「どう、谷川さん。この、魅惑のプロポーション。
今すぐにでも銀河の歌姫候補に名乗り出るべきだと思わない?」
自称思わず頬をすり寄せたくなるようなメリハリボディこと、
実になだらかなラインを描く体を堂々とさらしている下着姿の先輩に、
谷川柑菜は事実を指摘することで北原家の一室が戦場になるリスクを避けるべく、
喉まで出かかった台詞を都合八回飲み込んだ末に、ようやく無難な言葉を口にした。
「色んな意味でいい線はいくと思うんですけど、檸檬先輩、歌えるんですか」
扇情的という三文字には程遠いものの、白い肌に黒は映える。
しかし、ただそれだけのことであった。
いくら似合っていたところで、凹凸に乏しい体つきが起伏に富んだそれに変わるわけではない。
「歌える。超歌える」
後輩の質問をどう受け止めたのであろう。檸檬はしなを作りながら、ウインクした。
「音符だって完璧に読めるわ」
「楽譜じゃなくて音符なんですね」
相変わらずの適当な発言に、二人の一年生女子は顔を見合わせて苦笑する。
自重を促したところで聞く耳を持つような人ではない。
わかってはいるが、聞かずにはいられなかった。
「て言うか、お風呂の前に寝巻きを持って行ったのはなんのためだったんですか」
もしかすると、そんな風に反応してしまうのだとわかった上での言動なのかもしれない。
そうであったとしても不思議ではないと、北原美桜は内心密かに思った。
どこまでも行き当たりばったりに見えて、相当な策士であるのは間違いないのだから。
できれば、臨機応変に悪戯心を発揮させているのではなく、
無邪気に後輩たちで遊んでいる、くらいのスタンスであって欲しい。
どちらにしても、遊ばれる側にとっては迷惑極まりない話であるのだが。
「あんなものはただの飾りに過ぎないわ。偉い人にはそれがわからないのよ」
どこかで聞いたようなフレーズでうそぶいて、山乃檸檬はうふふふふ、と口もとを弓にする。
相変わらず、なにを考えているのかさっぱりわからない。
「それにしても谷川さん、面白いことを言うわね。これでも遠慮をしているのよ」
「遠慮、ですか」
柑菜は信じていませんと、ありありと顔に書かれた表情で先輩を見やった。
どこがですかとツッコミを入れたい気持ちはやまやまなれど、年長者の顔を立てたのである。
後輩の疑わしげな眼差しなどどこ吹く風、といった様に小柄な永遠の十七歳は笑みを深くした。
「ええ。だって、ここは北原さんの家よ」
「はあ」
今度はなにを言い出すつもりであろうか。
さっぱり相手の意図が読めず、柑菜は曖昧にうなずく。
「日本には私たちの先祖が残した偉大な格言があるわ。郷に入らば郷に従えと」
「確かにそう言いますけど!」
ああ言えばこう言う。言葉の応酬で、とてもかなう相手ではない。
一縷の望みをかけた眼差しが、やや斜め後ろに立つ親友へと向けられる。
「ねえ、美桜もなんとか言ってよ」
「私は、あまり気にならないかな」
「もう、そこで肯定してどうするのよ!」
ぱちぱちと瞬きをして小首を傾げる美桜に、恋するショートカット娘はがくりとうな垂れる。
室内では裸でいることが標準である人間は、赤の他人であるならいざ知らず、
見知った相手が脱ぐことに対してそれほど抵抗を持たないということか。
むしろ、仲間が増えたと嬉しく思うのかもしれない。
「先輩がまっぱというタイトルからの想像を超えるこの体つきに、ぐうの音も出ないようね」
「そりゃ、出ませんって」
裏切りでさえあると、柑菜は叫びたかった。
誰に対するフォローなのかは、自分でもよくわからない。
「私としては先輩がナッパでもよかったのだけれど」
「そんな、手ごわい敵役だったにも係らず上役の王子にあっさりやられちゃった、
いかついサイヤ人の名前なんて知りませんよ」
会話の流れはますますよくわからない方へと向かっている。
いかんともし難いこの状況を打ち破ったのは、意外にも美桜のひと言であった。
「今はラディッツの話なんてどうでもよくて……」
「そんな人物名は今の会話に登場していないわ北原さん」
