アストゥーリアス ヨーロッパ滞在記 〜出発準備編〜

まず、今回のツアーが実現した経緯からご説明します。

20054月のメキシコ”BajaProg”で、フランスのEclat(エクラ)、イタリアのIl Castello di Atlante(以下、カステロ)の2バンドと知り合い、その後ポセイドンに交歓ライブのようなことが出来ないか、との申し出があったことから始まります。カステロのリーダー・パオロは当初、うちの音に合わせてオペラハウスのような所でのライブを企画してくれましたが、それは結局無理で地元ノヴァーラの1ヶ月に及ぶお祭り"GiovaniEspressioni”の一企画として”Heron Prog”なるフェスティバルを立ち上げてくれました。また時を同じくして、エクラのリーダー・アランは毎年マルセイユで開かれている、ヨーロッパ最大のプログレ・フェスティバルProgSudの主催者の立場で、我々に出演を依頼してきました。ということで、2つのフェスティバルを軸にツアーを組めないか、とポセイドンの増田さんを交えてメンバー間で話し合いに入りました。

前回のメキシコで、とにかく大満足の海外公演を体験した我々にとって、この話は願ってもない申し出(特に女性陣はフランス・イタリアに対する憧れが強く、二つ返事でOKでした)。しかしそれぞれフリーで活動しているとはいえ、仕事を持つ多忙な身。長期にわたる渡欧はそれぞれに微妙な問題もはらみましたが、アストゥーリアスの活動20年目にあたる一大記念事業!、ポセイドンにとっても初のヨーロッパ・ツアーという記念すべきイベントに、各方面からもご理解・ご協力を得て、いよいよ実現に向けて走り出しました。

日程はまず”ProgSud2006”5/245/27開催と決定。”Heron Prog”はその前の週末、ということで5/185/28ぐらいまでの10日ぐらいの予定で各自スケジュール調整をしていました。ところが2ヶ月ほど前、カステロ側から”Heron Prog”出演を6/2にしてほしい、との要請が!各自それぞれ2週間ほどの滞在が出来るかスケジュールを再調整することに。急遽ProgSudの出演を最終日にしてもらい(CD売り上げ的には痛い!)5/256/61113日という長期滞在に予定が変更されました。結局私だけはどうしても25日出発が出来ず、26日にひとり遅れて出発することに(ひとりだけ英語が出来ないのに無事たどり着けるでしょうか?)。

ということで、平日はのんびりProgSudのバンドを見るという予定がくるって(Soft Machine Legacyも観れません)5/28から6/1までがたっぷりオフになってしまいました。そのあいだ観光にあてるのもいいけれど、せっかく行くのだからなんとかライブをブッキング出来ないか、そこから増田さんの奔走が始まりました。向こうでのライブは現地の信頼出来る人間とメールでやりとりして、全てお任せするしかありません。場所のブッキングに加え、プロモーションをしてそれなりにお客さんを集めてもらうことが重要です。まずローマ在住のStefano Panunziというアンビエント系シンセ奏者(ミック・カーンなどJapanのメンバーとも交流のある)からワンマン(!)ライブをブッキング出来ると連絡がありました。ワンマンとは大変光栄なことと2時間分のプログラムを用意していたのですが、直前になって政府関連のイベントが入ったとかで中止の知らせが・・・(^^;)。全員大層へこんでいたところ、愛・地球博にも出演していた“Acustimantico”というアコースティックユニット(マドレデウスにも匹敵する女性Vocalを擁する哀愁のエキゾチック音楽、お薦め!)から連絡が。彼らの力添えにより5/28ローマのライブ・バーにて演奏出来ることになりました。彼らとの出会い、ライブの模様はまたあとで記しますが、上記3つのライブ、各自それぞれに観光計画を胸に秘め、直前の超ハードスケジュールを乗り越え(特に筒井さん!?)なんとか日本を出発することが出来ました。それではようやく本編へ。


フランス・マルセイユ入国編へつづく