HOME TOP 航海記 第1章 航海に必要なもの キャプテンのつぶやき 功進丸解体新書

《大阪〜石垣島+宮古島》
総航行距離1,106.9マイル(2,050km)・230時間50分

今まで、色んな航海記を見ても情報として無かった寄港地情報(少ないですが)もご紹介していきたいと思います。ベテランの方は何度も経験されていることと思いますが、初心者の目から見た港の情報はまた違った感じになると思います。寄港するときの参考にしてください。もっと詳しい情報は、メールでお問い合わせください、覚えてる範囲、知ってる範囲でお答えいたします。

航海実施日 2004年11月13日〜12月17日
◎目標は、安全第一!あせらず、無理せず!

寄港地 寄港日 前港
出航時間
入港時間 走行時間 給油 走行距離・平均
港情報・注意事項
  四国プラン
大阪府 田尻マリーナ
11/13 54g
  11月6日進水式、そして西宮のボートショーに出品以来、何も艤装作業が出来ていない「功進丸」のため、早めの田尻入りをしたつもりでしたが、2〜3日で作業は終わるだろうと軽く考えておりました、ところが作業を始めるとに足りないものだらけ、西さん、梶リンも作業を手伝ってくれているのだが、4日5日と過ぎても作業はなかなか終わる気配ではありませんでした。まだ、航海計画も手付かずの状態で気持ちは焦るばかり・・・ようやく航海計画に着手できたのは出港3日前と言う状態でした。しかも艤装の方はまだ終了していない。せめて苦手の離着岸の練習でもしたいのだが、出港前日の午後3時頃にようやっと作業は終了すると言う、どたばたでした。青木先生に航海計画を見ていただいたのは、前日の昼頃でした。今回の航海の航海計画はの殆どは、西さんがパソコンによって作成してくれました。それをもとに、チャートにプロットしていくことになっていたのですが、プロットする時間もなく出港と言うことになりました。出航前日の夕刻、シェィクダウンを兼ねて、吉村教官と大阪湾に行ったのはいいのですが、派手な電飾の船がスポットライトを近づけ寄って来るではないですか・・・かの有名な海上保安庁の巡視艇です、夕方ヨットでうろうろしてるのを発見して寄って来たのです。手こずった作業の内容は、ライフラフト、GPS魚探、無線機の取付と書くとさほでないが、そこは素人、配線に防水処理となかなか手ごわかったです。GPS魚探に至っては、取り付けをへまったせいか、水深が4mで固定の状態、たまたま、田尻マリーナの満潮時の水深がそんなものだったので、油断してそんなことになりました。航海のときは、海図と目測で乗り切りました。
出港準備は、もう少し余裕を持って作業した方がいいようです。航海計画は、西さんが徹夜で仕上げてくれたので、大変助かりました。無線機の方は、梶リンがセッティングをしてくれましたが、出番がありませんでした。右の船の配置図は、とてもわかり易く最初は便利でしたが、数日経つと配置はめまぐるしく変わってしまいましたが、航海を終えた現在も貼ってあります。とにかく、私にとっては長距離航海になるものであったので、思いつく限り必要なものを「功進丸」に乗せた結果、どこに何があるかわからなくなるのには非常に効果的でした。

田尻マリーナとは

青木ヨットの本拠地!この航海記でおなじみの「悪魔校長」がハーバーマスターをしており、ヨットの事なら何でも聞くことが出来る、ヨット以外のことは知っていても知らない振りをするかもしれませんが、大変頼りになる事は間違いありません。
ヨットの係留費もとてもリーズナブル、浮き桟橋のビジターバースもあり(1000円?)設備も陸電・水道・シャワー・トイレ・食堂等あり給油も電話1本で配達してくれます。徒歩でも5分ほどの位置に、マックスバリューや、ホームセンター コーナン等あり食料・資材調達にはラクチンな環境に位置しています。もちろん、ヨット用の艤装品もあり、修理等も出来ます。タクシーで1メーター位の泉佐野市内には、昔ながらの銭湯もあり(250円)その近くには、コインランドリーもあります。毎週日曜日の朝には、田尻漁港の朝市があり新鮮な魚介類が安く手に入ります、もちろん食事も出来ます。
毎週火曜日は定休日になっておりますので、注意してください。田尻スカイブリッジが海からの目印です。





陸電・水・シャワー・トイレ(24h)・食堂・修理・給油・宿泊(徒歩10分)5000円位
和歌山県 和歌山マリーナシティ
11/14 9:00AM 14:30PM 5:30h 0g 24M/4.36Nt
  航海最初の係留地は非常に大事と言うこともあり、もめにもめたところでもあります。出港当日は、これからの航海を暗示するようなさわやかに晴れ渡り、「功進丸」の船上で始めて食べる昼食(カップヌードル)「これが美味いんですよ・・・」と梶リン、後に毎回のようにカップヌードルの昼食に「たまに食べるから美味いんですね」と言いなおしておりました。波もそれほどなく、セールで4ノットくらいのスピードで食べるカップヌードルは、格別です。肝心の田尻からの航海は湾内と言うこともありゆったりしたもので、気分も爽快なものでした。同乗した梶リンもニコニコ顔!ヨットの性格上並走は出来ませんでしたが、天気もよく楽しいひと時でした。ちなみにKING FISHER号はシングルハンドでした、このような穏やかな食事は、その後2回ほどあったかどうかでした。航海の方は何の問題もなくスムーズにすすみ、KING FISHER号とランデブーセーリングでした。「こんな感じで石垣島まで行けたらいいのになぁ〜。」と言うセリフは、今後何度も言うことになる事が多かったです。出港早々こんなことがありました、チョット強めの風が風いており、シングルハンドのKING FISHER号は、苦戦していましたが、「功進丸」はメインもジブもスムーズに上がり適度なヒールをしながらKING FISHER号を待ちながら、タック・ジャイブ・ヒーブーツーの練習をして遊んでおりました。KING FISHERのセールも無事上がり一路和歌山マリーナシティに向け進路を取っていると、何やら後ろからものすごい勢いで近づいてくるヨットが・・・「AIRI V号」そうです、出港前日の夜中にワインを持って為になるお話を沢山していただいた 「あほうどりの会 会長 中村氏」でした。本船からヨットまで乗りこなす、本物のキャプテン・・・そのお方が何か叫んで近づいてくるではありませんか、なんと言っているのかというと「ジブだけで行きなさい!」 最初どういう意味かわかりませんでしたが、いわれるままメインを下ろしジブセールのみでの走行にしましたところ、艇速は変わらずスムーズに進むではありませんか。このときの風は、クウォーターリーの風で湾内ということもあり、中途半端なメインの開き方では、裏風をはらんで簡単にワイルドジャイブを起こす危険があったのです。西宮から田尻に向かう初めてのシングルハンドの時、めまぐるしく変わる風向に翻弄され、何回も何回もワイルドジャイブを繰り返し、それにもすっかりなれた頃、クルーザー「ソロ」で近づき、「メインシートを目いっぱい出しなさい!」と指示を残し去っていった青木先生の時に似ているなぁ〜と思いました。その時の状況は、六甲おろしが吹き降ろし、泥舟が行く手をさえぎるだけならまだしも、泥舟のお陰で風がまいており、メインを下ろしていたら間違いなく泥舟に激突と言うことになっていたので、そのような指示をしてくれたと思っています。今後の航海に於いて、この走法がいかに役立つことになったことか・・・
石垣島の外洋ヨットセーラー達もジブのみのセーリングは普通にやっており、メインを何が何でも上げてと言うようなことはある意味大変危険なことを引き起こすことになると思います。ジブだけで希望のスピードが得られないときや、切れ上がるとき、チョット遊ぼうかなと思ったときにメインを上げる位で考えていると非常に楽な航海が出来ます。なんと言ってもジブには艇を転覆させる力はありませんし、きつくなったらシートを離せば収まりますからね。

和歌山マリーナシティとは

到着した和歌山マリーナシティ。第一印象、「これぞヨットハーバー!」ただし係留費は3780円(24時間+温泉チケット付))でチョット高い、しかもビジターバースには陸電も水道も無いのは、納得がいく料金ではありませんでしたが、温泉があるので我慢する事にし、早速かいてもいない汗を流しに行きました。これから始まる航海に備えるにはとってもいいお風呂でした。
入港時の注意は、事前に連絡しておくようにしてください、船検証等のコピーを取りますので(何故?)用意して受付に行った方がいいです。ビジターバースからトイレが異常に遠くにあるので(5分以上は歩く)ので温泉が開いている間はいいのですが、終わったあとは結構きついものがあると思います。ビジターバースの近くにもトイレが欲しいぞ!宿泊はお金に余裕があればマリーナに面してあります。今回は、船中泊をしました。






トイレ・温泉・食堂(温泉が終わったら終わり)・給油・宿泊  詳しくは和歌山マリーナシティのHPをご覧ください。
徳島県 伊島漁港
11/15 8:00AM 13:50PM 5:50h 0g 28M/4.80Nt
  和歌山マリーナシティを午前8:00に出港!天気は上々、ここから未知の航海の始まり、KING FISHER号ともここでお別れ、もちろん梶リンもです。前日の会長の教えを守り、リーウエィの風に付きジブのみの走行、若干風が弱かったので、目標の5ノットをキープすべく、エンジンもON。天気がいいのも今日いっぱいの予報のはずでしたが、昼を過ぎた頃から、風も波もジワジワ強くなり始め、伊島に着く頃には、初体験の2mの波に翻弄されておりました、初めての港に初めての入港とはじめてばかりの事ばかりで、大変でした。まあ、落ち着いて行けば非常にわかり易い港なのです。まず困ったのが、どこに係留したらいいか、皆目見当もつかず、「とりあえず邪魔になりそうも無いところにでも・・・」と思い波はちとあるが、誰も係留しそうも無いところの岸壁に係留と思い港の中で「功進丸」を3周させ今後、神技とまで言われるほど完璧な着岸方法「左舷付け」をすることになったのですが、岸壁に係留することなどもちろん初めて、もやいをすべて結ぶのも初めてと言うくらいのレベルでしたので、あっという間に大汗をかいてしまう始末でした。風下着岸であったため岸壁にはスムーズに着岸できたのですが、か弱きフェンダではピカピカの「功進丸」を守る事は出来ないくらいの風で、これに干満の差が加わり、あっさり「ゴリゴリ」と言う音と共に、ピカピカの「功進丸」は傷物になりました。浮き桟橋の有難さを思い知ることとなりました。落ち込んでいても始まったばかりの旅、気を取り直し、「係留の許可もらわなくては・・・」ということで、漁協近くで仕事をしている漁師さんに、「ヨットで来たものですが、今あそこに係留しているのですが、係留させてもらってもいいでしょうか?」と言う様な事を聞き、了解を頂き係留することとなりました。風は時間を追うごとに強くなり、出港前に急遽取り付けた板(210cm)を使うことにしたのですが、例に漏れずこんな物使ったことも無く、フェンダの外に吊るすのか、内側に吊るすかも判らない・・・常識的には、船側に吊るしたら船体と擦れるから外側に吊るすのだろうと思い、吊るしましたが、正解だったようです。しかし、フェンダの吊るす高さの位置と板の位置のバランスをどんなものにすればいいのかは判らず適当にやっておりましたら、干満の差で、板が持ち上がったり、フェンダが持ち上がったりで夜中じゅう「ドッスン、バッタン」とにぎやかでした。干満に合わせもやいの調節と昨日のマリーナシティとはえらい違いでした。航海を終えて改めて見直してみると、それほどの岸壁でもなく、係留もしやすい港でありますね・・・係留の知識と装備が未熟でした、航海するときには大きいフェンダを用意しましょう。邪魔にはなりますが、岸壁に係留するには、必需品です。係留ロープの長さは、干潮に合わせましょう・・・そうすれば都度調整することはなくなります。

