三国志アイコン列伝( 群雄 題一覧 トップ )

蜀之巻



益州の地に蜀(国号は漢)を建国した劉備を中心に蜀将をまとめました。アイコン一覧はこちら

劉備 玄徳 前漢の景帝の子孫。群雄割拠の間を流浪するが、諸葛亮を得た後は勢力を拡大し、三国のうちの一国・蜀を建国して皇帝となった。
劉備
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《寸評》
貧家の一青年であった劉備が、苦難を乗り越えて一国の主となるのは、やはり三国志のひとつの醍醐味と言えるでしょう。生き残るために各勢力を渡り歩く劉備の姿勢は時に卑怯にも映りますが、漢朝復興という大義のために行われたことと考えれば、許容すべきことではないでしょうか。初期には黄巾の張宝を射殺したり(『秋風陣』)、武芸知略にそれなりの才を発揮していますが、中盤以降は優柔不断な面ばかりが目立ち、孔明登場後はますますその傾向が強くなります。悪の曹操に対して善として描かれているにも関わらず、なんとなく感情移入できない人物ではないでしょうか。

魏延 文長 劉備に仕え、劉備が王になると漢中太守に抜擢されるなど重用された。孔明死後、楊儀との権力争いに敗れて殺された。
魏延
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《寸評》
初登場は『亡流』。劉表死後の襄陽城に赴いた劉備が拒絶された際、城内にいた魏延だけが劉備を迎え入れようとしています。熱血漢という感じで、なかなか良い印象です。当初から劉備に好意的だったようですが、赤壁の戦いの後、念願かなって劉備の配下になっています(『黄忠の矢』)。この時、初対面の孔明から、後頭部の骨が出ているから、といって殺されそうになります。これは後に魏延が反乱することの複線だと思いますが、正直に言って、孔明酷いですよね〜。前世で何かあったのかと疑いたくなるほど、初めて会ったばかりの人にとんでもない言いがかりをつけています。というか、私も後頭部に骨が隆起しているし・・・。個人的には、後年の反乱についても同情的です。でも、アイコンは謀反人のイメージですが(笑)。

簡雍 憲和 幽州の人で、劉備の同郷。早くから劉備に従い、苦楽を共にした。傲慢な性格で反感を買うことも少なくなかったが、劉備からは重用された。
簡雍
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《寸評》
早くから劉備の臣下となったはずですが、いつからかは不明です。『恋の曹操』において名前だけ登場しています。劉備が袁紹の元から離れるときに策を授けるシーン(『兄弟再開』)では、袁紹を完全に騙すことに成功し、なかなかの策士ぶりです。劉璋を攻めた際には、使者として成都に赴き、劉璋を説得して降伏させるという功をあげますが(『成都陥落』)、むしろ印象に残るのは、簡雍の尊大な態度と、それを許して降伏を決断する劉璋の善良さです。ちなみに、『母子草』では死にかけていたところを趙雲に救われていますが、敵の一将を討ち取ったと自己申告しているので、それなりに武芸にも優れているのかも。

廖化 元倹 荊州は襄陽の人。劉備に仕え、関羽の幕僚となる。蜀建国後は右車騎将軍にまで昇進し、蜀滅亡まで生き抜いた。
廖化
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《寸評》
『関羽千里行』で、山賊として初登場。仲間だった杜遠を斬り、劉備の二夫人を救います。臣従を願い出るが、ここでは許されませんでした。周倉は臣従できているので、ねばりが足りない印象です。いつの間にか関羽に仕えることが出来たようで、『月落つ麦城』では包囲を突破して援軍を求める重要な役割を演じています。この時の廖化は、孟達らに援軍を拒まれ、乞食同然の姿で成都までたどり着いたものの関羽を救いえず、自分だけが生き残ってしまいます。涙なしには読めないシーンではないでしょうか。それなりの武勇を持っており、『賭』では秦良を斬ったりと活躍していますが、『ネジ』では司馬懿を追い詰めながら簡単に騙されて取り逃がしてしまい、孔明を落胆させています。一流ではないですが、結構好きな武将です。