地師の使う手回しろくろ。
白木の碗では水気を吸い、耐久性に乏しいため漆を塗ることで使い勝手は著しく向上した。この漆を塗る職人を塗師(ぬし)と呼んだ。木地師と塗師の分業が全国各地で行われ、日本人の食生活を支えていたようだ。
木地師の歴史は平安時代前期の惟喬親王(844年〜897年)に始まるとされている。朝廷内部の確執で、近江国に隠棲していた親王が、周辺の杣人に木工技術を教えたことから全国に広まったとされる。中には会津塗りなど地域の伝統工芸の基礎を作った木地師もいる。
惟喬親王(の御所)が発行した「往来手形」や「御綸旨(ごりんじ)」と呼ばれるお墨付きを持った木地師たちが、定住地を持たず、良材を得るために全国を移動した。木地師は朝廷や幕府からの特権を持っていたが、明治維新後、国家による管理が強くなり、生活様式の変化も手伝い山から降りる木地師が多くなった。昭和の初期にはほとんどの木地師が山から降りた。
ブナの実の豊凶
ブナが豊作だと、野ネズミが大繁殖すると言われる。2005年は東北〜北関東が大豊作だった。クマさえ06年は子だくさんと言われている。一般に木の実は、動物たちに全ての実を食べられてしまうのを防ぐため、定期的な豊凶の波を持つ。これをマスティングと呼ぶ。しかしブナには豊凶の定期性がないとされる。次の豊作は1年後かもしれないし、7年後かもしれない。木の実そのものに毒成分が無い代わりに、豊凶の落差が大きな毒である。2006年に増えた野生動物は、食料難で苦しむのだろう。

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