伊島とは

「伊島はいいところです。」と言う青木大先生のお言葉が耳の奥からよみがえってきました・・・「どこが?」 気を取り直しとりあえず、初めての街の探検に出かけることにしました。「旅の楽しいところは探検だよなぁ〜。」と思いぶらぶらしていると、公衆便所発見!これで明日の朝は安心!」それと、ドリンクの自動販売機・・・商店らしきものはありませんでした。宿泊施設(民宿)はあります。料金は、素泊まりで3000円、2食付けると急激に料金は上がり6500円・・・どんな料理が出るか非常に興味はありましたが、今回は宿泊することはありませんでした。やっぱり、おばあさんが民宿のおばあさんの言う事なので、間違いかも知れませんね。穏やかな日にそれも、初めて入港した港であったら、いいところなのかも知れません。






トイレ・自販機・民宿  PHSは通じません
徳島県 日和佐港
11/16 11:30AM 17:20PM 5:50h 12g 19.5M/3.34Nt
 海上気象情報は相変わらず「風警報」がでており、次の目的地、日和佐港行きをどうしようか迷っておりました。2夜連続の船中泊というのも、まだ慣れておらず集落内で見つけた、民宿に料金と空きの有無を聞きに行き、気持ちの上では半分「もう1日待って出港にしようかな・・・」と考えておりました、「功進丸」の係留してある場所に戻ると、仕事を終えた漁師さんがたまたま通りかかり、挨拶をすると「風はもっと強くなるから、島影を回って四国に行った方がいいよ。沖に行けば波もゆるいから・・・。」とのアドバイスをいただきましたが、「注意報ならいいが、警報が出てるときは出るものではないよ・・」との話もどこかで聞いた覚えがあり、どうしたものかと思いながら船内でくつろいでいると、「ガリガリ・・・」と嫌な音、急いで外に出てみると、太陽電池のユニットが岸壁に擦れているではありませんか、そうです、漁師さんの言うとおり風が強くなってきていたのです。このままここに係留していても「功進丸」が傷だらけになることは目に見えておりました。ここは、漁師さんの言うことを信じて、島影を抜けて日和佐港に向けて出港することにしました。港を出ると正面からの風(25ノット位)に加え、今まで体験したことの無い波(2.5m位)があり、機送で沖合い1マイルくらいの地点を目指し、島の裏側に回ったところで、アビームではありましたがジブを上げ、何とか艇も安定しました。とは言え初心者にとっては、座っていられる状況でなくデッキに立ったまま、ただひたすら目的地を目指すこととなりました。フェンダを収納する余裕も無く、この時、フェンダ1個を失ってしまいました。ラダーはオートパイロットが勝手に修正してくれるので大変助かりました。4時間ほど風波の強い状況が続きましたが、本当に突然のように、途中から海は穏やかになり、日和佐港にスムーズに入港することが出来ました。そして、係留場所を物色しながらゆっくりと港内を進む「功進丸」でありました。伊島脱出の激闘?ですっかり体力を使い果たし、いい場所も見つからないまま港の奥まで進んでいると、海上保安庁の巡視艇の後ろに丁度いいスペースがあるではありませんか、「巡視艇のそばだったら、安心!」と思い、断りも無く得意の左舷着岸・係留となりました。青木ヨットのクラブフラッグを燦然となびかせながら、堂々と・・・。今晩は、宿に泊まりたいと思い情報収集のため街を物色することにし、艇を離れることとなりました。翌朝まで無断で係留しましたが、海上保安庁からのおとがめも訪問もありませんでした、きっと青木ヨットのフラッグが利いていたのだと今でも思っています。でも、係留するときは断わってからにしましょう。
伊島港からの数時間は、今でこそやっこいですが、結構きつかったです、お陰で風警報の風がどれくらいかがわかりました。改めてヨットの強さというか柔軟性に優れていることを認識することが出来ました。

日和佐港とは

徒歩5分程の所に「日和佐駅」があり、商店街もあり非常に便利なところであります。ビジネスホテルもあり、給油も出来お勧めの港といえます。今日の出港時のことを思うと、最初の予定通り(最初の計画では、和歌山の次は日和佐だった)日和佐にしておけばよかったと思うのでした。夕飯は、駅前通にあったラーメン屋、おいしいかったです。




宿泊施設・給油・食堂・買い物・コンビニ・巡視艇  駅にも近いのでヨットに飽きたら途中下船もOK!(冗談)
高知県 甲浦港・・・佐喜浜港に変更 11/17 8:10AM 14:30PM 6:20h 0g 27M/4.26Nt
 本当に久しぶりのベットでの目覚め、前夜に目的地を甲浦港から佐喜浜港に変更、目的地変更が吉と出るか凶と出るかはわかりませんが、甲浦港では、航行距離が短く天気のいいうちに、少しでも土佐清水に近づきたかったためです。情報も何も無い港をプロットしたチャートを片手に「功進丸」に乗り込み、穏やかな海の上を、機帆走で5ノットを維持しのんびりとやることも無く、順調に航海は進みました。「まあ、明るいうちに到着できれば、何とかなるよ」・・・その通りでした。四国の海岸近くは、定置網がかなり多く、2マイル沖くらいを航行していないと、いきなり目前にブイの列が現れるので、ワッチだけは確実にしておかないと大変なことになります。海図に魚マークがあるところには必ずありますので、プロットするときには、避けましょう。こんな穏やかなときにこそ、ヨットスクールで学んだ、ベアリングによる自船位置を確認する航法でもやればいいのですが、昨日の今日で、のんびりしたかったのでボケーっとしてしまいました。入港の注意点は、港内の船だまりに行く水路が狭くカーブしているので最徐行で進入してください。港の中も狭いので、必ず漁港に許可を貰って係留してください。めったにヨットが入ってくることが無いような港ですが、海が荒れているときには、波も入ってこないし、風も防げるので、避難港としてはなかなかいいと思います。ただし、夜間の進入には、定置網がありますので、充分注意が必要となります。

佐喜浜港とは

大変小さな漁港の町になります。買い物、食事は問題ありません、給油に関しては、前日の日和佐で行っており確認はしていないのですが、町を歩いた雰囲気では、見当たりませんでした。トイレは、係留場所の反対側にあった、製氷工場のトイレを借りることにしました(徒歩3分)。今日は、太平洋との激闘も無く、汗もかかなかったので、風呂に関することも、宿のことも聞くこともありませんでした。岸壁は、まるっきり漁船用ということで、時間によってはロッククライミングorジャンプが必要です。




買い物・食堂・トイレ その他は不明
高知県 室戸岬港・・・奈半利港に変更 11/18 8:10AM 14:40PM 8:30h 0g 28.2M/3.32Nt
 朝5時30分頃に「ドッドッドッ・・・」と言う漁船の出港するエンジンの音と「功進丸」を揺らす引き波で、嫌でも目が覚めてしまう・・・。今日の天気を確認するため差し板を開けて、天気の確認・・・「今日も穏やかそうな天気だ」。キャビンでコーヒー用のお湯を沸かし、昨日買っておいたパンでささやかな朝食終了!8:10にもやいを解き、またまた室戸岬港から変更した、奈半利港(なはり)に向けてゆっくり、佐喜浜を後にする・・・風もなければ波も無い。あればあったで困り者なのだが、無いと風で走るヨットとしては、楽しくも面白くもありません、今日一日は、ホンダの船外機に頼らないと無理!5ノット走行はキープしなくては・・・。思いは、明日の天気で、午後から雨という事で、今日は早めに着いて、早朝出発しないと、午後から雨が降るとの予報なので、雨の中の航海はスクールでもありましたが、辛い!とは言っても、エンジンなので順調順調!何事も無く、奈半利港に到着は、いいのですが、段々岸壁は高くなりつつあります、九州に着く頃には、どんな事になるのだろう。漁協の方も親切で、水も自由に使ってくださいとのことですが水より、「銭湯か民宿のようなものはないでしょうか?」と聞きますと、「あることはありますが、山の上・・・」との事で、2日間風呂無しの生活に突入!夏場だったら大変ですよ。微妙な臭いがぼちぼちしてきそうです。

奈半利港とは

入港したときは、「何もないぞ!」でしたが、200mくらい歩くと国道が通っており、買い物は何でも出来ます。今日は、早い時間に到着したこともあり、おやつで、ほかほか弁当。他にここで調達したのは、1リットルのポット2個(航行中の揺れるヨットでお湯を沸かすのは非常に危険なので)、これは、出港前にお湯を沸かしておく方がいつでも温かいお湯が使えますからね。港の中は広く、係留場所に困ることはありませんが、岸壁が高いです。公衆トイレもあり、水も使わせていただけますので、不便はありませんが、宿は近くにないので、タクシーを使うしかりません。




買い物・ほかほか弁当・公衆トイレ・給水 食堂・給油施設は不明・山の上に銭湯あり
高知県 高知港・・・宇佐港に変更 11/19 6:30AM 12:30PM 6:00h 11g 28M/4.67Nt
 とにかく今日は午後から雨になることがわっかっていたので、早朝6:30に奈半利港を出港!今にも降り出してきそうな雲を見ながら「何とかもってくれないかなぁ〜」と思いながら、港の沖1マイルくらいに達したとき、「ぽつぽつ・・・」と嫌な音と共に雨が降り出してきました。話が違うよ!午後からのはずなのに・・・。何が辛いって、まず濡れますよね、次に視界が狭くなりますよね、それに楽しくないですよ・・・、目的地を変えたのは、高知港も宇佐港も距離的にはさほど違いはないのですが、重要なあることが違っていたのです。それは、定置網の量です。沿岸沿いに行けば雨でも陸が見えて判り易いのですが、例の定置網を発見するのが遅れてしまう恐れがあり、その点宇佐港は奈半利港から一直線=定置網がない、と言うことで変更しました。雨で視界が悪く海と空の境目もわからず、陸も見えない状況が暫く続きますが、宇佐港のほうがリスクは少ないと判断した結果です。この時の視界は3マイルくらいだった思います。ようやく見えてきた宇佐港の入口、「ここにはマリーナがあるはずだから、浮き桟橋で快適な係留が出来るだろうし、マリーナと言うくらいだから、シャワーはあるはずだよな」と勝手に思い込んで入港したのはいいのですが・・・マリーナと呼ばれるところには、ボートがびっちり係留されており「功進丸」を係留できるスペースは無い・・・仕方なく今迄で一番高いであろう岸壁に一時係留し、漁協に聞いてみることにしました。係留した場所がまた漁協から遠い・・・しかし、漁港の方が非常に優しく、漁協の前に係留してもいいといってくれたので、岸壁から開放され快適な係留が出来ました。おまけに、お風呂まで沸かしていただき2日ぶりにきれいな身体になることが出来ました。今から考えると、よっぽど汚らしかったのでしょうね・・・雨で冷え切った身体もこれで生き返りました、宇佐漁港の皆さん本当にありがとうございました。問題の航海のほうは、波の高さは1mほど風もさほど強くないため、機帆走で終始しました。

