Cordoba  コルドバ
メスキータ Mezquita

 

「コルドバ」の名前の由来は「コードバン(馬の尻皮)」からだそうです。
1000年前には人口100万都市ですが、今は3分の1位の38万人です。

メスキータ Mezquita
 後ウマイヤ朝時代の785年に建設を始めたモスク

写真の鐘楼は当初、モスクのミナレット(尖塔)として建てられた。
礼拝の呼びかけを行ったもの。
外壁
戦闘用の外壁になっている。

 コルドバの歴史は紀元前にさかのぼります。
ローマ時代から栄えたが、大きな発展を遂げるのは、
8世紀半ばの後期ウマイア朝時代から。

この時代、イベリア半島は「アル・アンダルス」と呼ばれた。
アンダルシアの名前はこれが源になっている。

そしてコルドバ王国が建国された。
アンダルシアに誕生したイスラム王国、最初の首都であった。
まわりには白馬の観光馬車が客待ちしています。


アッラフマーン一世の命で建設されたメスキータは、     
コルドバ王国を築いたアブド・アッラフマーン1世の命で、 
785年から建設が開始された。                 
その後、歴代の王により増築され、               
現在の総面積2万2400平方メートル             
(南北175メートル、東西128メートル)、           
馬蹄形アーチ850本を持つ華麗な神殿が誕生した。    

さらに、848年、961年、987年と3回に渡って拡張された。
鐘楼 高さ93M コルドバの街のシンボル

 もともとこの地は聖なる場所であった。
西ゴート様式のキリスト教会があり、
イスラム教徒の礼拝や宗教行事などが行われていた。
キリスト教徒も一部使用していたという。
この過去の歴史が、後年メスキータに大きな影響を与えることになる。
モスクのミナレット(尖塔)として建てられた塔は、キリスト教徒により
鐘がつけられ、鐘楼にされた。

 コルドバ王国は11世紀から衰退し始め、
1236年にはレコンキスタにより、キリスト教徒に征服される。
グラナダが陥落するより250年以上も前のことであった。
しかし、メスキータは多少の修正は加えられたものの、
当初はそのまま残されていた。
鐘楼の鐘が見えます。

 大きな変化は16世紀半ばに起きた。
神聖ローマ帝国皇帝カール5世はスペイン統一の王も兼ねており、
このメスキータの改修を許可したからであった。

コルドバ市議会はメスキータの芸術性と歴史的遺産の価値を認めて、
改修しないことを決めていた。
それを覆すために皇帝を動かしたのである。

 それは「改修」と呼べないものになった。
メスキータの中心部を突き抜けるキリスト教会の大聖堂が
建設された。

 レコンキスタによりイスラムを征服したという、
勝利者のおごりから生まれた大聖堂の建設であったと言われる。

馬蹄形アーチを持つ柱列と美しい配列を見せるアラベスク幾何学模様とは
全く相反する建築が、同じ敷地内に突然、出現したのであった。
「円柱の森」現存は854本、最大時では1000本以上あったとされる。
最初にキリスト教の聖堂があり、8世紀にイスラム王国に支配され、
大モスク、メスキータになり、当時同地を支配したモスクの中心となった。


1236年にレコンキスタで、キリスト教に戻ると、国王カール5世が
キリスト教の聖堂へ改築した。

このために、メスキータの屋根にはキリスト教の大聖堂の屋根が突き出して
しまった。

 ただ国王は改築後 「もし、前もってメスキータのことを知っていたなら、
  決して許可を与えなかっただろう。
 どこにでもある建物の為に、世界にひとつしかない建物を壊してしまった」
 と嘆いた。
馬蹄形のアーチは白い化粧漆喰と赤い石(レンガ)によってつくられている。
幾十にも重なる「円柱の森」は、感動します
大理石の柱は、ローマ時代や西ゴート時代から転用された。
メスキータのミフラーブは、八角形のホールとなっている。

馬蹄形アーチの入口

ここは、モスクの中でも聖なる場所になる。
ミフラーブ
メッカの方向に向けられた壁がん(壁に作られたくぼみ)
祈りを捧げる方向の目印であり祭壇である

コーランの一節が壁面に刻まれ、
独特の馬蹄形デザインはイスラム装飾の技術の高さを物語っていた。

ミフラーブ前のドーム天井、2回目の増築で設けられた。
金銀に輝く幾何学模様。
天井は一枚岩で貝の形になっている
ここは柱や壁の造りが違ってくる
中は薄暗い
メスキータから大聖堂へ

ここから、下の写真は、

モスクの中にキリスト教会がある。不思議な光景。
16世紀造られた「マヨール礼拝堂」
キリスト教の大聖堂の天井は、モスクより高くなっている。

メスキータの屋根にはキリスト教の大聖堂の屋根が突き出してしまった。
 ミーラブと向かい合う形で大聖堂が造られている。
「聖地にふさわしい礼拝堂を」と、キリスト教徒も力が入っていた。
この大聖堂の完成だけに250年もの年月を費やしている。

建築にかけた長い年月を物語るかのように、
後期ルネサンス様式から始まり、
スペイン・バロックの最も華やかだった
チュリゲーラ様式まで取り込んだ建築となっている。
聖体顕示台(16世紀)
聖体顕示台(16世紀)
礼拝堂の壁
マヨール礼拝堂の天井
マヨール礼拝堂                
メスキータの中にあるキリスト教礼拝堂
マヨール礼拝堂
キリスト教の大聖堂はエルナン・ルイス一門の建築家によって作られた。
オレンジの中庭

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