「そ、それはそれとして」
冷静な指摘にもめげることなく裸族の少女が言葉を詰まらせながらも語を継ぐ。
「あの、先輩は、どうして急に集まろうと言ったんですか」
「決まっているじゃない。コイバナをするためよ」
異口同音に発された驚きの声に、檸檬は満足そうに口の端を吊り上げた。
「心配しなくても主役はあなたたちよ。現在進行形で恋に生きるお二人さん」
うふふふふ、と含み笑いをこぼす先輩の台詞に、柑菜は一瞬で真っ赤になる。
「な、なにを言ってるんですか檸檬先輩。恋って、ねえ?」
上ずった声による呼びかけに、美桜はうつむいたまま小さく顎を引くことしかできない。
「若いっていいわね」
しみじみとつぶやく小柄な年長者は、思いの他優しい顔つきをみせていた。
嫌味ではなく、バカにしているわけでもなく、心からそう思っている風に見える。
「口幅ったく聞こえるかもしれないけれど、老婆心で言っておくわ。
指を咥えて待っていても、欲しい果実は簡単に落ちてこないものよ」
ほんのりと目もとを桜色に染めたまま、柑菜は上目遣いに先輩を見やった。
「攻めの姿勢が大事ってことですか」
「攻めればいいというものでもないけれど、座して待つよりはいいかもしれないわね」
別段、なにもしようとしていないわけではない。
かの有名な風林火山、あるいは孫子の兵法もかくやといった振る舞いができれば、どれほどいいか。
しかし、実際にはどうであろう。いいところを見せようとして失敗し、
近づけるチャンスに動けず、他愛のない話ができただけで喜び、
少しでも褒められた日には大はしゃぎしてしまう。
「これだけいい素材を持っているのだから、ガンガンいこうぜ、よ」
「そう、できればいいですけど」
恋は乙女を大胆にも臆病にもする。
谷川柑菜の場合、後者の思いが邪魔をして思いきり足を踏み出せずにいるのであろう。
ならば、迷える子羊の行くべき道を示すことこそが、頼れる先輩の有り様ではないか。
当然ながら、檸檬は愉快犯などではない。そんなことは、超ない。
「そうね。手が寂しがっているとかなんとか言ってつないでしまうというのはどうかしら。
奥手なあなたにもうってつけの台詞じゃなくて?」
「確かにそれなら……いけるかも」
拳を握りしめる柑菜の瞳には、念願かなって勝者となった自分が映っているのであろうか。
もはや、すぐ近くにいる檸檬の姿は目に入っていないらしい。
一方、部屋の主である少女は、親友と同じくここではない別の世界に意識を向けていた。
(哲郎くん、つないでくれるかな……)
事故とはいえ、唇を交わした仲である。
重くなりすぎない言い方であれば、案外、あっさりとつないでもらえるかもしれない。
それは、甘い考えなのか。夢を見すぎているのであろうか。
そうだとしても、想像の輪は広がりこそすれいっかな収まろうとはしなかった。
しかし、である。
「どうしたのかしら北原さん。なんだか顔が赤いわよ」
耳もとでささやかれた吐息混じりの声に、
美桜の焦点は一気に現実へと引き戻され、志向を埋め尽くしていた色恋成分が霧散する。
「い、いえ、なんでもありません」
思慕の念を払おうとするかのように、必死に手のひらを左右に振る後輩を眺めながら、
謎多き永遠の十七歳は、若いっていいわね、と口中独りごちるのであった。
ver.1.00 12/3/10
初のあの夏ショートです。第一弾は、イチカを除く乙女陣でございます。
今回はまずタイトルありきで、手習い的な感もございますが、お楽しみいただければ幸いです。
しかし、おいしすぎる檸檬のキャラはもちろんですが、
年頃の主人公たちが織り成す恋模様がほほえましくて切なくて、キュンとしてたまりません。
アニメの放送は残りあとわずかですが、どういう締めくくりになるのか、本当に楽しみです。
それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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