宇佐港とは

港内は非常に広く奥行きもあります、港内は非常に穏やかです。ただし岸壁は非常に高い!港の30m後ろに国道が通っております。買い物も近くに2件スーパーがあり、コンビにもあります。ゴミ処理には困りません。食堂もおいしいカツオが食べられます。コインランドリーも徒歩5分ほどのところにあります。スタンドも港内にありますので非常に便利!宿泊は・・・これはまた、山の上でした。トイレは昼間はスーパー、夜はコンビニでOK!宇佐漁協の建物の入口で猫が飼われており、今度行くことがあったらどれくらい大きくなっていることでしょう。宇佐漁協の皆さん本当にお世話になりました。




買い物・食事・トイレ・給油・コインランドリー 宿泊施設は遠い
高知県 四万十・・・窪津漁港に変更 11/20 6:10AM 17:00PM 10:50h 0g 50M/4.62Nt
 ある意味、四国の航海で一番楽しみにしていた、四万十川、そうです清流で名高い四万十川でおいしい鮎でも食べて、温泉にでも浸かって、2日くらい滞在しようか・・・などと考えていたわけですが、何とわかりにくい港でとうとう入港することが出来ませんでした。お陰で、この航海で初めて、朝日と夕日を見る事になってしまいました・・・やれやれ。さて、航海の方といきますか。港の外に朝日が昇り始めようとする頃、「功進丸」で散々お世話になった宇佐港を後にしました。久々にメインセールを揚げての航海のスタート「やっぱりヨットはメインを揚げて何ぼのもんだからなぁ〜」と感慨深く、四国の最重要目的地、下田港(四万十)に向けて順調に進んだのです。3時前には間違いなく下田港に入れるペースでした、ところが、下田港の入口が見つからない、何度も何度もプロットしてはデッキに出て確認するのですが、入口がわからない・・・「間違いなく港の沖にいるはずなのに」そうです、今までどこの港にもあった、赤緑の例のやつが無いのです。そして、とうとう発見!「あそこだ!」しかし、近づいてよく見てみると、狭いのです入口が、しかも浅そう!迷った挙句、まだ日も高いこともあり、またここで座礁するわけにいかないので、冒険を避け、海図を検討した結果、四国の最終目的地「土佐清水港」に近い「窪津漁港」に決定!多分他の港にしても同じような目にあったと思うのですが、定置網の恐怖はこの航海一番でした。窪津港までは2時間ほどで何とか着かないと、日が暮れてしまうので、アビームの風を受けながら、エンジンにも火を入れ6ノット以上のスピードで順調に目的に近づく「功進丸」でありました。窪津漁港沖合い1マイルくらいに差しかかった時、ボチボチメインを下ろして、もう少ししたらジブもたたんでと、いつもの通り入港の準備を終へ、アプローチ体制に入ったとたん、目の前に横たわる「定置網」の行列・・・また行列。岸までびっちり、「入れない!」どうしようかウロウロしていると漁船が近づいてきてなにやら叫んでいる「港に入りたいんかぁ!着いてこいや!」と「功進丸」を先導してくれまして、無事、窪津漁港に入港できましたが、暗くなっていたらと思うと「ゾー」としました。窪津港の入港は南から進入しないと、このような羽目になりますので、注意してください。なんの事はありません、ショートカットしたばかりに・・・

窪津漁港とは

岸壁は例に漏れず、高いです。漁港内は狭いですが、岸壁はあいております。土佐清水港の裏側にあたりますが、商店街も無く漁港だけしかありません、と言うことで食料も給油も無理です。公衆トイレは立派なものがあり、入口を入ると自動的にライトがつく最新式のものです、シャワー設備もありましたが、使っていいものかどうかわからなかったので試してはいません。なにせ、入港時間が遅かったもので・・・。もちろん、PHSのたぐいはつながりません。静かな夜を過ごすには大変いいところです。
情報に間違いがあるとのご指摘をいただきましたので、訂正させていただきます。




公衆トイレ・シャワー・給油(漁協前)・給水・買い物(漁協の道路の向かいに)
高知県 土佐清水港
11/22・23・24 9:15AM 12:30PM 3:15h 10.4g 15M/4.62Nt
 いつものように漁船のエンジンと引き波の揺れで、朝6時にはパッチリと目が覚め、お湯を沸かし熱いコーヒーと宇佐港で買ったパンを食べ、のんびりと次なる目的地「土佐清水港」周辺のチャートを確認しプロットする。「足摺岬かぁ〜」思わずつぶやいてしまう、室戸岬の時もそうですが、岬と言うところは、どうも荒れているイメージがあり、チョット憂鬱なのです。とは言え、土佐清水に着けば2日間の休養が取れるの、頑張らなくてはいけません。気象情報は、前日携帯電話(ドコモ)で確認し「風注意報」が出ていることはしっておりましたが、伊島で「風警報」を乗り切ったこともあり、迷うことなく出航をきめました。窪津漁港沖1マイルほど行ったところで、進路を足摺岬沖に・・・順調、順調、メイン1ポン、フルジブで風注意報がうそのような、航海が足摺岬の手前まで続きました。手前までです。足摺岬を右舷に見る頃、風波が急に強くなり、ヒールもキツクなってきたので、とりあえずメインを2ポンに縮帆し様子を見ることにしました、そんな作業をしている折、「功進丸」の100mほどの波間をイルカが2頭仲良く泳いでおり、しばし見とれておりました、とにかく見るもの全てが初めてですからね。そうこうしている間に、足摺岬沖合い1マイルをキープしつつ、北に変進したのはいいのですが、真正面からの風になりました。タックで切れ上がっていこうかなんて考えは、あっという間に消え、迷わずエンジン点火・・・こんなことをすると、きっと「悪魔校長」はこう言うでしょう・・・「セールで走ってこそヨットです。」と、確かにその通りですが、今は結構辛い状況なのですよ、風は冷たいし強いし(20ノット)、波(2.5m)は高いし、潮も前方からだし、という事ですみません。
見ると、漁船もえらい勢いで港に向かっているではありませんか。俺たちも急ごう!と思っても8馬力の船外機、なかなか進んでくれません。足摺岬沖を進むこと2時間、ようやく、次なる変針点に到達!前回の室戸岬港では、知らぬ間に陸に寄りすぎていた経験を踏まえ、目視?で変身!見事な航跡を残し、土佐清水港目指しまっしぐら・・・と行きたい所だったのですが、漁船が次から次と港目指し戻ってくるので、邪魔にならないよう避けるのが大変!よく見ていると、漁船は、港に真っ直ぐ向かうのでなく、港に向かって左舷にある灯台を目指しており、陸にかなり近づいたところで90°方向に向きを変え入港しているではありませんか、そこで海図の確認をしたところ、水路の両側は岩があり浅くなっていることがわかりました。そこで、「功進丸」も真似をして入港することにしました、引き波をバンバン受けながらゆっくりと・・・。そして、無事入港、いつものように係留場所を物色しながら微速前進していると漁船に乗ったおじさんが「ヤンマーのところに着けな!青い屋根のところ!」と温かい言葉を頂き、土佐清水港の一番奥の岸壁に向かい、着岸しようとすると、オレンジ色のツナギの集団の一人が、「もやい取りますよ!投げてください!」そうです、土佐清水消防署の皆さんが、港でトレーニングしていたのです。消防署の皆さんありがとうございました。

土佐清水港とは

港内は、風も波もなく大変いい環境にです。無いものは無いというくらい何でもありました。宿は、港の目の前にある、「南粋」と言う旅館で、一泊2食付で5500円、ここの料理がまた、おいしくボリュームもあり、2日間助っ人を待つには最高の場所になりました。
艇までも歩いて1分という好立地!初めてマンボウのてんぷらをいただきました、弾力がありおいしかったです。








