言語障害

 

● 病院から出ては来たものの、声は出ても言葉がのど元から出てこなくなった。同じ出るのに病院から出る、それなのに言葉が出ない、出ると出ないの両極端を味わわせてくれる神様がいた。

 9ヶ月して病院から出る、退院するのはお目出度い。だが言葉が出なくなって退院するのは本当はお目出度くはない。昔あんなに喋ったのにおとなしくなったのは言葉が出なくなったばかりではない。落ち込んだのだ。もう、今までのようなコミュニケーションは取れないのではないか、世間とは没交渉になってしまうのではないか、誰も相手にしてくれないのではないか、体のあちこちにダメージが出たのは分かったが、そうかといって治るものではなし、落ち込むだけ落ち込んで、病院からの退院はこれから先のどん底不幸を余儀なくさせてくれた。中でも、目、耳、口と体の不自由はあのヘレン・ケラー女史以上の試練だ。そんな試練に勝つ自信の持ち合わせはない。私は普通の人間なのだ。

 

 それからずぅ〜っと何年も、ふさぎ込んで落ち込んで、何の面白みもない毎日が長ぁ〜く続く。家族からの問いかけも、「ア〜〜」「う〜〜」と必要最小限しか喋らない。周りも家族もそれが当たり前の生活は、病院からうちへ帰っては来たものの、一つもちっとも楽しくはなく、家族は暗い毎日であったろうと思う。

 

 それが、今回懲役2年半を言い渡されている悪い男、あの人のI T業界での当時の活躍ぶりが報じられていて、落ち込んだ私にも少しの刺激を与えてくれた。あの時は私も調子の良かった時なのだろう。ここで一念発起した。パソコンを覚え、喋れないならメールとブログとホームページは、書けば何とかなる筈だ・・・と考えた。そうしてこれらをやってみたらどうだろう、周りがヨ〜〜ク見えてきて、今まで文句言いたくてものど元でとまっていた言葉を曲がりなりにも発したら、唾も飛ばすがゆっくりなら言葉が出るのです。堀江さんとパソコンと、病気になって周りが見えて来た事と、本能的な“旦那”の家族への文句、これが良い方に働いて少しずつ私の言語障害も良い方向に向かいつつあるような気がします。

 

 今、昼間は女房が家計の大黒柱として勤めに出ている関係上、一人でパソコンで遊びながら留守番です。誰も来なければ昼間は一言も喋りません。女房である中年のおばさんは、家へ帰って来て落ち着くと始めから終わりまで韓国映画、旦那の私は「やれ学芸会、スローモー、おんなじ内容だ、病院医者と交通事故、やれ鉢巻の昔の役人に現実離れの甘い恋愛コミック、ピッカピカの乗用車」と文句が尽きない。しかしひとこと言うと十倍返る言葉に辟易。それでも私は突っ返してしゃべりまくる。

 

 「喋ることは、言語障害に良く効くリハビリだよ。」私の持論。いま、たまに東京から帰って来る子供にも、口角泡を飛ばして話かけます。そうしたら「お父さん、良く喋るよ。喋るようになったねぇ。」 いや、努力はしているんですよ。

 

 

 

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check 2015年8月2日