給油・給水・買い物(スーパー・100均)・銭湯・銀行・旅館(数件あり)・コインランドリー何でもあります。
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  九州プラン
宮崎県 土々呂港
キャンセル
出航直後にプロットのミスにより(実際の距離を倍の距離だと勘違い)した事に気づき、出航時間から算出した到着時間が夜になることがわかり、急遽プロットしなおし、キャンセルすることになりました。寄ってみたかった・・・
宮崎県 宮崎港
キャンセル
油津港も宮崎港もさほど距離が変わらないこともあり、また、強力助っ人の「西リン」もいることもあり、少しでも先に行こうということで宮崎港もキャンセルしました。
宮崎県 油津港
11/25
26・27
23日8:20AM 25日11:30AM 27:10h 20.5g 115M/4.24Nt
 土佐清水港の2日間で、すっかり休養も取れあとは、助っ人「西リン」の、到着を待つばかり。11月23日の昼過ぎ待ちに待った西さんが、大阪から半日かけて土佐清水港に到着!距離の間違いも気づかぬまま夕食を取り、土々呂港まで118マイルということで、丸1日かかるだろうと言うことで、早めに休み翌日の航海に備えるのでした。出航して次なる目的地「土々呂港」に向けて1時間ほどたった頃チャートを見ていた西さんから「距離間違ってない?」との言葉、しかし「そんな事無いよ!」と私、すると、キャビンに入ってコンパス片手に距離を測ってる模様・・・「やっぱり違うよ!自分で測ってみなよ」、そんなことは無いと思いつつチャートを測り直してみると・・・何と距離を倍に測っている事が判明!ここから長〜い、長〜い航海が始まるのです。このままでは、入港時間はどうやっても夜になってしまう、夜の入港は出来るだけしたくなかったので、次なる目的地(宮崎港)までの距離を測りなおし、検討。ここでもいいのだが、早朝には到着する距離、ではその先の油津港ではどうだろうと言うことになり、またまた距離を測りなおすと丁度良くは無いが、まあいい感じではないかと言うことになり、急遽針路を油津港に変更したのです。オーバーナイトの航海を経験済みの西さんと違い初めてのオーバーナイトと言うことで、夕闇迫る豊後水道の様子を楽しむ私でした。2日ぶりの航海と新クルーの西さんが加わったと言うこともあり、本当はワッチのことを考えて、もう交代で仮眠を取っていかなければならないところなのですが、休養充分な身体は、全然眠くない・・・ということで誰も寝ることも無く時は過ぎていくのでした。穏やかだった昼に比べ、日の落ちた海の表情はがらりと変わり、風も波も大きく強くなり、初めてのオーバーナイトをする者の体力を奪っていくのでした。午前2時を過ぎた頃からみんなへばりだし、本来ではありませんが、キャプテンの私から2時間づつ仮眠を取ることになったのです。寝覚めて暫くは寝ぼけた状態で、30分ほどたたないと使い物にならない感じでした。シングルハンドで航海してる人は、30分ごとに目覚ましをかけ、レーダー・デプスメーターに反応があったら起きて確認しながら夜を過ごすらしいが、昼も同じだよね・・・とても今の状態では、そんなことも出来ないと思いながらボケーとワッチに励むのでした。しかし、青木校長が言うには、「思い切り沖を通り寝てしまうのもいいですよ」と言う方法もあるらしく「それは、冒険です!」・・・出来るかな私に。こんな長い時間ヨットに乗るのも初めて、しかし最初の楽しさは無くなり、おやつを食べながらの退屈な時間が過ぎるのをじっと待つと言う感じです。そんな退屈な時間(退屈なくらいの方がいいのがわかるのはもう少しあと)も、朝日と共に終わりを告げる時間になる頃、宮崎港が見えてきました。「やっぱり、宮崎港では近すぎだなぁ」こんな早い時間に入港してもどこも開いてないですからね(船で寝てても良かったかな)。油津港までもあと少しということで気持ちを入れなおし、テキパキと朝ごはんの用意をする皆さんでした。
油津港には順調に入港したのはいいのですが、港内はとても広くどこにとめたらいいのか・・・奥に借り止めし入口左手の漁協に、係留の許可を貰うことにし行ったのはいいのですが、とてつもなく遠い・・・ぐるっと港を一周するようなので、漁協近くに係留しなおし許可を貰いに行きとりあえず係留し、昼ごはんを食べるため近くの海鮮レストランに入り、ようやっと落ち着きを取り戻しました。上陸直後、異常に身体が重く感じました、初めてづくしで緊張と寝不足によるものだと思いますが、西さんも重かったようでした・・・キャプテンがヘッポコですから、しかたありません、反省。食事の帰り街へのアクセス状況を確認、「橋を渡らないといけない模様だな」と西さん、再度漁協に行き街に近い場所に移動してもいいか確認しにいき、旧漁港跡の岸壁だったらいいと許可を貰い、本日3回目の引越し、腹が満たされたら今度は、宿!九州から合流する「梶リン」からのメールで情報を貰っていた「民宿 ふるさと」に電話をし場所を聞くと、港湾事務所の裏手らしい・・・見えてはいるのだがこれまた遠いところにあるではありませんか。とりあえず1日分の着替えを背負ってテクテク民宿まで歩くことに・・・やっぱり遠い。宿に着くと民宿のお母さんが「この間来た人は、この目の前につけてたよ・・・港湾事務所が目の前にあるから聞いてみなさいなぁ」と申しますので、素直に聞きにいきました、結果邪魔にならないようにとめるのならいいですという許可をいただきました。・・・また移動です。しかし、やさしい民宿のお母さんは、車で艇まで送ってくれました。艇に戻ってみると見知らぬ方が「功進丸」をしげしげと眺めているではありませんか、志布志湾で活躍中の森さんです。内之浦港に寄るときは是非お会いしたかった方で、偶然仕事で油津に来ていて、偶然「功進丸」を発見したらしいのです。しばし雑談をし、ここで「梶リン」を待つことになり日程的に内之浦港に行かないことを告げ、屋久島までの注意点を聞き、適切なアドバイスをしていただきました。九州に上がってきた際は宜しくお願いします。と、この航海初めての出会い(ヨットマン)がありました。そして、ヨットは4回目の引越しとなりました。お疲れ様です。ヘトヘトの皆は、郷土料理の甘めのご飯を頂き、グゥーグゥー寝ました・・・
槍付け(トンボ付け)の特訓のお話は、次回安房港のところで、もちろん初登場「梶リン」のお話も・・・

油津港とは

とても広く、必要物資は何でも揃います。岸壁はそこそこ高く、係留できる場所は若干波があります。係留する場所によっては、岸壁の下が窪んでいるため(潮が高いときにはわかりにくい)干潮のときに艇が中に入ってしまう事があるようなので係留場所には注意が必要です。危なくその場所に係留しようとして、海運会社の社長に注意されました。それで、沈んだ船もあるらしいです。危ない、危ない。歴史のある街のようで、ぶらっと街中を散策するのもいいと思います。今回お世話になった「民宿 ふるさと」さんも、土佐清水の旅館もそうですが、風呂が異常に熱く、あとで入る人のことを考えると、水で温度を下げるのも悪いので、相当気合を入れないと湯船に浸かることは出来ません。ボーリング場もあり、クルーとキャプテンの対決も楽しめます。














給油・給水・買い物(スーパー・100均)・ホームセンター・銭湯・銀行・旅館・民宿・ホテル・コインランドリー何でもあります。
鹿児島県 内之浦港
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鹿児島県 種子島 西之表港
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鹿児島県 屋久島 安房港
11/28
29
27日14:30PM 28日11:00AM 21:30h 20g 115M/5.35Nt
 梶リンを待つ間にしなくてはならないことが山ほどある!そんな訳はありませんが、出航前から懸案であった、槍付け(岸壁に対して前方から着岸する方法)をマスターしよう!との西さんの提案で、早速練習と言うことになったのですが、更に高難度のアンカー(錨)を打っての槍付け、(通常マリーナでも漁港でも縦に係留できるようにあらかじめ、アンカーを打ってあり、アンカーから伸びたロープに付いた浮きをたぐって、クリートに引っ掛けて係留するので、都度アンカーを打つことはありません)もちろん、この航海でアンカーを使ったこともありません。所持しているアンカーは2本、バルカンアンカーとダウンフォースアンカー(本物)で、今回使用したのは、バルカンアンカーです。アンカーロープの長さは、50m、「通常アンカーを打つ時は、水深の3〜5倍の長さをアンカーを落とした場所から出すんだよ・・」と、西さんがレクチャー、「はい」と私、しかし水深計があてにならない・・・「大体5mかな・・・」やっぱり・・・。まあそう言う事にして、訓練開始!1回目、艇の長さが8mと言うことは、3挺身前にアンカーを落とせば・・・ピッタリのはずです。1ノットくらいのスピードでアンカー投入!ロープを出しながら舵を切りながら、岸壁に向かう・・・ところが艇速が足りないのか、風に流されあらぬ方向に向かっている、失敗! 2回目、1回目の失敗を踏まえ、艇速を2ノットくらいにし、アンカー投入、今回は順調、岸壁までスターンからみると2mほどになった頃、スターンのクリートにアンカーロープを結んで、バウに行きもやいを西さんめがけて投げるつもりであったが、バウに行ってがっくり・・・3m以上離れていてロープが届くようもたもたロープを束ねているうちに、またまた舳先はあらぬ方向に・・・失敗!こんなことを4,5回繰り返したあと、何とか成功したのか、西さんが嫌になったのかわからないが、訓練終了!この訓練が後日役に立つことになろうとは、思ってもいませんでした。これで、滞在中の一大イベント終了と言うことで、「梶リン」が着く間「何しよう」と言う事になり、朝からボーリング場に行き、2ゲームほどし、あとは市内のスーパーでウインドウショッピングと何をやっているんでしょうね・・・。あとは、「梶リン」の到着を待つのみ!待つこと2日、「梶リン」が到着したらしいので、迎えにスーパーの入口まで出迎えに行くことになりました。誰とは言いませんが、ポツリと「スーツケースで来てないだろうなぁ」・・・
スーパーの入口付近に「梶リン」の姿発見!声をかけると、ピースサインでニコニコ顔、そのすぐ横には、スーツケース・・・まあそういう事もあるでしょう。今度からは、ボストンバッグにしてくださいね。しかし、このスーツケースは見事にバースにはまって動くことはありませんでしたが、寝床を一つ潰してしまいました。その足で昼食を済ませ、身体のなまってきた「梶リン」以外は、早く出航したくてしょうがない感じで、早起きして長時間の旅でクタクタの「梶リン」を気遣うことも無く出航準備をテキパキするのでした。「梶リン」は、ネットで調べてメールで紹介してくれた、民宿に泊まることも無く、過酷なオーバーナイトが待つ屋久島に行くことになりました。安房港までの予定所要時間は、23時間、都井岬沖→志布志湾沖→内之浦をアビームに見ながら変針し黒潮の反流をうまく利用して乗り切る作戦でおりました。「反流をうまく使うのです」との青木先生からのアドバイスでありましたが、「反流は見ることも出来ないよね」と言うと、「反流とは、今までと同じ状態でありながら、プロットしたとき5ノットだったのが7ノットになっていたら、それは反流をつかんだことになるらしいよ、潮流とかリーウェイも計算しなければいけないけどね」と、さすが西さん、うんちくがある。梶リンもそのことは知っており、キャプテンの私は、うすうすは感じておりましたが、うなずく結果になりました。本来はそのようなことを確認しながら航海するのが正しいのでしょうが、なかなか難しいです。こんな事を書くと、大先生に怒られてしまう・・。2度目となるオーバーナイトの航海、今回は前回のミスを犯さないよう、率先して早い時間からキャプテンから仮眠を取り、順次交代をしていきました。都井岬から九州の沿岸伝いにアビームの風を受けながらメインは1ポンジブは8分ほど出して順調な航海は続きました、しかし、志布志湾沖に差しかかったとたん、桜島からの吹き降ろしの風が強くなり、定時のプロットをしてみると知らぬ間に航路を横切り沖へ沖へと流されているではありませんか、これはまずいと言うことで、まず舳先を志布志湾に垂直に立て、メインを2ポンに縮帆、エンジン点火で航路から脱出、航路を出たところで舳先を内之浦に向きなおし、さて一安心・・・「ビュー・・」と言う音と共に「功進丸」は「サー」と急旋回!このときデッキにいたのが、私と西さんなのですが、私は思わず腰が退けてしまいました、西さんも私ほどではありませんでしたが、チョット焦った顔でした。これ以上メインを揚げているのは危険と判断し、降ろすことに事になり、舳先を風上にたて、キャプテン自らメインを下ろしに行くことになりました。揺れまくる状態での格納は何度かありましたが、この時が一番怖かったですね。無事メインを下ろし、ジブを60%ほど出しながら航海を続けることにし、あとは次なる変針点が来るのを、じっと待つことになりました。波はそれほど高くない(2.5m)なのですが、風が強烈で、30ノットくらいはあったのではないかと思います。志布志湾恐るべし!桜島恐るべし!です。そんなこんなで、ようやっと変身点、これからはクウォーターリーの風を受けながらの航海になります。果たして「黒潮」にどれだけ流されるのだろう・・・1時間おきのプロットに注目!変針してから1時間・・・「真っ直ぐだ、これからか」2時間目「まだ真っ直ぐだ」、3時間目「あれ」、4時間目「黒潮のまっただ中だよね」、5時間目「黒潮・・・」、6時間目「なんだぁ」と言う風に黒潮を感じることもなく、黒潮を越えてしまいました・・・たまたまでしょうが、チョット残念でした。しかし、熱いコーヒーを飲みながら海の上で迎える日の出は格別のものがあります。一度経験されることをお勧めします。
長かった航海も屋久島が近づくにつれ終わりに・・・そして、いつもの係留場所探しとなるのですが、港内のいたるところが浅瀬になっており(海の色が明らかに違う)ゆっくり入港し慎重に港内を進まなくてはいけません。漁協の向かいの岸壁に係留する事になりましたが、干満の差が激しく、たまたま干潮の時に入港となったものですから、高い岸壁が一段と高くなっており、どうにも具合が悪く、またこのあとの干潮時にはもっと下がるとの事で、艇が首をつる恐れがあることもあり、油津港で訓練したアンカーを打っての係留にすることになったのはいいのですが、アビームの風が以外に強く恥ずかしながら、3度やり直し何とか何があっても安全な係留をすることが出来ました。なんと言っても一番汗をかくときは、入港時ですからね。下船し宿の物色をし、港に程近い民宿にお世話になることにしました。

安房港とは

入出港時は、浅瀬がありますので注意が必要です。港内は、さほど広くはありません。宿・スーパーは、近くにありますが、ガソリンスタンドは、坂を1キロほど上ったところにあり、日曜日は島内のスタンドが交代で営業しているとの事で、どこが営業しているかは行って見ないとわからないそうです。空港の近くのスタンドは必ず開いています。親切な民宿の主人の車を借りることが出来、ガソリンを楽に補給することが出来ました。一本上の道が屋久島のメインストリートになっておりましたが、坂道が辛いので行くことはありませんでした。












給油・給水・宿・スーパー  メインストリートには何でもあるようです(民宿の主人談)
鹿児島県 奄美大島 名瀬港
11/30・12・1 29日9:45AM 30日13:00PM 27:15h 14.79
g
125M/4.59Nt
 「黒潮の脅威は、まだまだこれからもしれないなぁ〜。トカラ列島からの流れがきっとキツイんだよ」と気持ちを引き締め直し次なる目的地、奄美大島に出航!この頃になると、2.5mの波は普通になっており、ジブのみで順調にトカラ列島沖を見ながらの航海、おかしい・・・ここでも黒潮の影響を感じることがない。まあ、無ければないに越したことはありませんが、どうも、肩透かしを食ったようで物足りない感じです。いつものように日が落ち、風も波も強くなり始めてきました。2時間交代のワッチは、今日で3回目ですが、眠くなる時間はいつも、午前2時過ぎ、セールをいじるでもなく、単調な航海なのでなおさら眠くなります。空の星も、夜光虫も見飽きて、ただただ朝の来るのを待ち望む状態です。そんな単調な空気を引き裂く出来事が・・・すっかり体力を取り戻した、梶リンがおもむろにキャビンに入り何やら取り出してきた模様!取り出してきた物を口に当てこんなメロディーを奏で始めた。「うさぎ追いし かの山〜」そう、「ふるさと」をハーモニカで吹き始めたのです。何事が起きたのか・・・大分体力は快復したといえど、いきなり連日のオーバーナイトにこの風波で、恐らく誰でもヘトヘトになります。梶リンとうとうおかしくなったか?ロマンチックな梶リンなのです。それ以来特に変化もなく航海は続き、朝を迎えまだまだ、奄美大島が見えない、右舷側遠くにトカラ列島の島影がちらほら見えているくらいで、順調に航海は進むのでした。夜明けと共に、いつものように風も波も穏やかになり、コーヒーとパンで簡単な朝食を済ませておりますと、本当に久しぶりに前方から近づいてくる船が・・・グレーの船体、海上保安庁の巡視艇です。「功進丸」との距離100m、近づきもせず、離れるでもなく横をすれ違っていきました。「功進丸」の中にざわめきが起こり、「あれは、双眼鏡で確認していたんだよ、多分」「日本の旗立てておいてよかった」「ここが関所なんだよ」「梶リンのハーモニカを聞きたくて寄ってきたんだよ」・・・これはないでしょうけどね。やっぱり関所は存在するのでしょうかね。
午前9時過ぎ頃になるとようやく、奄美大島の島影が水平線の上に現れ始めてきました。見えてからが非常に時間がかかるのですが、やっぱり島が見えるのは嬉しく、急に元気になってくるものなのです。それから4時間ほどかかり、名瀬港に入港となりました。名瀬港にいつものようにのろのろ入っていき、係留場所を探してはみるのですが、いい場所が見当たらない。港湾案内にある漁港に電話をして、係留できそうな場所を聞いてみるのですが、なにせ、初めての港ですので、建物を探して周りをキョロキョロ・・・多分あそこだろうという事で着けた岸壁だったのですが、どうやら違ったようで漁協の方が車で岸壁まで来て、係留場所を丁寧に教えてくれました。名瀬港に入ってすぐ右手のプレジャーボート用の岸壁があり、開いてるところにとめられるとの事で、早速船を廻すと確かにありました。岸壁も高くなく久々に楽な係留が出来ました。下船し、ペコペコのお腹を満たすべく、早速探索開始!油津港以来のファミリーレストラン「ジョイフル」でのんびり昼食。一番の話題は、ただ今発生中の台風、12月だというのに台風はないでしょう・・・話では、30年ぶりらしいですが、何とか台風が沖縄本島に来るまでに、糸満まで行きたい。4日までには入港したかったのです。助っ人の西さんが大阪に戻らなければならないからと、梶リンの奥さんが、6日に沖縄入りをする予定になっているからです。今日の航海も26時間30分かかり、今度は宿と言うことになりました、係留したところからホテルが見えるのですが、料金がチョット高いこともあり、そこから5分ほど行ったところの素泊まり民宿(2000円)に決定!朝食用に食パンとコーヒーを用意してくれて、なかなか良かったと思います。風呂の方は、ここも熱すぎてシャワーだけになりましたが、根性のある梶リンは湯船に入った模様で、一人真っ赤になって風呂から出てきました。

名瀬港とは

入港に関しては特に注意するようなことはありません。港入口の岸壁の赤灯標を入ったらすぐ右手に係留場所はあります。特に管理してるところは無い様で、基本的に空いてる所に自由に留めてOKですが、岸壁近くにスキューバのサービスをやっている方の建物がありますので、確認だけはした方がいいでしょう。中心地からはチョット離れているのですが、チョット歩けば何でもありますので不便なことはありません。








この港も、歩いて全てのことが出来ます。宿・給油・食事・買い物・公衆トイレ・銀行
鹿児島県 沖永良部島
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鹿児島県 与論島 茶花港
3時間寄港 1日9:50AM 2日7:40AM 21:50h 0g 113M/5.18Nt
 あちこちからの台風接近の連絡、「まだ大丈夫だろう」と思っていたのですが、そうでもなかったようで、結論から先に申せば、茶花は避難港としては無理(台風時は全船陸揚げ)という事で、船台が無いので、本当に心残りでありましたが、与論島を去ることになりました。奄美大島の名瀬港を出発した「功進丸」はいつも通り順調に、与論島の茶花港目指すのでした。この奄美大島が大きい、なかなか奄美大島の島影から抜けることが出来ない、と言うより、抜けない方が波も穏やかで良かったのですがね・・・島影といっても、2.5mの波は当たり前、島影を抜けたとたんに3mに、このたった50cmが曲者なのです。どんな風に曲者かと言うと、丁度いい具合の力のある波になるのです。メインは1ポンジブは60%、アビームからクォーターリーの風で20ノットほどで丁度いい風でした・・・島影までは。島影を抜けて少したつと、前方に徳之島の島影が見え、プロット作業にも力が入らない。見えているということはこんなにも楽なものなのです。しかし、島の大きさはなかなか大きくなることはありませんでした。「功進丸」のスピードは、6ノット以上出ているのですが、別にリーウェイがある訳でも、潮流がある訳でもありません、徳之島が遠いだけです。ここで、与論島到着時間を、午前9時ころに予定していたことお伝えしておきます。そうなんです、順調すぎるのです、日が落ち始めた頃、徳之島沖3マイル沖くらいになり、いつもの夜に突入!黒い影がみるみる高さを増していくのが、はっきりわかる位です。もちろんこの頃には、2ポンに縮帆済みです、あとは、ジブで調整する体制にしておき、これ以上風が強くなったら、メインを畳む予定でおりましたが、茶花港沖まで、うねりは4mを超えていましたが、何とか畳まずにすみました。これが、順調な航海に拍車をかけ、相変わらず6ノット以上のスピードで、このままでは与論島に夜明け前に到着してしまうのは間違いありませんでした。徳之島を半分くらい過ぎた頃、沖永良部島の明かりが、また、遥か遠くに見え始める頃には、ささやかな夕食も終わり、やることも無く、黒い影に怯えつつ、航海は続くのでした。天の川が横たわる夜空は、今まで見たことも無いような輝きで、改めて、星の多さにびっくり!流れ星も見えた人見えなかった人も居たりで、少しは退屈な航海に刺激があります。退屈といっても、周りは4mの波で、大揺れですがね。異常に明るかった沖永良部島を過ぎるころ、なんとなく与論島の灯台の灯りが・・・やっぱり、相当早く到着しそうです、しかし入港は出来ない。と言うのも、もう南の島では当たり前ですが、初体験のリーフが、茶花港の周りにびっちり・・・「リーフがある場合は、夜が明けてから入港するのです。」大先生のお言葉が・・・まあ、何があるか分からないので、早めの到着、夜明けを待っての入港となり、そこからはただひたすら、茶花港の沖合いを行ったり来たりしながら、なかなか明けない夜明けを待っておりました。その時の夜明けのときの写真が右にあるものです。「功進丸登山隊」も一斉に振り向くほどの素晴らしいものでした。本物の登山隊でもこんなのは、なかなか見れないでしょう。ようやっと、太陽も昇り入港の運びになったのですが、明らかに海の色が違う!港に近づくとなおさら、ご存知のエメラルドグリーン・・・綺麗だ!では無くって、浅そうだぁ〜。西リンがすかさずバウに立ち、手で行く方向を指し示し、ゆっくりと茶花港に入港していくのでした。入港していつものように、係留地探し、漁協の反対側に丁度いい岸壁があり、とりあえず係留し、漁協に許可を頂きにいき、一発OKをもらい、「さて朝食」と言うことになり、街をぶらぶら・・・しかし、こんな早い時間に開いてる食堂も無く、仕方なくミニスーパーでお弁当を買って、漁港の隣にある砂浜(多分有名なところのはず)で、やっと、南の島に来たと言う雰囲気に浸りながら、冷たい弁当を美味しく頂くのでした。こんなに早く着いたのだから、今日はのんびり出来るはずであったのですが、楽しい食事も終わり、仮眠でも取ろうと「功進丸」に戻って、うとうとしていると、何やら外で、西リンの話し声が・・・どうやら台風がやばいらしく、チャートが必要な模様で、急いで(裸足で)チャート片手に岸壁に飛び出してみると、与論島でヨットを楽しんでいられる方(多分、ヨロン少年さん、少年ではないが)が、台風が接近してきているので、早いところ沖縄本島に避難した方がいいと、言っているではありませんか。「たった今与論島に着いたばかりなのに・・・」と思いながらも、話を聞くと、「これから波も風も強くなるばかりだし、船台があまっていれば貸してあげるのだけれど、あまってないんだよ」と、ありがたい言葉を頂いたのです。お名前を聞くのを忘れてしまい、大変申し訳ありませんでした、また寄らせて頂きたいと思いますが、このお方、一緒にいた友達の話だと、デッキを洗いながら走るのが得意なようで、一緒には走りたくないよなぁ〜。見たいけど。親切に沖縄本島の避難港までの航行の仕方まで教えていただき、本当にありがとうございました。たった3時間の滞在になってしまいましたが、必ず寄ってみたいところでした。最後に、こんなことを言われました、「与論と辺戸岬(沖縄本島の北の岬)の間、半分まではそれほどでもないけれど、半分過ぎると今日は、波が4〜5mはあるよ。」とニッコリ・・・4mだったらそんなにびっくりするような波でもないが、5mとなると未体験ゾーンになるので、かなりやばい!台風は近づいているとはいえ、まだ遠くなので波にまだ力が無いことを祈りながら、お見送りつきの出航になりました。また寄らせていただきます・・・と思いながら、沖縄本島をいやいや目指すことになりました。
・・・そして、この航海最大の波に遭遇することになるのです。言われたとおり半分過ぎた頃からジワジワと・・・

茶花港とは・・・

入出航に関しては、注意が必要です、必ず明るいときに入港してください。港の近くにこんな看板がありました(チョット違うかも知れませんが)「ヨットで来る人は、色々な情報をくれたり、お金も落としてくれるので、親切にしましょう!」まったくもって残念です、宿泊できなくて、こんな看板見たら奮発しちゃいますよね。港の後ろには何でもあります。一番のお勧めは、島の人と綺麗な海ですかね。おもちゃ箱のような島という印象でした。








未調査に付き・・・でも何でもありそうです。
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  沖縄プラン
沖縄県 伊江島・・・運天港(名護市)変更 12/2・3・4・5 2日10:00AM 2日15:50AM 5:50h 0g 34M/5.83Nt
 「後半から波は高くなる・・・」おっしゃる通り、ただただ見とれるばかりの波が次々と「功進丸」の後ろから襲い掛かってくるのでした。最高速13.5ノット・・・もちろん波の天辺から滑り降りた結果の数字です。次の瞬間には2ノット位まで落ちますけどね。こんな時は何をやっても無駄ですが、横波だけは受けないように気をつけておりましたが、優秀なヘルムスマンが見事な操縦をしてくれるので何もすることも無く、またまた、暇を持て余してしまうのでした。波間に見えては消える与論島と沖縄本島、風がそれほどの強さでなかったので、何とか辺戸岬沖に辿り着き、避難港「運天港」を目指していくのです。さすがに島影に入ると波の高さも3mほどになり、初めて見るヤンバルの森を堪能できました。運天港への入港は、教科書にあるのと同じ航路標識が見事に並んでおり、妙なことでしたが、感動しました。この運天港と一口に申しますが、ここの港(屋我地島と本島の間の水路全般)とてつもなく奥行きがあります。奥に入れば4方を山に囲まれているので、台風が来ても安全なのです。今回お世話になった係留先は、港内に入って1マイルほど入った、「運天原(うんてんばる)」という所で、真鯛の養殖生簀があるところで、釣りをしていた人たちにどいてもらい、係留していたのですが、台風も近づき、「功進丸」が岸壁に打ち付けられて来たので、アンカーを打って係留しなおそうとしておりましたら、「アンカーはうつなぁ〜」と言われてしまったのです。このあたりは、海底にロープが相当沈んでいるらしく、入れたらロープにアンカーが引っかかってあがらなくなるようで、危ないところでした・・・といっても実は、注意される前にアンカーを落としたのですが、ラッキーなことにアンカーが効かず、再度チャレンジしていたときのことでした、危ないところでした。さて、それではどうしようかと考えていると、30mほど沖に浮きがあり、「そこに繋だらいいさ〜」と言われましたが、どうやって陸に・・・ご安心下さい、漁師さんのお迎え付でした、これで「功進丸」も浮きを中心にぐるぐる回るだけで安心!運天原の漁師さんありがとうございました。
実は、こんな安全な係留をする前に大変なことがありました。それは、いつものように係留場所を探しながら運天港の中をうろうろ、入ってすぐの漁港に仮付けをしてみたのですが、どこも空いていないようなので、港湾事務所のほうにどこか係留できる場所は無いものかと聞きに言ったのですが、指定されたところは、入港時「あそこだけは留めたくないなぁ〜」と思っていた場所で、吹き溜まりでいやらしい三角波が立っており、コの字型になっており、「功進丸」の2挺身ほどのスペースしかなく、岸壁に向かっての風で一度入ったら、果たして離岸できるかどうか実に微妙な感じのところで、後日運天港が、非常に奥行きがある港だと知っていたら、そんなところに係留しようと思わなかったと思います。意を決して、三角波の立つ岸壁にアンカーを入れて突入!やっぱり、係留できるような場所ではありませんでした。フェンダを前方に移動させ、エンジン全開の後進離岸・・・突入から3分、やっとの思いで離岸できたのですが、アンカーが抜けない・・・とりあえず、ロープを岸壁に投げ、陸から外そうとしましたが、大人2人で引っ張っても抜けない、見かねた親切な漁師さんが、車を岸壁に近づけ、車で引っ張り何とか取ることが出来ました。「西リンにアンカー結んでおいて貰って良かった・・・」と思う私でした。というのも、錨結びが私は出来なかった(忘れている)ので、きっと、私が結んだものだったら、錨は海底に寄付することになっていたでしょう。岸壁は野次馬でいっぱい・・・「どこから来たの・・・」「どこまでいくのかぁ〜」と、丁度漁師さんたちが漁から帰ってくる時間だったらしく、楽しいひと時でした?最終的には、お巡りさんまで来て、とんだドタバタになっていたのでした。和歌山の伊島以来久々に「功進丸」に傷ができてしまいました・・・。まあ、しょうがないね。
何度も言うようですが、この運天港は、奥行きが非常にありますので、水深(作業船も入っていけますが、浅いところもあるので注意)に気をつけて奥のほうに行けば、こんなことにならないと思います。
ここで、西リンとはお別れになるのですが、あとで思うと、翌日だったら糸満までいったとしても問題は無かったようにおもいます。しかし、何があるか分からないのが海ですから、正しかったと思います。今までお世話になった西リンを名護のバスターミナルまで送り、出航前日の晩餐(レトルトカレー)の最中、地元の方が、泡盛の一升瓶を片手にドカドカと「功進丸」船内に・・・「出航するなら風呂に入って行きなさい・・・」との温かい言葉、有難くご馳走になり、おまけに、今まで見たことも無いような花まで頂きました。

運天港とは・・・

ここは、係留する場所でかなり違いがあります。入港して右側は、「今帰仁村(なきじんそん)」で左側は、「屋我地島(やがじ)」になります。今回係留したのは、屋我地島側だったのですが、目と鼻の先にある今帰仁に行くには、橋を超えなければなりません。初日の宿泊地は、悲しいかな今帰仁の民宿に決めたのですが、何も知らない私たちは、民宿の主人に迎えに来てくださいとお願いしたのですが、今帰仁側の運天港に行ったらしく、結局迎えは来なく、仕方なくタクシーを頼んだのですが、、タクシー会社の人も分からないようで、ベテランの運転手がかろうじて分かり迎えに来てくれたのはいいのですが、今帰仁の民宿まで27kmもあり、「あ〜ぁ」でした。料金の方は、3090円でしたが、行きも帰りも90円サービスしてくれました。2日目以降は、屋我地島にある民宿「屋我地荘」にお世話になりました。買い物は近くに商店があります。給油に関しては、機送があまり無かったので給油はせず、次の糸満での給油にすることにしました。






宿泊・買い物・お風呂(運がよければ)・美ら海水族館(レンタカーで)  とてもいいところです
沖縄県 糸満港
12/6・7・8 6日6:00AM 16;30PM 10:30h 25.86g 57M/5.43Nt
 台風の避難で4日間、十分過ぎる休養も取れ、いよいよ悪魔校長の第2のアジトである「糸満港」に向かうこととなりました。昨日をお風呂まで頂いた上地さんが、早朝にわざわざ「ゆし豆腐」を持って見送りに来て頂きました。「あちこちお店を回ったけど、どこも開いていなかったさぁ〜、豆腐屋だけは開いてたから買ってきたさぁ〜。気をつけて行きなさい・・・。」本当に出来たてのほかほかで、後ほど美味しくいただきました。そんな温かいおもてなしを受けた運天港を後に、気力体力十分の「梶リン」がキャプテンを押しのけテキパキと「功進丸」を沖へ沖へと進めるのでした・・・。青木ヨットの「CON」と言う座学や「BCC」「ACC」と言う沖縄の海を走るコースで有名な「伊江島」が左舷に見えてくると「キャプテンあれが青木ヨットで有名な伊江島ですわ。尖がり帽子のような形やね」青木ヨットで言えば、小学校卒業程度の学力の二人ですし、私キャプテンに至っては、「CON」落第ですからね。この「CON」と言うスクールの内容ですが、ベアリング(コンパスで目標物の方位を測る)により自船の位置を知る方法を学ぶものなのですが、潮流やリーウェイ(風で流されること)を加味した上で求めるもので、それを求めることにより進行方向を修正し目的地に最短距離で到着しようというものなのです。同じような感じで走行していても、艇の位置が左右にぶれる、或いは早かったり遅かったりする場合は、潮の流れか風が影響していることになる訳で、それがどういう風に影響しているかを知らないと、この航海を通じて大変危険な事だと認識できましたので、合格、落第はともかく、その概念だけは知っておくべきことだと思います。船舶試験でも出ますが、実際はもっと複雑です、しかし、諸先輩方の言うほど難しいものでもありません。沖合い1マイル以上を航行していればそんな慌てるような状況にはなりませんから、ゆっくり対処できます。「梶リン」も初回の講習のときは私同様、不合格(梶リンは2回目で合格)でしたからね。ちなみに2人のASAのヨットスクールの資格は、「BKB」で、下から2番目になり、せいぜい「小学校卒業」程度です。それで、沖縄まで来れてしまうのは「青木ヨットスクール」が優秀なのか・・・われわれが優秀なのか・・・悪魔校長の笑う顔が浮かんでは消えながら順調にアビームの風を受けながら、残波岬沖を目指す「功進丸」と乗組員でした。そして何事も無く進んでおりましたが、「イヤ〜な予感」がするので、すかさずプロットをしに、キャビンに駆け込む私、「リーフのど真ん中を走ってる・・・」ではありませんか。「リーフの中を走ってるよ!」と梶リンに伝えて修正を促す、「キャプテン3度修正しました。」の報告、チョットチョット3度ばかり修正してもダメでしょう、「20度修正してください」と指示、驚いたような顔をしながら20度修正した梶リンでした。気持ちのいいセーリングだったので岸に近づきすぎたためと思います。この航海の最初の頃は、梶リン同様小さな修正をしておりましたが、これが意外と後手後手に回る状況になることが多かったので、途中から修正するときは大きく修正し始めたら、逆にスムーズな航行が出来るようになったので特に沿岸付近を航行するときは、そうするようになりました。そして、またまた青木ヨットで有名な「残波岬灯台」を左舷に見ながら、「あれやね、残波岬灯台は・・・」と梶リンがつぶやくのでした。相当うらみでもありそうです・・・恐るべし「青木ヨットスクール」トラウマを残すことは。
那覇港を左舷に見ながら航行していると、上空を海上保安庁の警戒機がぐるぐる旋回しているではありませんか・・・「功進丸」の沖合いを怪しげな漁船が走っており「はは〜ん、あの漁船だな」と梶リン「真っ白で怪しいよね」と私、しかしそれも、その怪しげな漁船が近づいてきて解決することになりました。双眼鏡片手に颯爽とデッキに立ち不審船を見る梶リン・・・「船籍も船体番号もちゃんとあるなぁ〜、あれは不審船じゃぁないですね」と言うことは・・・そうです、不審船だったのは、日の丸の旗を揚げている「功進丸」だったのです。確かにね、こんな時季にヨットで那覇港沖をウロウロしてるほうが不審でしょうがね。旋廻すること20回、ようやっと確認が取れたのかどうかはわかりませんが、「功進丸」上空を離れていきました。やれやれ・・・
那覇港沖を過ぎる頃には、風が弱くなりエンジンに火をいれる事になりました。糸満漁港の岸壁が見え始める頃には、4時くらいになっており、大城造船の大城さんに電話で入港を伝え入港していくのでした、係留場所は、青木ヨットのスクール艇が係留してあるところに係留することになったのですが、ひょんな拍子に係留用のロープが「功進丸」のキールの下に入ってしまい、出るに出られない状況になる始末で、悪魔校長の最後の罠にまんまとはまってしまったのです。ロープと格闘すること1時間、結局用意された場所には係留できず、違う岸壁に得意の「左舷付け」で係留し糸満上陸を果たすことが出来ました。
「大城造船」の大城さんに引き続き「風水舎」の崎山さんも出迎えに来ていただきまして、ひとしきり話をし、宿の方に向かうことになりました、宿に荷物を置き夕飯と言うことになり、糸満漁港の裏にある「元気丸」で夕食を取り爆酔!本来はここ糸満でゆっくり「功進丸」の整備とかをする予定でありましたが、そもそも新艇でそんな不具合箇所も無く1日メンテで済むことになり、2日間の滞在となりました。「梶リン」と「梶リンの奥さん」は、首里城、玉泉洞に観光に向かうのでした、いってらっしゃい〜。残った私たちは、「功進丸」の掃除をしたり、給油をしたり、大城さんのお手伝いをしたり、朝から晩まで働くこととなりました。そんな働き者のわれわれを見て不憫に思ったのかどうかはわかりませんが、「風水舎」の崎山さんが、功進丸にいる私たちの元を訪れ、「お風呂のあるところに連れて行ってあげるから、もう少ししたら迎えに来るよ」と温かいお言葉をかけてくれました。お言葉に甘えて着替えの準備をし糸満の「スポーツロッジ」のスーパー銭湯に・・・たっぷりの入浴時間をもらい、の〜んびり入浴。再び車で迎えに来てくれ、今度は、夕食という事で、大城さんも交えて、昨日の「元気丸」とは大違いのイタリア料理をご馳走になりました。とても、あの悪魔の知り合いの方とは思えません・・・お世話になりました。その時、明日食べるように渡されたのが、右の写真のものです。美味しく頂かせていただきました。宜野湾で「功進丸」と同じ信天翁(あほうどり)にのっておられる「名城さん」にもお会いでき、是非もう一度寄りたい港になりました。糸満港は航路も広く、セールを揚げて入出航出来る数少ない港であります、船具の店も無いものが無いくらい充実しており、トラブルが発生したらここに寄れば大丈夫です。

糸満港とは

ただ今、風水舎の崎山さんや青木校長監修の元マリーナを整備中です。浮き桟橋を備えたマリーナが早く完成することを望みます。宿泊施設は、2箇所あり、素泊まり「いちまん」「スポーツロッジ」で係留場所ににもよりますが、少し歩きます。修理等は大城造船さん、青木校長曰く「何でも治してくれます。」098-992-5577と言うくらい、頼りになりますし、優しい方でした。








宿泊・買い物・船具・修理・給油   近くに(車で)美味しいソバ屋があるそうなのですが、今回は行けませんでした。
沖縄県 座間味
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沖縄県 久米島
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沖縄県宮古島
平良港&久松漁港
12/9・10・11 8日7:00AM 9日18:30PM 36:30h 28.54g 168M/4.60Nt
12月8・9日
出航前日に夕食とお土産のさつま揚げにご飯が入ったおにぎりを頂き、夜明けと共に糸満港を宮古島目指し順調な航海が始まりました。6時間あまりで行程の3分の1の距離まで進み「このままでは早く着きすぎるなぁ」と思っておりました・・・日が暮れるまでは。日没と共に波も風も強くなりだし、明るいうちにメインセールをたたんで良かったと思っておりました。時間をおうごとに風も波も一段と強くなり、ジブセールの大きさも風呂敷ほどであるにもかかわらず、12,5ノットを記録し、潮流もきつくなりもの凄い勢いで流される始末になってきました。丁度沖縄本島と宮古島の中間地点、空には雲が垂れ込め真っ暗な中海図にGPSで得た緯度・軽度を落としては「全然進んでない!」状況に愕然とするばかりでした。この時期は、夜に干潮を迎えるのですが、海岸だけでなく外洋はもっと干満の差があるようで、南に北にあっという間に流されますから気をつけてください。後日、石垣のセーラーにそんな話をしたところ、経験豊富な彼らでさえ、宮古・本島間の潮流には手を焼くとの事でした。迷走すること6時間・・・これがそのまま到着時間に影響を与えました、予定では30時間だったのに・・・37時間かかるとは。そんな中でもいいことがありました、船のデッキに魚が2匹飛び乗ってきました「とっても縁起のいいことよ。」と宮古島の漁師さん達の話でした。しかし、最後の横波を受けたときに、ポケットナビが流れてしまいました。丁度速力が落ちていたのでかなり強烈なものでした。「ドカーン」と言う音に飛び起きハッチから見た景色は海が見えてましたから(寝ていました)何事かと思いました。その時、「梶リン」もデッキで寝ていた模様で目をパチクリしており、「殺される〜」と思ったものでした・・・風を受けて走っているときの波はさほど怖くは無いのですが、風を受けてないときの波は本当に怖いものです。ワッチは辛いけど、頑張って起きていましょうね。実際、あの睡魔はどうしようもないものがあり、どんなにゆれていようが、風がピューピュー吹いていようが、まぶたがグーッと重くなってくるのです。しかし、くれぐれも外洋の潮流を甘く見ないほうがいいです
なかなか見えない宮古島(平らだから)最初に見えたのは、大神島、またそこからが非常に長かったです。大神島に引き続き池間島が見えてきてはいるのですが、その前に横たわる八重干潟がとてつもなく大きい!八重干潟の外をまわらず、「池間島と宮古島との間を抜けようか」という、梶リンの過激な意見もありましたが、今回は本船も通るコースになったわけですが、確かに非常に大回りなコースとなります。おおよそ20マイルは違うのではないでしょうか?前半のペースからは想像できないほどの時間をかけやっとの思いで辿り着いた平良港、まだ、日があることだし久松漁港に向かってはみたが、チャートを見ながら灯漂を探しながらそろそろと進んで、チョット先に、多分あれが久松漁港に入るための灯漂と思われるものを発見!したのはいいのですが、性格でしょうかね・・・本の10m手前をショートカット!ショートカットしたのはいいのですが、砂に混じって岩があちこちに透き通った海面から見えるではありませんか・・・「砂だったらまだいいけど、岩はまずいよなぁ〜」などと思いながら、超微速で進む「功進丸」、危険ないわば地帯を何とか切り抜け、砂だけのエリアに到着、目前には何やらブイらしきもの「あそこが水路かもしれないね」と梶リン、そうかもしれないと思いつつ「功進丸」を進める私、第1回目の「ズズ〜」功進丸のバラスとが砂地をこする音、「やばい!」と思いながらも目前の航路?を目指しアクセルを開ける・・・脱出成功!そして、第2回目の「ズズー」航路らしきものまであと2mと言うこともありまたまたアクセルを開ける・・・しかし全然進まない、それどころかバラストを中心に左右にゆれる始末になり、はてどうしようかと悩んだ末に、バック全回!!海底の砂を巻き上げて、ようやく脱出成功!慎重にUターンをし元来た方向に向かって引き返すことになりました。航路ブイだと思っていたものは、漁の仕掛けでありました・・・危ない危ない。「功進丸」の喫水は1.2mと浅いので、その時の水深は1.2mくらいという事で、最悪私キャプテンが海に入り艇を押せば「功進丸」も軽くなり少し浮くことになりらくらく脱出できた事になります。という事で水路が発見できず危うく座礁する羽目になりそうになりました。満潮でありましたがかえって、干潮のときの方が水路がわかりやすいので良いかもしれません。
最後の締めは、航路を外れて向かってきたフェリーが「左旋廻」して危うく正面衝突!になりそうになりました。「功進丸」はルール通り右旋回していたからたまったものではありませんでした。でも、フェリーのドリフトは凄かった!!荷川取(にかどり)港に到着したのは、夕日がもうすぐ伊良部島に落ちる寸前の時間になっておりました。当日の宿泊は、平良漁港の近くにある長浜さんの経営する「素泊まり民宿 なが浜」になりました。翌日、長浜さんの漁船「たか丸」に先導され念願の久松漁港に入港することが出来ました。乗船員からの罵声を浴びながらの厳しい入港となりましたが、大変満足です。

平良港荷川取漁港とは・・・

平良港の北側に位置しており、ヨットも数隻係留しており、発見するのはそんなに難しくはありませんが、身近に目の前を通り過ぎた不届きな「梶リン」がいます。宮古出航前日、深夜出航になるので昼間、久松から荷川取に「功進丸」を移動することになり、移動をお願いしたのですが、岸壁で待つ私の目の前を横切って陸地の方に行ってしまったのです・・・なぜに?それはともかく、干満の差が激しいので、干潮時のロープの張り方には注意が必要です。係留していて沈することになります。市街地にも近く、何でも揃います。おととしの台風でヨットの数は減っておりますが、「功進丸」も係留しておりますので是非寄ってください。

久松漁港とは・・・

ご存知?久松五勇士顕彰碑のある漁港です。港内は比較的広く、すぐ外がリーフと言うこともあり、穏やかなところです。入港に関しては、水路が狭い(20m幅)くらいしかありませんので注意が必要です。「功進丸」のように満潮時の入港は地元漁師さんの先導がないと非常に危険です。干潮時であれば水路がはっきり見えますので比較的楽に入港できます。干潮時の水深は、3mあります。市街地からは若干遠いですが、必要物資は全て揃います。こちらに係留する場合もご連絡ください。




給油・給水・宿泊・整備・船具何でもあります。
沖縄県石垣島 石垣港 新川
12/13・14・15 12日0:00 13日16:40PM 16:40h 26.60g 85.7M/5.14Nt
112月12・13日
17時間(5ノット)と言うことで、出航時間は午前0時、事前に久松漁港から平良港に移動しての出航となりました。なんと言っても日の落ちた後のリーフは走れませんからね。悪魔の「夜にリーフに入ってはいけません」の言葉どおりで、浮漂があるとは言え、水路は20〜30mの幅しかありません、無理は禁物です。これまた順調に航海は進み、多良間島を左手に見る頃には朝を迎え、久しぶりにフルメインセール・フルジブで気持ちよく走る「功進丸」でしたが、そんな至福のときも長くは続かず30分ほどでまたまた、風波が急に強くなり縮帆しようかたたもうか悩んだ末たたみました、この判断は幸運なことに正解でした!直後に風は、30ノット(15m)くらいになりましたから、帆をたたむのは大変な作業になったと思います。それから、石垣港に着くまで風は、小さくなることはなく、乗務員全員海水シャワーを浴びまくり、もう笑うしかありませんでした。石垣港入港は、今までで一番神経を使う港で、暴走族のような観光船が3艇同時に出てきたり、本船はバンバン来るは、後ろからは海上保安庁の巡視艇が何か叫びながら近づいてくるはで最後の難関でした。巡視艇が何を叫んでいたのかというと「帆を閉まってください」なのですが、我が「功進丸」はジブを縮帆しており、ましてまだ港の外、「おいおい、チョット違うだろ!」と思ってはみたものの、逆らっても勝ち目は無いので素直にジブをしまい暴走観光船の間をぬって係留地を目指したのでした。係留地には石垣のヨットマンが桟橋で手を振ってのお出迎えをしていただき、感慨ひとしおでした。
2月14・15日
ここまでお世話になった「功進丸」のお掃除、整備にだらだらと過ごし、夜には、栗さんの経営する「TANIWHA」で石垣のヨット仲間と乾杯!15日に石垣を去る「梶リン」と募る話に花を咲かせ、替わりに再登場する「西リン」との出会いを心待ちに、宮古へののぼりの航海をどうしたものかとあれやこれや話をしておりました。宮古から石垣に来るときの波と風を思い出し、来年の4月頃まで石垣に係留しておくことも考えましたが、「西リン」の燃え盛るやる気を消すことは難しいのではないかと思い、「鳩間島」クルーズでごまかせるかなぁとの甘い策略をたてましたが、本日「西リン」到着であっさりボツになりました。宮古島ダイレクトは非常に大変そうなので、多良間島経由で上ることに落ち着きましたが、「西リン」は宮古・石垣間の大変さを知らないのですよ。気象情報は、波は2m、風は8m、風向は北のち北東、ラッキーなことに非常に穏やかな条件で出航できそうです。ラリホーの呪文に弱い「梶リン」は、本島で首里城観光に公設市場で美味しい料理を食べていると言うのに、向かい風に向かって朝から揺られるかと思うと、結構憂鬱なのです・・・
台風も下のほうでちらちらしているし、ゆっくりも出来ないよね。

石垣港とは・・・

とにかく、入出航の時は、気をつけましょう。出入り口が狭い上高速観光船がレースをやっているような勢いで出入りしています。航路上に検疫錨地があるので本船がど〜んと停泊しています。ヨットが係留してあるポンツーンには誰か必ずいますので、心強いです。西表・黒島・波照間・与那国に向かうときは是非寄って頂きたいと思います。とってもフレンドリーなヨットマンたちばかりなので、「石垣まで来てよかった」と思うことでしょう。








給油・給水・宿泊・整備  石垣市街地の近くにあるので何でもOKです。
  裏ステージ
沖縄県多良間島 普天間港
12/16 16日6:15AM 15:45PM 9:30h 0g 38.3M/4.03Nt
12月16日
今頃「梶リン」は首里城の首礼の門で琉球衣装を身にまとい記念撮影をしている頃かなぁ〜などと思いながら、帰って来た「西リン」とともに石垣港を後にした・・・と言っても早朝だからまだ寝ているかぁ〜。石垣港を入港時は上から入ったのですが、出港は下から出ることになったのですが、その航路に橋(スターゲートブリッジ?)があることも知らず、それはそれは細い航路を進む「功進丸」でした。「通れそうか?」「マストまでの高さは?」こんな会話を交わしながら橋に近づいていきました・・・なんと言っても桁下11m!ドキドキはらはらの橋脚通過・・・幸いなことに24fの「功進丸」は無事通過できましたが、30f以上のヨットでは、チョット難しそうです。この橋脚を通過しようとしたら喫水からマストの先までの長さを調べておく必要があります。しかし、この航路を通ると上を回るより最低15マイルは短い距離で多良間・宮古に向かうことが出来ます。
多良間への航海は多少波は高かったものの予定通りの時間に到着!しかし、これからが大変でした、普天間港近辺には何も無く集落まで3kmはあるし、フェリーターミナルもフェリーがドッグ入りしており閉まった状態、おまけに漁船もこれから波が高くなると言うことで、港湾案内にも無い新しい漁港に避難中!さて困ったと言うことで、仕方なく送迎ありの民宿は無いか聞くため多良間村役場に電話。港湾課のお名前は忘れましたが、大変親切な方が役場の車で迎えに来てくれ、おまけに島内観光までしていただき本当に助かりました。
航海のほうは、向かい風に向かって進むこととなり、「青木ヨット」卒業生の人間としては、タックしていくのが当たり前のはずですが、お互いそんな事言い出すことも無く3分の2くらい過ぎた頃「ヨットしようか?」との西リンの言葉でつかの間のクローズドホールドで走行!デッドランに近い状態のクローズドホールドはかなり厳しいものがありましたが、とても楽しい時間となりました。普天間港は航路が非常に狭く満潮時には岩が見えないので出来るだけ航路の真ん中を進むことをお勧めします。
とにかく海の透明度は抜群で、透明すぎて魚が少ないくらいらしいです。出会う島の方は、「こんばんは」とか必ず挨拶をしてくるのです。とても気持ちのいい島です。

普天間港とは・・・

満潮時に入港の際は、特に注意が必要だと思われます。満潮時には航路の真ん中を進んでください。干潮時に出航しましたが、見事なまでの岩が両側にありました。港内も浅瀬がありますので注意が必要です。フェリーが入港する港ですが、町からは離れております。「功進丸」入港時は、フェリー多良間がドッグ入りしており、ターミナルのある建物もしまっておりましたが、今は、通常通り就航していますので、フェリーが着く日であれば開いていると思います。普天間港をもう少し西に行ったところに新しい漁港が出来ており、港内は波も無いくらい穏やかで、荒れた天候の日にはこちらの方が係留するには良いと思います。






宿泊・給油・給水・買い物  普天間港とは反対側に集落があるので注意!
沖縄県宮古島 平良港 荷川取 
12/17 7:00AM 14:00PM 7:00h 36.2M/5.17Nt
12月18日
多良間島から宮古島までの航海は、波も穏やかで快適なものでした。入港は、伊良部島を大回りするルートでなく伊良部と池間島の間を抜けるルートで、灯浮標がなかなか発見できず苦労したくらいのものでした。宮古島には今年度中にくし型桟橋が完成する予定になっており、完成の暁には非常に快適な環境になると思います。今回の航海で得られた経験はすばらしいものでした。いいことも多かったのですが、嫌なことも多く、今後沖縄を目指して来る方の参考になればと思います。順次詳しいお話をしていきたと思います。今回の航海で大変お世話になった、青木先生(悪魔校長)、青木ヨットのスタッフの皆さん、田尻マリーナの皆さん、糸満の崎山さん、大城さん、石垣港の皆さん、宮古島在住の皆さん、そして、姫、西リン、梶リン&チョコビー、ご協力有難うございました。
第2章の計画は未定ですが、今度はチョットチョットのんびりとした航海を計画したいと思います。


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不敵な笑いを浮かべ前方を見る「西リン」彼の見据える先には何があるのでしょうか?きっと「梶リン」のいる首里城かもしれない。写真ではわからないと思うが、顔中塩だらけ!!
多良間島も宮島同様まっ平らな島・・・何と言っても海抜30m。島にかなり近づかないとわかりません。出会う島の人は、必ず挨拶をしてくるとってもいい島です。海の水は見事に透明!透明すぎてプランクトンが発生しないので魚が少ないそうです・・・微妙ですよね。
石垣港に係留中の「功進丸」です。「TIEDA」さんに横付けさせていただいております。まるでコバンザメ状態です。石垣のヨットはみんな大きい、それに隠された秘密がいっぱいですよ。 「TANIWHA」(タニファ)で信天翁後援会会長の「中村氏」に頂いたワインで乾杯させていただきました。大先生からの祝電は未だ届かず・・・
久松漁港に停泊中の「功進丸」11日に宮古島に到着したものの、浅瀬と夕暮れに阻まれ、翌日の係留となりました。 民宿「なが浜」も経営する長浜さんの「たか丸」に先導されて久松漁港に向かう「功進丸」。水路は非常に狭く、満潮時には見えにくいので、干潮のときの方が安全です。
岸壁から離れた沖に係留されている「功進丸」近づけない・・・
運天漁港の奥にある真鯛の養殖生簀のそばに係留、アンカーはロープが一杯海底にあるので落とすことが出来ませんでした、漁港の御好意によりもやいをお借りしております、行き来は漁師さんがボートで送ってくれます。沖縄の漁師さんは優しいよ
ゴール間近なのに泣く泣く?艇を離れる勇者「西さん」きっと宮古か石垣で待っていることでしょう。「功進丸」の上で誕生日を迎え、ろくなお祝いも出来ませんでしたが、私の誕生日には、豪勢にお願いします。お疲れ様でした。
周りに島影も無い太平洋に昇る朝日です。長い夜の終わりです。 船のバウ(船首)でなぜか睨みをきかせる愛猫「チョコビー」
初登場!「功進丸」のやり付けの姿です青木先生の意見はいかがなものだろうか? 結構な高さのある岸壁、前日に足がすべり片足が海に浸かってしまった。
これが問題の海図です。急遽コースを変えてるのがわかりますか? あっちこっちをベアリング(方位を測り自分の位置を出すこと)しています!
宇佐港を6時10分に出航!今日は長距離だから早めの出発!
見事な朝日を浴びて「功進丸」は午後3時には下田港に着くはずだったのだが・・・
足摺岬に沈む夕日です
長い一日になってしまいました。沈む夕日と追いかけっこしました。
宇佐漁協入口の自販機裏に子猫3匹発見!漁協の女性職員の方がかわいがっているとの事です。となりのふてぶてしい猫に比べてなんとも初々しい!1匹欲しかったが、となりの猫が許さないだろうと思ってあきらめました。2004・11・19 うちのバカ猫。外に出るときは、浮き輪をして出ます。
この猫にもとなりのような時期があったのであろうか・・・?

一日一食はまともなものをと心がけているのです。そのチャンスは、夕飯しか今のところなく、その一例をご紹介いたします。ご存知高知県の土佐と言えばカツオです、これが「カツオの刺身定食」脂ののったカツオがこんなに美味しいとはやっぱり食べるなら、土佐に来ないとだめでしょう。 2004・11・18 伊島におりました、どうみても陸亀なのですが、「何かの拍子に海に落ちたのだろう」と思い、陸にあげてやったのです。ところが、この亀ただものではなかったのです、喜んで森のほうに行くのかなと思っておりましたら、岸壁から海に向かってダイビングするではありませんか、挙句の果てに潜って行くではありませんか・・・どう見ても陸亀なのに・・・
顔の大きさの比較をしているわけではありません。かの、青木先生の後援会の会長の中村さんです。出航前日の夜の12時頃突然功進丸に訪問してきてくれました。約2時間に及ぶ本当に為になるお話を伺えました、出航当日はジャヌーの「AIRI V」で追いかけてきて適切なアドバイスを頂きました 今日の大阪湾はいい風が終日吹いておりました。「夕方出ましょうか?」と青木ヨットの教官を務める吉村先生の言葉に「行きましょう。」と言うことで出たところのショットです。風は北、風力20ノットくらいで非常にいい風でした。ただし海上保安庁の巡視艇にスポットライトを当てられましたがね。

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